098 アリシアの独白 ③
「まず、ラース公について説明しよう。」
その言葉に緊張するのが判る。
いままではぐらかされ続けて来た答えを聞く事ができるのだ。
「奴の正体は・・・大戦の折、唯一生き延びた天使・・・神の欠片を持つものだ。」
「・・・・・・」
「なっ!?」
「アリシア様、ラース公とは?」
三者三様のリアクションが返る。
ラリー、リアーサは黙している。
アーチャはラース公自体を知らないようだ。
そして俺は言葉を失った・・・
アリシアはアーチャが判っていないことを感じ取ったのか、説明をしている。
「ラース公とはヒロの召喚主であり、7公の筆頭だ。
お主も7公を継ぐ者。しっかり覚えておくが良い。
・・・ヒロも聞きたいことがあるだろうが、全て聞き終わってからにしてくれ。」
どうやら俺への説明はないらしい・・・しかも先に釘を刺されてしまった・・・
「了解。」
「判りました、しっかりと覚えておきますね。」
俺が降参と言った感じに、アーチャが神妙に頷くのを確認し、アリシアは話を続ける。
「とはいえ、彼女が天使と気づいたのは後戻り出来なくなってからだ・・・
私・・・いや、もう我で良いな。
昔のことを語るため"私"と言っていたが、やはり、今では"我"の方がしっくり来る。
我が始めてラースと会ったのは、彼女が巫女として我の世話係に上がってきた時だった。
彼女は最初、誰にでも分け隔てなく接する気だての良き娘だった。
我も好ましく思い、少しづつ信頼していくようになった。
暫くたったある日、彼女の父親である先代ラース公が亡くなった。
その頃からだろうか、彼女が変わって行ったのは。
ラース公を継ぐのは、順当であればケインであった。
だが、彼女は我の側係を辞し"父の遺言を次ぐ"と言ってラース公の地位に就いた。
反対するものが多いかと思っていたのだが、誰も反対するものはいなかった。
彼女の手に先代ラース公の書状があったのと、ケインが反対しなかったと言うのが一番の理由だろう。
だが、腑に落ちなかった。
何故、急死したはずの先代ラース公が彼女に跡目を譲ると言う書状を書いていたのか?
そもそも、先代ラース公の死因自体が判らなかった。
我は極秘にそのあたりを調査させた。
調査は難航を極め、時間が掛かった。
そんな折、長い間我等に関ろうとしなかった人族の国の一つ"フレイムスフィア"がシン国に宣戦布告してきた。
長い寿命を持つ我等と違い、短い寿命の人族では何度も世代交代していた。
戦争の愚かしさ苦しさを忘れ、またも愚かしい道に走ってしまったのかと思ったよ・・・
だが、長い間で麻痺していたのは我等も同じだったのだ・・・
ラース公から"魔獣の凶暴性を解き放てば、戦争の愚かしさを思い出すのではないでしょうか。"という進言に誰もが反対しなかった。
あの時の苦しさ、悲しさを覚えていた我でさえ、反対しなかったのだ・・・
もちろん、魔獣の脅威というものも軽んじてはいなかった。
魔獣の数や生息地を調査し、封印を開放する事で起こる被害を算定させた。
ラース公からの返答は"問題ない"と言う事だった。
我はその調査報告を信じ、封印を開放した。
・・・結果、多くの人族が命を失う結果となった。
後に別の者に調査させた結果でわかったのだが、確かにシン国にとって魔獣の影響は問題なかった。
だが、人族はその繁殖力から住む地を広げ、魔獣の済む地域の側に多くの町や村があったのだ。
そういった町や村は、そのまま魔獣達の餌となった。
魔獣が我の力で凶暴性を封じられていると、どの国も知っていたからな。
誰がその惨劇を招いたか、直ぐに見当がついたのだろう。
残る3国もフレイムスフィアに同調し、我等魔族と人族が完全に分裂する事となった。
・・・それに伴い戦争も拡大を広げ、多くの命が失われていった。
戦争を鎮める為、様々な行動を起こした。
まず魔獣を再度大人しくさせようとしたが、うまく行かなかった。
シン国内の魔獣は大人しくなったのだが、人族の魔獣には我の力が届かなかったのだ。
届かないのであれば、近づけばとも思ったが戦争中では移動する事もできない。
ならば和平を行ってはと思ったが、何度和平の使者を送っても帰って来る者はいなかった。
小競り合いを起こしては、休戦し、また起こしては休戦・・・そのまま何年、いや、何十年続いただろうか。
度重なる戦争は、我や他の大公達に疲弊を招いた。
だが、ラース公だけはそれを楽しむ節が有った。
頑として調査する事ができないラース公の近辺。
戦争が続く事を良しとする性質・・・何時の頃からか、ラース公に持つ不信感は限界付近まで来ていた。
そんな中、我は1人の少女と出合った。
1部隊のみの行進で、最初は何かの罠かとも思った。
だが、悠長に待っていては被害が出るのも避けなければならない。
なので、我は秘密裏に精鋭を引き連れてその部隊へ急襲を行った。
それがエルとの出会いだ。
秘密裏に彼女を捕虜とした我は彼女から人族の情勢を聞いた。
彼女も最初は我を疑っていたが、誰1人として死者を出さなかった事。
手厚く捕虜としていた事が彼女の心を解してくれたのだろう。
彼女以外の捕虜全てを開放する事。
戦力に関して聞き出さない事。
等幾つかの条件の上でだが、色々と話して貰った。
その中で我も知っていなかった事実がいくつも発覚した。
この戦争で捕まったものは、1人残らず処刑されていた事。
和平の使者が来た事が無い事。
魔獣の群れが統率されていた事。
反戦を掲げる者は今回のように死兵同然の行軍を強いられる事。
まるで戦争を長引かせようとしていると感じた。
そしてその全てがラース公とフレイムスフィアへと繋がっている・・・
この2つに、何か奇妙なものを感じたよ。
本来、大公に直接依頼するのは贔屓とも取られる為避けていたのだが、こっそりとラリーへ依頼を送った。
"ラース公とフレイムスフィアを調べて欲しい。"とな。
結果、この2つが手を組み戦争を長引かせている事が判った。
更にフレイムスフィアが1人の人族によって操られている事もな。
更にいくつもの報告の中、2人の異常性が明らかになった。
2人共、ある一定の次期から年を取っていなかったのだ・・・
飛天族はある程度長い寿命もあるので、何時までも変わらないラース公を可笑しいと見ることはなかった。
だが、人族は別だ。フレイムスフィアにいる人族は戦争前から姿かたちが変わって無いと言う。
そしてやっと気がついた・・・
2人が天使である事を・・・」
アリシアはそこまで一気に話すと、一旦口を閉じる。
そして俺たちを見ると、自嘲気味に笑った。
「可笑しいだろう?
我は長い平和に慣れ、また戦乱の蓋を開いてしまったのだよ。」
だが、その問いに答えられるものはいない。
誰もがアリシアの苦悩を知っているからだ。
「2人が何故戦争を起こしているか判らなかった。
それに、残り2つの概念を宿して居る者が誰か調べなくてはならなかった。
幸い、概念を持つ者2人の居場所が判った。
1人はエル。
彼女の魂の奥底に概念が封印されたまま残っているのがわかった。
ドラゴと我の2人でかけた封印だったため、綻びがなかったのだろう。
なので、エルは目のつくところで監視するものとし、もう1つの概念を探った。
そしてもう1人もすぐに判る事となった。
彼女は封印が解け、昔の記憶や力を取り戻していたが、戦争を良しとせず表舞台へ姿を現していなかった。
その為2人に関して心配する事がなかった。
次に戦争を起こす理由であるが、これももう1人の概念を受け継ぐものと話して明らかとなった。
理由は、神から"決着はまだついていない。続きをせよ。"という命令が下っていたから・・・だそうだ。」
「神って砕け散ったんじゃなかったのか?」
思わず俺は問いかけてしまう。
「そうだ・・・だが、復活していた・・・
そして・・・私にはその声が聞こえなかった・・・」
後悔した・・・
俺の問いに答えたアリシアの表情は、親に置いて行かれた子供のように酷く寂しそうだったからだ。
今のアリシアはスマホの中にしか存在しない。
慰めてやる事もできないのだ・・・
「・・・・・・」
「大丈夫です、アリシア様。
きっと神様も頑張っているアリシア様に酷い事をさせられなかっただけですよきっと。」
そんな俺と裏腹にアーチャが元気良くアリシアを励ます。
まったく見当違いの励ましとも思えるが・・・
「そうだな、ありがとうアーチャ。」
アリシアは少しだけ笑うと、また俺たちに向き直った。
「すまないな、話の腰を折ってしまった。
更に彼女・・・その者は"私はもうあのような戦争を起こしたくはない。止めたいのなら手伝うぞ?"とまで言ってくれた。
彼女は元々"神"の存在に懐疑的だった上、何度も転生を繰り返す事でこの世界が好きになったらしい。
それから我はラース公の目を掻い潜り、彼女と共に戦争を回避する手段を模索した。
そんな中、エルがウェンディア国の王女で、秘密裏に処分されそうになった存在だと言う事を利用し、会談の場を設けた。
その会談の場で・・・奴が来た。」
アリシアの言葉に力が入る。
きっとその時の情景を思い出しているんだろう。
「我と勇者の力を宿した存在・・・
奴は会談の場へ、突如現れたと思ったら突然力を振るった。
会談の場に居た者は、我とエル、先代プライド公であるドラゴの3人以外瞬時に殺された。
その力は恐るべきもので、我も防戦すらマトモにお粉事が出来なかった。
間違いなく奴の差し金と判っていたからな、なんとしても思い通りにさせたくなかった・・・
だがこのままでは全員殺されてしまう。
その時に我は、一世一代の賭けを行う事にした。
簡単にドラゴへ説明した後、隠れ家の鍵を用い2人を飛ばした。
我は全ての力を内に込め”魔玉”を2重構造にした上で奴の手に掛かった・・・
だが、思惑は成功した。
”魔玉”を単純に力を継承するための部分と、我の意志を分離する事ができたのだ。
我の命が失われた後、ラースが誰かに新しい魔王にするつもりだと判っておったからな。
・・・魔獣の制御は、我の力でなければ出来ない。
我の力を受け継ぐ傀儡を作り、その者に魔獣を制御させるだろうとな。」
そこまで言うと、少しおどけた表情へと代わり、俺を見た。
「まぁ・・・適合可能なものがおらず、異世界から適合者を召喚したのには驚いたがな。」
肩をすくめ、手を上にあげるジェスチャーをした。
だが、その視線は俺に止まったままだ。
「すまないな、ヒロ・・・我が巻き込んだも同然だ。」
本当にすまなそうに頭を下げる。
「いや・・・アリシアは命を奪われたんだ。
全て悪いのは・・・」
名前を言うだけなのだが、喉の奥がひりついたようにその名を呼べない・・・
「ヒロ、言わなくて良い・・・」
アリシアは目を閉じて、俺に向けて手の平を向ける。
「だが・・・」
「いいんだ。
我はヒロが召喚されてくれたからこそ、このように仮初の体を得て、また人と話すことが出来ている。
ヒロのおかげで様々な恩恵を受けているが、ヒロはこの世界に来て恩恵はあまりあるまい。」
アリシアの言葉にドキッとさせられる。
確かに元の世界に何が有った訳ではない。
だが・・・人の命を奪い事もなければ、狙われる事もなかった。
人より多少不幸は多かったが、就職も出来た・・・これからは順調に生活する事ができただろう。
大してこの世界はどうだ?
召喚した人はすぐに俺を傀儡にしようとした・・・
さらに命も狙われたし、人殺しにもされた。
だが・・・エルに合うことが出来た。
そして、おっちゃん、ケイン、ラスト公、ネイル、ミモザにも。
妹かもしれないミーティア、俺を慕ってくれているグリード公ルナ。
今は亡きドラゴさんにアクアさん。
新しく領主となったアクスさん。
そして今、ラリー、リアーサ、ルーア、アーチャも・・・
そして俺の読めといってくれているアリシア・・・
良い事も悪いこともこの世界では色々と経験してきた。
それが不幸だったか・・・?
違うな。
「いや、確かに色々と大変だった事は否定できない。
だけど、俺はこの世界に来てよかったと思っているよ。」
その言葉にアリシアは驚きに目を開く。
「だがヒロ・・・お主は元の世界に帰りたかったのではないか?」
アリシアの問いに俺は正直に思いのたけをぶつける事にする。
「正直ずっとそう思っていた。
・・・だけど・・・今は仲間達がいる。
俺を認めてくれる人たちがいる。
支えてくれる人たちがいる。
そして・・・俺に期待してくれている人がいる。
元の世界で俺は天涯孤独に生き、やっと居場所を見つけたと思っていた。
だけど・・・その居場所は俺でなくても大丈夫なんだ・・・
そう考えたらさ・・・
案外この世界も悪くないんじゃないかって思えてきた。
・・・って答えじゃ駄目かな?」
「ヒロ・・・」
アリシアは目を細め、嬉しそうに口角を上げる。
「と言う事は、ヒロ君は魔王となる事を承諾するのかな?」
そこにラリーから問いかけられるので、そこも素直に答える。
「あ、それは無理。」
「・・・は?」
俺が無理と言うと、アリシアは鳩が豆鉄砲を撃たれたような顔で、ぽかんとしてしまう。
「いや、俺ってばこの世界の常識とかよく判ってないし、魔王の器って柄じゃないからね。
この世界を好きか聞かれれば、好きって答えられるけど・・・
魔王になれって言われたら、それは無理って答えるしかないでしょ。」
「・・・ヒロ・・・」
「ヒロ君・・・」
「ヒロ様・・・」
その答えには、その場にいた全員が頭を抱えたように見えたのは気のせいだろうか?
「所で、初代勇者様の話と手記を残した天使って言う人の話はどうなったんですか?」
隣では、相変わらず空気を読まないアーチャがアリシアへ質問していた。
そう言えば、その話って今回の話に入っていたのかな?
天使が復活したとかあったけど、手記については何にも言ってなかったな。
「はぁ・・・すまないな、少々話が横道に行ってしまったようだ。
今から話しよう。」




