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第18章 馴染んでいく日々


ウィルの屋敷に来てから、2週間ほどが過ぎていた。


最初は、多くの人と共に過ごすことに慣れず、落ち着かない様子のアリスも、少しずつ、この場所での過ごし方を覚え始めていた。


クララからは、屋敷の使用人の多くが元騎士であり、屋敷の中は安全だと聞かされていた。そのため、人目のある場所であれば、ある程度自由にして構わないとも言われていた。


実際に過ごしてみると、思っていた以上に自由に動くことが許されていた。屋敷の者たちの落ち着いた様子や、さりげない気配りは、塔の護衛騎士たちのように自然なもので、少しずつ居心地の良さを感じ始めていた。


朝は、庭へ出るのが日課になっていた。


屋敷の庭は、塔の花壇よりもずっと広く、手入れをする場所も多い。


アリスはリリスと共に庭へ出て、使用人たちに教わりながら、花がらを摘み、伸びすぎた枝を整え、水をやるようになっていた。


「アリス様、こちらはもう大丈夫です。次はこの辺りをお願いできますか」


剪定ばさみを差し出したのは、元王宮の女性騎士だったイメルダだ。


庭の手入れを教えてくれたのもイメルダで、何かと気にかけてくれている。作業をしながら、五歳と三歳の子どもがいることも話してくれた。


「分かりました」


「無理はなさらないでくださいね」


「えぇ」


屋敷へ来た当初は、初対面の人々と並んで作業をすることに、少しだけ緊張していた。


けれど今は、その緊張も少しずつやわらいでいる。


庭の手入れや料理の手伝いをするうちに、声をかけられることが増えていった。


気を遣いすぎるでもなく、距離を置きすぎるでもなく、ただ当たり前のように接してくれる。そのことが、アリスはとても嬉しかった。


リリスはアリスの手伝いをしながら、侍女としての務めも欠かさずこなし、この屋敷での暮らしに馴染めるよう、さりげなく支えてくれていた。


昼前になると、別の仕事があるリリスと別れ、アリスは一度部屋へ戻って身支度を整え、それから厨房へ向かう。


厨房では、料理人のバラクが昼食の準備をしていた。


「今日は何をすればよろしいでしょうか」


「それでは、その豆をさやから出していただけますか。終わったら、そちらの芋の皮を薄くむいてください」


「はい」


バラクは穏やかな話し方をするため、アリスも気負わずに言葉を交わせていた。口数は多くないが、教え方はとても丁寧だった。


昼食の準備が一段落した頃になると、リリスがアリスの食事を部屋へ運んできてくれる。アリスは一度部屋へ戻って食事をとる。


普段はそのまま部屋で過ごすのだが、今日は再び厨房へ向かう。


少しだけ迷ってから、扉を押す。


バラクは、ちょうど片付けを進めているところだった。


「あの……」


声をかけると、バラクが手を止めて振り向く。


「どうされましたか」


アリスは小さく息をのみ、それから言葉を続けた。


「昼食のお片付けが終わりましたら、お台所と食材をお借りしてもよろしいでしょうか」


「構いませんが」


バラクはそう返しながら、わずかに首を傾げる。


「何か作られるのですか」


「はい。お菓子を作れればと……」


アリスは控えめに微笑んだ。


「皆さんに良くしていただいているので……少しでも、お返しができたらと思って」


その言葉に、バラクは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに穏やかに頷いた。


「そういうことでしたら、もちろん。必要なものがあれば言ってください。材料は揃えましょう」


それから、ふと思い出したように続ける。


「よろしければ、お手伝いしましょうか」


その申し出に、アリスは一瞬だけ驚いたように目を見開いた。


けれどすぐに、小さく首を振る。


「ありがとうございます。でも……」


少しだけ迷ってから、言葉を選ぶ。


「バラクさんにも差し上げたいので、リリスと一緒に作ろうかと思っていて」


バラクは一瞬だけ目を瞬かせ、それからわずかに口元を緩めた。


「……それは、楽しみにしております」


アリスはほっとしたように頷いた。


厨房を出ると、廊下でクララと出会う。


「まあ、何かご相談でも?」


「あの……皆様にお菓子を差し上げられたらと思いまして」


そう伝えると、クララはふっと表情を和らげた。


「それは、皆もきっと喜びますよ」


「そうでしょうか」


少し不安そうに言うアリスに、クララは穏やかに言葉を重ねる。


「アリス様が作られたお菓子ですから、喜ばない者はおりませんよ」


その言葉に、アリスは頬を少し染めた。


「そんな……でも、上手くできるように頑張ります」


クララは小さく頷きながら、その様子を温かく見守っていた。


その日の午後。


アリスは再び厨房に立ち、準備を始める。


しばらくして、リリスが合流した。


「遅くなりました、アリス様」


「私も今準備を始めたところよ」


2人で並んで作業を進めるうちに、甘い香りがゆっくりと広がっていく。


出来上がった菓子を皿に並べながら、アリスはふと手を止めた。


隣のリリスに、小さく声をかける。


「……ウィル様にも、お出ししたいのだけれど」


言いかけて、少しだけ視線を落とす。


「食べてもらえるかしら?」


リリスはわずかに目を細め、やわらかく答えた。


「大丈夫ですよ、きっと」


その言葉に、アリスは小さく頷いた。


それでも、少しだけ不安は残ったままだった。


ご迷惑にならないか。


それだけが、どうしても気にかかっていた。


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