表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/15

13、男たちの決闘



 ヤントンは、背後で爆ぜた銃声に、びくりと肩を揺らして振り向いた。男が一人、額から血を流して倒れている。何が起こったのかと判断に迷っていると、銃声に驚いた前方の敵がヤントンに気がついた。しまった! と慌てて応戦しようとすると、再びの銃声の後、その敵も血を流してくずおれた。

 呆然とするヤントンの頭上では、ティーゼが肩を上下させて、膝を震わせていた。

 はじめて、人間を殺してしまった。

 その事実に吐き気と目眩がした。


(情けない! 震えたりするな、自分で決めたのだから、やり遂げなければ……!)


 自分を叱咤して身を奮い起こすと、真下のヤントンに叫ぶ。


「逃げてくださいヤントン! 私のことは放って、逃げて!」

「そんな……! 駄目だ、アンタも一緒に!」

「いいから!」


 どちらも譲らず言い合いを続けていると、騒ぎを悟った兵士たちが駆けつけてきた。


「いたぞ! 王女だ」

「三階の部屋だ! 早く殺してしまえ」


 ティーゼはもう一度叫び、逃げるように急き立てた。その気迫に押されるように、ヤントンが一歩二歩進みだす。少年の姿に気付いた敵が王女の味方だと察して追いかけはじめた。ティーゼの放った銃弾が、その兵士の頭蓋を砕く。ヤントンが後ろ髪をひかれながらも、川を越えて木立の中へと逃げ去っていった。

 ティーゼは窓を閉めると、扉に駆け寄り鍵をかけ、椅子と机を重石代わりに扉の前に置いた。ベッドは重すぎて動かせなかったが、代わりにベッドと壁の間にできた隙間に身を潜め、息を殺した。

 バタバタと、階段を上ってくる足音が聞こえた。

 絶望的な状況であった。

 ティーゼの行動は、ただの悪あがきである。


(でも、どっちみち殺されてしまうなら、最後の最後まで諦めてなんてやらない。ジジは、仲間を見捨ててはならないと言った。私は盗賊団に受け入れられたのだから、皆が私を助けようとしてくれた気持ちを無駄にしてはいけない。それは仲間を見捨てることと等しいのだから)


 ヤントンはジジが助けに来てくれると言っていた。

 ティーゼはそれに「はい」と言ったのだから、ジジが来るまで何としても生き残らなければならない。

 そう、覚悟を決めた。

 ドンッ! 激しく扉が叩かれた。鍵がかけられていることに気付いたのか、銃弾が撃ち込まれ、扉が蜂の巣にされていく。

 ティーゼは身を縮め、狭い隙間から扉の方を覗き、いつでも銃を撃てるように構えた。

 破裂しそうに高鳴っていた心臓が、だんだんといつもの調子を取り戻しはじめた。

 体中の機能が黙り込んだように静かで、心臓の音だけが規則正しく胸を叩いていた。

 一際高い銃声の後、とうとう蝶番が壊れ、扉が蹴破られた。兵士が二人乱入してきた。片方が机にけつまずいて転びかけた隙を狙って、銃弾を撃ち込む。

 もう片方の男は、机と椅子を片手で投げ飛ばし、強行突破しようとしてきた。

 ティーゼは残り二発しかないリボルバーの引き金を引き、弾を発射した。狙いは過たなかった。しかし、撃ってくると分かっているものをまともに食らう馬鹿はいない。兵士は椅子を盾にして銃弾を受け止めた。

 届くことのなかった銃弾は、兵士の怒りを煽る結果となった。


「こしゃくな真似をしやがって!」


 丸太のような腕が、少女の体を蹂躙しようと襲い掛かってきた。銃弾はまだ一発分残っている。だが、弾が当たらなかった事実に衝撃を受けたティーゼの体はすくんでしまっていた。

 これまでにないほど死の予感を肌身に感じた。

 恐怖の余り、声も出なかった。


(助けて、ジジ……。ジジ――!)


 兵士がティーゼの頭をわしづかんだ。人形のように無表情で、凍りついて動かない少女の顔を見て、興味深げに目を眇めた。こんな上玉なら、殺す前に兵士の間で回してやっても良い。王女といっても、他国のものならば我らには関係ない。そんな具合に男の脳内で膨らんでいた妄想は、鋭い横槍によって無残にはじけ飛んだ。

 窓の割れるけたたましい音とともに、白いガラス片が散弾のように飛び散った。雪のように真っ白い景色の中から忽然と現れた黒ずくめの男は、飛び込んできた勢いのままティーゼを捕まえていた兵士に跳び蹴りをくらわせた。

 ガラスの破片でできた雪原の上に下り立った男の姿を認めて、ティーゼは思わず抱きついた。


「ジジ!」

「待たせたな、ガキ」


 再会した二人を早速狙ってきた弾があった。ジジはティーゼを小脇に抱えたまま、片足でベッドを跳ね上げた。起き上がったベッドが壁代わりになり、襲い来る銃弾を受け止めた。


「ガキ、俺の腹にしがみついてぶら下がってろ」


 ジジの言う通りに、ティーゼは男の背中に手を回して、コアラの子どものように抱きついた。その状態で、ジジはひらりと窓の外に躍り出た。窓の下には敵が十名ほど。飛び降り様に四人を手早く片付けたジジは、着地点で待ち構えていた敵の頭を踏んづけ、奪い取った銃と愛銃の両手撃ちで残りを葬った。

 敵を殲滅し地上に下り立ったところで、逃げ道を探そうとしたが、両の曲がり角から敵がわんさか現れ、再び囲まれる形となった。

 ジジは舌打ちして、後ろにあった窓から宿の一階へと飛び込んだ。その拍子に片足に銃弾を撃ち込まれたが、痛みを無視して、すぐ傍の部屋に滑り込んだ。扉と窓を早業で塞ぎ、机と椅子を瞬く間に積み上げて防御壁にした。

 入った部屋は、客室ではなく食料庫になっていた。天井から玉ねぎがぶら下がっていて、木箱にはイモ類が山と積まれている。床板の隙間からは土くれが溢れており、湿った木陰の匂いが充満していた。


「敵が百人なんてデマかと思ったが、モルザックの野郎、余程俺が怖いらしいな。正攻法じゃ逃げ切れねえ。何か策を考えねえとな」

「ジジ」

「あ? 考え中だ喋りかけんな」


 ティーゼはジジの右足を見つめた。黒いズボンにじわりと血が滲んでいる。ティーゼの胸にも苦い痛みが滲んだ。

 ティーゼだって命が惜しい。けれど、こうやってジジたちが傷ついているのを目の当たりにしてしまえば、その気持ちは容易にひび割れた。ティーゼは唾を飲んで喉を鳴らすと、意を決してジジに伝えた。


「私の身柄を敵に差し出してください。そうすれば、まだ生き残っている人だけでも助けられます」

「却下だ却下。俺が何とかしてやるから黙ってろ」

「ですが、私がいなければ、ルチルダさんたちも、ヤントンもこんな目に合わなかったのに。ジジも、ユーリィも……。ジジだって、こんな新参者で厄介者の王女などより、他の皆の方が大切でしょう?」

「姑息な聞き方してんじゃねえぞ、うぜえ」


 辛辣な言葉が返ってきた。


「小より大を取れってか? まさかてめえにボニガンと同じこと言われるとはな」


 ティーゼはいつも以上に感情を押し隠した無表情でジジを強く見据えていた。自分なんて置き去りにしていいから、ヤントンとユーリィと生き残った仲間を連れて逃げてほしい。ジジたちが遠くで幸せに暮らしてくれたら、それだけで良いから……。


「お前さ、『何とも思ってないからどうぞ置いて行ってください』って顔してるけどよ、それなら俺が助けに来たとき、さも嬉しげに抱きついたりなんかしちゃいけねえぜ」


 ティーゼはいたたまれなくなって、顔をそむけた。その頬を、ジジのかさついた指がつまんで引っ張る。ティーゼの顔が見事な台形になった。


「てめえとユーリィを比べたら、そりゃあ俺はユーリィの方が大事だ。付き合いもなげえし、偶然受け入れたてめえとは年季が違う。他の奴らに関してもそうだ。

 だがな、俺が大事に思ってる仲間は、新参者だろうが厄介者だろうが命を賭して助けちまう奴らばっかりなのさ。そんでもって、アイツらが慕ってくれてんのは、女子どもに優しくてお人よしな俺だ。俺は俺とアイツらとの信頼のために、てめえを命がけで助ける。てめえの悲痛な申し出なんて期待もしてねえし望んでもいねえ」


 ジジはティーゼの両頬を挟むと、軽く凄んで、


「てめえはグダグダうるせんだよ。聞き分けの良さと肝の太さが取り柄だろうが。これ以上つべこべ言ったら無理やり黙らせるぞ、分かったか」


 ティーゼはコクコクと首を振った。

 ジジはティーゼの頬を解放すると、胡坐をかき、再び思案に耽った。窓と扉の両方から、激しく殴打する音が聞こえるが、ジジが気に掛ける様子はなかった。


「……ひとつ、策がある。おいガキ、ヤントンに逃げ道のことは聞いたな?」

「はい」

「よし」


 ジジは決然と立ち上がって厳かに宣言した。


「俺はこれから、モルザックに決闘を申し込む」


 ジジは手短に説明した。


「俺らの言う決闘は、一対一で戦って生き残った方が勝利する。賭けるもんは命だけと決まっているが、唯一の規則としてボス同士の決闘の最中は他の奴らは一切手出しできねえし、周囲で乱闘騒ぎを起こすことも禁止されている。つまり、俺とモルザックが一騎打ちすれば、その間てめえが逃げる隙を作れるって算段だ。こっから逃げ出して避難小屋で待ってれば、そのうちユーリィが助けに行く」


 決闘の内容を知ったティーゼの血の気が引いたが、口答えはせずに黙って承諾した。口論している時間は既になかった。外からの銃声や罵声がどんどんと大きくなっている。

 ジジは乱雑に積まれた木箱を退けると、地下食料庫への扉を発見した。ワインや生ものを置いておくだけの小さな冷暗室であった。そこにティーゼを押し込める。蓋の隙間から囁いた。


「決闘がはじまったら、まずは一発銃声を鳴らす。それを合図にここを抜け出せ。敵の意識は俺とモルザックに向けられているはずだ、そこを縫って川を越えて逃げろ。くれぐれも言っておくが、馬鹿な考えは起こすんじゃねえぞ」


 その忠告を最後に、重い蓋がゆっくりと閉められた。ティーゼはできるだけ静かに身を潜めた。暗闇が少女をすっぽりと包み込んだ。

 ジジは木箱を元の位置に戻すと、薪を四本ほど見つくろい、それに布をかぶせてティーゼの身代わりを作った。稚拙にもほどがあるが、ごまかし程度にはなるであろう。

 身代わりを小脇に抱えると、時機を見計らって、窓をぶち破った。外から侵入を試みていた敵方の兵士たちは、獲物が中から飛び出たことに驚愕して奇声を上げた。


「おい! 逃げたぞ、上だ。王女も一緒だぞ」


 うまいこと騙されてくれたらしい。ジジは薪を抱えたまま、野生の身のこなしで弾丸を避け、体に隠したあらゆる武器で応戦し、時にはガラスを叩き割って敵の頭上に振りまきながら、屋根の上までよじ登った。足の怪我など微塵も感じさせない鮮やかな動きであった。

 屋上に着くと、ジジはまず薪を地上に投げ捨てた。

 仁王立ちになり、地上を見下ろして一息に吠えた。


「モルザアアック! ノマ盗賊団がボス、ジジがてめえに決闘を申し込む」


 親指の腹を切って、血の付いたナイフを地面に投げ捨てた。それを相手が拾えば、決闘承諾の印となる。

 既に騒ぎを聞きつけていたモルザック男爵は、こちらを睥睨するジジを見上げて顔を歪めた。足元のナイフには目もくれない。馬鹿な事を言い出したものだと思っていた。時間稼ぎに過ぎないことは明白であり、にべなく拒否するつもりであった。


「貴様は状況が飲み込めてねえのか。黙ってさっさと姫を……」


 モルザックの言葉を遮り、ジジは殊更大きな声で揶揄した。


「へええ、モルザック男爵は一人きりの盗賊ごときに怖気づいて、決闘の申し入れを断ると! 臆病風にでも吹かれましたか」

「てめえ、何を……」


 こんなあからさまな挑発に、モルザック男爵ともあろうものが乗るはずがない。重要な局面でこそ、この男は冷静沈着さを発揮するのである。

 しかし、ジジの声音は軽蔑の色を孕むことをやめなかった。侮蔑の言葉を重ねて、モルザック男爵を煽っていく。男爵はイラつきはしたものの、冷静さは失わなかった。ジジの鳶色の瞳の向こうに隠された真意を見透かそうとした。ジジは全身で男爵の弱腰を嘲笑していたが、瞳にだけは怜悧な光を宿していた。

 モルザックはハッとして悟った。しかし、事は既にジジの狙い通りに進んでいた。

 ギブメーゾ兵士たちの無数の目が、モルザック男爵に集中していた。百を超える視線は、暗黙のうちにモルザック男爵を責めていた。まるでジジに感化されたような軽蔑の色を、視線たちは一様にはらんでいた。

 ギブメーゾ国は、山岳地帯に興った国であるが、その始原は山賊団にあった。作物の育ちにくい山がちの厳しい土地の中で、屈強な男たちが生きのびるために身を寄せ合い、それがいつしか大きな集団となって、国となったのである。そういった環境下で、祖先の伝説を聞き育ったため、ギブメーゾ国の民は強さこそを誇りとする嫌いがあった。共和制が敷かれた現在でも、武力こそ絶対であるとの思考は国民に根付いたままであった。

 そんな国の兵士たちが、決闘を申し込まれてのこのこ退くような指揮官をどう思うか。

 ジジは、ギブメーゾ人の思考まで織り込んで、モルザック男爵を確実に決闘の場に立たせるよう仕向けたのである。

 とどめとばかりに屋上から冷笑が降ってきた。


「どうしましたモルザック男爵。どうにも足が動かないようですが、僭越ながらこのジジめが、下まで下りて行って差し上げようか」


 ギリギリと歯ぎしりしたモルザック男爵は、忌々しげな手つきでナイフを拾い上げ兵士に投げ渡した。男爵は宿の中へ踏み入ると、三階の窓から屋根へと上った。赤く染まった顔はまさしく鬼の形相である。

 ジジが愛銃を片手にぶら下げて、やって来た敵の大将を出迎えた。


「毎度毎度そんなにブチ切れて、よくもまあ血管が切れないと感心するぜ」

「この場でてめえを殺せば、俺の血管の寿命も延びるだろうな」


 宿の屋根は山形になっており、冬の積雪に備えて大きく傾斜がついている。周りの緑に同化するような若草色の屋根の上に立つ二人は、萌える草原に佇んでいるようであった。ジジのすぐそばに、赤レンガを積み上げた煙突が伸びていた。

 屋上からは、麓までの濃緑色とその向こうの黄金色の小麦畑、寂れた一軒の風車小屋と、トンビが旋回している秋空を一望することができた。通り抜けた涼やかな秋風の場違いさは、いかんともしがたい。

 ジジはひどく緩慢な動きで、銃を胸元に仕舞い込んだ。モルザック男爵も無言でそれに倣う。

 合図とともに銃を取り出す。それが決闘の習いであった。


「合図は?」とモルザック男爵。

「てめえんとこの兵士にでも出させろ。どちらの味方とも言えないだろうから、小細工されることもねえしな」


 モルザック男爵は片眉を上げたが、反論はなかったのか、地上の兵士に合図の役目を受け負わせた。


「今日でてめえの顔も見納めかと思うと寂しいぜ、モルザック」

「そりゃこっちの台詞だ。――おい、いつでもいい。はじめろ」


 ジジの口許からうっすらとした笑みが消えた。恐ろしいほどの怜悧さが、明るい笑顔に取って代わった。

 兵士の銅鑼声が、天を穿つ勢いで合図した。

 ジジとモルザックが睨み合い、しばらく牽制の時間が続いた後、二人は測ったように同時に走り出した。

 男たちの決闘が開始されたのであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ