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しゃしゃしゃ

 「は?待ってた?ここで?ずっと?ちょ、今何時よ」

 「5時」

 「5時!それまでずっとこの寒い中ここで?馬鹿じゃないの?財布忘れたなら中に取りに来ればいいじゃん」

 「いや、入りづらかったから」

 正確には、店のそばにやくざみたいなのがたむろしていたから、怖くて近づけなかったのだ。

 「だからってこんな時間まで・・・」

 そういった後あかりは、くっくっくっく、と小刻みに肩を揺らしだし、すぐに大きな声をあげて笑い出した。ゴミを片付けていた近くのバーのお兄さんがびくっと驚いた。

 「バカ!バカ!バカ!バカだ!」

 ぼくは決まり悪く、腹を抱えて、死ぬ、死ぬと叫ぶ彼女を見ていた。

 ぼけーっとこちらを見ていたお兄さんが気を取り直してゴミ片づけを再会し、片付け終えてもなおひーひー笑い続ける彼女に、ぼくは逆にあきれ返った。

 「ねえ、もういいからとにかく財布・・・持ってんだろ?」

 ようやく笑いが収まったあかりは持っていた安っぽいバッグからぼくの財布を取り出した。

 「はい、これ」

 どうも、と言いながらぼくがそれを取ろうと手を差し出すと、あかりはすかさずそれをひょいっと上に上げた。

 「なんだよ」

 「あたし、てっきりあんたが取りに来ないから歩いて帰ったのかと思って、わーこの財布もらっちゃおー、ラッキーって思ったんだけど」

 「・・・素直なのはいいことだけど、残念ながらそこには500円くらいしか入ってないんだよね」

 そう言って、彼女が握って上に挙げている財布を掴もうとすると、またひらりとかわす。

 そして、

 「あ、500円も入ってるんだ」

 見ると彼女は嬉しそうな顔をしていた。

 嫌な予感がした。

 「ねえ」

 彼女が口を開いた。

 「これ、店の部屋におきっぱなしにしてあったんだよね」

 「そうだけど」

 「その部屋にはあんたが帰った後もあたしがいたわけだよね」

 「そうだけど」

 「それであんたはそのあたしをここで待ってたんだよね」

 「そうだけど」

 「自分の財布を持っているあたしを待ってたんだよね」

 「そうだけど」

 「じゃあもしあたしがわざわざその財布を持ってこずに部屋に置きっぱなしにしてたら、ここで待ってた意味はないんだよね」

 「そうだけど」

 「でも今ここに財布はある」

 「そうだけど」

 「だれのおかげでここにあるのでしょう」

 「・・・あなたです」


 

 「これと、これ。あ、いや、やっぱこっち」

 498円になります。がちゃん。ちん。毎度、ありがとうざした〜。

 コンビニを出たとき、ぼくの財布には13円しか入っていなくなっていた。

 「いや〜ありがとうね、ほんと。新商品で食べてみたかったんだ、これとこれ」

 「ははは、鬼畜だの人間失格だのレイプ魔だの、大声で叫ばれたらそりゃあ買ってあげたくなるよ」

 そう言ってぎろりと睨んでやると、

 「それもまた、女の武器というやつだよ」

 と、ばんばんとぼくの背中を叩きながらうししと笑う。なんて女だ。

 「これで電車で帰れなくなった」

 「親にもらった足があるでしょ」

 ぼくはふと小学生の卒業式にあかりの両親はいなかったことを思い出した。 

 しかし、ずいぶん簡単に言ってくれる。徒歩だと何時間かかると思っているんだ。それにしても、ビニール袋をそんなに振り回したら中のケーキ菓子が崩れやしないか?

 その疑問を口に出す前に、彼女はビニール袋の中を覗いて、げっ、とつぶやいた。


 ぼくたちは二人、朝焼けに近づく歓楽街の裏路地を歩いていた。

 あたりはとても静かで、ところどころ思い出したように設置されたランプにほんのり照らされた狭い路地の間に二人分の足音が均等に響いた。

 4、5分前からぼくたちはお互いに言葉を発しなくなり、申し合わせたように黙り始めた。

 だけど、それは悪い沈黙ではなく、むしろ体を包んでくれるような、居心地の良い沈黙だった。外の寒さの鋭さにさんざん痛めつけられて鈍くなりきった皮膚の感覚はそれによっていっそオブラートなものとなり、逆に肺へと流れていく冷え切った空気はぼくの全身の神経を、どこか危うく、撫でるように刺激した。こんな感覚は久しぶりだ。今ここで感じるまで、すっかり忘れていたほどだ。

 「そういえば」

 突然あかりが発したその言葉は吐く息の白さといっしょにしばらく宙に漂ったようだった。

 「髪」

 「え?」

 「坊っちゃん刈りじゃなくなったね」

 ぼくは小学生のときまで、坊っちゃん刈りだった。床屋のおじさんがいつもその髪にしたからだ。そして中学生になって、その床屋のおじさんに雑誌で見た違う髪型を頼んだ。

 「そりゃあ、ね」

 「あっちの方がよかったのに」

 「・・・マジ?」

 「あっちの方がおもしろい」

 「そういう問題なんだ」

 「だってかっこつけてもどうしても似合わないやつっているじゃん」

 「・・・」

 失礼な女だ。相変わらずだ。

 

 ぼくの前を二歩ほど先に進んでいたあかりはぴたっと突然立ち止まった。

 路地裏のさらに奥の方に進み、どこか分からない入り組んだところにぼくたちはいた。

 そういえば、なんでぼくはあかりとずっと歩いていたんだろう。

 そこで初めて疑問に思った。

 そうだ、もともとコンビニを出たあと、別れてぼくは帰るつもりだったんだ、一人で、歩いて。

 それなのになぜぼくはあかりとそのあとも歩いていたんだろう。

 そしてなんでこんなところまで来たのだろう。

 で、ここはどこなのだろう。

 あたりを見回すと、狭い路地の左手には何かの事務所のあとらしき廃墟が、そして右手には漫画みたいな一目見て分かる安アパートがあった。それにしてもひどいボロさだ。

 そして不思議なことにあかりはその安アパートの入り口手前で立っていて、今ぼくのほうを向きなおした。

 「・・・あがっていきなよ」

 「え、なに?」

 「お茶でもだすよ。5時まで待ってたバカに敬意を表して」

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