サラダの味
本日、七月六日はサラダ記念日らしい。
今朝通勤途中の車の中で、ラジオの人がそう言っていた。
理由は、俵万智さんの有名なあれ、だそうだ。
遥か昔に読んだだけだから、忘れていたけれど日付が七月六日と入ってたんだね。
ラジオの人が、その短歌を読んで、思った。
味がいいねと言われるサラダ、その味は何を指して言ってるんだろうと。
結構昔に詠まれたものだから、今の小洒落たサラダじゃないのかもしれない。
ドリカムのサラダが歌詞に出てくる曲には、レタス、トマト、キャベツ、リンゴ、特製ドレッシングが出て来たけれど、サラダ記念日のサラダもそんな感じのものだろうか。
そうなると、この味がいいねと言われていたサラダの味ってドレッシングのことだろうか。
それ以外だと、素材がいいねと言う話になる。
それで喜び、短歌にする?
物凄い手をかけたサラダなのだろうか。
美味しいね。でも、うまっ、でもなく、味がいいねと言われるサラダの想像が出来ないので、私の理想のサラダってどんなのかなと、運転しながら考えてみた。
茹で加減がバッチリの半熟ゆで卵を半分に切って。
水をしっかり切って、細く刻んだキャベツをサラダボウルにこんもり盛って、その上にゆで卵をそっと置く。
採れたてで、まだイボイボがしっかりしてるキュウリは、斜めにスライスしてゆで卵の隣あたりに。
ブロッコリーは、歯ごたえを少し残るくらいに茹でたものをいくつか。
パプリカを細切りにしてこちらも茹でて、茹でた鶏むね肉か、ササミをほぐしてパプリカと一緒にトッピングするのもあり
そして、重要なのがドレッシング。
そこは、母手作りの中華ドレッシングがベストだ。
醤油、酢、砂糖、ごま油、胡麻。
ドレッシングの材料はこれだけなのに、私が作っても何かものたりない。
母は目分量で作るので、毎回ちょっと味が違うのになぜか毎回、これこれ! と思う。
多分、私では一生満足出来るドレッシングにはならないだろう。
同じように、ひじきの煮物と切り干し大根の煮物も母に何度アドバイスをもらっても、満足の味にならない。
でも、母はコールスローの味付けが苦手だ。
私が作ったものを美味しい美味しいと食べるけれど、自分では作らない。
コールスローのキャベツを、たまに切り干し大根に変えて作る時もあるけれど、これも母は美味しい美味しいと食べるけれど、自分ではやっぱり作らない。
その辺りが、ちょっと謎。
食べ物の名前だけでイメージするのって、その人ごとに当然違うと思う。
サラダ記念日の短歌のサラダは、読む人ごとに頭に思い浮かべるそれは違うだろう。
その人その人の好き嫌いとか、社食でよく食べるとか、ランチセットに付いてくるとか。
あの時、あの人と食べたとか。
豆腐サラダでも、ポテトサラダでもない、ただのサラダを褒められたのが嬉しかったのか、それとも物凄い凝ったサラダだったのか分からないけれど、あの短さで情景が浮かぶのって、凄いなあと思いながらラジオを聴きつつ会社に着いた。
ちなみに、今日の私のお昼はゆで卵とブロッコリーと茹でた鶏むね肉と、ハムチーズサンドイッチと、インスタントの味噌汁の予定。
なんて適当なお弁当、現実なんてこんなものか。




