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第60章  取り戻した未来


林へ入ると、ウィルは次第に足を速めた。


アリスの体調について、一刻も早く医師の口から聞きたかった。


それに、作戦を終えた以上、撤収を急ぐ必要もある。


やがて歩いていることすらもどかしくなり、待機場所へ向かって駆け出す。


後ろをついてきていた騎士たちも、それに続いて一斉に足を速めた。


ほどなく、小屋が見えてくる。


その前に、ザイル医師の姿があった。


診察を終え、ちょうど外へ出てきたところらしい。


「様子は」


ウィルは息を整える間もなく尋ねた。


「命に別状はございません。煙をかなり吸い込んでおられますが、呼吸も落ち着いております。ほどなくお目覚めになるでしょう」


ザイル医師は穏やかな表情で答えた。


「……そうか」


その一言を聞いた瞬間、ウィルは大きく息を吐いた。


肩から力が抜けていく。


塔の中で呼吸を確かめた時も、外へ飛び降りたあとも、大丈夫だと思っていた。


それでも、医師の口からそう告げられて、ようやく胸を撫で下ろした。


「今は濡れた衣服を替えております」


「あぁ」


ウィルは小屋へ視線を向けた。


ザイル医師も一度そちらへ目をやり、わずかに表情を曇らせる。


「ただ……炎の中に取り残された恐怖は、思っている以上に心へ残ることがあります」


ウィルは再び医師を見る。


「お目覚めになった時、不安になられるかもしれません。できるだけ安心させてあげてください」


「わかった」


ウィルは表情を引き締めた。


「軽い怪我をしている者がいる。診てやってくれ」


「わかりました」


ザイル医師は一礼すると、その場を後にした。


入れ替わるように、部下の一人が乾いた衣服を手に歩み寄ってくる。


「団長、こちらを」


「あぁ」


ウィルは上着へ手をかける。


肩を動かした瞬間だった。


「……っ」


背中へ鈍い痛みが走る。


そのわずかな反応を、部下は見逃さなかった。


「痛む箇所を教えてください」


「この程度なら問題ない」


「いえ。確認します。脱いでください」


どこか有無を言わせない口調に、ウィルは小さくため息をつき、上着を脱ぐ。


部下は背へ視線を走らせ、わずかに眉を寄せた。


「背中から腰にかけて、かなり赤くなっています。少し腫れもあります」


「そうか」


「薬草を貼ります」


ウィルは小屋へ視線を向けた。


今すぐアリスの傍に行きたい。


けれど、まだアリスの着替えも終わっていない。


「……頼む」


「承知しました」


部下は赤く腫れた部分へ薬草の貼り薬を当て、包帯で軽く固定していく。


「できるだけ無理に動かさないでください」


「あぁ。助かった」


返事だけをして、ウィルは乾いた衣服へ袖を通した。


部下は何か言いたげな表情を浮かべたが、結局何も言わなかった。


身支度を整え終えた頃、小屋の扉が開く。


ダリアが姿を現した。


「団長、姫様のお着替えが終わりました。まだお眠りになっておられます」


「分かった」


その言葉とほとんど同時に、ウィルは小屋へ向かっていた。


ダリアと入れ替わるように、中へ入る。


簡素な寝台には、着替えを終えたアリスが横たわっていた。


かすかな寝息が聞こえる。


ウィルはゆっくりと傍らへ歩み寄った。


顔色はまだ少し悪い。


目の周りは赤く腫れ、頬には乾いた涙の跡が残っていた。


ウィルの眉がわずかに寄る。


――一人で泣いていたのか。


炎と煙の中で。


助けが来るかどうかも分からないまま。


その涙の跡を辿るように、そっと頬へ手を添える。


何も言わず、アリスを見つめた。


胸元には、鈴蘭のネックレスが残っている。


ウィルは一瞬だけそこへ視線を落とした。


――生涯かけて守ると、約束したのに。


ウィルは眉を寄せ、目を伏せた。


それでも、頬へ添えた手を離せなかった。


「……すまない。遅くなった」


ウィルは身をかがめ、アリスを丁寧に抱き上げる。


腕の中へ戻ってきた確かな重みに、深く息を吐く。


そして、アリスを胸元へ抱き寄せた。


――もう、どこへも……。


しばらくそのままアリスを抱いてから、小屋を出る。


待機していた騎士たちが一斉にこちらを向いた。


ウィルは短く告げる。


「撤収する」


「はっ」


騎士たちがすぐに動き始める。


ウィルはそのまま馬車へ乗り込んだ。


腕の中では、アリスが変わらず寝息を立てている。


ウィルはその体を、もう一度そっと抱き直した。


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