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6、馬鹿と変態と眼鏡

しばらく日常?和やか回がつづきます。



 脱衣所に置かれていた少年ものの服を着て、ティーゼは食堂に向かおうとした。全身が火照って湯気が立っている。その足を止めたのは、他でもないジジであった。ティーゼがやって来るのを待ち構えていたらしかった。


「ジジさん」

「話があって来た――が、まずはそのむず痒い呼び方を止めろ」

「はい」


 ティーゼはちょっと思案して、アジト内の呼び方に合わせることにした。いきなり呼び捨てにすることには躊躇いがあったのである。


「では、ボス」

「その呼び方はさらに悪い。てめえはうちのもんじゃねえだろ。だったらそう呼ばれる筋合いはねえ」

「はい、申し訳ありません。ジジ」

「それでいい」


 ティーゼが呼び止められたのは、風呂小屋から玄関に回る途中であった。アジトは最低限の木々だけを切り倒して立てられていたため、外壁に隣接するようにして大木が生えている。ジジはその木にもたれかかると、人差し指で幹を叩いた。


「ガキ、てめえはいつも同じような無表情張り付けて同じように首振ってるだけに見えるが、感情がないわけじゃない、と俺は思っていた。領主館に潜らせてた仲間から聞いた話じゃモルザックを見て動揺してたらしいし、ユーリィが撃たれたときは青ざめてた。それなのに、なんで木偶人形のふりしてただ突っ立ってる。さっきだってそうだ、俺の受け答えに対する返事、ありゃ適当に頷いてるとしか思えねえ。なんであんな舐めた真似しやがるのか、俺に分かるように説明しろ。それまで飯にはありつけないと思え」

「はい」


 と言ったっきり、ティーゼは口をつぐんだ。はて、そんなことを聞かれたのははじめてだったので、どう答えればいいのか考えあぐねていたのである。ジジはその場で通せんぼするつもりなのか、ティーゼを見つめたままじっとしている。一種の我慢比べとなっていた。

 沈黙にしては長すぎる間の後、ティーゼが訥々と話した。


「全ての言葉に対し色好く頷けというのが、陛下のお言いつけでしたので」


 黙考の末の答えにしては随分と稚拙であった。ジジは憮然としたが、これ以外に答えようがなくてティーゼはほとほと困った。


「ここはもう、王宮じゃないんだ。てめえの父親の馬鹿な言いつけに従う必要はないんだぜ」

「幼い頃から繰り返し言い聞かされて育ちましたので」


 ガシガシと、ジジは頭を荒っぽくかいた。髪の結い目がほつれて、肩までの長さのこげ茶の髪の毛が数本飛び出る。


「それじゃ、俺はてめえに対する『親父の言いなりになってる人形』っていう評価を覆しようがねえ」

「はい、構いません」

「俺が構う! 俺はなあ、女とガキには優しいって評判なんだよ。こんな後味の悪いままほっとけるかっての。ええい、ガキ、お前ちょっと俺に質問してみろ」


 唐突かつ強引な要求にティーゼはうろたえた。


「聞けばユーリィの前じゃ首振り人形の仮面も少しは外すみてえじゃねえか。俺はアイツのボスだ。だったら俺に、はい以外の言葉を吐くぐらい朝飯前だろ」


 横暴なとんでも理論であったが、ジジは目を据わらせて、少女を威圧している。見逃してくれる気はさらさらなさそうであった。

 ティーゼはここ数年稀に見るほど真剣に頭を捻った。馬鹿な質問でもしたら、問答無用で放り出されそうである。せっかく機会をもらえたのだ。どうせならジジのお眼鏡にかなう質問がしたかった。


「……ジジ、は」

「おう、何でも聞け」


 ティーゼは勢い込んで尋ねた。


「ジジは、どうして私を男爵邸からさらったのですか」

「お前は真性の馬鹿か。ユーリィと一緒に変態と馬鹿って名札くっつけて陳列するぞ。男爵邸でモルザック相手に懇切丁寧に説明しただろ、聞いてなかったのか」

「はい、聞いていました。ギブメーゾ人がお嫌いだと。ですが、本当にそれだけで……」

「本当にそれだけさ」


 ジジの言葉には裏がなかった。


「俺の故郷はギブメーゾとの国境近くにあった。だが、ガキの頃に、ギブメーゾの奴らに襲われて壊滅した。家族も殺された。だから奴らが憎くて仕方ねえ。積極的に殺すことはしねえが、俺に関わってきたギブメーゾ人は残らず殺す、そう決めている。たとえ間接的にでも、奴らにうまい汁をすすらせる事態は断固阻止する」


 唇をへの字にして、ジジは遠くの空を見上げた。


「モルザックの野郎も、奴らに関わる仕事なんか依頼したら俺の逆鱗に触れるって分かってたろうに。隠し通せると思ってたんだろうな、なめられたもんだ。あの野郎が蛇みたくねちっこくてずる賢いことくらい承知してるから、俺だって念入りに調べたんだぜ。それでこのざまだ。モルザックのやり方は気に食わねえが否定するつもりもねえ。だが、ギブメーゾとの提携って点においちゃ、俺はデイリッヒ伯爵に賛成だな」


 言い終えると、ジジはひょいと肩をすくめた。

 まるで明日の天気の話でもしていたような軽い調子であった。

 しかし実際は軽々しい内容の話ではなかったため、ティーゼはすっかり萎縮していた。今のはきっとティーゼが踏み込んで良い領分ではなかったはずである。やはり万事肯定主義に徹していた方が安心なのではないかとさえ考えていた。

 すっかり小さくなって落ち込むティーゼを見て、ジジは寄り掛かっていた木から重心を元に戻した。前触れもなく、ティーゼの両頬を掴んで引っ張る。


「おお、よーく伸びるな。さっきも思ったが、餅みてえだ」

「はひ、へもたべへまへんほ」

「もしもの時の非常食にしてやろう。王女の頬肉のあぶり焼き」


 ジジの目が半分笑っていないのを認めて、戦慄したティーゼである。

 コチンと動かなくなった少女の片頬をつまんだまま、ジジはもう片手の人差し指で彼女の額を弾いた。


「ばーか、ガキが余計な気遣ってんじゃねえ。今の話はここにいる奴らなら全員知ってる話だ。黒歴史でも何でもねえよ」


 ぱっと手を離すと、ティーゼのまばゆい肌が元の位置に収まる。少女は赤くなった頬をいたわるようにさすった。


「それよりガキ、聞きてえことがもう二つあった。てめえ、俺にさらわれた時も顔色ひとつ変えずにいやがったろ? 怖くなかったのか」

「はい」


 本当は少し怖かったけれど、ティーゼはその本音を口にしなかった。


「王宮にいればああいった事件は何度か耳にしたことがありましたから、今度こそ自分の身に起こったかと思っておりました」

「抵抗もしなかったな」

「はい。抵抗すれば、殺される危険が高まるだけです。あの時はジジについていくのが最善の策だと考えました。あとはなるようになると」

「やっぱりてめえ、心臓に毛が生えてるな。しかし、そのわりにな、領主館でモルザックを見た時、動揺してたらしいじゃねえか。これも聞いた話だが、そこを伯爵に付け込まれたって? 改革派にびびったわけじゃねえだろ。それなら伯爵を見た時に反応するはずだ。心臓に毛がはえてても、ガキにはモルザックの強面は衝撃が強かったか」

「はい……」


 ジジが納得していなかったので、ティーゼは渋々打ち明けることにした。モルザック男爵の名誉のために黙っていたかったのだけれど……。


「あんまりにも眼鏡が不似合でいらっしゃって」

「………あ?」

「数年前にお会いした時の男爵は、眼鏡をかけていらっしゃいませんでした。それなのに、領主の館で再びお目にかかった時には、黒縁の眼鏡をかけていらして、それがあの方の立派な体躯には似合ってらっしゃいませんでしたので、少々動じてしまいました」

「は」


 ジジが口許を押さえて、ガスの抜けたような声を出した。そして、次の瞬間、たがが外れたように腹を抱えて笑い出した。


「あははははははは! め、眼鏡が、に、似合わなかったからって? それで動揺したのか。ナイフ突きつけられても誘拐されても動じなかった奴が。でも確かにそうだ、モルザックの野郎の眼鏡姿なんてちゃんちゃらおかしいよな。あはははは!」


 涙をにじませ、ひーひー喘いでいる。そのまま息がつまって窒息してしまいそうであった。


「だ、だけどな、アイツも好きでつけてるんじゃねえと思うぜ。お堅いお貴族様に馴染もうとアイツなりに必死なのさ。だから、そんなに笑ってやるな……」


 ぶるぶると肩を震わせてモルザック男爵を弁護したかと思うと、再び豪快に爆笑しはじめる。ティーゼは人生ではじめて人間を笑わることに成功した。快挙である。万歳三唱して喜ぶべきことであったが、壁を殴りつけながら笑い転げるジジを前に無表情で突っ立っていることしかできない。

 どうしよう、このままだとジジが壁を破壊しそうだ。こういう時落ち着かせるための呼吸法があったはず。ひっひっふーの拍子だと女官たちが話していた。そう思って「ひっひっふー」と試してみたところで、いや自分が試しても意味がないと我に返った。実は動転していたらしかった。

 騒ぎを聞きつけて、ユーリィと手下が二人やって来た。ティーゼを見て、次に腹を抱えてうずくまっているボスを見て、唖然としている。


「何があったんだよ姫様」


 ティーゼはほんの僅かに眉をハの字にした。ティーゼが笑わせてしまったのだと言っても、信じてもらえそうにない。


「ひっひっふーが……」

「え、何、ジジってば産気づいてるの?」


 ユーリィについてきていた手下が「お姫様落ち着いてくだせえ」と宥めた。その脇をユーリィがすっとんで行った。笑い死にしそうなジジを助けに行ったのかと思いきや、いきなりボスの胸倉を掴み上げゆっさゆっさと揺さぶりはじめた。


「どこの女に(はら)まされたんだ!」

「副ボス落ち着いて!!」


 ユーリィと手下がすったもんだしている間に、ジジも何とか笑いを抑え込んだようであった。窒息寸前の状態から回復したかと思うと、すっくと立ち上がって宣言した。


「よし、このガキをしばらくアジトで預かろう。客人として丁重にな」

「はっ?! 何言ってんのジジ。本気?」


 ユーリィが素っ頓狂な声を発した。


「本気も本気、大本気だ。目途がついたら俺らで王宮に返しに行く」

「俺ら盗賊だよ。人助け集団じゃないんだよ?」

「知ってらあ。今回だけ特別。偶には悪かねえだろ」


 ユーリィも後ろにいた手下たちも開いた口が塞がらないようであった。しかし、手下たちはボスの気質を嫌と言うほど理解してもいたので、すぐに諦め、一緒にティーゼを受け入れることに決めたようであった。ユーリィだけが、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 ジジはティーゼをよいしょと抱き上げた。


「おいガキ、聞いたとおりだ。異論はないな?」

「はい。ですが……」

「ですがもしかしも聞かねえ。なーに、悪いようにはしねえよ。少なくともモルザックのとこよりはマシな生活させてやる」


 屈託のない笑顔で、ジジは約束した。

 ティーゼでなくとも一二もなく頷いてしまいそうな、太陽のような笑顔であった。

 思わぬ成り行きに、ティーゼはぽかんとしていた。

 てっきり、もう受け入れてはもらえないものと思っていたのに。モルザック男爵の眼鏡のおかげなら、ティーゼは花束を持って男爵邸に出向きお礼を言わなければならない。いや、贈り物は眼鏡拭きの方が良いかもしれない。

 いつもの無表情が壊れていないか、無性に気にかかって、鏡が欲しくなった。

 込み上げるものを、無理やりかみ殺す。


「はい……はい、ジジ。ありがとうございます」

「そうそう、俺の優しさに感謝しとけよ。よし、ユーリィたちも皆で居間に戻るぞ。食事だ食事。いいか、ガキ。アジトで暮らすからには暗黙のルールってやつを早いとこ覚えろよ。その一、飯はなるべく全員で食う。その二、仲間は決して見捨てない。その三、何かあったらまず宴。その四……」


 ジジの肩の上で揺られながら、ティーゼは彼が指折り挙げていく仲間内の約束事に一心に耳を傾けたのであった。




ユーリィはアホですが長男気質で、ジジはしっかりしていますが根っこは末っ子気質です。

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