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死を呼ぶ呪文 1


 さて、そんなこんなで「ああ死んだかなぁ」と思っていたもののどうやら私は生き残ってしまったようでした。

 清潔な白い部屋。小棚の上に赤い花が飾ってあります。教会でしょうか? 私はベッドから上半身を起こしました。回復呪文の作用のおかげでしょうか。あれだけ派手に蹂躙されたあとにも関わらず痛みはありませんでした。

「ああ、起きたのかね」

 と、私を助けた例の胡散臭い男がなにやら重そうな袋を降ろします。丁度買い物を終えて帰ってきたところだったようです。袋の中には食べ物や包帯、薬品などの雑多なものが詰め込まれていました。

「気分はどうだね」

「……魔物は?」

「君の国は滅んだよ」

「そうですか」

 ふわふわしていました。

ノーミソが現実を受け入れるのを拒否しているようです。

「気分はどうだね」

「わるくはないです」

「そうか」

 男は椅子の上に腰を降ろしました。

「ここは?」

「易の国、『万魔殿ヒフミンファンクラブ』の支部だ」

「ひふみんふぁん……? ああ、魔法使いの互助組織でしたっけ」

 記憶の隅からその名前を引っ張り出しました。リーダーのスーライルという男が“万民のための魔法精霊殿”、通称『万魔殿』の名前を独断によって“ヒフミンファンクラブ”へと変更し、顰蹙を買うと同時に会員が激増した変な事件を思い出します。

「どれくらい日が経ったのですか」

 体を襲う倦怠感から一日や二日でないことはなんとなくわかっていました。「七日ほどだ」と男はさらりと言います。七日、ですか。

「自己紹介しておこうか。私はカナン。賢者だ」

 ケンジャ?

 耳慣れない言葉でしたが、魔法使いたちが自称する妙な称号の一つでしょう。『天地雷鳴士』などという大仰な称号を名乗るものもいるくらいです。魔法使いには奇人変人が尽きません。ともかく名乗られたので名乗り返すことにして「ヨヨ。武闘家です」と言いました。

「拳の国の第二王女のヨヨ姫で間違いないかね?」

「はい」

 まあ私の美貌ときたら他国まで語り草なのですから知っているのも当然でしょう。

「そうか、君が武闘大会で戦士二百人を蹴り倒したというあの暴君ヨヨか。思ったよりも華奢なのだな。ゴリラのような女性を想像していたよ」

 カナンは意外そうに、だがそういうものかーという風に頷きました。

 私は納得いきませんでした。非常にいきませんでした。

 とりあえず私は立ち上がってみます。皮膚に捲かれた包帯を解きますと、まだ生生しい傷跡が残っていました。「消えるまでは少しかかるよ」とカナンが言います。「別に消えなくてもいいです」元々傷をいれている肌ですから。

「というかもうしばらく安静にしていたまえ」

「え、嫌です。魔物殺さないと」

 部屋を見渡して手甲とブーツを探します。隅にまとめて置かれていました。ご丁寧に洗ってくれている模様。武闘着は、ああ、さすがに元のものは使い物になりませんか。適当に新調しましょう。装備を身に着けます。

「いや、待ちたまえ。表面は治っているが、君の中身はまだぐちゃぐちゃなのだ」

「だから?」

「死ぬぞ」

「へえ」

 そうなんですか。まあどうでもよかったので、とりあえず外に出ようと思いました。魔物を探しましょう。「ああ、もう……」カナンが頭を掻き毟ります。無視して外に出て、冒険者ギルド『剣の在処』を訪ねます。魔物退治の適当な依頼を受けようと思いました。

「なんなのだね、君はっ」

 なぜかカナンがついてきます。

「なんなのだね、というと?」

「いいかね? 君は瀕死だった。意識を取り戻したのが奇跡的なくらいだ。戦おうとするなどもってのほかだ」

「そうですか。あ、これ、お願いします」

 私は張り出された依頼書から適当な一枚を手に取りギルドの受付に通しました。「……あんた、等級レベルは?」「34だったはずです。エンブレムは紛失しました。ヨヨ=アーキライトで登録されているはずなので調べてください」受付さんは奥に引っ込んでしばらくして、受領した旨を伝えてきました。ついでにエンブレムも再発行してもらえるそうです。エンブレムは冒険者ギルドの発行している腕輪で、魔物討伐数に応じて等級と呼ばれる数字が付与されていきます。等級はおおよそ20あれば立派な冒険者だといわれています。等級30を持つものの中に並みの魔物に負ける者はいません。

カナンががみがみと耳元で説教を続けていますが、とりあえず無視します。

「聞いているのかね……?」

「すいません、聞いていませんでした。なんですか」

 けろりとして私が言うと、カナンは疲れたらしくてがっくりと肩を落としました。

「君は本調子ではない」

「はい」

「戦えば君が雑魚だと思っている魔物にすら敗れて死ぬ」

「はい」

「……行くのかね?」

「はい」

 馬の耳に念仏だと悟ったのでしょう。

 カナンは大きくため息を吐きました。

「わたしも同行しよう」

「はい?」

「同行するといったのだ。助けた人間に直後に死なれたら寝覚めが悪いだろうが」

「そういうものですか?」

 私は魔物に襲われている人間を想像しました。割って入った私が魔物を倒し、逃げなさいと言います。直後にその人は、別の魔物に襲われて死にました。という想像です。

「……ああ、たしかに寝覚めが悪いですね」

「わかっているならおとなしくしていたまえ」

「嫌です。あなたはおとなしくしていて欲しい。私はおとなしくしていたくない。優劣がない意見が割れたなら、自分の意見を優先するものでしょう」

「く……」

 不意に声が割り込んできました。

「おい、バカップル。痴話喧嘩ならよそでやってくんな。後ろがつかえて……」

「「カップルじゃ(では)ない!」」

 不覚にもぴったりと揃った声で私たちは叫びました。



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