第5.5章 番外編:気づかない変化
その日は、朝から仕事が思うように進まなかった。
大きな問題が起きたわけではない。
ただ、いくつかの案件が予定通りにまとまらず、午後に開かれた会議でも結論が出ないまま持ち越しになった。
王宮で夕食を済ませたあと、ウィルは屋敷へ戻る前に林へ向かうことにした。
昨日も立ち寄ったばかりだったが、一人になり、気分転換をしたくなった。
林の中を進み、いつものベンチへ腰を下ろす。
目を閉じて、風が葉を揺らす音を聞く。
ふと、目を開けた。
小道には誰もいない。
ウィルは何気なく視線を戻し、空を見上げる。
いつもと何かが違う。
何だろうと思いながら、視線を降ろす。
そこでようやく気づいた。
――今日は、彼女が来ていないのか。
この場所へ来ると、不思議といつもあの王女がいた。
自分が先にいることもあれば、彼女が先に座っていることもある。
挨拶を交わしたあとは、ほとんど話さない。
王女は空を眺め、自分は本を読んだり、目を閉じたり。
それだけだった。
そもそも、ここで会う約束をしているわけではない。
毎日来るわけではなかった。
昨日も顔を合わせたばかりだ。
――来ない日があって、当たり前か。
そう思い直して、再び目を閉じる。
けれど、何故か落ち着かない。
ウィルはため息をつく。
「帰るか」
立ち上がり、林の小道へ一度だけ目を向ける。
やはり、人影はなかった。
ーーーーーー
その頃、アリスはリリスと夕食を終えたあと、台所で食器を洗っていた。
「アリス様、もう、代われますよ」
別の家事を終えて戻ってきたリリスが声をかける。
「もう少しだから大丈夫よ」
最後の皿を洗い、水を切る。
今日は朝早く目が覚めたせいか、夕方頃から何となく眠かった。
窓の外を見ると、すでに空は暗くなっている。
いつもなら、そろそろ散歩へ出る時間だった。
一瞬だけ、林の奥にあるベンチが頭に浮かぶ。
――昨日は、ウィル様にお会いできた。
毎日来られるわけではない。
昨日いらしたのだから、今日はきっと来られないだろう。
アリスは布巾で手を拭いた。
「散歩はやめておくわ」
「そうですか?」
「ええ。朝、早く目が覚めてしまったからか、少し眠くて」
そう答えてから、アリスはほんの少しだけ窓の外へ目を向ける。
――明日は来られるかしら?




