外の世界、バグってる…引きこもりは1万年続いた日本人の生存の知恵だった
❥『外の世界、バグってる。』
― 引きこもりは、
1万年続いた日本人の
“生存の知恵”だった ―
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■あらすじ
広島県呉市。
かつて戦艦大和を生んだ町は、
いま人口が半分になり、
西日本豪雨で崩れ、若者がいなくなった。
だが、家々の台所からはまだ味噌汁の匂いがし、
灯りが消えていない家だけが、
この街をかろうじて温めていた。
この黄昏の街で、
引きこもった青年・蓮、
DVで心を壊した陽斗、
東南アジアの地下組織に使い捨てにされた
青年ラフィクが出会う。
世界の治安が崩壊するなか、
“帰る家がある”ということが、
どれだけ奇跡であるのか——
彼らはまだ知らなかった。
そして壊れかけた呉の街は、
彼らの小さな灯りから
静かに再生を始める。
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◆【第一話 世界は静かに壊れていく】
蓮(24)は、
スマホに並ぶ“世界の犯罪データ”を見つめていた。
✪アメリカ
詐欺電話:年間150億件以上
(1人あたり月40〜50件)
✪イギリス
犯罪の42%がサイバー詐欺
✪欧州主要国
サイバー攻撃被害:日本の2〜10倍
✪東南アジア
強盗・詐欺・密輸:日本の20〜50倍
銃声のする夜:珍しくない
——対して、日本は。
✪詐欺電話は欧米の1/10〜1/20
✪暴力犯罪は欧米の1/25
✪銃犯罪は300倍安全
✪強盗被害はアジアの主要国の1/30〜1/50
蓮は静かに息を吐いた。
「外の世界……完全にバグっとるやん。
なんでこの現実を
誰も教えてくれんのん?」
ニュースは
「日本はもう安全じゃない」「治安悪化」
と不安だけを大きく映す。
だけど本当は——
“世界の方が、先に壊れている”。
日本はまだ、ぎりぎり踏ん張っている。
なのに、
今の日本の報道は、
その事実をほとんど伝えない。
日本がまだ
世界一安全な国の一つであることを、
今の若者は誰も教えてもらっていない。
(わしは弱いけぇ引きこもっとると
思っとったけど…
外が壊れすぎとるだけじゃないんか…?)
胸の中に、
なんとなく
“責めなくていい自分”が生まれた。
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◆【第二話 呉市、壊れかけた町の静かな光】
呉市。
戦艦大和を建造した日本最大の軍港は、
いま人口がピークの半分以下になり、
2018年の豪雨災害で街は崩れ落ちた。
坂道の住宅地は土砂に流され、
商店街のシャッターは閉じたまま。
若い人たちは、
仕事を求めて
広島市や大阪方面へ出ていった。
——でも、夕暮れになると。
どの家でも台所の灯りがともる。
味噌汁の匂い。
障子越しのやわらかな明かり。
壊れたのは“街の形”だけで、
灯りのある家はまだ生きていた。
夜景が、
とても綺麗だ。
蓮はその光の中でだけ、
自分が呼吸できる気がしていた。
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◆【第三話 地下経済の影と、引きこもりの意味】
近所の空き家に黒いSUVが止まった。
アジアの地下経済が
呉市に“日本支店”を作ったのだ。
幼なじみの陽斗(32)が低く言った。
「蓮、あれ…完全にヤバい系じゃ。
世界じゃ今、若い連中が
こういう仕事しか選べんほど
社会が壊れとる。」
日本では “ニート”“引きこもり” と笑われる。
しかし、世界では——
家がない、食べ物がない、
犯罪に手を染めなければ死ぬ。
そんな若者が何百万人もいる。
蓮はふと気づく。
日本は縄文時代、
1万年以上「定住文化」を続けた。
江戸時代の鎖国は200年続いた。
太平洋戦争敗戦後は
80年も平和を維持している日本…。
争わず、無理に外へ出ず、
村(家)を守ることで生き残ってきた民族。
マスコミは
日本人を 平和ボケとあざ笑う。
(引きこもりって……
生存戦略なんじゃないんか?
昔から日本人のDNAに
組み込まれとるんじゃね…?)
「戦争しないって
もっと自慢していいんじゃないの?」
その問いは胸の中で静かに温もった。
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◆【第四話 陽斗の過去】
陽斗は暴力の家で育った。
父の怒号。
母の泣き声。
割れた食器。
「俺の人生は、
最初から壊れとったんよ。」
彼は耐えきれず、
逃げ惑う父に刃物を向けた。
止めに入った母を突き飛ばし、
母が泣き崩れた夜を忘れられない。
家を飛び出し、
職を転々とし、
結局どこにも居場所はなかった。
蓮は言った。
「兄貴、よぅ戻ってきたのぅ…
逃げたことは悪いことじゃないんよ。
壊れたところから逃げるのは、
陽ちゃんの“生きるための選択”じゃ。」
陽斗は、
噛みしめるように涙を落とした。
その涙は
“再び生きたい”という微かな光だった。
庭にあったみかんの実が
悲しそうに、
ごろんと落ちた…。
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◆【第五話 ラフィクが目覚めた夜】
黒いSUVの青年——ラフィク(27)。
東南アジアの貧困地帯出身。
故郷は台風で21回も壊れ、
銃声は毎晩遠くで響き、
家は流され、
家族は散り散り。
「金が欲しければ日本に行け。
老人を狙え。
通帳を奪え。」
地下組織にそう言われ、
ラフィクは刃物を握らされた。
——だが、強盗に入った夜。
蓮の母・恭子が
蓮にご飯をよそっている姿を見た瞬間…
怒らず、責めず、説教もせず、
どんな蓮でも
そのまんま受け入れる
優しい母の姿を見た瞬間…
カラン…
刃物がラフィクの手から落ちた。
「嘘だろう…」
「……うちは、
こんな家ではなかった。」
物音に気づいた恭子は
小さく驚いたあと、こう言った。
「寒かったじゃろ。
泊まっていきんさい。
お風呂、沸いとるけぇ。」
ラフィクは泣きながら、
“日本には怒らない母がいる”
という現実を知った。
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◆【第六話 帰国と決意と、画面の中の盆踊り】
ラフィクは故郷に戻った。
しかし、母に言われた。
鬼瓦のような形相だった。
「働けん者はいらん。
家も流された。
お金持っとらんのか?
お前の帰る場所は、もうない。」
「あんたの妹は
日本のスナックで働いて
私に仕送りしてくれとるわ。」
「この人でなし。
二度と帰ってくるな!
稼いでこい!」
銃声、怒号、雨。
誰も彼を守らない世界。
彼は呉で見た
“たったひとつの台所の灯り” を
思い出した。
「あの家は、
何も持っとらんのに、
“ありがとう”があった…」
「俺がつくるんだ。
誰かの帰る家を。
あのお母さんの温もりを、
この国に…」
彼は瓦礫の上で木材を組み、
自分の手で小さな家を建て始めた。
誰一人、協力者はいなかった。
それでも、雨の夜にも風の朝にも、
ラフィクは少しずつ釘を打ち続けた。
数年後、
日本の文化を調べているうちに、
ラフィクは一つの動画に出会う。
——日本の盆踊り。
輪になって踊り、
太鼓のリズムに合わせて、
子どもも大人も一緒に手を上げる。
マレーシアの大きな競技場で、
約5万人が輪になって踊っている映像。
別の動画では、ペナンの海辺に
6万人近い人が集まり、
浴衣もTシャツもヒジャブも混ざって
「よいやさ、よいやさ」と声を上げている。
ブラジル・サンパウロの
巨大な日本祭りの映像には、
20万人を超える人々が押し寄せ、
その真ん中で
盆踊りと太鼓のリズムに合わせて
見知らぬ者同士が笑いながら輪になっていた。
画面の中の人々は、
ほとんどが日本人ではない。
けれど、その顔は
ラフィクの知っている
“どこにも帰れない若者”たちの顔と
どこか似ていた。
「これだ…」
ラフィクは思った。
「家がなくても、
一晩だけ同じ輪の中に入れる
“仮のふるさと”だ。」
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◆【第七話 そして呉が再び動き始める】
陽斗が蓮に言った。
「蓮、空き家の片付け手伝わん?
わしらでもできる仕事じゃ。
世間で流行ってる
断捨離のプロになろうで。」
二人は草を刈り、
古いタンスを運び出し、
写真を撮って持ち主に送り、
「助かりました」
「きれいにしてくれて、ありがとう」
「食卓に会話が戻りました」
「星が見える窓になりました」
そんな短いメッセージが届くたびに、
蓮の胸が少しずつ温かくなっていった。
断捨離の仕事は、
捨てられる物よりも先に、
二人の中にこびりついていた
“自分なんて”という埃を
少しずつ払っていった。
「なんか、わし、
昭和チックになってきたのぅ。」
陽斗が笑うと、
蓮もつられて笑った。
やがて、二人が片付けた家には
新しい家族が入り、
空き地だった場所には
小さな店が開き始めた。
二人の“呉の断捨離”は、
やがてこの町の
血となり、水となり、
そして気となって、
見えないところで
じわじわと街の循環を取り戻していった。
そして港で、新しい噂が出た。
「米国の新政権が造船業を復活させるらしい。」
「日本にも大規模発注が来るぞ。」
「呉の造船所にも火が灯るんじゃないか?」
久しぶりに港のクレーンが動き、
自衛隊や造船所の若者向けの求人が
貼り出された。
衰退したと思われた町が、
静かに息を吹き返し始めた。
断捨離で軽くなった家々と、
港で動き始めたクレーン。
それはまるで、
長いあいだ止まっていた呉の心臓が、
もう一度鼓動を打ち始めたようだった。
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◆【第八話 盆踊りの夜、共鳴の輪の中で】
数年後。
蓮のスマホに、一通のメッセージが届いた。
——From:Rafiq
「Bon Odori Festival、開くことになりました。
よかったら、見にきてください。」
場所は、東南アジアの小さな港町。
かつてラフィクの家が流された場所に近い
丘の上だった。
蒸し暑い夜。
提灯が風に揺れ、
やぐらの太鼓がドン、ドン、と鳴り響く。
浴衣を着た日系人、
サッカーのユニフォームの少年、
ヒジャブを巻いた母親、
汗だくで笑う若者たち…
輪になって、同じ振り付けで踊っている。
「すげぇな…
盆踊りって、
ほんまに世界に広がっとるんじゃ。」
陽斗が息を呑んだ。
そこに集まったのは
日本人ばかりではない。
地元の漁師、出稼ぎの若者、
帰る家を失った難民たち——
それぞれの国も宗教もバラバラなのに、
輪の中では、ただの“人”になっていた。
人の波の向こう側、
やぐらの上でマイクを握っている
ラフィクが見えた。
「みなさん、
今日は“帰る場所のない人”も、
“帰りたくない人”も、
“どこに帰ればいいか迷ってる人”も、
みんな、ここに来てくれてありがとう。」
たどたどしい日本語に、
現地語が混じる。
「この輪の中では、
みんな同じ“ただの人”です。
国も、肩書きも、
失敗した回数も、
いったん置いて、
いっしょに踊ってください。」
太鼓のリズムが強くなる。
かけ声が上がる。
輪が大きくふくらんでいく。
「行こか、蓮。」
「……うん。」
蓮と陽斗も、輪の中に入った。
見よう見まねで手を上げ、
足を出し、
いつしか声を上げていた。
ドン、ドン、ハッ。
動きが揃うたびに、
見知らぬ誰かと目が合い、笑い合う。
汗が額を流れ、
胸の奥で何かがほどけていく。
——気づけば、
ラフィクが二人の隣で踊っていた。
「来てくれて、ありがとう。」
ラフィクは笑った。
「俺、日本で、
“怒らないお母さん”に会った。
あの家がなかったら、
今ごろ俺は、
たぶんどこかで人を傷つけてた。」
「だから今度は俺の番だ。
家をなくした人に、
“輪だけでもいい、
ここに帰ってきていいよ”って
言いたかった。」
蓮は、喉の奥が熱くなるのを感じた。
「ラフィク…
わしも、
あの頃は自分のことしか
見えとらんかった。」
「引きこもりは悪いことじゃと
思い込んどったけど、
世界中で盆踊りの輪が
こんなふうに広がっとるん見たら、
“生き残るために逃げる”っていう
選び方も、
ほんまは間違いじゃなかったんかもな…
って、ちぃと分かってきた気がする。」
陽斗も、乱れた息のまま笑った。
「俺もじゃ。
家から逃げて、
なんもかんも失うた気になっとった…」
「今は、
“逃げたから今ここにおれる”って
思えるようになった。」
太鼓の音が、
三人の心臓の鼓動と重なっていく。
輪の中で、
三人はようやく、
互いの過去と傷を
まっすぐ見つめ合えた。
この夜——
盆踊りの輪は、
呉と東南アジアを結ぶ
見えない“橋”になった。
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◆【最終話 人と比べないという救い】
盆踊りから戻った夜。
蓮は、
台所で味噌汁をかき回している恭子に言った。
「母さん……
俺、ずっとダメなんと思うとった。」
恭子は、
おたまを置いて隣に座り、
小さく微笑んだ。
「蓮、
あんたの一日を
“できた・できん”で分けたこと、
わたしは一度もないよ。」
蓮は顔を上げる。
「止まっとる日も、
歩ける日も、
悩んどる日も、
その全部があんたなんよ。
どれも、
私の大切な息子なんじゃ。」
善悪でも、成功失敗でもない。
“こっち側”と“あっち側”に
線を引かない。
落ちこぼれを否定しない。
他人と比べない。
ただ “息子そのもの” を
まるごと受け止める声だった。
盆踊りの輪で見た、
境目のない人の輪が、
台所の灯りと重なる。
蓮の涙は静かにこぼれた。
「母さん…
わし、少しずつでええけぇ、
自分で
できること探してみたい。」
恭子はうなずいた。
「そしたら、
歩きたいほうへ歩きんさい。
急がんでええけぇね。」
——その夜、
呉市に小さな灯りがひとつ増えた。
彼は、家を出たのだ。
ちょっと前まで空き家だった家の前には
新しい花が植えられ、
港の工場にはまた灯りがともり、
遠い国では、
ラフィクが瓦礫の街で
若者たちに“帰れる家の作り方”を教えていた。
彼の建てた小さな家にも、
そしてその周りにも、
やがてひとつ、またひとつと
灯りがともり始めた。
壊れた世界の中で、
引きこもっていた若者たちが
未来の中心で静かに動き始めていた。
蓮は、ラフィクのSNSに映る
盆踊りの動画と
遠い国の夕焼けを眺めながら、
改めて思った。
「外の世界がバグっとるなら、
わしらは“温もりのあるほう”を
選べばええんじゃ。」
血となり、水となり、
気となって流れ始めたものは、
もう誰にも見えんところで
確かに呉の町を押し上げていた。
そしてその温もりは、
——この物語を読んだ
あなたの胸にも、
そっと灯り始めていた。




