65接触
「…..ここか」
「随分と街に溶け込んでるな」
アルチュールと若夫婦の変装をして、勝地が書き残した走り書きに記載されていた『練馬統合保険会社』に足を運んだ。
「すごい変装だな。天晴れだ」
隣のいたアルチュールに目を向けると、背丈のある彼が頭一つ二つ小さくなっていた。仕組みが気にな尋ねてみると、彼は柔軟な足首を利用してどうやら靴の中で曲げているらしい。想像を絶する痛みのはずなのに余裕の表情をしている。
「痛くはないのか?」
「変装のためならなんでもする。これくらい当然のことだ」
「アル、あんたすげぇわ」
俺が旦那役、アルチュールが妻役をして相続問題を装って建物内に入って行った。暖房の効いた部屋がちょうどいい。
「こんにちわー!」
スーツを着た短髪の男性が元気よく出迎えてくれた。
意外にも客は他にもいて、待合室のソファは埋まっていた。
「どのようなご用件でしょうか?」
「相続です」
「でしたらあちらの窓口で担当の方にご用件をお伝えください」
「ありがとうございます」
軽く会釈をして言われた通り窓口に向かった。
ネームプレートの名前は”小山”。勝地が書いた走り書きには書かれていない名前だった。ただ雇われてる職員だろうか。なんせ練馬統合保険会社とは初接触であり、姿も声を知らない。だからネームプレートを注意してみる必要があるのだ。
盗撮型メガネを少しずらして待合室で座って待った。窓口は混み合っており、とても早くには相談できなさそうだった。
「混んでるな」
「うん。さっきのあの入り口にいたスタッフは特に怪しい行動はしてないな」
俺は頭を縦に振った。他の職員にも目を向けたが、普通に業務をこなしていた。
『番号140のお客様、窓口が開きましたのでご案内します』
「よし。行こう」
自分たちの案内番号が読み上げられ、相続に関する窓口に行った。アルチュールは女性のような仕草を心がけた。例えば膝と膝をつける、手は組まない、などなど。
「お願いします」
「はいよろしくお願いしまーす」
出迎えてくれたのは男性職員。長髪を束ねて後ろでお団子にしていた。
ネームプレートは
———後藤。
彼もまた走り書きには記されていない名前だった。
「この度は相続についての相談でよろしいでしょうか?」
「はい。妻方の相続でして、彼女は耳が聞こえないので私が付き添いでこさせてもらいました」
そういえば、アルチュールでも声帯を変化させることは不可能だった。そのため、難聴という設定にしている。
「かしこまりました。でしたら本日こちらの資料をお持ちでしょうか?」
「はい.....これでお願いします」
事前に偽造しておいたしておいた資料を提示した。名前、生年月日、出身地、住所、口座番号まで事細かく印刷されていた。アルチュールにはいつも驚かされる。
「かしこまりました。こちらで確認します」
職員は回収した資料を持ち立ち上がった。今のところ怪しまれてない。緊張で口から心臓が出そうだ。
「流石に本名で生活するやつはいなさそうだな」
アルチュールに耳打ちをした。しかし彼は相槌を打つことも返答をすることもなく、ある一点の方向を向いていた。
「おいなにして…..」
俺は、息を呑んだ。
「お待たせしました。担当変わります、”神崎“と申します。奥様の相続に関するご相談でしたよね。申し訳ありませんが系図をお持ちでしょうか?」
ついに、現れた。
———神崎三重子。
俺は思わずメガネに触れた。しっかり録画されているかを確認した。胸が弾けて立毛筋が起きた。目の前にいる女と、白川家の家系図に書かれていた女の名前が一致したのだ。これは単なる偶然じゃない。死人の言葉を信じるのであればの話だが。
「これでお願いします」
「ありがとうございます」
随分と容姿端麗な女性だ。目鼻の堀が深く、ふと現れるEラインが美しかった。
この感覚。
見惚れてしまうその顔は、まるで小春のようだった。
「そしたらこちらの添付資料をご覧ください。相続とは———」
そこから特に重要な話が出ることはなく、通常の相続問題について説明された。しかし気になったのは、彼女は時折腕時計を見ていた。短い間隔でそんなに確認するか?と思うほどだ。
「それでは本日は以上となります。お困りのことがありましたらこちらの番号にお掛けください」
「ありがとうございました」
二人で頭を下げて礼をした。出口まで案内してもらい、終始客は神のように対応してくれた。
会社を出て、最後まで夫婦を演じ切った。
「苦労したわー。お前が妻とか無理だわ」
「あ?独身がだまれよ?」
「ひー!こわいこわい」
付近に車を停めておいて正解だった。こんな姿で電車なんか乗れないわ。
「分かったこととしては、あの会社と勝地はなんらかの繋がりがあるってことだな。現に神崎という女はいたわけだし」
「うん。帰って盗撮型メガネを確認して、怪しいことがあったら確認しよう」
俺はアルチュールに相槌を打った。
練馬統合保険会社。
ここはただの保険会社なんかじゃない。
「どうにかしてうまくあの会社の内情を突き止めたい。また潜入捜査しかないか」
俺は嬉しため息をつきながら車に乗り込んだ。
潜入捜査は殺害部隊の得意術。予定が合えばセレナとも行こうか。
しかし彼女と仕事をするたびに林村の言葉が呼び起こされる。
「お疲れ様です。こちら、本日の集金です」
「…..怪しい客はいなかったか」
「特には。しかし、午前に来た夫婦」
「耳が聞こえねぇ女か」
右から神崎、吉丸、天ノ橋の順番に腰掛けた。専務である天ノ橋は豪快に足を広げて直近一週間の売り上げを調査していた。
「売り上げ上がってきてる。しかしこれだけじゃ足りん。これの8割は全て”白川家”に持ってかれる。手下を殺すのもいいが、なるべく練保で稼ぎたい」
「マジかよー。でもまぁ三重さんのおかげで売り上げ上がってきてます。あざーっす」
吉丸は神崎に会釈をした。そして立ち上がり、引き出しにしまってある拳銃を取り出した。
「白川家のため、あの方のため———」
「天ノ橋、また変な教入ってねぇよな?」
吉丸は睨みを利かせて天ノ橋を脅した。
天ノ橋はは舌を出してオッドアイの瞳を見開いた。瞳孔にクッキリと2人の姿が映り、世界が二つに見えた。




