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大学生の冬の朝。

作者: 戌夜 凪

 朝、ふと目を覚ました。本当に目覚めが良かった。まるでスイッチを押されたかのように、頭の中が急にクリアになった。眠気も何もなかった。寝返りを打って窓の方を見ると、カーテン越しに見える光は街灯のみでまだ日は昇っていなそうだった。


 今日も寒そうだなー。頬が冷えて、吸い込む空気は鼻腔を軽く刺すような冷たさで、乾いた冬の静けさを感じさせた。その冷気には、どこか冷たく澄んだ清潔さがあり、鼻腔をくすぐる。その感覚がどこか心地よくて、高校生の頃に早くに起きて模試を受けに行ったときに事を思い出した。


 ふんぐーっと手を頭の上に伸ばして伸びをしたけれど、あまりに冷たくて、すぐに腕を布団の中にひっこめた。そして、そのまま頭ごと、掛け布団の中にすっぽりと入った。


 昨日は少し早めに寝落ちしてしまったから、多分早く起きてしまったのだろうなー。


 時間を確認しようと頭の横に転がっている携帯を触るけれど、充電切れになっていた。モバイルバッテリーに突き刺して、次にイヤホンケースに手を伸ばすけれど、こちらは中身が空だった。こっちも充電切れなのだろうなーと、タコが触手をうねらせる様に、布団の中を手で探ってイヤホンを探す。


 お腹のあたりにある違和感がイヤホンかなと体を少し持ち上げると、寒い空気が掛け布団の中にフーっと入ってきた。畜生と思って、また再び布団に包まった。


 そろそろ起動できるかなと携帯の電源ボタンを長押しするけれど、赤い電池マークに0%と書かれて点灯するだけだった。何度か押してみたものの、画面に変化はない。もういいや、と思いながら、だるー、とため息混じりに呟いた。


 掛け布団から頭だけを出して、部屋を見渡す、だいぶ明るくなりつつある?

少なくとも空はある程度白じんでいそう。


 今日も大学は1限からだし、このまま起きておこうかな、寝てしまったら、起きられる自信がないし。でもなー。今日実験があるから講義中に寝るってことが出来ないんだよねー。その後はまたバイトだし。生徒の目を盗んで寝ることもできないし。

ただ、そうは言ってもこういう時は決まって二度寝が出来ないんだよね。


 画面を見ずに、手でカチカチと携帯の電源ボタンを押していると、ぶーっと振動がした。やっと携帯が最低限充電されたみたい。


 布団の中にもぐって携帯を見ると、真っ白でまぶしかった。多分、梅干を食べた時みたいに目を細めて、しわくちゃな顔をしていたと思う。まぶしいんだよ、こん畜生と思って、時刻を確認すると4時15分だった。


 まだまだ朝早いじゃん。でも、もとより覚めていた目が、完全に目が覚めてしまって寝る気にはなれなかった。これなら、時間確認する前に寝たらよかったな。多分あのバカみたいなまぶしさのせいで寝られなくなったのだし。


 エナドリでも買っておこうかな。そのように考えると、掛け布団をかぶったまま、ミノムシの様にして布団から降りた。足が冷たくてそのまま布団の上に戻った。こんなことして遊んでいるよりもさっさと靴下を履いた方がよさそう。素っぴんだし、マスクで顔を隠して、毛糸の帽子を深く被った即席防寒スタイルに仕上げた。パジャマの上に膝下ぐらいまであるコートを着て外に出た。全然明るくなってないじゃん。扉を開けると、真っ暗な空と、向かいのアパートに設置されている照明が目に入った。周りをきょろきょろして、廊下の端の方までしっかりと見る。


 暗い中の外ってなんか怖いんだよね。小さな音が聞こえるたびに動きが止まる。さっと背後を見て前を見てそんなスパイゲームのような動きをしながら、アパートから出た。冷たい風が吹くたび、木々がざわめき立つ。その音がただの風ではなく、何か得体の知れないものが潜んでいるような錯覚を覚えさせる。コンビニへの道に置かれている街灯はぼんやりとした光を放つだけで、むしろ、周囲の暗闇を際立たせているようだった。


 そんな気味の悪い夜道でも、空にはきれいな星が見えた。東京から出てきて、これが一番いいことかもしれない。街も暗いし、空が見える。雲に反射した明かりが、空を白く照らしているなんてことはない。街灯はぽつぽつとあるけど、あるだけで、暗い。背後や左右をチラチラと見ながら、警戒しながら、歩く。側溝の方もしっかりと見る。


 まるでゾンビ映画の世界に迷い込んだみたい。映画でよくある、どこか錆びついたシャッターが突然ガラガラと音を立てて開き、ゾンビが群れをなして襲いかかってくるシーンが頭をよぎる。そんなことを考えてしまった私は本当に馬鹿だと思う。それが現実のものの様に思えて、左手の方にある明かりのない開いたシャッターの奥からゾンビが飛び出してくるんじゃないかってすごく不安になって、早足になった。


 コンビニに着くと、お目当てのエナジードリンクを手に取った。他に何かあるかなーってスナック菓子の方に行く。いつもここでスナックを買うから痩せられないんだろうなと思いながらも今日は長い時間起きないとダメだから、カロリーが必要だからと言い訳して筒に入っているポテトチップスを掴んで、ついでにカップラーメンも一つ選んだ。


 エナジードリンクもう一本買っといたほうがいいかなと思ってもう一本手に取った。手一杯にものを持って、そういえばコンビニで荷物を買い物かごを使う人あんまり見ないよなーなんてことを考える。レジ打ちをしてくれたのは男の人だった。私がレジの辺りに行くと、ドリンクコーナーの裏の方から走って出てきてくれた。監視カメラで見られていたのかな、って思うと、奇怪な行動をとってなかったかなって少し不安になった。


 アパートに戻ると、エナジードリンクの2本のうち1本は冷蔵庫に仕舞った。冷蔵庫を開けた時、薄い霜がひんやりとした冷気を運び、顔に当たる。その冷たさに少し身をすくめながら、もう一本は手に残してすぐに飲むことにした。缶をプルタブで開けると、シュワっとした炭酸の音が響き、勢いよく口元へ運ぶ。甘さと刺激のある味が喉を駆け抜け、冷たさでブルブルブルと身震いした。


 そのままキッチンへ行き、カップラーメンを作るためにケトルに水を注いでスイッチを入れる。お湯が沸くまでの間、手持ち無沙汰でポテトチップスの筒を眺めていた。筒の上部を指ではじくと、ずしっとした重さと共に、ポテトチップスがごそごそ動く感じがした。その誘惑に負けて、結局蓋を開けることにした。筒の中から袋ごとポテトチップスを取り出して、最初の一枚を取り出して口に運んだ。パリッとした食感と塩味が口の中に広がる。止まらなくなって、次々と手を伸ばし、気づけば袋の中身が半分以上なくなっていた。「やばいな」と呟きながらも、もう一枚を取ってしまう。指先に塩をぺろぺろとなめながら、つい口元へと運ぶ手が止まらない。


「こういうところがダメなんだよなぁ」と、心の中でぼんやりと反省の色を浮かべるものの、行動に移す気はさらさらない。塾で生徒たちに「ちゃんと計画的にやれよ」と偉そうに言った自分が思い浮かんだ。計画どころか、目の前の誘惑に抗えないこの生活。彼らが知ったら呆れられるだろう。「先生も同じじゃん」とか言われて笑われる未来を想像し、苦笑いがこぼれる。みんなは私の事ちゃんとした人間だと思っているのかな。少なくとも私も大学に入るまでは、バイトの人であっても先生と呼ばれる人間は勉強が大好きな人間で、すごく規律に厳しくて、宿題とかも忘れたことがない真面目な人なのだろうなって思っていた。実際はそんなことなかったけど。


 ふぉーっという音が数秒した後に、カチッとお湯が沸いた音がした。ポテトチップスを筒に戻した。ケトルの蓋を開けると白い湯気がふわりと立ち上り、冷えた部屋にかすかな暖かさを漂わせた。


 カップにお湯を注ぐと、湯気がカップラーメンの蓋に当たり、じわじわと湿り気を帯びた蓋が薄く曇る。蓋を閉じて、じっと待つ。その間、手が勝手にポテトチップスの筒を手に取り、もう一度蓋を開けてしまう。次々と手を伸ばし、パリッとした食感と塩味がまた口いっぱいに広がる。


 結局、ポテトチップスの袋は空になり、少しの罪悪感が襲ってくる。「まずいな―。食べすぎだよなー」と呟きながらも、食べ終えた袋を筒に詰め込んでゴミ袋に放り投げた。プラスチックの表面を伝う水滴がぽたりと落ちる音が小さく響き、香ばしいスープの香りが立ち上る。その香りに空腹が刺激され、思わずごくりと唾を飲み込む。慎重に蓋を開けると、湯気が勢いよく舞い上がり、冷たい空気を瞬時に温めた。細かな泡が立ち、麺がじんわりと水蒸気に包まれていく。麺が水蒸気に包まれながらふやけていく様子をじっと見つめる。待てなくなって箸でちょんちょんと突きながら、カップラーメンが食べごろになったのを確認し、勢いよく一口すする。熱いスープが口内を刺激するが、ダメな事しているって感じがしておいしかった。背徳感こそ正義。喉に引っかかるぐらいにいっぱいに口に詰め込んでハムハムと食べる。おいしかったなぁ。食べ終わる頃には体が少し温まり、再び布団の中に戻りたくなった。これが噂の血糖値スパイクってやつか。


 充電が多少されているイヤホンを装着し、布団の中に潜り込む。体を小さく丸めてスマホを操作しながら、少しずつ眠気が戻ってくるのを感じた。暖かさと音楽に包まれながら、まるで世界から隔絶された小さな宇宙に漂っているようだった。


そして、1限には遅刻した。

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