4. 神界恩賜制度(福利厚生)
王都の高い城壁の目の前まで来た。
アニメなどでよく見る入場を待つ行列は全くない。こんなにも空いてるものなのだろうか。
「ギルドカードは持ってるか?」
「ギルドに登録したくて田舎から出てきました」
鉄板な言い訳だがこれで通れてしまうのもまた鉄板だ。
「王都は入場に時間がかかると聞いていたのですが空いているんですね?」
「ああ、お前は知らないのか。西の山に居た古竜が死んだという噂があってな、今後魔物が大量発生するかもしれないって、旅行者が激減してるんだよ。まぁ噂だけどな」
「へぇー、そうなんですね?」
「お前も一応気をつけるんだな」
「親切に、ありがとう」
王都の門番に通行税を払うとギルドの場所を教えてくれた。
日本人だった私は死んだので実体がない。
神界を出てくる時にこの世界に馴染む容姿を作ってもらった。
よくある明るめの茶色い髪にダークブラウンの瞳。顔の作りは普通で、人の印象に残らないようにしてある。
私自身まだこの容姿に慣れない。
何歳の設定なんだろう? 20歳くらいか?
ともかく元の私よりは若くなっているように見える。
ただちょっと目の下にクマがある。
夕べは、ファリアにこの世界の事を調べてから行くようにと言われたのだ。
こういうのって、神様が勝手に知識を流し込んでくれたりするものではないのだろうか?
解せぬ。
更に準備。
各種報告書や申請書、出張費をこの国のお金に両替したり、この世界の言語に切り替えてもらったり、神界のコンビニで旅に必要な物を買い揃えたり……と。
まぁ、地球でも旅行の前は色々と準備が必要だったから仕方ないか、と諦めて一晩で準備したのだ。
よって、寝ていない。
神界図書館で夜を明かした。
今日は絶対に寝る!
固い決意を胸に、門をくぐる。
ひやりとした石の影を抜けた瞬間、音と匂いが一気に押し寄せた。
「……うわぁ」
肉を焼く匂いや香辛料の匂い。荷車の軋む音。呼び込みの声。笑い声。
外から見た堅牢な石造りの城塞都市の印象とはまるで違う。中は、人が生きている賑やかさで満ちている。
そして見上げると、遠くに王城がそびえていた。高い塔が陽を受けてきらりと光る。
あの辺りが中心部かしらね。
さて。先に宿に行って荷物を置いてしまいたい。
重い。普通に、重い。
神界ならアイテムボックス的なものがあっても良いと思うのだが。
いや、あるのかもしれないけど、私のような下っ端には支給されなかった。
日本の国内旅行ですら、黒い猫さんがホテルまで運んでくれたというのに。
世知辛い。神界、ブラック。
私は荷物を地面にどさっと置き、昨夜神界図書館でコピーした地図を取り出した。
その中から『神界提携店』の地図。
…………
「いや、全然わからないんですけど?」
ランドマークくらい書いてもらわないと方向すらわからないじゃないか。
バサッ。
「文句が多いぞ」
肩に軽い衝撃。
いつの間にか、小さくなったグレスが止まっている。
「すみません……チクらないでください」
「ちっ。そんなことするわけなかろう。面倒だ」
「グレスってこんな小鳥サイズにもなれるんだね。可愛い」
「侮辱するな」
めんどくさい男だな。
うまくやっていく自信が、まったく湧かない。
「宿は南だ。行くぞ」
「南ってどっちよ……」
「着いたぞ。ここだ」
「うわぁー、もう完全に高級ホテルじゃん! でもなんか……」
貴族や富裕層の屋敷が並ぶ一角。
そのど真ん中に、それは建っていた。
とにかく豪華。
なのに――不思議と目に残らない。
「認識阻害の術がかかってるわけではないが神界の建物だ。人間にはほとんど認識出来ない」
なるほど。
けれど出入りは多い。
貴族、商人、冒険者、魔術師、騎士。
なんでもありだ。
「おそらく全員ご同業だ」
おぉー!
こんなにいるのか、神界の社畜たち。
なんだか少し心強い。
「感心してないでさっさと入れ」
「はい……」
中はさらにすごかった。
落ち着いた赤の絨毯。
巨大なシャンデリア。
中央には大階段。
完全にインペリアルなホテルではないか。
――異世界どこいった。
グレスを肩に乗せたままフロントへ向かう。
「すみません、宿泊したいのですが」
「いらっしゃいませ。お名前と『どちらからいらしたか』をご記入ください」
――どこから来たか。
誰の配下か? という隠語だ。
私は
《リコ/ウェストファリア》
と書き込んだ。
フロントの男がわずかに目を細める。
「何泊ご希望ですか?」
「二泊で。延泊も可能ですか?」
「問題ございません。二泊で金貨二枚でございます」
……高いな。
「ちなみに、どのくらい割引いてくださってるのですか?」
ここは提携店、神界の福利厚生……じゃなくて神界恩賜制度の対象のはずだ。
「一掛けでございます」
――九割引!?
ということは、元値は一泊金貨十枚。
約百万円。
高っ!
「すみません、ウェストファリアで領収書お願いします」
「かしこまりました。お食事は別料金になりますので直接レストランをご利用ください」
「わかりました。お世話になります」
私は、社畜紋……もとい、手の甲に刻印されたウェストファリアの紋を宿の端末にかざしてチェックインを終えた。




