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一次創作練習作 0-Ⅱ

 『一次創作練習作 0』を別視点で書いてみました。練習作の世界観の土台ではありますが、やっぱり本編とは何の関係もありません。


  開幕



 黒い風が渦を巻いている。いや、それは黒ではなく光を喰らう闇によって出来た竜巻だ。普通に考えて巻き込まれれば命は無い。そんな竜巻を内側から眺める女がいた。白い小袖に胸から下を覆う緋袴を穿いている。巫女、と呼ばれる装束だ。

 その竜巻が本当に風によって構築されていたものならばその被害は計り知れないだろう。だが、この黒い竜巻は結界の拡大が視覚化しただけの存在に過ぎない。いわば幻影だ。それはこの竜巻の外にいる人間にもすぐに分かるだろう。なにせこれだけ巨大な竜巻でありながら、風が一切無いのだから。


(そもそも竜巻って移動するものじゃなかったかしら?)


 段々遠ざかる闇で出来た壁を眺めながら、女はふとそんな事を思った。が、すぐにその顔には柔らかな微笑みが戻る。

不自然であればあるほどいい。必要なのは神域の拡大と世間の注目。この結界の拡大はそれを両立してくれる。


(後は原稿通りに自己紹介するだけ、ね)


 こんな山奥の部落といった方がいいくらいに小さな村でもテレビは映るし電話線も通っている。その名を騙れば日本だけではなく世界の注目を集める事も簡単だということは女も知っていた。

 ふと背を預けていた門から身を離し、広い道の向こう側に立って竜巻の中心となっている屋敷を見上げる。唯一の入口である大きな門と長く長く続く塀。かつて百を越える者たちが住んでいた程の広大な屋敷なのだが、今となってはその住人の数は大きく減少している。

そんな屋敷の中央から細長い光が遠く天の彼方まで真っ直ぐに伸びていた。清浄なる光。穢れなき純白。神々しいという表現がこれほど似合う物は無いだろう。

 だがそれは同時に現し世に生きる者、霊格の低い生き物にとっては毒と同義。余りにも濃すぎる神聖さは内に取り込んだものを変質させる。器物が命を得る様な奇跡もあれば、獣が人に変わってしまう事さえ有り得る。それはまさに異界。正邪の区別無くあらゆる存在を汚染し得る原色。それこそが神なのだ。

 女は立ち上る神気より視線を切り、坂の下の病院を見る。中規模の病院ではあるが、設備に関して言えば大病院となんら遜色はない。この屋敷を城だとするならば、あの病院こそが女とその同胞達の戦場だ。二十年前全国に散っていった彼らは、今あそこで戦の準備をしている。志を同じくしてくれた人間達と共に。

 ふと何かの雑誌で見た知識を女は思い出した。

 ゴッドハンド。

 神業のような技術を持つ外科医の事をそう呼ぶのだという。

 だが、それでも零れ落ちる命を救う事などそうそう出来はしない。

 なぜならば、本物の神でさえ全ての命を救う事は不可能なのだから。

 女の目の前を小さな雪が舞う。

 否。それは雪などではなかった。

 空から粉雪のように舞い落ちるそれは、天に立ち上り粉々になった光の破片。竜巻に呑み込まれた――結界に閉じられた場を神域へと変える神の息吹。

 しかしこの神域は禁域に非ず。この地に訪れたものを呑み込み、内に過ごすものに安寧を与え、去るものを見送り、害為そうとするものを惑わせる、神の御心を体現する場となるのだ。

 ただ、薄く神気が漂う程度では鈍感になった人間は気付かない。自分がどのような地に踏み入ろうとしているのか、禁則を犯す事がどれほど度し難い事か、そして確固たる己を持つことすらも忘れてしまう。

 女が物憂げに息を吐いたその時だった。

 突如、薄紅色の光が世界を染め上げる。

 それが結界の完成した印だと女が気づいた時、既に視界のどこにも黒い竜巻の壁は無かった。

 そして竜巻が消えた今も屋敷の中から光は天に突き立っている。異変の中心を示すように。

 静かだった。

 風も、虫も、何もかもが死に絶えたような静寂の中で、女は再び門に背を預ける。

 その静寂を破ったのは、遠くから聞こえてきた車のエンジン音。同時にそよ風が吹き、木々のそよめきと虫の鳴き声が戻ってくる。その車の中に黒の色が無い事を確認して、女は安堵した。これだけの異常に最早隠蔽は不可能と諦めたのか、それとも惑わされてこの場所に到達出来ないのか――おそらくは後者だろう。

 やがて幾台ものボックスカーが門前に止まり、中から出てきたマイクや大きなカメラを持った人間が女を囲み、そして硬直してしまった。

 女は金に艶めく髪をなびかせ、頭頂部の耳をピクリと動かせる。同時に袴の後ろがもぞもぞと蠢いてた。だがマスコミのリポーター達が動きを止めたのは女の見てくれのためなどではない。その雰囲気にこそ原因がある。ただそこにいるだけで伝わってくる圧倒的な存在感。人など及びも付かない上位存在。女を前にした人間が抱いたその感情こそが『畏れ』である。

 微動だにしない人間たちを前に、女はたおやかに微笑んだ。

 そして一台のカメラに目線を合わせる。

 一九九九年七月七日、三時十一分。女の言葉が日本を揺るがした。



「初めまして。私が恐怖の大王です」



 およそ、十年も昔の話である。


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