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決戦 1



 ルーくんがどこかへ行っている間、とても暇でした。オーブに刻む魔法式の方は自動書記状態にしてあるので、積極的にやるべきことが何もありません。あんまり暇なので魔法式をたくさん作って、ストックしておくことにします。

 魔法式は数式みたいなもので、例えば1+1という式を作り、そこに魔法力を注ぎ込むことで2という魔法が発動します。普通は使いきりだし、すぐに消えてしまうので、魔法を使う際に作ってその場で使ってしまうのが基本です。けれど事前に作って固定化を施した魔法式にもそれなりに使い道があったりします。負担は大きいですけど、そもそも私、キャパシティが桁外れですからそのへんの融通は効きます。

「にゃーにゃーにゃにゃーにゃー」

 作っておくのは、爆裂呪文でいいでしょう。勇者さんたちと一緒に魔王と戦ったとき、以前作ったストックを全部使い果たしちゃってましたから。……。あれと、また戦うんですね。意識すると思い出したくもないのに、勇者さんが死んだときの光景が蘇ってきました。



「さて、前哨戦といくか」

 皮肉気な笑みを浮かべながら、勇者さんは大勢並んだ魔物たちと対峙しました。奇声上げながら襲い掛かってくる魔物に、ただ「雷撃呪文」と呟きます。瞬間、勇者さんの体が発光し網の目のように広がった稲妻の糸が魔物達の大半を捉えました。電気の速度は光速の三分の一、秒速にして十万キロメルトルの速さで疾駆する雷撃呪文は回避不可能。そしてその威力は絶大です。最小限の魔法力の放出で心臓と脳だけがバチバチと音を立てて焼けていきます。「おろ? でかいのが残ったか」巨人族が神経の痛みに耐えながら勇者さんに向けて棍棒を振り下ろしました。しかし自身の肉体まで雷に変えて稲妻の速さで巨人族の背後に回った勇者さんは易々と棍棒をかわします。ついでにその背中に触れて直接電流を流し込みながら、「フリュー」と戦士さんの名を呼びました。「おう」フリューさんは軽く答えながら、伸長呪文によって長大化した剣を一閃。神経に電撃を流されて身動きが取れないまま、首と胴の分かれた巨人の体が地面に倒れます。

 勇者さんの狩り残した死に損ないの魔物に向けて天屠閃が飛びました。急所を穿たれて倒れていきます。一際大きな魔法力を放つ、鎌を構えた骸骨の魔族が何かの呪文を唱えていました。

「我こそは七武――」

 即座に勇者さんの電撃が音を立てて襲い掛かりますが、電撃による攻撃は神経の通っていない骨の魔族に対して通常の生物ほどの威力は発揮しません。勇者さんは魔法式を切り替えました。手荷物からナイフを何本かばら撒くと、それらが一斉に骨の魔族に向かって高速で突き刺さります。雷の力を磁力に変換したのです。全身に刃が突き刺さり肉体的に絶命した骨の魔族が体から魂を引き剥がし手近な生き物に憑依しようとしました。が、周囲の魔物はすべて勇者さんの稲妻によって焼き払われていて、戦士さんの剣によって切り裂かれていて、盗賊さんの鋲のよって穿たれています。

「昇天呪文」

 そして私の唱えた呪文が、残った魂の力さえ分解していきました。登場して10秒も経たずに、なんだか強そうだった魔族が死に絶えます。

む、私の見せ場が少ない。

 まあ破壊力重視で闘えば魔法力を消耗する私は、雑魚戦に出張るよりもボス戦に力を注いだほうが有効なキャラクターですから。雑魚掃除なんてのは勇者さんや戦士さんに任せればいいのです。

 私は実はこのメンバーなら魔王なんて楽勝で倒せて、終わったあと「拍子抜けでしたね」なんて笑っているものだと思っていました。

 魔王城の中に入ると、大勢の魔物が待ち構えていたそれまでと一転して誰もいませんでした。何もない城をしばらく進んでいくと、まがまがしい意匠を施された扉がありました。

「ルイ、この先は?」

「わからない。何かが呪文を打ち消してる」

 音波反響呪文で広範囲の音を拾っていたルーくんが答えます。全員が戦闘体勢を取りました。

「開けるぞ」

 魔王がいる確率が高い。私たちはそれを認識した上で、その扉を開けました。

 だからこの先の結果は決して油断によるものではありませんでした。

 扉を開けた先には、魔王がいました。身の丈は人間の三倍ほどでしょうか。仰々しく玉座に腰掛けた巨大な魔族。先ず目に付いたのは血の気のない青い肌。ゆとりのある袴のような衣装を纏っています。異様に痩せこけた顔つきは骨に皮膚だけが張り付いているようで、目を閉じているのに第三の眼だけが大きく見開かれて私たちを見ていました。部屋一面に魔王の放つ黒い魔法力が波打っています。

初見の私たちにはそれがなんであるかわかりませんでした。

「行くぞ」

稲妻と化した勇者さんが先陣を切り――、黒い魔法力に触れました。ぱちんと、ゴムの切れたような音がしました。稲妻になったはずの勇者さんは、変わらずにそこにいました。なにが起こったのかわからない勇者さんに向けて、魔王の長い腕が伸びます。大きく広がった五指が勇者さんの体を鷲摑みにしました。ごきごきごき、ぶちん。上半身と下半身が切れる、嫌な音が響きました。

「え?」

 痛みと恐怖で見開かれた勇者さんの目が、私を見ていました。床に落ちて、千切れた腰のあたりから血液をぶちまけて。絶命した勇者さんの目が。「勇者さん?」私は勇者さんと魔王を交互に見ました。腕を振り上げた魔王が私に迫ってきています。私はありったけの呪文でそれを迎撃しようとしましたが、全然なんの効果もありませんでした。ストックしていたありったけの魔法陣もなんの役にも立たず、黒い魔法力に触れた瞬間に無力化されていきます。気づいたら下腹部が濡れていました。勇者さんが死んだんだ。私ももうすぐ死ぬんだと実感したら、全身の力が抜けておしっこを漏らしていました。勝手に体が震えてわけがわからなくなって、戦士さんが「逃げろ」と叫んでいました。わけがわからずに身を捩る私の、首の後ろあたりにルーくんが手刀を叩き込みました。私を気絶させて抱えたルーくんが、戦士さんを置いて逃げていました。

 勇者さんが死にました。

 勇者さんが死にました。

 勇者さんが死にました。



 恐くなってガタガタ震えていた私の肩に暖かい手が触れました。

「ヒフミ、大丈夫だよ。落ち着いて。ここには僕しかいないから。姉ちゃんを傷つける人は誰もいないから」

 静かな声でルーくんが言います。

「恐くないよ。ゆーっくり息を吸って。できるよね? ゆーっくりね。スー、ハー」

 うまく息が吸えない私に、思い出させるようにルーくんが深呼吸しました。

 私の震えと過呼吸はその後、数分間続きましたがやがて治まりました。

 少し落ち着いてきた私に、ルーくんは水筒から注いだ何かを飲むように促しました。言われるがままにそれを飲み干すと、ずっと眠っていなかった分の睡魔が急にやってきたように、私は眠りに落ちました。



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