63現れる敵
「もしもしアル?朝早くにすまない。」
私は学校に向かっている途中にアルチュールに電話をかけた。朝の7時半。かなり迷惑がかってるがどうしても話したい要件だった。
「大丈夫よ。今ジムにいる。」
「えらいな。コアに聞いたと思うけど、いつ練馬の方に行く?」
「白川家が絡んだそうなやつか。もう必要な偽装資料は出来上がってるから今日にでも行く予定だ。」
「了解。必ず録音と録画をしておけ。念の為気をつけて話を聞くんだ。それじゃ。」
私は耳からスマホを遠ざけて切るボタンを押した。ゆっくり歩いて学校に向かってる中、続々と後ろから自転車集団が風の如く追い越してきた。私は少し歩道側に寄り道を開けた。
「空音ちゃんおはよ!」
後ろから思い切り背中を叩かれた。クラスメイトの一人が挨拶を交わしてきた。私は友達はいないけれど、挨拶は交わせる人間だ。気の利くクラスメイトが毎朝挨拶をしてくれるのだ。
「おはよ。」
彼女も自転車登校の一人。武蔵野の森の中を激しく走り抜けた。
♢
「はいおはよー!」
歩き始めて20分。校門の前に着くと学級教員が生徒会の人間と挨拶運動をしていた。今では考えられないのだが、竹刀を片手に振り回して生徒を出迎えていた。無論それで人は叩かない。地面をひたすら叩いて脅しをかけていた。彼は私の学年の主任。周りからは”不運の世代”と呼ばれているらしい。
「おはようございます。」
私はお辞儀をしながら校舎に入った。
「おはよー!」
根太い声に圧倒されながらも目をつけられないようにそっと校庭を進んだ。
うちの学校は校門から校舎までに無限に広がる芝生調のグラウンドを通らなければ教室にはいけない。ここまでの間が非常に辛い。
いつもの如くイヤホンをつけ爆音で音楽を聴いていると、校庭の隅にスーツ姿の男が数人いるのを見かけた。目をぎゅっと細めて見ると、隣には担任と学年担当の教員が何人かいた。訪問者かなと思い気にせず教室に入り靴箱で上履きに履き替えた。少し異臭のする下駄箱を早足で抜けると、すぐそばに一人の男がそわそわと周りを見ながら立ち尽くしていた。
その男を目の前を通り過ぎようとしたとき、ふと後ろから声をかけられた。
「すみません。」
「はい......?」
「職員室の場所を教えていただくことはできますかね?」
その顔、背丈がそこまで高くないのに威圧感のある体つき。顔の堀が深く日本人とは思えない目の大きさ。間違いなく本多だった。
彼は私と剣城を追いかけた刑事、そしてこの間テレビ出演していた刑事だった。
「あの....?」
「あ、あぁなんでしたっけ。すみません。」
私は思わず顔を見続けてしまい話を全く聞いていなかった。
「職員室の場所はどちらでしょうか?」
「職員室でしたらここをまっすぐ行って左に行って直ぐです。」
「あぁ、ありがとうございます。」
本多はにこやかな笑顔を見せて廊下を進んだ。
私は口元を押さえながら眉を寄せてトイレに駆け込んだ。
ガチャン!
個室トイレを勢いよく閉めて息を潜めた。
「はぁ、はぁ、はぁ....」
荒い息を止めるのに必死になった。スクールバッグの中から吐き気止めの薬を取り出して水と一緒に飲んだ。
なんで本多がここにいるんだ?私の存在がバレたか?そんなことは絶対にないはずだ。
少し落ち着いた頃に大きく息を吸いながら外に出た。喉仏に通る意地汚い空気に汚染されながら洗面台の前の鏡に立ち自分の顔を見た。
あの顔を見た瞬間に背筋が凍り顔面蒼白になったと思った。その通りだった。
顔は白くなり人間味のある色が消失していた。しっかり噛んで食べたはずの朝食も逆流しそうになる。
「くそが.....」
小さく嘆いて自分の頬を引っ叩く。わずかに痺れて痛みが増していく。次はその痛みに比例して徐々に手の震えが増してきた。
同じことの繰り返し。
最近自分の体が自分の体じゃなくなってきてる。耳鳴りもする。頭痛もする。変造されていく自分に恐怖を覚える。
「いやそれなー!」
すると、外から陽キャ集団が現れた。私の居場所は一瞬にして消え去った。




