奇妙
わたしは、少し経ってから、自分の服の袖口で涙を拭いて、立ち上がった。
ポケットに入っていた携帯が、着メロと同時にブーブーと鳴っている。
「もしもし..」
泣いてたこと、バレなきゃいいけど。
(瑚乃実...)
葵の声だ。
なきじゃくりで、ほとんど言葉になっていない。
「どうしたの..?」
(わたし..襲われるかも)
わたしはすぐに、葵の家に行った。
葵の家は、実家だけど、親はいつも家にいない。
複雑な家庭で生まれた葵は、こんな生活には慣れたという。
葵の言うとおりに、家の中に入った。
そして、ゆっくりしのび足で、2階へ上がる。
葵は悲鳴を上げていた。
部屋には、黒い上下のウインドウブレーカーを来た男が葵に徐々に迫っていく。
手には刃物は持っていない。
この後姿、どこかで見たことがある。
「瑚乃実!」
葵は泣きながら、わたしにしがみついた。
『ちょっとまって!』
その男はいきなりそう言った。
来ていたウインドウブレーカーを脱いで、マスクを取り始めた。
野中...?
「野中..?」
野中高人、この男子もわたしの高校1年生のときのクラスメイト。
高校にいたときも、一度だけ女子にストーカーしていたという噂が流れた。
それから、友達も特定の人しか集まらなくなって、影の薄い男子になった。
「実は....」
野中が言うには、ある男たちに脅迫されているらしい。
それで、どこからか入手した葵の家の鍵で家の中に入り、後になって男に連絡するはずだった。
「体は?体に、GPSとか..ついてない?」
「え?」
野中は忘れてた、という顔をした。
「わたしの家、その男たちに分かっちゃうじゃない!」
葵は、あわてて野中のウインドウブレーカーのポケットや裏を調べた。
「ホラ、こんなに出てくるでしょ」
4個のGPSと、録音機がくっつけられていた。
「俺、昨日の夜に一人で歩いてたら、果奈が男に連れていかれるのを見たんだ」
わたしはなんとなくわかった。
「ようするに、果奈を助けようとして、こうなったと?」
まったく女よりも弱い男だ。
頭は普通だったはずだけど、その頭脳を十分に生かせてないのが彼のダメなところ。
「警察行こう、このままだと、あんたも犯罪者になる」
「いいんだ」
「何言ってんの?」
「帰る」
そう言って、野中は帰っていった。
わたしは、一先ず野中を尾行することにした。
野中の家は、わたしたちが通っていた高校から徒歩約10分。
新築だけど、家には母親一人。
受験失敗ばかりで、最近は無言状態と葬式の時に言っていた。
だけど、今歩いている道は、野中の家と逆方向。
この先に、果奈の家があったはずだ。
もしかして、ストーカー行為を続けているのかも。
(!!)
突然、わたしの腕を誰かが掴んだ。
「あぶないぞ、湖乃実」
一番顔を合わせたくない人。
祈。
「.......」
わたしは、掴まれていた腕を無理やりとって
また歩き始めた。
「俺も行くよ、お前一人だと危ないし」
「わたし、そんなか弱くないから」
わたしって今、どんな人のように見えてるのだろう。
そう思うと、自分がいやになってくる。
男に助けを求めてるなんて、自分らしくないよ。
「着いてくるなら、行かない」
わたしは、向かっていた方向の逆の道を歩いていった。
プルルルルル....
携帯が鳴った。
「もしもし?」
(わたしの家の前に....誰かがいるの)
果奈だ。
わたしは祈を無視して、果奈の家へ向かった。
少し離れた場所から、家のあたりに誰かがいるか探した。
やっぱり、野中...じゃない。
今度は、全然違う男の人。
高校のジャンバーを着ている。
プルルルル.....
また果奈からだ。
(今、家のドアを誰かが..ガチャガチャしてるの..)
「え?」
(湖乃実..今どこ?お願い..助けて)
「えぇ?」
果奈には早笈先輩がいる。
高校からずっと付き合っていて、今もラブラブ。
「早笈先輩が果奈にはいる..」
(連絡がないの..わたし..ずっと電話してるのに..出てくれない)
「だけど...」
わたしが言いかけようとしたとたん、電話から悲鳴が聞こえた。
電話はなかなか切れない。
(やめて..離して..)
かすかに聞こえる果奈の声。
遠回りして、果奈の家のマンションの入り口に行った。
果奈の家のドアは鍵が開いていて、すぐに中に入ることが出来た。
その状況で、わたしは迷った。
一人で家の中に入って、自分まで巻き込まれないか。
すると誰かがわたしの背中を押した。
「早笈先輩..」
わたしも早笈先輩もしゃべったこともない同士。
「ここで君は待ってて!」
「.....わたし、警察呼んできます」
「お願い」
早笈先輩が中に入っていくと、中にいた男たちは反発しているように聞こえる。
誰かが誰かを殴る音。
誰かが..殴られている。
「もしもし..事件です..」
すぐに警察が来た。
救急車も来て、深夜の住宅街は、びっくりするほど騒がしかった。
野次馬がたくさん出来ている。
「ちょっと道..通してください」
わたしが野次馬の中に入り込み、警察が立ち入り禁止のテープを張る前に
マンションに侵入した。
「早笈先輩...!」
男が倒れてる。
早笈先輩も少し血を流しているけど、大丈夫みたいだ。
「果奈も大丈夫、ホラ」
果奈が涙を流しながら、わたしの前に姿を現した。
こんなにいい彼氏がいて、少しだけ羨ましいと思った。
「ありがとう..警察呼んでくれて」
「わたしなんて。何も出来なかったから」
わたしの頭にある祈が少しだけ
恋しい。