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一次創作練習作 Ⅰ

 一次創作の世界観、設定を深めるために書いた短編です。サブキャラを軸に置いた短編。続きません。



 ふと、僅かな明かりに瑠璃は目を覚ました。

 見れば、カーテンの隙間から明け方の優しい光がもれている。

 大きなあくびを一つして、瑠璃は視線を前に戻す。

 瑠璃が抱えた腕の中には、暖かな存在がいる。

 決して細いわけではなく、しかし太すぎなくもない少年。

 瑠璃の腕ではその背中まで腕が回しきれず、脇に手を入れてしがみつく形になっている。

 しがみつく。彼我の大きさを鑑みれば、これ以上適切な表現もあるまい。

 瑠璃はその胸に頭を預け、小さな体全体を密着させる。

 そして再び安寧を貪ろうとした時、少年が身じろぎをする。

 少年の腕が掛け布団をめくり、朝の冷たい空気が少年のみを包む。

 そして、布団の下にいた瑠璃の姿があらわになり、寝ぼけ気味の目をこすった少年と瑠璃の視線が交差する。


「おはよう、瑠璃」


 少年に頭をなでられて、コクリと頷いて返事をする。

 少年の挨拶に言葉を返さないのは、別に瑠璃が無口な性格をしているからではない。

 単に瑠璃が、言葉を話すという機能を持ち合わせていないからだ。

 少年が瑠璃の頭をぽんぽんとたたく。瑠璃はいつものように抱擁を解き、布団から抜け出した。

 続いて布団から出てきた少年は窓の正面に立ち、思い切りカーテンを開けた。

 この日は一月の二日。

 冬の窓は結露に覆いつくされてはいたが、それでも部屋を照らすには充分な光が入ってくる。

 少年の身を包むのは、黒を基調とした上下のトレーナー。

 それ程背は高い方ではないが、特に低いというわけではない、髪の色も黒で目の色も茶色というどこにでもいるような高校生。

 その隣に立って少年の顔を見上げている瑠璃は、見た目は十歳程度の小さな女の子だ。

 ただし、その格好は決して一般的とは言えない。

 和服だ。

 しかも着物と帯の両方の色が黒。

 おかっぱに切り揃えられた髪の毛も少年のそれより更に黒く、まさに全身黒尽くめ。

 喪服に身を包んでいるようにしか見えない少女だが、瑠璃の事を知っている者からすればむしろ当然の格好だ。

 少年も何も気にすることなく瑠璃に両手を差し出す。

 瑠璃は少年の腕の間に身を入れてのその肩に手を置き、膝を曲げて跳躍する。

 その瞬間、瑠璃の姿が不意に消えた。

 代わりに少年の腕の中には、一匹の黒い子猫が抱かれている。


「さ、朝ごはんにしようか」

「みー」


 子猫――瑠璃は小さく一鳴きしてから頭を少年の体にこすりつけ、小さく喉をごろごろと鳴らす。

 少年は瑠璃を抱いたまま部屋の入口の引き戸を足で開けて、台所へと歩いていく。

 少年と瑠璃の二人だけという、一年を通しても滅多に無い一日がこうして始まった。










 一次創作短編 その一。

 お題『とあるモンスター(つまり非人間)から見た人間』









 台所に来た少年は瑠璃を床におろし、まず神棚に向かった。

 瑠璃は隣の居間にある座布団の上に丸まって、少年の行動を観察する。

 少年は水、塩、洗米を取り換え、短いロウソクに火を灯して二礼二拍一礼をした。

 木で出来た小さな神社を模った物――札宮に入っているのは、今この家を留守にしている少女の髪を、少女自身が名前を書いた和紙に折り込んで作った神札だ。

 同居しているのにわざわざ祀る事に意味はあるのか、とその少女はいつも苦笑していた。

 しかし、少年は毎朝必ず丁寧に神棚を祀っている。

 この行為は神を祀る以上に、亡くなった祖母の教えに依るところが大きい。

 この家には神棚だけでなく仏間もあり、死者の供養はそちらで行なっている。

 神棚には今の事を祈り、仏壇には現状の報告と死者の冥福を祈る。

 現在と死後、それぞれの司る物が別の方向を向いているのだ。

 瑠璃にすらその意味が解るほどに少年は何度も説明していたのだが、それでも少女は苦り顔をするばかりだった。


『ああして祈りを捧げられると、胸が熱くなって困る』


 それが、瑠璃だけが聞いていた少女の独り言だ。

 すぐ傍で祈りを捧げられると、直接心にその想いが伝わってくるらしい。

 顔を真っ赤にしてにやけた顔の少女に、瑠璃が振り回されたり強く抱き締められたりして苦しい思いをした回数は十や二十ではきかない。

 ため息を一つ吐いたとき、少年が居間に入ってきた。 

 テーブルに並べられるのは、白米に味噌汁、漬物にベーコンエッグ。そして鮭の塩焼きだ。

 手軽かつオーソドックスなメニューだった。

 瑠璃の隣の座布団に座った少年が手を合わせる。

 瑠璃が食べる物はない。

 というより、食べられる物がない。

 瑠璃には体重が無く、そもそも瑠璃を視認したり触れられる人間も少ない。

 実の所、瑠璃は子猫の幽霊なのだ。

 ただの動物霊の一つであった瑠璃は、偶然神域に迷い込み、そして、出会った。

 人の姿を模した、人ではないナニカに。

 それから瑠璃は変化した。

 ただただ磨耗するだけだった脆弱な霊魂から、自然の生気に身を浸して永らえる御魂に。

 長い年月を過ごす内に、いつの間にか人の子供の姿を模す事も出来るようにもなった。

 人の言葉も、話す事は出来ないが意味を解するようになった。

 それでも、瑠璃も人を模したナニカも、ただそこに在るだけの存在でしかなかった。

 それを変えたのが、瑠璃の目の前で食事を取っている少年だ。

 今現在、部屋はストーブによって暖められてはいるが、瑠璃には気温が低かろうと高かろうと関係ない。

 実体を持たない以上、熱移動が起きないのだ。

 そんな瑠璃が人里に下りて出会った子供に触れられたとき、瑠璃の中で何かがざわめいた。

 それは、初めて感じた柔らかく優しい温かさ。

 長い時を経る内に魂に纏わり付いていた澱が、子供になでられるたびに落とされていく感覚に酔いしれる。

 そして、瑠璃は少年を神域に導いた。

 永きを共にいた存在に、子供を引き合わせるために。




 それから十年。子供は少年となり、そしてその周りにいた者たちも大きく変化した。

 ただ瑠璃だけが何も変わらず、少年の下で安寧な日々を過ごしている。

 気の向くままに振る舞い、ただ変わりゆく様を観察する。

 ただ、予感があった。

 瑠璃の世界、ちっぽけな子猫の世界に、大きな転機が訪れる予感が。

 だが、瑠璃に不安は無い。

 これまで同様、瑠璃はただ傍観者であるだけだ。

 その変化がいかようなものであろうとも、瑠璃はただ少年の傍に寄り添い続ける。

 今も、そしてこれからも。

 食事の後片付けを済ませた少年の後に続き、瑠璃は少年の部屋に戻る。

 布団の上で丸くなる瑠璃は、机に向かう少年の後ろ姿を眺める。

 少年が行なっているのは『勉強』というものだ。

 それがどれほどの意味を持つ物なのか瑠璃にはうかがい知れないが、邪魔をすれば怒られる程度には重要であるらしい。

 だから、瑠璃は眠る事にした。

 『勉強』なるものが一段落すれば、少年はまた瑠璃の相手をしてくれるのだ。

 何の邪魔が入る事もなく、少年と共に過ごす一日。

 それはまだ、始まったばかりだった。


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