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第47章 鈴蘭の守り紐


うたた寝から目を覚ましたアリスは、しばらくぼんやりと天井を見つめていた。


——ウィル様の夢を見ていた気がする。


内容までは思い出せないけれど、胸の奥には温かな余韻だけが残っていた。


きっと、幸せな夢だったのだろう。


そう思った瞬間、その温もりはゆっくりと現実へ溶けていく。


部屋にいるのは、自分一人。


——ウィル様はもう、傍にはいない。これからも、きっと……。


胸の奥へ、冷たいものが広がっていく。


アリスはそっと首を振り、胸元の鈴蘭のネックレスへ手を添えた。


小さな鈴蘭が、日中の光を受けて輝いている。


その花を何度指先でなぞっても、いつものように胸のざわめきは少しも収まってはくれなかった。


——ウィル様に、一目だけでもいいから会いたい。


この半年、何度願ったか分からない。


その願いを振り払うように、アリスは立ち上がる。


手芸箱を開き、糸を一本ずつ並べていく。


「……鈴蘭の守り紐を作ろうかしら」


ネックレスの鈴蘭を見本にしながら、糸を編み始める。


糸を編んでいるうちに、ウィルと一緒に鈴蘭を見た時のことを思い出した。


♢♢♢♢♢


家具選びをした翌朝。


アリスはウィルの腕へ手を添えながら、屋敷の玄関を出た。


仕事前に塔まで送ってくれるというウィルと共に、馬車へ向かってゆっくりと歩き始める。


ふと、花壇へ視線が向いた。


その様子に気付いたウィルが足を止める。


「花を見ていくか」


「いえ、大丈夫です。これからお仕事ですよね」


アリスは慌てて首を振った。


「少しなら時間は取れる」


「あの……じゃあ、少しだけ、いいですか」


ウィルが頷くと、アリスは口元を綻ばせた。


二人は並んで花壇へ歩み寄る。


色とりどりの花々が咲く中、その一角に、小さな白い鈴蘭が可憐に咲いていた。


「鈴蘭……」


「あぁ」


「もうそろそろ咲く頃だと思っていたんです。見られて良かったです」


ウィルは花を見つめるアリスへと眼差しを向ける。


春風が吹き抜け、鈴蘭が揺れた。


やがて、ウィルが口を開いた。


「しばらくしたら、ここに住むんだ。いつでも見られる」


その言葉に、アリスはほんのりと頬を染めた。


「……そうですね」


少しだけ間をおいて、アリスは遠慮がちに口を開く。


「あの……こちらで暮らすようになったら、また庭の手入れや、お料理のお手伝いをしてもいいですか」


「もちろんだ」


「でも、その……相応しくないと、言われないでしょうか」


庭の手入れをしたり、料理を手伝ったりする時間は、アリスにとって大切な時間だった。


けれど、結婚すれば自分一人のことでは済まなくなる。


ただでさえ、ウィルに負担ばかりかけている。


これ以上、自分のことでウィルに迷惑をかけるようなことだけは、したくなかった。


その言葉に、ウィルは苦笑する。


「何も変える必要はない。アリスはそのままでいい」


「……でも」


「傍にさえいてくれればいい」


アリスは思わず俯き、頬を赤く染めた。


甘やかされてばかりではいけないと分かっているのに、胸の奥が嬉しさで満たされていく。


しばらくして、ぽつりと呟く。


「……ウィル様は私に甘いです」


「ダメか」


その言葉に、アリスは顔を上げた。


真っ直ぐに向けられる翡翠色の瞳を見つめ返し、首を振る。


「……ダメではないです」


アリスはウィルの腕を両手でぎゅっと抱き、その腕へそっと顔を寄せた。


♢♢♢♢♢


ふと、アリスは守り紐を編む手を止める。


幸せだった記憶の余韻が広がっていた。


けれど、その温もりに触れるほど、もう届かない現実が胸を締めつける。


——もうきっと、手は届かない。


「……」


アリスは深く息をつく。


一瞬だけ目を閉じてから、アリスは止めていた手を再び動かし始めた。


一本、また一本。


鈴蘭へ想いを込めるように、黙々と守り紐を編み続けた。


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