10. 白ヘビの求愛
王都の高級店『白金亭』を出て、私は宿に急いだ。
これは死活問題だ!
急がなければならない!
「何があったんだ? そんなに血相変えて」
グレスの問い掛けも無視してとにかく急いだ!
宿に着くと夕べも入った一階のレストランに駆け込む。
「すみません、まだ大丈夫ですか?」
「ラストオーダーまであと五分ですがよろしいでしょうか」
「私は問題ありません! ギリギリに申し訳ありません」
良かった、間に合った。
ふうっ……と息を吐いて、サービスの冷たい水を口にする。
「うまいっ」
「なんなのだ? まさかここに急いでいたのか。お前、食事をしてきたのではないのか?」
「あんなのノーカンよ、ノーカン」
「ノーカンとはなんだ?」
「……と、とにかく、ちゃんと美味しい物を食べないといけないの!」
すぐに昨日と同じハンバーグと、パンが運ばれてきた。
「あー、安心の匂い。そして出てくるのが早い! 最高」
白金亭は料理が出てくるまでに1時間以上かかった。小麦を収穫するところから始めてるのかと心配になったくらいだ。
そして出てきた物は高級店のせいか、無闇矢鱈に沢山のスパイスを使ったグラタンだった。一番まともそうなメニューだったのに。
味付けは塩コショウだけでいいのよ。
私は生きていた頃、ちょっとした隠し味にホワイトソースに少し味噌を加えたりしていたけど、あんなに色んなスパイスを入れたら何の料理かもわからない。
まったく。
料理をなんだと思っているんだ。
あ〜! おいしいっ!
「凄く美味しかったです。ごちそうさまでした」
閉店間際だったので少し急いで食べたが、急ごうがゆっくり食べようが、美味しいものは美味しいし、不味いものは不味い。
私とグレスは部屋に戻り、急いで報告書を送ってからお風呂に入った。
この世界の平民にはまだ入浴文化がない。
各家庭にお風呂がないのはもちろん、共同浴場のようなものもないようだ。
そんな世界で日本と同じようにお湯に浸かれるのは幸せだなぁ……うとうと
「ちょっとー! 莉子ちゃん! 何なのこれ!!」
突然手の甲が光って頭の中に声が響いた。
ファリアの声だ。
「うわっ! お風呂覗かないでくださいよ!」
「覗いてないわよ! 覗いてたらお風呂で声かけないでしょう」
ホントかなぁ。
仕方なくお風呂から出てベッドの上に正座する。
「で? あなたいつからこんなおバカキャラに転向したの?」
私の目の前にはさっきファリアに送った報告書だけが空中に浮いている。
【報告書。王都の高級店は美味しくない】
「書き直せっ!」
ちぇっ。
核心をついてる良い報告書なのに。
「グレス、明日の朝はこの宿の朝食バイキングに行きたいから絶対起こし……」
言いきることもできずに寝落ちした。
「おいっ! おいって!!」
ん〜? 痛い……
痛みで目を開けると二の腕が血塗れだった。
「えー! 痛いよ! グレス。なんてことするの?」
「文句を言いたいのはこちらの方だ。何時間も前から起こしてやっているのにビクともしなかったのはそちらの方であろう! 顔を攻撃しなかったのは私の優しさだ!」
ゔっ……
「ご配慮、痛み入ります……」
しぶしぶお礼を言いながら傷を消した。
「ん? ってことは、今何時?」
「間もなく昼の12時だ。旅立つのであろう? 急いで出掛けるぞ!」
あっ、あー……朝食バイキング……
くそっ、ファリアめ! 報告書の書き直しがなければ私は早起きできたに違いないのに!
全く的外れな八つ当たりをしてからチェックアウトに向かった。
「あれ。ミナトさんとユーリじゃない? また会えて嬉しいね」
フロントの前に、絶好調に闇堕ちしている暗黒神の補佐の補佐と白ヘビがいるのを見付けて大きく手を振って駆け寄った。
「おい、俺たちに声を掛けるな」
「なんで? コミュ障なの?」
「そういうことじゃない。俺たちは同業者からあまり好かれていない。お前のような部署のヤツと一緒にいる所を見ればみんな不快に思うだろ」
「ほぉーん? そういう人間社会のヒエラルキーとか昔から無視し続けてたから今更どうでもいいよ」
神の使徒の使徒だというのに、そんな人間くさいことを考えるやつらがいると思うだけでこちらの方が不愉快だ。
「そんなことより、これはどうしたらいいの?」
私とミナトが不毛な会話をしている間に私の首には白ヘビがしっかり巻き付いていた。
「おい、ユーリ、なにしてるんだ? 離れろ」
そう言ってミナトが引き離そうとするが蒼みがかった純白のヘビは頬をピンク色にして私にスリスリしている。
私も美しい鱗を優しく撫で回すと更にクネクネしながら巻き付いてくる。
ちょっと、苦しいかも……
「ワタシはこっちについていくことにした」
「何を言ってるんだ?」
今度はグレスが突っ込むがユーリは気にする様子もない。
「はぁっ……あんたはこれからどこに行くんだ?」
「西の山脈よ?」
「だったら方向的には俺たちと同じだ。俺たちは一旦この先の森林公園に立ち寄るから、あんたらもちょっと寄り道してくれないか?」
「別にいいよ。色々見て回りたいと思ってたし」
「いいか、ユーリ、一緒に行くのはそこまでだ。その後はちゃんと離れるんだぞ!」
一生懸命言い聞かせているが多分ユーリは聞いていない。
困り果てた闇の前でひんやりした体全体で愛を表現するのに夢中だ……




