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死を呼ぶ呪文 2


「……で、なにを受けたのだね」

「あ、これです」

 私はカナンに依頼書を手渡しました。カナンがみるみるうちに青ざめます。「“死を呼ぶ呪文 (デスコール)”サビロの討伐……!?」「金額が大きかったので」「サビロを知らんのか、君はっ。現行の七武衆の筆頭、オウルウに次ぐ力を持っているといわれている魔族の王だぞ」「私、市勢のことには疎くて」けろりとして私が言うと、カナンは肩を落として眉間を押さえます。

「では、元気よくいきましょう」

「…………」

 カナンはどうやら元気になれなさそう。むしろ減気。ふむ。

「あの、カナンは別に帰ってもいいんですよ。依頼を受けたのは私なのですから」

「乗りかかった船と言うやつだ……」

「違いますよね?」

「…………」

「ただの面倒見で七武衆の撃破には同行はしません。リスクが高すぎます。ねえ、なんであなたは私を助けてくれるんですか」

 観念したように息を吐いて「いずれ話そう」とぼやくように言います。

 ふむ、あんまり観念していなかった様子。

 まあいずれ聞きましょう。

「ちなみにこれ、おおよその目安としてサビロの居場所は数百キロ北東にある祠になっているが、そこまでどうやっていくつもりだったのかね」

「走ればいいかなって」

「無茶を前提に組み込むな、病み上がりめ……こういうときにはやり方があるのだよ」

「む?」

 カナンは馬車を持っている商人たちに片端から声をかけていきました。“自分達は冒険者だが訳あって足がない。馬車に乗せてもらえないだろうか。魔物が出たら護衛する”というようなことを言い、八件目でヒットしました。北にある麻の村を訪ねる馬車だそうです。護衛についているのは若い戦士が一人だけ。軟体魔物や大烏程度は追い払えるかもしれませんが、不安だったのでしょう。

「お見事」

「褒められた手段ではないがね。こんなものは金のない冒険者がやることだよ」

 カナンは自分を侮蔑する口調で言いました。

「私、市勢のことには疎いのですが、あなたの腕前でそうまでお金がないものなのですか」

「ソロの魔法使いは低く見られるのだ」

 苦い顔つきで搾り出すように言います。

「パーティを組まないのですか?」

「組んださ、そうして二度壊滅させた。わたしだけが生き残った。いまとなってはギルドの中にわたしと組もうなんて酔狂なやつは誰もいないよ」

「む」

 どうやらとんだ死神のようです。

「パーティを解消するかね? 君が本気で嫌だと思うのならば、無理についていくことはしないよ」

諦念の張り付いた顔でカナンはいいます。

 私は私を助けてくれた白い顔のカナンを思い出します。手足が魔物に食われる感覚、神経に触れる歯と舌の感触を思い出します。そうして次に食われて絶命した父母と弟のことを思い出しました

ふむ、死神にはもう憑かれているみたいなので一匹くらい増えたところでどうってことはないでしょう。

「いえ、よろしくお願いします」

 私は言い、カナンが頷きました。私とカナンは商人に礼を行って荷物を積み込んだ馬車の隅に乗り込み、一先ず北にある麻の村を目指します。

 若い戦士が私たちの向かいからいぶかしむようにこちらを見ていました。

「はじめまして、ヨヨと言います。同行させていただきます。よろしくお願いします」

「ロッカだ。よろしく」

 と、返してはきましたが、警戒の色は解けません。鋭い視線からは敵意すら感じます。はて。

「人数が増えた分、自分の報酬が減ると思っているのだろう」

 カナンが小声で囁きました。

 なるほど。そういえば私も弟が生まれたときには自分のケーキの取り分が少なくなることを懸念したものです。実際は家族が増える幸福は、ケーキが減ることとは比較にならないほど、嬉しく楽しいものでありましたが。ねえさま、たすけて。不意に弟の声が耳元で聞こえた気がしました。

「さて、仕事のようだ」

 カナンが外も見ずに呟き、馬車が停止しました。

 飛び出すと、魔物群れが行く手を阻むように立ちふさがっていました。

 ふと幻覚が見えました。魔物が弟を美味しそうに食べていました。むしゃむしゃ、ばりばりと。ふむ、魔物というやつはどうやら生食派のようです。焼肉派の私とは生涯を賭けてもわかりあえないでしょう。

 それはさておき、「ああああああああああっ」叫んだ私は魔法力を爆発させて旋風呪文を発動させました。上腕、背中全面、大腿、胸部前面に刻んだ刺青が緑色の光を放ちます。武闘家である私は本来、格の高い呪文を扱うことはできません。魔法式を刺青として直接肌に刻むことで、呪文を強化しているのです。私は呼び込んだ大気を圧縮、身に纏います。風圧を放って加速する寸前で、ごん、と木製の何かが頭を打ちました。振り返るとカナンが杖を掲げていました。

「落ち着きたまえ、病み上がりがはしゃぐな、みっともない」

 カナンが数歩前に出ながら「だいたい君はだね、」襲ってきた魔物に爆裂呪文を投げました。球形に圧縮された燃焼性の魔法力が、接触感応して炸裂。猿型の魔物をひき肉の塊へと変えます。「自分の身を、」数発続けて爆裂呪文を投げつけます。爆裂による物理力の影響を受けにくい軟体魔物やエレメンタルと呼ばれる肉体が水や氷、ガスなどで出来た魔物が飛び出してきました。カナンはそれを火炎呪文によって焼き払います。それらの魔物は塵になって消えていきました。「おそろかにしすぎなのだ」続けて閃熱呪文。爆裂呪文、火炎呪文のどちらの影響も受けにくい影魔物が、強い光を浴びて存在の場を失って消滅しました。

 最後に上空から襲い掛かってきた鳥型の魔物に氷刃呪文を放って木々に縫い止め、絶命したのを見届けて、「なにも死ぬまで戦うことはないのだよ、きみ」と、呆れた口調で言いました。

 …………

獲物を横取りされた私は感情のやり場を失います。

「む、……むむ…………」

「ん、なんだね?」

「……なんでもありません」

 ついでに、無駄に的確に呪文を使いこなし、連続発動するカナンを前に自信を粉砕されただけです。

 どうやらそれなりに手練れた魔法使いである模様。

「だいたいだね、その状態でサビロと戦おうなどと無茶にもほどがあるというのだよ」

「やってみないとわからないじゃないですか」

「わかるとも。あれは痛かった」

 と、カナンは首の根元を押さえました。思い出すように傷一つないきれいな首元を撫でて、我に返って表情を作り直します。はて。

「ぎゃあああああっ」

 凄まじい悲鳴が耳をつんざいて、私とカナンは振り返りました。馬車の後方で、太陽の色の鱗を持った二足歩行の巨大なトカゲがもぐもぐごくんとロッカさんを噛み砕き、飲み下していました。あらあらあら。

「グレートドラゴン、いまの状態で相手をするべき魔物ではないな。荷は諦めて商人を連れて離脱しよう」

「わかりました。行きましょう」

 私はドラゴンの元へ駆け出しました。

「おい、きみっ!?」

 馬車の横を抜けてドラゴンへと疾走します。

 驚いた顔をしながらもカナンが追走。

「倒せる目算があるのかね」

 振り返りながら私は答えます。

「いえ。ですが魔物がいるのに殺さないなんて。そういう貴方は?」

 カナンは渋い顔で首を振ります。

 ふむ、彼にも決定打はありませんか。

「呪文を弾く鱗さえなんとかできればなぁ」

「打撃を吸収する筋肉さえなんとかなればですねえ」

 ほぼ同時に言い、顔を見合わせました。

「鱗さえ砕けばいいんですか」

「露出した肉に呪文を浴びせればいいのかね」

 再びほぼ同時に言い、私たちは互いに頷きました。

私は旋風呪文によって溜め込んだ圧縮空気を噴射して高速跳躍。


ねえさま、やっつけて

ねえさま、殺して


幻聴が聞こえます。無論、私はそれが弟自身の声ではないことに気づいていました。これは私の声です。私が報復を望み、それを弟の望みだと摩り替えているのです。ですが、モチベーションは最高に上がりました。「ええ、姉さまがやっつけてあげますよ。だから安心してお眠りなさいな」私は小さく呟いて、跳躍した勢いのままにグレートドラゴンの懐に飛び込むと首に左回し蹴りを食らわせました。しかし渾身の蹴りは強靭な首の筋肉によって衝撃をほとんど吸収されて、人間で言うとビンタを食らった程度の痛みしか与えていないようです。鱗も砕けていません。もっと強く蹴る必要がある模様。そしてビンタを食らった人間と同様に、ドラゴンは怒り狂って牙を剥き出しにしました。長い首が伸びました。私は圧縮空気を噴射して、後方跳躍し間合いを離脱します。

「ふむ、魔法力のキレが鈍い」

 負傷のせいでしょう。控えめにいってまずいです。速度が足りていません。並んだ牙の群れが私に追いつこうとしていました。

数瞬もすれば牙の餌食となる私を助けたのは、横合いから放たれたカナンの爆裂呪文でした。球形に纏められた燃焼性の魔法力が接触感応によって爆発。数発続けて着弾し、負傷はないながらもドラゴンが、鬱陶しそうに首を引きます。そして尾でカナンを薙ぎ払いました。

「うおっと」

 カナンが飛翔呪文によって空中へ離脱。目標を捉え損ねて勢い余った尾が街道沿いに生えていた太い木々を圧し折ります。百八十度転回してカナンのいる空中に顎を向けたドラゴンの口元には、ファイアブレスの煌々とした光。「ははっ、バカめ」カナンはその口腔の内へと、爆裂呪文を投げ入れました。ずん、と重い音。「ぐるぎゃあああああああ」放たれようとしていた火炎が、爆裂の勢いに負けて逆流。元々がマグマの中に住んでいるような連中ですから逆流した火炎そのものは大して影響を与えなかったようです。が、内臓を内側から掻き回された苦しみでドラゴンが吼えました。そんなに苦しいなら吐き出させてあげましょう。

「まわしげりで足りないなら」

 私は圧縮空気の噴射によって加速させたプレートブーツの踵を、ドラゴンの首、右側面へと叩きつけました。飛び後ろ回し蹴り。ばきばきばき。鱗の砕ける感触が足に残ります。会心のキックでした。余韻に浸る暇はなく、ドラゴンがでたらめに振り回した腕が私に迫っていました。「馬鹿者!」カナンの手から減速呪文による鎖状の光が走り、囚われた竜腕の速度がわずかだけ遅れます。ぶしゅ。限界まで身を逸らして、なんとか爪が掠めただけで済みました。間合いを離脱、再び旋風呪文によって空気を溜め込んで、不測の自体に備えます。

「……おろ?」

 ぶしゅしゅしゅしゅ。なんか感触では傷は浅いのですが、そのわりに出血の量が非常に多いです。旋風呪文による風圧で圧迫してとりあえずの止血とします。なるほど、カナンの言っていた「表面の傷は治っているが中身はぐちゃぐちゃ」とはこういうことなのですね。

 ドラゴンの口腔に再びファイアブレスの光が灯ります。今度は爆裂呪文を投げ込まれるようなへまはしないでしょう。だったら顎でも蹴って口を塞いでみましょう。跳躍しようとした私をカナンが手を振って制止しました。

「いや、君はよくやった。あとは任せたまえ」

 氷刃呪文、とカナンが唱えると右方の地面から生えた逆向きの氷柱がドラゴンの首を正確に串刺しにしました。ですが生命力の高いドラゴンはその程度では絶命しません。どうするのか、と思っているとカナンはまだ呪文を続けていました。氷柱に伝わせてドラゴンの体内に氷刃呪文を送り込み続けます。

 と、次の瞬間。ご、ばぁぁぁぁぁん。派手な音を立てて、グレートドラゴンの頑強な上半身が爆散しました。血霧が舞います。ごとん。宙を舞った首が落ちてきました。びくんびくんと地面の上をしばらくのたうったあと、動かなくなりました。絶命しました。

死体の周りで弟が飛び跳ねていました。はしゃいでいました。

「わぁ、すごいや」

「ねえさま、ありがとう! また殺してね!」

 飛び切りの笑顔で振り返った弟が手を振って、消えていきました。いかないで、と、私は手を伸ばし、だけど何もつかめずに我に返ります。その手の先には長い息を吐くカナンがいただけ。

「……なにをしたんですか」

「水蒸気爆発を起こしたのだよ。ファイアブレスの超高温と氷刃呪文による水分でね。幾ら外見が頑丈でも内部からの衝撃では一溜まりもあるまい」

 とっておきの手品を成功させた子供のような顔、ようするにドヤ顔でカナンが言います。

 なんとなくムカつきますが、しかし実際の戦果を見てみるに賞賛せざるを得ませんでした。

 はぁ。大したものですねえ。



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