037 罠
「念のため、これも預かってほしい。」
腰に下げた『イフリート』をルナに手渡す。
「丸腰など危険じゃ。」
「武装して出て行けばそれだけ警戒されるだろ?
魔獣に襲われてほうほうの体で逃げてきた事にすれば、きっと油断してくれると思ってね。」
「・・・・・・分かった。
じゃが、何かあればすぐに助けに向かうからの?」
「うん、悪いね。」
「そう思うなら、無理しないでほしいのじゃが・・・」
無言でルナの頭を撫でると、野営の火が見えた方向へ歩いていく。
ガサッ
茂みがなる音で、兵士達が俺のほうに気づいたのが伝わる。
「誰だっ」
声がかかるので、とぼけた感じで答えてみる。
「魔獣の群れに襲われた旅の者です。火の手が見えたので、保護を求めたいのですが、合流しても宜しいでしょうか。」
「少し待て。」
物音がする。
何の準備をしているのだろう。
有無を言わせず攻撃してくる事もありえる、何があっても動けるようにだけ気をつけておこう。
少し待っていると、装備を固めた兵士が4人ほど歩いてくる。
3人の兵士が武器を構えつつ待機し、リーダーらしき1人の兵士が俺の前で盾を構えた。
「旅の者という証拠はあるか?」
証拠・・・困った。
「すまない。提示できる物に心当たりが無い。」
俺の姿が丸腰だったからだろう。兵士が困ったように後ろを振り返った。
後ろの兵士も困っている様に見える。
「冒険者登録カードなども持っていないのか?」
恐らく冒険者支援グループの利用証か何かだろう
この時の為に考えていた嘘を使う。
「魔獣の大群に襲われてね、荷物を全て放り出して逃げてきたんだ。
なので、今は何も持っていない。水や食料さえもね。」
これでごまかせるなければ、大人しく引き下がるしかない。
「・・・・・・・そうか、君もあの大群に襲われたのか。」
どうやら信憑性はあったようだ。
兵士は何かを考えた後、
「少し聞きたい事も出来たので、我々のところに来て貰って良いだろうか。」と言ってくる。
魔獣の大群に関しての情報だろうか?
兵士達が戻っていくので、その後ろをついていった。
薪の周りには5人の兵士が座っている。
俺を出迎えに来た4人を合わせると9人か。
「これでも飲みたまえ、逃げてきたのでは水分も取れていなかっただろう。」
そう言って水の入ったコップを渡してくる。
「挨拶が遅れた、私はこの兵達の兵士長でアーウェルと言う。」
「アーウェルさん、ありがとうございます。」
緊張していたからか、結構喉が渇いている。
水を飲むんだ後、気になっていたことを聞く。
「先ほどの魔獣の群れなのですが、ただの獣ではなく、統率された獣のように見受けられたのですが・・・」
「君もそう思ったかい?」
この返答は、フレイムスフィアの軍隊の一軍と見て問題なさそうだ。
俺が続きを聞こうとすると、後ろから女性の悲鳴があがる。
「きゃぁぁぁっ」
この声はルナの声、一体何があった!?
後ろを振り向こうとするが、体が動かない。
・・・っ何が?
腹部に熱い衝撃が走る。
目の前には狂ったように笑う兵士長と、無表情のまま武器を構え、立ち上がる兵士達が見える。
これは一体っ!?
「ヒロっ、罠だったのじゃ、すぐに逃げるのじゃっ」
後ろから聞こえるのはルナの声、だがかなり擦れている。
傷を負っているに違いない。
やはり、先ほどの悲鳴はルナの声で間違いないらしい。
「そこまで気づいていながら、無防備で敵地へ乗り込むとは。
君は本当に愚かだねぇ。」
兵士長が一歩後ろに下がると、手に持った短剣が見える。
その短剣には真っ赤な血が付着している。
ヤバイ・・・
俺の頭の中にアラートが鳴り響く。
このままでは2人共殺されてしまう。
幸い今は夜だ。今なら吸血鬼化が使える。
『解凍』対象『吸血鬼化』
急いで解き放つ。
吸血鬼は、マスターの危険に合わせて力が上昇すると聞いていた。
ルナの声はかなり切羽詰っていた・・・
ならばこれに賭けるしかない。
・・・・・・体が変質していくのが分かる。
夜の闇を体に取り込み、腹部から溢れていた血が止まり、麻痺した身体に力が入る。
朦朧としていた意識ははっきりと覚醒し、周りを見渡す。
そこには傷だらけになって倒れたルナと、そこへ剣を、斧を振り下ろそうとする4人の兵士。
「グルオォォォォォ」
俺は咆哮すると、ルナの隣に飛び込み、剣や斧を受ける。
痛みに耐えつつ、高質化した爪で兵士達を上半身と下半身に切り分ける。
残った兵士達が、火や風の魔法を俺とルナにめがけて放つ。
爪で魔法を切り裂くが、ルナに向けられた魔法にまでは手が回らない。
すばやくルナを懐に抱くと、魔法に向けて背中を向ける。
背中が爆発で爆ぜ、切り裂かれ、衝撃で目の前が真っ暗になりかける。
だが、ここで意識を手放す訳に行かない。
俺だけじゃない。ルナを守るんだ!!
「ヒロ、わらわの事はもう良い。お主だけでも逃げるのじゃ」
か細い声が聞こえるが冗談じゃない。
背中の衝撃が収まったことを確認し、振り向きざまに爪を振るう。
感触から何人か切った事が分かる。
ルナを抱いたまま木の陰に跳躍し、ルナをそっと地面に横たえる。
「少しだけ待っていてくれ。」
「ヒロっ、そのままでは死んでしまうのじゃ。頼むっ、わらわを置いて逃げるのじゃ。」
それだけは嫌だ!!
治癒呪文を使い、身体の傷を癒す。
俺の魔法では焼け石に水程度だが、身体に力は入るようになった。
木の影から見て取れる敵の数は6人。
俺を刺した兵士と後ろから魔法を放っている5人。
先ほどの爪の一振りは3人の命を奪ったようだ。
木の影で耐えていると、魔法が一瞬途切れた。
その隙を狙い、木の陰から飛び出す。
「残念でしたぁ~。」
飛び出した瞬間を狙っていたのか、今までの5倍、直径1メートルはあるだろうか火球を放ってくる。
避ければルナのいた場所へぶつかる・・・
意を決すると、放たれる前の火球に自ら飛び込んだ。
身体が煮えたぎるような熱さだ。
だが、ここで諦める訳には行かない。
火球を分断するように両手の爪を振るうと、兵士長ごと火球が細切れになっていく。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
残った兵士は5人・・・
だが、兵士長を失った兵士は、糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちた。
油断する訳には行かない。
俺は意を決すると、崩れ落ちた兵士の首をその爪で切り落としていった。
これで兵士は残っていないはず・・・
ルナの元へ戻ると、深い傷がいくつもある。
すぐに手当てをしなければ・・・
俺はルナに向かって回復呪文を唱え続けた。
限界だ・・・もう意識を保てない・・・
覚えているのは最後の力を振り絞り、家の扉を開いてルナを押し込んだ所までだ。
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