決戦 3
「ル、イィィィぃぃぃ……」
放たれた魔法力は私の背後の影を捉えていました。
「馬鹿だなぁ、ゾルア。首枷呪文なんて魔法力に差がなければ通用しない呪文が、魔王と同格になったいまの僕に効くはずがないだろう」
ぐちゅり。ぐちゅり。と音を立ててゾルアといわれた魔族が噛み砕かれていきます。ちょっと待ってください。展開が速すぎて理解が追いつきません。
「それに魂食いの魔王と同化してる僕の前に魂一つで現れるなんて、食ってくれって言ってるようなもんじゃないか」
フリューさんには攻撃呪文の素養がほとんどありませんでしたが、ルーくんは違います。多種多様な呪文を操ることができるルーくんならば、ソウルイーターとしても十全の性能を発揮できるようです。
「キサマァァァァッ」
凄まじい咆哮を残して、その魔族はルーくんに魂を食われました。
「あ、あの、なにがなんだか」
「察しが悪い姉ちゃんだなぁ。いまのやつは七武衆のゾルア。さっきも言ったけど僕はあいつに勇者を殺す兵器として育てられた。首枷呪文っていう呪いの呪文をかけられていて、それを解消するためにソウルイーターが必要だった。だから姉ちゃんに協力して魔王を倒した。他になにか気になることは?」
「……つまりルーくんは、新しい魔王になりたいんですか」
「そうじゃないよ。ちゃんとこいつを封じる方法は考えてある。時間加速呪文はその副産物なんだ」
ルーくんが圧縮していた馬鹿長い魔法式を解凍していきます。
辺り一面に広がるほど長大な魔法式です。
時の砂の呪文。「時間停止呪文」の術式です。三十四代勇者の仲間がこの呪文を使って魔王を封印しようとして失敗する様が伝承の中に登場します。ルーくんは自分ごとこの魔物の時間を止めて封印するつもりだった、のでしょうか。
「どうしてそんなことを」
「だって魔王と戦わせたらきっと姉ちゃんは死んじゃうだろ。だから必死に考えてたんだよ。どうやったら姉ちゃんが死なないか。姉ちゃんのことを執拗に狙ってたゾルアだってどうにかしないといけなかったし」
「なんで」
「あ、ひどいなぁ。本気にしてなかったんだ?」
ルーくんは微笑みました。
「僕は姉ちゃんのことが大好きだって言ったじゃないか」
言いました。言ってました。
「さて、ルイ=ライズの生涯最後の呪文、とくとみよ」
時間停止呪文の術式に魔力が伝導していきます。本来人間の一個人が使えるような呪文ではなく三十四代の勇者は魔法力の欠如が原因で失敗するのですが、魔王と同化しているルーくんは魔王自身に蓄積された莫大な魔法力を使って呪文を成していきます。あれが成立すれば魔王の時間はルーくんごと凍りつき、二度と目覚めることはないでしょう。
それはさておき私はよかったなーと思っていました。もしルーくんの目的が新しい魔王になることだったら、私はルーくんとも戦わなければいけなかったかもしれません。ただルーくんが自身の身を犠牲にして、私を守ろうとしてくれていただけなら。
別に助けても構いませんよね?
私は六つのオーブの魔法式を解放しました。私自身を卵に設定してラ・ルミアを擬似孵化させます。ルミアの力は魔族にとっては毒と同じです。歴代の勇者やその仲間がソウルイーターに憑依されなかったのも、勇者がア・ルミアの加護を受けていて仲間たちはその恩恵に与っていたからでしょう。同じ理屈でラ・ルミアの力ならば、憑依されて少ししか経っていないルーくんをソウルイーターから助けることができるはずです。
「ちょっと待て、お前なに考えて――」
孵化に成功したラ・ルミアの翼が私の背中に生えました。虹色に輝く綺麗な羽です。天使みたい。翼は私とルーくんを包み込みます。ルミアの翼に触れたルーくんから黒い影が弾き出されました。影は光に呑まれて消え去ります。だけど消滅したわけではなくて、きっとすごく時間が経ったあとに蘇るんでしょう。パキパキと、音を立てて私の仕立てた黒いオーブが砕けました。魔法式が崩壊し、ルミアの翼が砕けていきます。
ありがとう、と私は呟きました。私から抜け落ちたラ・ルミアは最後に一瞬だけ微笑んで、消え去って行きました。
呆然とした表情のルーくんがふと我に返り、つかつかと私に歩み寄り。ぺちん。びんたしました。痛っ。
「馬鹿なの?お前馬鹿なの?あれはここ数百年くらいずーっと魔王やって人間世界を脅かしてる怪物だぞ?それを僕一人の犠牲で倒せたんだぞ。せっかくかっこつけたのをどうしてくれるんだよ。なんで僕を助けたんだよ。あいつ逃げたじゃねーか。お前馬鹿だろ?いーや疑問系じゃないな。お前は馬鹿だ!」
「ひ、ひどっ。た、叩くことないじゃないですか」
「あーもー、やる気なくしたーくそがーくそヒフミがー、馬鹿、死ね」
「だって、だって勇者さんが死んで、フリューさんも死んで、ルーくんまでいなくなったらわたし、わたし……」
あ、我慢してたのに、ダメです。泣きました。
「そーだそーだ。フリューさんを犠牲にするとかなに考えてるんだよ、ルイ」
……ん? これ誰の台詞ですか。顔を上げると、フリューさんが立ってました。顔色が非常に悪いですが、血は止まっています。……幽霊?
「しょ、昇天呪文!」
効きませんでした。「昇天呪文、昇天呪文、昇天呪文、昇天呪文!」半ばパニックになりながら連打しますがやっぱり効きません。
「る、ルーくん。お、お化け」
「落ち着いて姉ちゃん。なんか知らないけどこいつ生きてるらしい」
「やっほー。なんか知らないけど生きてるフリューさんだよー」
え、ほ、ほんとに? 私は恐る恐るフリューさんに触れました。触れます。実体があります。ほんとに生きてるみたいです。
「しかし心臓抉ってやったのになんで生きてるんだ?」
「俺は心臓が二つあるんだよ。戦士みたいな前衛職は重要な臓器についてそういう小細工をしてるんだわ。ちょっと作動するまで時間かかったからほんとに死ぬかと思ったが。まあそのおかげであの魔物は俺が死んだと判断してくれて俺の体から出てったわけだから、結果オーライだけどな」
「わー……」
あまりのことに私はとても驚きました。
「とにかく、疲れた。話は帰ってからにしようよ」
「そ、そうですね。えっと、じゃあ私に掴まってください」
フリューさんが私の手を握りました。ルーくんがその場から一歩も動こうとしません。
「ルーくん、どうしたんです?」
「……動けないんだよ。時間加速呪文の使いすぎで筋肉とか血管とかいろいろぶち切れてて」
ルーくんは内出血で全身が赤く染まっていて、腕とか足とかパンパンに膨らんでいます。フリューさんと顔を見合わせました。無言で、わるい顔をして二人で頷きます。あとで悪戯しましょうという意思表示です。私はとりあえずルーくんをおんぶしました。「待って、ヒフミ、この運び方にはちょっと文句つけたいんだが」問答無用です。
「瞬間移動呪文」
私たちは魔王城をあとにしました。




