第2章 1
「悠希」
聞き慣れた声とともに、ぽんっと肩に手が乗った。
「一緒に帰ろ」
悠希は表情を緩ませた。
出会って以来、二人はほぼ毎日一緒に帰るようになっていた。大抵は、駅までの道中で、どちらかが一方を見つけて声をかける。
悠希は内心嬉しかった。こういう存在ができたのは初めてだったのだ。
十五分ちょっとの道中で会話を重ねるうち、少しずつ互いのことを知っていった。
凌空が映画や洋楽が好きだということ、中学生の頃には一人で新幹線に乗って、何度かこのあたりまで来たことがあったというのも、収穫の一部だった。知れば知るほど、凌空の大人びた印象はさらに色濃く現実味を帯びていった。
悠希は医学部を目指していることを凌空に打ち明けた。それが自分の希望ではなく、父親の指示であるということも。
こんな話をするのも凌空が初めてで、自分が思っていた以上に愚痴のようになってしまった。
「窮屈やなあ」
悠希の話を聞いた凌空は口をへの字に曲げた。学校を出ればマスクを外すから、素直に変わりやすい表情が顕になる。
並んで歩いている時の凌空は、校内で見かける時よりも少しだけ子供っぽく映った。
「医者は自分の子供も医者にさせたがるって、ありがちやもんな」
凌空の言葉に、悠希は顔を顰めて頷いた。コストパフォーマンスがいいのだろうか。
「悠希自身は何になりたいの?」
首を捻った。敷かれたレール以外の未来を上手く描けたことがなかった。
「とにかく、今の状況から抜け出したいかな」
望みがあるとすればそれだけだ。
凌空のほうは、伯母さんは女医さんなのに、悠希のように医者になれとは言われないみたいだ。
「まぁ俺の成績で期待するほうがバカやもんな。もう諦めてるんやわ」
「いいな」
本心が漏れる。自由で、桎梏がなくて、大人びていて。隣にいるのに、なんだかとても遠くに感じる存在だ。血の半分は一緒のはずなのに。
そんなことを思いながら歩いていると、別れ際、不意に凌空から誘われた。
「明日から一緒に昼飯食わへん?」
「いいよ」
驚きつつも、悠希は即答した。