7直接対決
「もしもし。はい、はい。分かりました。」
メイが運ばれた病院からメイの訃報が届いた。
「すみません、一台お願いします。」
私はタクシーを呼び、高円寺の病院までと頼んだ。去り行く窓越しの景色たちは刻々と時間を進めていた。彼女の時間が始まることはもう、二度とないというのに。
時は来た。
メイが死んだ。それもそのはずだ。私が応急処置をし始めた時から息をしていなかったから。救急隊の人が来た時、彼らは暗い顔をしていた。
私はウメに連絡を入れた。
『もうそろ着く。』
既読はつかないまま病院に到着した。少しばかりのお金を払い、降車した。
夜の十一時。空は真っ暗に染まり、凍え死にそうになるほど冷たい空気が体の至る所を刺激した。防寒対策をしたといっても、冬用の長袖に薄いカーディガンを羽織っただけ。
病院内には誰もおらず、閑静としていた。受付に人もいないし無人病院かと勘違いしてしまうほどだ。
私はエレベーターに乗り込み、七階のボタンを押し、涙を堪えた。溢れ出る涙を必死に止めた。けど止められない。勝手にこぼれ落ちてくる。
《まもなく、七階です。》
この音声を聞くことはこれが最後。いいこと?悪いこと?どっちかなんてそんなの分かりきってること。私が出すべき答えではない。
私は受付に行き、号室を伝えると、軽くお辞儀をされた。「ご冥福をお祈りします。」一言そう言われ、何を返せばいいか分からなかった。
とりあえずはいとだけ言い返し、メイのいるところに向かった。案外にも足はすたすたと進んでくれた。
そして、無人病院の七◯九号室の扉の目の前に立った。この扉を開けた先には冷たくなった人間が一人。死人と対人するのはこれが人生で初めてではない。が、初めてのように感じる。何だろう、この嫌悪感は。悲しくもない、嬉しくもない。ただ怒りだけを感じている。
『貝さん。少しご相談に乗ってもらえませんか?』
十二月十五日。小春とウメと私とコアで鎌倉に日帰り旅行に行った。吉祥寺から渋谷まで行き、湘南新宿ラインに乗り換え鎌倉に向かった。全員最寄りが吉祥寺なだけあって最初から最後まで一日中ずっと一緒にいた。
私たちは鎌倉にある海に近い海鮮丼屋さんに立ち寄った。私とウメはしらす丼を頼んだ。直と小春は生ビールとマグロ丼を頼んだ。ウメは成人しているけどお酒は飲めない体質らしい。
『くわぁーーー!』美味さに直がやられた。メイも美味しいと言ってやられそう。
私は白米に乗ったしらすを口の中に放り込んだ。しらす丼は美味しい。
『ちょっとトイレ。』ウメと直がトイレに向かった。あの二人は捜査が一緒になった時から仲良くなってよく話している。
二人の姿が完全に見えなくなった時、ほんのり頬に赤みが入った小春が隣に座り相談してきた。
『貝さん。少しご相談に乗ってもらえませんか?』彼女から私に喋りかけてくるなんて珍しいことだった。『なになに?』
小春は周りをキョロキョロと目配りをし、直とウメがいないことを確認した。
『あの、私、実は、直之さんが気になっているんです。』
『えぇーーーーーー!』
私は思わず耳障りな叫びをしてしまった。小春はシーと言い私を落ち着かせた。
『ごめんごめん。私こうゆう恋バナ大好きなのっ。』
小春はニコッと笑みを浮かべた。その笑顔は恋をしている顔だった。
確かに、思い返してみれば、小春はやたらと私に直の好きな物とか好きなこととか聞いてきていた。伏線回収をして、点と点がつながったような気がした。でも、まさか小春が直のことを好いているなんて。
『とりあえず!二人きりになりなよ!あっちがどう思ってるとかどうでもいいからとりあえずさ!』
私はこう見えて恋愛が大好きなのだ。年頃の女子高校生だもん。これくらい普通のこと。
二人できゃっきゃっしていると、怪奇な目を向けてくる直とウメがこちらに歩いてきた。
小春は咄嗟に顔を下にした。
私はその姿を見て小春の恋に加勢しようと思った。恋してる女子はいくつになっても可愛かった。
『会計しよっか。』私はウメと一緒に店外へ飛び出た。『何すんだよ!』私はいいからいいからとウメを促して店内にいる二人の様子を微笑ましく眺めた。
何で私自身が死んでもないのにメイとの旅行を思い出すんだよ。今だけ消えてくれ、私の記憶から。
コンコン
「入るよ。」
私は意を決して扉を開けた。そこには脇、膝、首に保冷剤を当てたメイがいた。側には椅子があり、ウメが腰掛けていた。
「メイ‥」
私はメイの手を握った。
冷たかった。
涙も出なかった。散々泣いたから。ウメは下を向き何も言わなかった。
私は側にあるもう一つの椅子に腰掛けた。
「ウメ。」微かな声でウメの名前を呼んだ。聞こえたのか、ウメは顔を上げて私を見つめた。
「あ、貝か。来てくれてありがと。」ウメはたくさん泣いたのか、目が赤く腫れ上がっていた。
「他に誰か来た?」聞くのは申し訳ないが、私はどうしても気になりウメに問いかけた。
「松葉杖をついた直がさっき来たよ。すぐ戻っちゃったけど。他は誰も。」私はそっかと返事をした。
コアは来た。他のメンバーも後々来るだろう。ジョセフがまだ来ていないのか。まぁ、そんなこといっか。
「じゃあ、また連絡するね。」ウメはうんと頷き下手な笑顔を浮かべた。私は涙を堪えられずに早歩きで部屋を出た。
「ひっひっ、ひっ」止まらない涙を堪えながら扉を背もたれにして腰を下ろした。
「ただいま。明々後日か。ジョセフ忘れないようにね。それまでに東と多田の依頼片付ける。ほぼ確で無理だけど。」ジョセフは目の下にクマを溜めてうんと頷いた。
明々後日はジョセフと私で別の依頼に行かなければならない。こんな状況で行けるかよ。でも行くしかないよな。
完全にオワッタ。ki殺し屋史上最大のピンチ到来だ。コアは撃たれて入院。
メイは撃たれて死んだ。
ウメはほぼ一人で多田総の行方を追っている。しかもメイが死んだことにより戦意喪失。
実質、私と剣城の二人でホシを追っていることになる。剣城はメイの死を知らない。
今後しばらくは、剣城と二人三脚で捜査しなきゃ。そのために、剣城に東と多田が同一人物であることを伝えなきゃ。
この状況で最新の依頼。
重圧に押しつぶされそうになった。
私は剣城に真実を伝えるために電話をかけた。東と多田のことは最後まで誰にも言わない予定だった。コアと私の情報だけだと思っていた。しかし、この状況になれば言わざるおえない。
「もしもし。」
『かなり堕ちているな。明々後日だぞ?』
「うん。その日には全ての悩みの種が吹っ飛ぶから。それまでの辛抱。」
『まぁ、死ぬなよ。』
「死なないよ。メイの死が無駄死だ。」
『‥え?あの女、死んだのか?』
「うん。多分、ジョセフの協力者。コアから聞いてる。」
『マジかよ。じゃあお前めっちゃ大変じゃん。コアは撃たれて入院してメイが死んだ。全部一人でやんのかよ?』剣城の声には静かな熱気と殺意が込められていた。
「そこでさ、言いたいことがあってね。実は、多田総と東政宗って同一人物の可能性が高いの。」
『え?』まあ思考は止まるわな。
『じゃあ、コアを撃ったのって多田総ってこと?』
「そうなるね。そんで、誰かも見当ついてる。」
『待って、今からそっち行くわ。』
「分かった。」
私は剣城の位置を確認し、ジョセフのいる部屋に向かった。
「ちょっと散歩してくるね。」
ジョセフは何も言わずに右手を上げた。
2024.12.19
『騙すのに寿命来ちまうよ。』
加藤の病室で頭を抱えた。殺し屋の中で実力派の加藤が撃たれたのはアイツの計画通りなのか。
俺と同じくアイツに殺意がある女もアイツに殺られた。こんなにアイツの思い通りに行くことなんてあるか?
『それじゃあ整理するよ。貝と多田が井の頭公園で会う。そんでお前とウメが多田を殺る。ってことで頑張ってよな。俺は何にも出来ねぇんだから。』
加藤は両手を頭後ろにやり、純白の天井を見つめていた。俺たちは何も話さなかった。話す話題もなけりゃ話す気力もない。
『俺は帰るから。次に会うとき、お前はヘッドだ。』
加藤はゆっくりと起き上がり、俺に指差して口を開いた。
『んなことどうでもいい。それより、セレナだけは無血で連れてこい。』
『セレナだけか。』
加藤は苦笑いを浮かべ、お前もなと言った。俺も苦笑いを浮かべた。
俺は、一つだけ気になったことがあった。これは生きているうちに聞きたいことだ。
『何でお前はこんなにも俺を信用するんだ?俺がアイツとグルだった時、どうすんだ?』加藤は動揺せずに少しばかりの間を置いて、悪意のある笑みを浮かべた。
『俺が意味もなくお前を信じるわけ?』
その顔は何とも言えぬ劣等感に襲われていた。彼なら何かを知っている。かといってここで問い詰めても無駄。生きて帰ってまた聞こう。
俺は笑みも浮かべずに部屋を後にした。
扉の外に出て、ウメの携帯端末を鳴らした。
「マジで寒さすぎ。凍死だわ。」
今日は十二月二十三日の月曜日。しんしんと雪が降り始めた。雪だるまが何匹も道路沿いに並んでいた。
私はジョセフに呼び出された。理由は分からない。
書斎の部屋に来いと連絡を受けたのみ。自宅から殺し屋までは距離がないので行く気はなかったが、行けない理由がなかった。
渋々家を出て、今に至る。
書斎室の机の上にはUFOが二つ置かれていた。暖かな偽空気が私の体を取り巻いた。
ガチャ
「あれ?もう来てたの?」扉の前に割り箸を咥えたジョセフが立っていた。さらに、両手には大量の資料が積まれていた。
「何呼び出して?用を言って。」私は家でネトフリを見ていた。そんな幸せすぎる瞬間に呼び出されてあとでぶっ殺すわ。
「とりあえずさ、UFO食べよ。ペヤング切らしてさ。買ってきてって頼もうとしたけど絶対嫌がるじゃん?だからUFOで耐えた。」
「耐えたとか失礼すぎる。で、何?」
ジョセフが私を呼び出した理由が全く分からない。ジョセフは焦っていない。言葉も詰まっていない。よほどの急用ではないようだ。
「まぁまぁまぁ。いただきまーす。美味すぎるよ。」
私も一口目を食べ、美味しさにやられた。今置かれている状況は理解し難いが、UFOが食べられるから何でもオッケー。
私はジョセフの方をちらっと見た。目が赤く腫れ上がっていた。寝ていないのか泣いていたのか。朱色の目をしたジョセフが、こちらを見つめた。
ジョセフは息を呑み込み、一拍置いて、UFOを机の上に置いた。
「セレナ。もし、僕が死んだらセレナはセカンドになれる?」
急な質問にパッと答えられなかった。てか、答えられる質問じゃなかった。死んだら?死んだら?怖すぎ。
「いや死ぬとかないっしょ。どのタイミングで死ぬんだよ。てか、急に呼び出しといて何?」
「焦んないんだね。」
私はハッとした。
私は焦ると同じ言葉を連発してしまう癖がある。自分でも分かってる。言い終わった後にまたやってしまったと思う。ジョセフの焦んないんだねの言葉でさらに焦ってしまう。
父親を騙す前に寿命で死にそうだ。
「いや焦るって言うか、またジョセフの冗談かと思って。返すのがめんどかっただけ。」
ヤバい。バレてしまう。ウメとコアと剣城で考えた作戦が台無しになってしまう。あの、作戦が。鍋蓋を開けたら最大の作戦が待っているというのに。
「そっか。何か暗い雰囲気になっちまったな。明日は朝早いから今日は酒飲まない!煙草も吸わない!もう寝る!」
今度はジョセフが焦るようになった。ジョセフが動揺した時は会話の中の動詞を早めて言う癖がある。今その時だ。一体ジョセフは何に対して焦っているんだ?
ジョセフはソファに寝転んだ。私もここで寝てしまおうと思った。家に戻るのは寒いしめんど臭いから。
「電気消すねー。」
「みんおー。」みんおとはおやすみなさい=おんみ、それを反対に読んだ言葉だ。ジョセフが考えたがおやすみなさいより言いやすいから好んでいる。
「ジョセフー。」私は眠りに落ちる前にジョセフに最後の質問を投げかけた。
「今日の自分が明日を作れなかったらどうしたらいい?」ジョセフは一瞬呼吸を止めたが、すぐに開始した。
ジョセフはうぅーんと悩んだ末、言葉を言った。
「もし、セレナが明日を作らなかったら僕も作らないかな。そんな感じで、一人が死んだらもう一人死ぬ人がいる。そしてまた一人死ぬ。それほど君のことを想っている人は多いってこと。だからみんな明日を迎えなきゃいけないんだよ。日本で人口が減ってるこのご時世そんなこと出来ないだろ?だからいやでも明日を作らなきゃいけないんだ。作れないってことはない。」
私は、何を聞いてしまったのだろう。
睡魔に襲われていた瞼はすっかり涙で溢れかえった。
「え?泣いてる?」
もう、喋りかけないで。これ以上、話しかけないで。そう言いたくても涙で言えない。
「ほん、本当に、大丈夫。」
私はそう言って布団の中に顔を突っ込んだ。十二月なのに暑さで死にそうだ。
私はジョセフのことを忘れようとしているうちに、眠りに落ちていた。
再び目が覚めてしまった。時計を確認すると夜中の二時になっていた。私は上着を着て、落ちかけていたジョセフの布団を肩までかけた。
静かに扉を開け、長い階段を駆け上った。
五分ほど階段を上がり、殺し屋の入り口にたどり着いた。
「7326478。」私は間違えのないように声に出してコードを入力した。
外に出た瞬間、寒さで氷になるかと思った。震える手でスマホを取り出しウメに電話をかけた。
「さっむ。もしもし、どこにいんの?」
『死体処理部隊のアジトにいる。』
「吉祥寺の?」
『うん。剣城もいる。』
「すぐ向かうわ。」
そう伝えて電話を切った。
ウメと剣城の位置情報を確認すると確かに吉祥寺にある死体処理部隊のアジトにいた。
私は早歩きでアジトに向かった。向かっている最中でも倒れそうになるくらいの強力な冷風が体に入り込んできた。
「あったかい、あったかい、あったかい、暑い。」私は自分の脳に嘘をつかせながら寒さを耐え凌いだ。
アジトの近くに来ると人影がゼロになる。入り口に着き、辺りを見回して誰もいないことを確認した。
私は自分の懐に隠し持っていたトカレフを取り出して撃つ構えをした。
「7326478。」
再び暗証番号を入力し、部屋の扉を開けた。
静寂と暗黒に包まれた室内は驚くほど怖い。私はLEDハンディライトのライトをオンにし、口に咥えながら歩き出した。行き先は初めてメイとウメと話した場所。何段もある階段を駆け足で降りた。冬なのに息が切れそうなくらい長い。
息を切らしたまま部屋の目の前まで来た。
コンコン
「やっほー。外寒すぎ。」
そこには机の上に座ったウメとソファに座った剣城がいた。
「やっほー。加藤と柳なんていなくたって俺らはアイツのタマ取れるんだって。」
「てか、剣城はいつまで多田のことをアイツって呼ぶんだ?」
「じゃあなんて呼べばいい?」ウメはしばらくうーんと言いながら考えた。私は耐えきれずに二人に向かって言った。
「高野。」
「アイツの偽名か。」
「うんなこといいから早く始めようぜ!」
ウメはそう言いながら机の上に何十枚もの資料を広げた。その中にはジョセフから貰った東政宗に関するA4サイズの情報ペーパーもあった。他にも同じサイズの紙が机一面に広げられていた。
「東政宗東政宗東政宗‥」私は他に東政宗の情報ペーパーがないか探した。一枚二枚三枚四枚。
合計で七枚見つかった。
「東の右側の顔に傷があるって。嘘っぱちじゃん。」私は毎日ジョセフの顔を見ているからそんなの一発で分かる。
「アイツにバレたら困るだろ?ちょっとでも誤魔化さないと。」
しばらく三人で資料の確認をしていると、ウメが口を開いた。
「予定確認始めよ。」
「おっけー。六時半に私と多田が井の頭公園で接触場所っていうていで会う。私が合図をしたら近づいてきて。そして小さい銃と大きい銃両方持ってって。弾は常に余裕を持てるように予備を大量に持ってって。」
私たちは完全装備で戦いに備えた。多田総はヤバい。メイが撃った銃弾を避け、さらにメイを撃って殺している。銃の速さは秒速五百メートルに達する。この早さを避けられることはまずない。相手の動きを先読みしなければ避けることは不可能。しかし、それを可能にしてしまった。多田総はただものじゃない。
「それじゃあ、全員、生きて帰ろう。」
私はそう言って二人に握手をした。
剣城は何も言わなかったものの、ウメは私の体に抱きついて、鼻を啜りながら喋り始めた。
「メイが、死んだ。許せない。この手で絶対殺す。」私はウメの背中に手を乗せた。落ち着かせようにも私自身も声が出ない。自分の頬にも水滴を感じたからだ。知っている人間が死ぬのは、誰でも辛い。
私は部屋を後にした。歩きながら自分の持っているトカレフに目を向けた。ポケットに手を突っ込むと予備弾が大量に入っていた。
「サンキューな。ジョセフ。」少しだけ心に余裕が生まれた気がする。
私は三度目の暗証番号を入力した。
「ジョセフもう出るよ。」
私は殺し屋のアジトに戻り、ジョセフを起こして接触場所に行くと伝えた。
ここでバレてもトリガーを引けばいいだけ。ひたすらそう思った。
ジョセフはゆっくりと起き上がり、駐車場に向かった。私もその後ろ姿を見て追いかけた。
「井の頭公園?」
ジョセフは車のエンジンをかけながら私に問いてきた。私はうんと答えた。本当に気づいてないのか?
私はスマホでウメと剣城の位置情報を確認した。すでに井の頭公園の敷地内にいた。
今のところ計画に狂いはない。このままいけば、一時間後には騙すことも騙されることもなくなる。
「この忙しい時期に依頼とか、クソッタレだな。」ジョセフは自分がまいた種に怒っているのか?それとも何か策があるのか?まぁ、いいや。
「着いたぞ。安全装置戻しておいてな。」私は懐にあるトカレフの安全装置を確認した。誤って撃たないように常に安全装置はオンにしておくことが基本だ。
「着いたけど、どこ?」私はDMで届いた依頼者からの接触場所を確認した。その時だった。
パァン!
一発、銃撃音が公園内に響いた。
私は自分のトカレフを構えて、ジョセフに向かって銃口を向けた。
「手を上げろ!多田総!」私はジョセフに向かって叫んだ。私の放った声は公園内に大きく響き、空気が揺らいだ。
「セレナ!」
そう言いながら剣城とウメが木陰から現れた。彼らは首からアサルトライフルを身につけていた。手にはいつものトカレフが力強く握られていた。
すると、私は剣城に首で合図をした。
(お前が殺れ)と。
私はトカレフを構えたまま後退した。と同時に剣城がジョセフに向かって前進した。
「久しぶりだな。ジョセフ?いや、多田総。」
「剣城。」
「ずっとお前を、殺したかった。」
剣城の声は低く、人を見下すような声だった。何もかもに対して怒りを露わにする姿に、私は心底関心した。
彼が激怒していることに納得いく。だって、目の前にいるのは、実の母親を殺した男なんだから———
ジョセフの本名は多田総。剣城にとっても多田総。ウメにとっても多田総。私にとっては高野秀吉であり、里親、いや父親でもある。
「お前とは、同期で同部屋だったな。覚えてるか?」
ジョセフは何も答えずにただ膝まついでいた。
「お前はな!俺の母親を殺した。なぜだ!俺の母親を殺して何の意味になる!お前の意図が読めねぇからこっちは一手間かかってんだよ!」
剣城は多田に向かって大声で怒鳴った。怒号が早朝の冬風を揺らした。袖の隙間から冷気が入り込んでくる。
私はジョセフの大きな背中と首を見て、手の震えが止まらなくなった。寒さと恐怖で。今まで父親だと思ってた人が、人殺しだと、思うだけで。
私とコアが今まで追っていたホシは、ジョセフ立ったのだ。
「お前はもうダメだ。俺が殺す。最後に言い残すことはあるか?」
「お前、何も変わんねぇな。」
ダダダダダダダダダ!
鼓膜が破れるような感覚に襲われた。誰も撃っていないのに連射音が響いた。私たち三人は撃っていない。私たちが持っている武器以外の銃撃音だからだ。
「ウメ!」
ふと横を見ると、血に染まったウメが倒れていた。手を差し伸べて頭を手で支えた。もう片方の手は赤く染まっていた。ウメは腹を撃たれていた。
「ウメ?ウメ!ウメ!」
「セレ、ナ?」
ダン!ダン!ダン!ダン!
再び銃撃音だ。誰だ?どこだ?
「セレナ!隠れろ!」私はその声で目が覚めた。でも目の前には血だらけのウメが生死を彷徨っている。でも逃げなきゃ。そしてなぜかジョセフは手を上げたまま動いていない。逃げようともしていない。剣城の姿はなく、声のみが聞こえる。
「逃げて!」その瞬間、全身に衝撃を感じた。ウメが私のことを脚で蹴り飛ばしたのだ。そして体に身につけていたアサルトライフルを私に向かって投げた。
「はぁはぁはぁはぁ!」私は走って剣城の背中を追いかけた。
そして剣城と木陰に隠れてた。
「どうゆうこと?この状況?ウメが撃たれた。ジョセフは何やってんだ?」
「落ち着け。さっきの銃撃音はジョセフの支配下の人間だ。おそらくジョセフが集めた盾だな。まずはネズミ共を始末しないと。俺に策がある。落ち着いて聞け。」
‥‥‥‥
「分かった。お互い生きて帰ろう。」
「私はここだ!」
私は七井橋に向かって走りながらアサルトライフルを連射した。
ダダダダダダダダ!
「おい!こっちだ!」剣城が言うジョセフの支配下の一人が私に向かって叫んだ。
パァン!パァン!
二発、三発、四発。次々に銃声が耳元に響く。私が撃たれたら終わりだ。剣城が言ってたあの作戦も台無しになってしまう。本当に最悪の事態だ。
「わぁ!」
私は橋の上で転倒してしまった。
「動くな!藤沢貝!」私は完全に包囲されてしまった。
「俺の名前は、加藤春輝。お前は、多田総を殺そうとしたな。」
加藤春輝?え?コアの弟の?なぜ彼がここにいる?
「てめぇはお終いだ。」
私は完全に撃たれてしまう。私は手を上げたまま、二回咳き込んだ。
パァン!パァン!パァン!パァン!パァン!
当たった!私のことを包囲していた五人の人間は一瞬にしてこちらの狙撃手によって倒れた。
「セレナ!大丈夫か?」
そこに現れたのは剣城と緊急事態収束部隊のオーディンとアルチュールだ。
「剣城の作戦、完璧だ。あとは、多田。どこに行ったんだアイツは?」
「ここからはニ人ずつで行動しよう。」剣城はそう言って私のことを手招きした。
「オーディンとアル!くれぐれも死ぬなよ!」アルチュールは指でグッとサインを見せた。
「剣城。さっき、三人が撃ってくれたうちの一人にコアの弟がいたんだよ。多分。同姓同名だった。」
剣城は驚いた表情をした。
「弟って、春輝か?加藤春輝?」
「うん、え?なんで知ってんの?」
「いいから今は多田を殺すことに集中しろ。」
私は一つの疑問を持ったままトカレフを構えた。
プルルル!
「もしもし?いた?どこにいる?おっけー。」スマホの向こう側からアルチュールの声がした。ジョセフはウメのいたところから狛江橋に向かって移動をしているらしい。
「剣城、多田はウメのトカレフを持って狛江橋に向かって移動中。」
「おっけぇ。殺してやるよ。お前の眉間に穴が開くぞ。」そう言って剣城は歩くスピードを早めた。私も剣城を追いかけた。
暗闇の空に光が現れてきた。日が出てきたら愛犬家たちが出てきてしまう。極力銃声を鳴らさないようにしなければ。
私たちはしばらく歩き、狛江橋にたどり着いた。閑静な橋にはまだ誰もいない。と、思っていた。
目の先にいたのは、アサルトライフルを構えたジョセフと血だらけになったオーディンとアルチュールがいた。
「剣城。あれ‥!」
「緊収のヘッドとセカンドの奴らだな。今のうちに多田を伐つぞ。」
「うん。」
私と剣城はアサルトライフルを構えた。私は心の中で父親の命日カウントダウンを始めた。
五
四
三
二
一
パァン!バタン!
ジョセフの右脚にぽっかりと穴が開いた。私はその姿を見て何も思わなかった。瞬く間に彼はその場に倒れ込んだ。大きな体は一瞬にして地面と一体化して消えた。
「外れた。近づくぞ。」
私はアサルトライフルを構えたままジョセフに近づいた。背中で剣城のライフルを感じていた。私も念の為にライフルを構えた。
自分の足が何度も止まりそうになる。でも、止まらずに進まなければ。
「ジョセフ。」私は血だらけのジョセフに向かって銃口を向けた。その弾道はズレることなくジョセフをさしていた。
「セレナ。」ジョセフが受けた弾は急所を外していた。右脚から血がとめどなく流れ出ており、間も無くすれば失血死で死ぬだろう。
「セレナ。これを‥。」
そう言って紙切れを私に渡した。
「何だこれは?」
「分かってる。バレるとは思ってた。そこに書いてある住所に行け。」
ジョセフの瞳孔は開く気力を失い、何も言わずに口を閉じた。そして、瞳は閉じられた。全身の力も抜けたのか、アサルトライフルをポトンと手放した。
「‥‥コープスを呼ぶ。剣城は先に逃げてろ。」剣城は分かったと言ってその場から離れた。
「もしもし?人がたくさん死んだ。狛江橋と七井橋だ。」
『井の頭公園だろ?もうそろ着く。コアから連絡があったんだよ。』
「アイツが呼んだのか。すぐに来て。」
『了解。泣くな。』
私は木陰に隠れた。橋には三人の遺体が寝転んでいた。オーディンとアルチュールはジョセフに撃たれたんだろう。
私は父親を殺した娘だ。
瞼から涙が零れ落ちた。




