第二章
大きな喪失感とともに私の高校生活は始まった。高校生になってまず驚いたのが、その自由度の高さだ。スマートフォンが使える。自販機で好きに飲み物が買える。私は自転車通学であったため、帰り道に好きに書店に寄ることができることも良かった。ちなみに自転車で片道約四十分かかったが、その四十分は一人で自由に色々な妄想ができる時間で、嫌いじゃなかった。どれだけ嫌なことがある日でも、その四十分は自分の世界に居られた。雨や雪がすごい日には親に送迎してもらったが、小雨程度であれば、カッパを着てでも自転車で行った。今までと比べ自由度が高く、驚きが大きかったが、私は、香帆がいない喪失感から、今まで以上に斜に構えて高校生活を始めることとなった。高校一年の春、閉ざされた世界にいるような感覚の中で、高校生らしく、周囲に馴染まなければいけないということで、それとなく高校生らしい在り方を模索した期間が長くあった。バスケットボール部に入ればそれなりに仲間ができたかもしれないが、中学時代の応援席の経験が長い私にとっては二度と運動部には入りたくなかった。また、歌好きは変わらずあり、軽音楽部への憧れがあったが、自分のビジュアル、歌唱力から、自分はきっと使い物にならないと想像できたため、入部を諦めた。こうして、入りたい部活動、サークルもなかったため、何にも属さずにいた。クラスでは思うように馴染めず、難しい時間を多く過ごしたが、授業や学校行事が、クラスメイトとの関わりを深めてくれ、こんな私にもそれなりにつるむ仲間ができた。ここで、 湊 という友人と出会うが、こいつとは高校三年間をともにすることとなる。音楽の趣味やゲームの趣味が合った。上から目線なところは少々むかついたが、悪いやつではなかった。こいつも、社会人になってからも連絡を取り、遊ぶ仲で、週に二、三回はオンラインゲームを一緒にする。そういった友人に出会えたことは良かった。さて、高校一年次のクラスについて言及する。私がいたクラスは、運動部の男子が少なく、言い方は悪いが地味な人間が多かったが、騒ぐ奴は何人かいて、それなりに賑やかであった。まあまあ楽しかったかなくらいである。このとき、たしか秋頃であっただろうか。文理選択があった、社会科目は相変わらず苦手だが、理科科目への拒否感が強く、文系を選択した。しかし、数学は引き続き勉強するようにした。文系だから国語、英語、社会だなんて、決まりきった定番の科目を勉強する自分に腹が立った。普通と違うから私なのだ。国語、英語、数学で大学受験することを心のどこかで決めていた。なんとなくで受ける大学受験。大学進学によって、人生における何らかの猶予期間を伸ばしたかったのだろう。私の人生はいつだって中途半端。いつからこんなんになってしまったんだろうか。これといって面白い出来事はなく、勉強はそれなりだし、色恋沙汰の一つもなかったが、絶望で始まった割には楽しい高校一年生を過ごせた。この一年で印象的であったのは、クラスのマドンナ的存在との出会いである。名を 楓 というが、あまりにも完璧すぎるということだ。その美貌はもちろんのこと、勉強も運動もそこそこ、愛嬌は良く、誰とでも仲良くなれるタイプの女性であった。そして、女性特有のあまい香りが常にぷんぷんとしていた。『こいつ、完璧じゃないか』と思わざるを得なかった。少し話したことがある程度で、ほとんど交流はなかったが、今でも記憶に残っているくらい、印象的な女性であった。しかし、香帆への思いは変わらないまま。そして、漫画をどこかに忘れたまま、私の高校一年生は終わった。
クラス替えにはやはり不安が伴う。そんなのおかまいなしに世界は動く。いざ、始まった高校二年生。不安の中、湊が同じクラスであったことは幸いであったが、なんと、野球部やサッカー部などの賑やかな面々が同じクラスになった。良い意味で非常にうるさいクラス。そして、中学時代の友人が野球部にいたこともあってか、その賑やかな面々には、私のことをある程度知ってくれている人がいた。そのおかげで、中学生の頃とまでは言わないが、それなりに馬鹿ができたのは楽しかった。何の時間だったか記憶にないが、男子で簡単なゲームをしていた。その罰ゲームといったかたちではあるが、サッカー部のイケメンとキスをしたのは良い思い出である。高校二年次の春から私らしいことができた。私の高校生活は輝きを取り戻しつつあった。私は枠にはまることが嫌いである。奇行をするやばいやつを思われるくらいが良いのだ。このクラスはいわゆる陽キャの多いクラスで、男女問わず、仲が良かった。私はほぼ男としか話さなかったが。高校一年次はあまり高校生らしいことをした気がしなかったが、このクラスでは自分でも思いのほか高校生らしいことができた気がした。そして、このクラスは、定期テストの順位を競うようなクラスであったため、今までよりも勉強に熱が入った。相変わらず、社会科目、理科科目は苦手であったが、その場しのぎは得意みたいで、何とか暗記し、成績上位に食い込むことができた。なお、高校二年次の思い出は、体育の授業のバスケットボールである。今考えても不思議だが、現役のバスケットボール部員やバスケットボール経験者を相手にしても、ある程度戦えしまったのだ。万年応援席男が。バスケットボールはやっぱり好きだ。この体育の授業のおかげで、バスケットボ―ル仲間もでき、昼休みには体育館でバスケットボ―ルをすることも増えた。球技大会という年に一度、サッカーやバスケットボールなどの球技をクラス対抗で行う機会があったが、私がいたクラスは、バスケットボ―ルで優勝した。八クラスある中での一番であった。気持ちが良かった。こんな私でも輝ける場所があったのだ。何より、帰宅部である私が現役運動部相手に勝ったことが嬉しかった。そして、もう一つ、遊戯王がこのクラスで流行り、のめり込めた。この歳になってこういった遊びをするとも思っていなかったし、こんなにのめり込める趣味だとも思っていなかった。休み時間は大体ヂュエルをし、授業中もヂュエルでの勝ち方を考えていた。非常に楽しい時間が多い高校二年次であった。ちなみにこのクラスの女子もみんな可愛かったが、ここでも色恋沙汰はなし。香帆以外の人間に興味を持てるわけもなければ、香帆ほど私の事を理解してくれる人はいないと分かっていたので、もう恋なんてしないと思っていた。しかし、周りの同級生は恋人がああだこうだと、恋愛の話をよくするようになった。私だけ置いてけぼりな気持ちになることが多かった。そんなこんなで、また漫画は描かず、一年が終わってしまった。
受験生という実感が湧かないまま、高校三年生となった。またまた、湊とはクラスが同じであったため、安心感はあったが、三年生のクラスはなんと七割が女子という、今までにない緊張感があるクラスであった。そして、なんと、高校一年次に同じクラスであった楓ともまた、同じクラスになることができた。しかし、嬉しさはない。楓は色々な男と付き合っている様子があったため、天の上の存在くらいに思っていた。男性陣は運動部の陽キャ組が引き続き同じクラスであったため、ここでも思いのほか自分らしくいられたのは良かった。そしてここでもまた、たしか体育祭の打ち上げで行った店でのことだったと思うが、野球部のイケメンとキスをした。これはその場のノリであった。こうしてまた、奇行をするやばいやつという立ち位置を獲得した。自分としてはその方が心地良かったのだ。これは完全に痛いやつと思われるかもしれないが、私は本当に枠にはまることが嫌いだ。良くも悪くも独自のポジションを獲得し、順風満帆に見られた高校三年生活であったが、高校三年には大学受験という人生の大イベントが待ち受けていた。中学時代から塾に通い続けていたため、受験のことは塾長からよーく聞かされていたが、どうも夏ごろまで現実味がなかった。しかし、夏ごろからであっただろうか、模試というものを受けるようになり、自分の学力のなさを徹底的に思い知らされる機会が多く訪れるようになった。一般的に中堅大学と言われる大学ですらD判定という事実が私に現実を叩きつけ、ようやく勉強に精を出すようになった。文系クラスなので、みんな日本史をやたらめったら勉強していた。しかし、私は社会なんて嫌いだ。父親は中学の社会教師であったが、息子の私はどうも社会が苦手であった。これを覚えた先に何があるのだろうか。そんな子供な考えを高校生になっても引きずっていた。社会科目の代わりに私が選んだのは数学である。これは得意だからではない。好きだからだ。自分の頭の中にある公式を必死で探し、問題を解くことに快感を抱いてしまった。しかし、数学Ⅰですら高得点は望めない程度のレベルであった。それでも社会科目は選ばず、数学を選んだのは、他の人と同じことをすることがとても嫌で、たとえ数学の出来が悪くても、自分としてはその環境が心地良かったからだ。塾は最後まで全力で支援してくれたが、自分の中では捨て科目という認識であった。今ここで塾の先生に謝りたい。さて、それではどの科目に尽力したのかと言うと国語、しかも現代文のみと、英語である。現代文と英語の勉強しかやろうと思えなかった。さて、こんな状態で迎えたセンター試験。惨敗であった。自己採点の結果は、国語、数学は四割と壊滅的で、英語だけ八割であった。結局、一般受験で結果を出すしかなくなったが、一般試験も惨敗。一番行きたくはなかった第三志望の大学に通うこととなった。高校三年次も、二年次と同じように体育と球技大会のバスケットボールで輝けたことは良い思い出である。高校三年次の事件と言えば、私に好意を寄せる女子がいる様子があったことだ。私の左斜め前の席の女子 亜衣 なのだが、どうやらそうみたい。特に誰かから話を聞いたわけではない。しかし、私の勘がそう言っていた。ところどころで、私に視線を投げかけたり、声をかけたりしてくれた。童貞の私が好意を寄せているのではと感じるには充分であった。これは私がただの勘違い野郎なだけなのだろうか。今となっては迷宮入りである。そして、亜衣は今、結婚して幸せに暮らしていると風の噂で聞いた。そして、ここでも結局、漫画も描かないで終わった。描こうという気が全くなかった訳ではない。香帆のことはずっと忘れなかった。忘れられるはずがなかった。しかし、高校生になると、嫌でも現実が見えてくる。自分の絵が下手で、物語を紡ぎ出す才能がないことも、分かってくる。このときの私は努力もせず、自分の才能の無さを嘆くのみであった。こうして私の高校生活は終わった。




