にょほほほ
小学生のときだ。ぼくには一人の好きな女の子がいた。
その子とは、5年生と6年生のときに一緒のクラスになって、よくとなりどうしの席になった。
さらさらの長い髪を伸ばしていて、笑うとえくぼができる子だった。
初めは、なにかでいがみ合っていたようだけど、隣同士でこづきあっているうちに次第に仲良くなっていき、「好き」という感情をぼくがはじめて抱くようになったのだ。
それは初恋、などと言ってしまうと、なんだか背中がむずむずするけれど、やっぱりそれは初恋だった。
すっかり仲良くなった6年生のとき、ふざけてお互いの机に色つきサインペンで落書きしあった。そのあと先生にこっぴどく怒られて放課後二人で残ってクレンザーで消した。
それがぼくの中に残っている小学生のときの一番きれいな記憶だ。
彼女の絵はとてもへたくそだった。
とてもじゃないけど、どれもぼくの認識の範疇をこえている絵ばかりだった。
それでも、秋の夕焼けに茜色に染め上げられた髪の少女はぷくぅと頬をふくらまし、机の上にえがかれた角を生やした小型エイリアンみたいな生物をピカチュウだと言い張るのだ。
卒業式には一緒に写真をとった。
その子のおばあちゃんがとってくれた。
小学生相手にそのおばあちゃんは、「ほれほれもっと寄らんと」とはやし立てて、もうっおばあちゃん、と怒った彼女と対照に、ぼくはかなりどぎまぎした。
その後、ぼくらは別々の中学に進学した。
ぼくは市内の有名私立中学に、彼女はその校区の公立中学校に。
それ以来顔を合わしたことは一度もないが、その公立中学校に進んだ男友達と偶然再会し、ラーメンを食べながら話し込んだときに彼女の話があがって、彼女がなかなか学校に来ていないということを聞いた。
会って話してみたかったけど、ぼくは彼女の住所を知らなかったし、電話番号も知らなかった。
年賀状出すときに変に恥ずかしがらずにちゃんと聞いとけばよかった、とぼくは少し後悔した。
それからぼくはエスカレーター式にその私立高校に進学し、部活に没頭し、別の女の子を好きになったりする中で、ぼくの中の彼女の存在は薄れていき、遠い思い出の一部になった。
記憶の中の彼女の顔も同様に薄もやがかかっていき曖昧になっていった。
だけど今、そのもやは晴れて記憶の中の彼女の顔も明確に浮かび上がるようになった。
ぼくは確信した。
髪の色も変わり、声の高さも少し下がったみたいだけど、間違いない。
今、このぼくの目の前でベッドに座り、決まりの悪そうな顔をして頬を掻いている少女は、かつてぼくが好きだった女の子にちがいない。