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盗賊 ルイ=ライズ 3


 ルイ=ライズはとある森の中にやってきた。長距離の瞬間移動だったために多少座標のズレがあったようだ。やはりヒフミのようにはいかないなと苦笑する。

 ルイは音波反響呪文を使い、人の耳では聞こえない超音波を撒き散らす。周囲の物体に反射してきた音を聞き取り、周囲の正確な地形を把握する。東西南北に一つずつ、四つある大きな岩の位置を確認する。それからその四つの中心にある一際大きな大樹の位置。同時にその大樹にモンスターが群れをなして住み着いていることも確認する。いいや、群れというよりも軍勢と言ったほうが正しいだろう。相当数のモンスターが隊列を組んで、大樹を守っている。あれに人間を近づけさせたくないのだろう。

大樹はユクドラシルだとか世界樹だとか呼ばれている。

実際の正体は九つに別たれたルミアの肉体の五つ目だ。

 ルイは大樹に向けて歩き出した。大樹を守護している魔物たちはルイに反応もしない。別に特別な呪文を使っているからではない。この場所を守護している七武衆とルイが顔見知りだからだ。

「ゾルア、いるんだろ?」

 ルイが影に向けて呼びかけると漆黒の闇が纏まって人型の魔物の形を作る。

 ゾルア=ロト。オウルウと同じ元魔王だ。しかしこちらはオウルウと違い、勇者との決戦に敗れた。莫大な魔法力を持ってどうにかこうにか消滅だけは間逃れ、魂だけの存在となって生き延びている。神代の怪物の一体だが肉体を持たないがために現世に干渉する方法に乏しく、策を弄するだけの小物と化している。

「何をしにきた?」

「おいおい、せっかく勇者を殺した英雄様の凱旋にその態度はないんじゃないか。労ってくれよ?」

 ルイは皮肉気に口元を歪めた。

「貴様が手を下したわけではあるまい?」

「その通りだけどさ。まあいいや、本題だ。いろいろ訊きたいことがあるんだ」

 軽く肩を竦めて、切り出す。

「僕とヒフミの抹殺命令を出したのはお前か?」

「そうだ」

「せっかく勇者が死んだんだからそれで満足しておけばいいのに、欲張りなやつだな」

「お前はともかくあの女は危険だ。消しておかねばならぬ」

 ルイは噴き出しそうになった。あの人畜無害で馬鹿なヒフミが危険? 放っておけば何もできはしなかっただろうに。中途半端にちょっかいをかけるからより一層危険になって牙を剥いているのだ。

 ルイにも抹殺の命令を出したのは、単にヒフミだけを殺そうとするのが不自然だったからだろう。そのあたりは察しがついていたのでルイも今更深くは訊かなかった

「あの魔王はなんだ? お前が作ったのか?」

「知ってどうする? 人形に過ぎぬ貴様が勇者の一行に情でも移ったのか?」

 揶揄するような響きの声にルイは表情を顰める。

「別に。ただの興味本位だよ。もったいぶるなよ」

「……知らぬ」

「は? お前、魔族のすべては自分が牛耳っているって前に威張ってたじゃないか」

「おそらくオウルウかルミアの差し金だろう」

「オウルウってやつはお前とは違う派閥なのか」

「俺からすべてを奪った魔族だ」

「すべてを牛耳ってる、なんてのはお前の強がりだったわけか」

「黙れ。殺すぞ」

 ゾルアの体が鈍く発光する。ルイの内部に仕込まれた魔法力の術式が呼応する。ルイは喉元を抑えた。皮膚の上に浮かんだ黒い痣が、ルイの喉を締め上げている。首枷呪文と呼ばれている禁呪法の一つだ。ゾルアは魔法力の指令一つでルイを殺すことが出来る。

「気を悪く、するなよ。僕だって、お前と喧嘩が、したいわけじゃ、ない」

 発光が収まる。ルイの首から痣が薄れていく。苦い顔で何度か咳をしたあと呼吸を整える。

「何をしにきた」

「ルミアの涙を取りに来たんだ。この樹の樹液は治癒効果のあるアイテムの中じゃ最高格だろ」

「手傷を負ったか?」

「ヒフミがね。オウルウとやりあったらしい」

「放っておけばいいものを」

「ヒフミを回復させてあの魔王にぶつける。魔王かヒフミのどちらか、あるいはどちらも死ぬ。オウルウとやらの策略も潰せて一石二鳥じゃないか」

「無意味に婉曲した策だ。ヒフミを殺した方が早い。なぜそうしない?」

「……」

「懸想でもしたのか」

「馬鹿を言うな。取り入るために好意は見せてるけど、僕がそういうモノじゃないことくらいお前が一番よくわかってるだろ」

 感情の映らない目でルイはゾルマを見る。恐ろしく冷たい目だった。

 ゾルマはしばらく考えていたが、「いいだろう。お前に一任する」と言った。

「ただし最終的にはお前にはあの次元跳躍士を殺してもらうことになるぞ。あまり深入りするなよ。お前は我の傀儡に過ぎぬのだから」

「わかってるさ。嫌ってほどね」

 ルイは呟くように言うと、加速呪文を使ってさっさと大樹を登っていった。

 登っていくルイを見送って、ゾルアは感傷を覚えた。ゾルアはルイが自分を裏切りつつあることをなんとなく理解していた。ルイは彼にとって呪いの対象でしかなかった人間に、いまはわずかながら好意を抱きつつある。

 ゾルアにとってルイは単なる手駒の一つだ。それも“首枷”をつけているために害意をなせばいつでも始末できる。自分に対して牙を剥くのでなければ、放置しても構わない程度の価値しかない。

 ルイ=ライズ。お前の内側にあるものに人間達が気づいた時、人間はお前に恐怖し、排斥し、お前を殺そうとするだろう。そしてお前は絶望する。破滅と悲劇を撒き散らす魔獣と化す。ゾルアの思惑通りに。その瞬間のことを考えるとゾルアはほくそ笑まざるを得なかった。



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