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プロローグ

桜が舞っていた。


淡く、弱々しい花弁は春の風が木々の隙間を通り抜けると、その生暖かい息吹に乗って季節の現を魅せるかのように、人々の視界を染めあげた。


そんな夢のようで幻のようなハナであって。


だけど微かな息の中でも確かな存在として根付くハナだからこそ、「舞う」という言葉がよく似合うのかもしれない。


その日も桜がよく映える天気だった。


空はどこまでも蒼く、高く広がっていて悪戯な春の色を一層際立せているよう。


幸せばかりの日和が地面を暖めては新しい芽を待ちわびている。


そんな3月の終わりのある日。







砂埃が校庭を揺らした。


立派な校舎を囲むように立ち並ぶ桜が有名な「天詳第三高等学校」。


そこでは胸元に赤い花を付けた学生達が校門の前で笑い、泣いているのである。


よく晴れた今日、ここでも一つ、卒業式が行われた。


なんの支障もなく無事に終えたことで、卒業生や先生達は安心と嬉しさとなんともいえない感情で心を揺らした。


校庭では溢れかえった人々で賑わい、騒がしくせわしい。


ある人は別れを惜しみ、ある人は先生に頭を下げ、ある人は笑顔で送りだし、ある人は大声で友を呼ぶ。


そんなざわめく人混みの中で。


制服姿の少女が一人、立っていた。


その瞳はまっすぐに一点を見据えている。


見つめる目の先には学校に数ある木々の中で一番大きいと言われる桜が咲いていた。


どっしりとした幹と他の木の倍ほどある溢れんばかりの花びらが特徴である。


その木は門の隣に咲いており、何年、何十年と長い間、たくさんの生徒を出迎え送り出してきた。


その樹を見上げているのだった。


風に靡く茶髪混じりの髪を押さえながら少女は、少し悲しそうに目を細めた。


「綺麗だなぁ…」


やっと口から吐き出した言葉はありきたりなもの。


だが、彼女にとっては決別の意味だったらしく悲しそうだった次の顔は、微笑みへと変わっていた。


「写真、撮るか?」


肩に手をおかれ、自らにかかる声に少女は振り向いた。


立っていたのはカメラを片手に持った、少し白髪まじりの男性。


男性は少女の肩に優しく触れていた。


男性を見て、桜を見て、そしてもう一度男性と目を合わせると少女が先ほどと同じ笑顔で頷いた。


男性は微笑み返すと肩から手を離し、数歩、後ろに下がり持っていたカメラを構えた。


少女は桜の下で恥ずかしいような嬉しいような顔で前を向いた。


男性は桜の下で笑う少女をゆっくりフレームにおさめる。


だが、位置があまり良くないのか、眉間にシワを寄せ、一度申し訳なさそうにカメラから顔を上げると手で二度空を切る。


少女はそれに合わせるように二歩ほど右側へ寄った。


男性は手で合図を送り頷いて、もう一度、カメラを覗きこんだ。










世界が赤に染まっていた。


「…え?」


呟き、目を見開いた時…遅れて酷い耳鳴りが男性の頭の中で音を立てる。


頭の中を掻きむしられるような金属の高音。


そして続けるようにくぐもった低音が鳴り響く。


突っ立ったままの男性の靴に転がってきた何かが弱々しくあたる。


レンズ越しの赤い世界。


見開き、固まったままの目をゆっくりと上げると…カメラが鈍い音を立てて地面を一回転する。


覗いたフレームから目を離しても真っ赤な世界。


下を見ると、赤い水溜まりが広がっている。


足元に落ちて動かぬ白い腕。


少し離れた場所にもう一方の片腕。


その腕は関節の可動域を超え、異常な方向に捩曲がっていた。


服に触れると、ぬめりとした感触が男性の指に纏わり付く。


レンズの奥で笑った少女はそこにはいなく。


代わりに薔薇のように紅く染め上がった桜からピトリ、ピトリと、着いた色が滴り落ちてた。





絶句し。


息を忘れていた男性の喉から、ひゅっと空気が漏れたかと思うと。


「ア"…ア"ア"ぁア"ァ"ァァァぁァァァァァァァァぁぁぁ!!!!!!!」


絶叫した。

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