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第30章 託された想い――選び続ける理由


ミルバーグ王宮内の謁見の間へ向かいながら、ふとアリスのことを思い出していた。


遠慮深く、自分から手を伸ばすことはほとんどない。


とても脆く見えるが、それでいて一人で立てる強さを持つ女性だ。


少しの言葉だけで嬉しそうに頬を染める姿を思い浮かべ、ウィルは一瞬目を細める。


――彼女のあの笑みを、守り続ける。


謁見の間の前で足を止め、重厚な扉を前に一度だけ息を吐いた。


余計な思考をそこで切り、ゆっくりと吸い直して整えると、視線を上げる。


迷いは、最初からない。


静かに扉が開かれた。


―――――――――――――――


「アルベルト国王陛下、レオンハルト王太子殿下、ご無沙汰しております」


ウィルは深々と正式な礼をする。


「あぁ、久しいな」


「お久しぶりです」


「この度は、ミルバーグ第二王女アリス様との婚姻につき、ご許可を賜りたく、お伺いいたしました」


アルベルト国王は、ウィルをまっすぐに見据えた。


「手紙で内容は把握している。一つ聞きたい」


低く、よく通る声だった。


「なぜ、アリスを伴侶に選んだのだ。たしかに、ゼリアの抑えにはなっているのだろう。だが、娘を娶ることで、そなたの立場が危うくなるやもしれん」


王としての問いであり、同時に父としての言葉でもあった。


ウィルはわずかに息を整え、迷いなく答える。


「アリス王女を伴侶にしたいと、私が望みました。それ以上の理由はありません」


その言葉に、王は一瞬だけ目を見開く。


だが、すぐに表情を戻し、小さくうなずいた。


「……そうか」


その隣で、レオンハルトが口を開く。


「ウィル殿下に不測の事態があれば、婚姻を白紙と書いてある。これが婚姻の条件ということですか」


淡々とした声音の奥に、わずかな緊張が混じる。


「えぇ。それが条件です」


ウィルは視線を逸らさずに答え、わずかに言葉を置いた。


「……そのような事態にならぬよう、尽力いたします」


その一言に、レオンハルトはわずかに眉を寄せる。


「やはり、分からないな。なぜ、アリスなのですか。ウィル殿下であれば、いくらでも望ましい相手がいるでしょうから」


ウィルは一度だけ目を伏せ、それから視線を上げる。


「……他を望んだことはありません」


レオンハルトの視線がわずかに鋭さを増す。


「それだけで納得できると?」


その問いに対し、ウィルは一瞬だけ沈黙した。


「……ご理解いただけなくとも」


わずかに息を吐き、言葉を続ける。


「アリス王女以外を伴侶に迎えるつもりはありません」


しばらく沈黙が続いた。


やがて、王が口を開く。


「……ウィル殿は、娘のことを偏見なく見ているのだな」


かすかに苦い表情を浮かべる。


「家族なのにと思うであろう。だが……娘がこれまでどう見られてきたかは、嫌というほど知っている」


わずかに視線を落とし、自嘲気味に続ける。


「その結果、娘を塔へ閉じ込めた」


ウィルは何も言わず、その言葉を受け止めていた。


やがて王は顔を上げ、レオンハルトへと視線を向ける。


レオンハルトはしっかりとうなずいた。


「……そなたの誠実な人柄は知っている。アリスを選ぶというのであれば――許可しよう」


一度、言葉を切る。


「それから」


わずかに間を置き、続ける。


「これは、王としてではなく、親としての願いだ」


その言葉とともに、王はわずかに頭を下げた。


「どうか、娘をよろしく頼む」


それに合わせるように、レオンハルトも礼を取る。


ウィルは一歩進み出た。


「……ありがとうございます」


深く頭を下げたまま、しばらく顔を上げなかった。


アリスを選ぶ。


これからも、その先も。


その決意は、決して揺らがなかった。

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