一次創作練習作 0
原作家大賞に応募した作品の没オープニング。次回作と世界観が同じなので、設定を煮詰めるために上げてみました。
それは一九九九年七月、恐怖の大王がやってくるという予言に世間が沸いていたある日の夜。
日付が変わろうとしている中、一人の少女が夜道を歩いていた。ほどなくして少女は大きな病院の前で止まり、病院の屋上にあるヘリポートを見つめる。残念だがこの街灯が並ぶ下にいては星は一つも見えなかった。
少女の特徴的な点は瞳と背中の真ん中に届くほど伸ばされた髪の色。どちらも深いワインレッドだ。年は低い背に童顔のためどう高く見積もっても十六、七にしか見えない。だがこれでも少女は対外的には三十五歳で通っていた。尤も、本来の年齢からは桁が二つ程違っていたりするのだが。
「引越しの荷物も纏めたし、明日になれば懐かしの我が里に凱旋、と」
少女が郷里を出てから二十年の歳月が過ぎた。その間に少女は高校、大学を卒業し、十一年の間大病院の外科医として経験を積んだ。
無論、未だ未熟な点は多い。しかし十五年と決めて屋敷を出たのだ。ここまで帰るのを伸ばしてくれただけでもありがたい。
退職する際には多くの仲間が別れを惜しみ、騒々しい追い出し会をやってくれた。開業する際には誘ってくれと言ってくれた者までいる。
「帰ったらバリバリ、は働けないか。人少ないし」
再就職先は決まっている。郷里に建てられた中規模の病院、そこで働く医者の一人として、各地から戻ってくる同志達と共に命を救うのだ。『真っ当な人間』が住んでいる家は少ないため、近隣から患者が来ることは稀だろうが。
だが、地元から患者が来なかったところで問題はない。これから始める新しい医療によって、全国から患者が集まってくるだろう。
問題はただ一つ。最初のアピール、それが何よりも肝心だ。
それについては里を纏め上げる長に全て任せているが、どうしても少女は不安を拭う事ができなかった。病院に向かって一礼した後、身を翻した少女は早歩きで来た道を戻り始める。
数分もしない内に少女は借りていたアパートに辿り着いた。中の電気は消えたままだ。音を立てないように中に入ると、タオルケットをかけられた三人の子供が静かな寝息を立てている。それを見て少女は安堵の息を吐いた。
当面の最優先事項はこの三人の母親代わりとなることだ。そのための便宜も図ってもらえるようになっている。眠る子供達の額にキスをしてから少女は寝巻に着替え、布団の上に寝転んだ。
「お休みなさい」
静かにそう告げるてから目を閉じる。それから寝息が一つ増えるのに、さして時間はかからなかった。
†
とある山奥の部落と言って差し支えない村、その中の一際大きな山に登る獣道の上に常識を逸脱した広い敷地の屋敷があった。山に入るには屋敷の正門をくぐり、獣道に繋がる裏門をくぐらなければならない。それ以外の方法では山に立ち入られぬよう強力な結界による封がされ、屋敷の主の許可が無くては山に入ることも山から出ることもできない仕組みになっていた。
その屋敷の門前。刀を、槍を、弓を、銃を構える黒尽くめの一団が門を守るように佇む巫女服を着た女性を取り囲んでいる。
金糸のごとき髪を風になびかせる女性の頭には獣の耳が、さらに赤い袴の後ろからは四本の尾が生えている。それらがただの飾りでない事は、取り囲む黒尽くめ達が最も痛感していた。
「妖めが……」
刀を持った黒尽くめが歯軋りをして憎々しげに呟く。
「私は仙狐ですから妖ではないのですが……」
「同じ事だ! この人の世に貴様ら人ならざるモノは必要ない!」
涼しげな笑顔を向ける女性に激昂した黒尽くめの一人が発砲する。弾頭に特殊な紋様が刻まれた弾丸は、しかし見えない壁のようなものに弾かれ女性には届かない。
「なればこそ、我々はこうして隠れ潜んでいたのです。それをわざわざ暴き立ててまで討滅しようとするなど……時代に必要されなくなったのはあなた方ではありませんか?」
「う、うるさい! 妖風情が偉そうに!」
「奴の言葉に耳を貸すな! かかれ!」
黒尽くめの一団が一斉に攻撃を開始する。不可視の防壁の中で、女性は小さくため息をついた。
半刻後。黒尽くめの者達は呻き声を上げながら地に倒れ伏していた。随分手加減したため重傷を負った者はいない筈だが、リーダー格の人間は仲間を見捨てて逃げ出している。ここに残された者達の処遇を少しばかり考えて――結局女性は放っておく事にした。夏の夜だ。一晩外にいたところで風邪を引く事はあっても冬のように凍え死ぬような事はないだろう。
「既に人と我ら異族が争う時代は終わり、今や我々は各地に息を殺して身を潜めている。ですが、これからは違う。我々異族の存在を、世界に認めさせて見せましょう」
門を小さく開けて屋敷の敷地に入り、門に閂をかける。これによって門にかけられた防御術式が起動し、外敵の侵入を防ぐ。消耗した外の者達ではこの門に一筋の傷でさえも付けられはしない。
屋敷の玄関に向かいながら女性は決起の日に思いをはせる。二十年前から進められていた計画もいよいよ大詰めだ。
女性が空を見上げる。新月の夜、星たちの輝きが澄んだ夜気の下はっきりと見えた。
そして一週間後の正午、とある声明がマスコミを通じて一つの声明が発表された。屋敷の門前でマスコミに囲まれた獣耳と尾を持つ女性は、向けられたカメラやマイクに告げた。
「初めまして。私が恐怖の大王です」
その宣言が為された直後、巨大な黒色の竜巻が村を飲み込んだ。竜巻内部との連絡は途絶え、災害救助のため自衛隊が出動し、近辺の村民は指示されるまま避難する。
だが三時間もの間一切の動きを見せなかった竜巻が唐突に消えた後には、どこにも災害の被害などありはしなかった。竜巻のあった場所に不可視、不可触の結界が張られていた事を除いては。
「我ら異族は、人間との共存を望みます」
カメラに向かって微笑みながら女性が宣言する。そしてそれが、彼女達の戦いの始まりだった。