6犠牲者
旬が巡り冬に近づいてきた師走の十八日。二十時三十八分に公園口の改札に足を通した。出た先にある細い道から見えるマルイに立ち寄りたいところ。しかし今は仕事中。余計な考えは全て捨てた。
公園口を左折した少し先にキャデラックCTSの黒塗りの運転席に座っていたコアを発見した。左腕の肘を窓際にかけていた。そのたくましい左手でサングラスを外し、こちらに向かって目で合図をした。
「やっほー。サンキュー。」
「いい感じじゃん!似合ってる似合ってる。」
girlに潜入するにあたって、私とウメはgirlの店員として潜入することになっている。そのため、私はキラッキラのドレスにネックレスをつけている。
公園口に向かっている最中に何度か警察官に話しかけられた。若そうな娘がキラキラのドレスで夜の八時に歩いていたらそりゃあ声かけられるわけだ。その度に運転免許証をドヤ顔で見せつけている。
この運転免許証は緊収のセカンドヘッドのアルチュールが偽装して作ってくれたものだ。アルチュールは殺し屋の中でも偽装担当となりつつあるくらいリアルなものを作り出している。これもその一つ。他にもマイナンバーカード、請求書、レシートなど。どれもリアルだ。
私は車に乗り込み扉を閉めた。コアは車のスピードを上げながら走り出した。その間には、巨人軍の選手の応援歌をひたすら流していた。二人の共通の曲といえば応援歌しかなかった。
高円寺近くになった頃、コアが音量を下げて話を始めた。
「今日、うまくいけば東のタマを取る。セレナはいつでもククリとコープスに連絡できる状態にしておいて。」
事件後処理部隊のククリと死体処理部隊のコープスは私たち殺害部隊がホシを殺害できる状態になると、いつ呼ばれてもいいように私たちの近くにいることが多い。
「東の殺害はうまくいく。」コアはうんと言いながら、再び音楽の音量を上げた。
窓の外を見てぼーっとしていると、スマホから着信音が鳴った。確認をすると、ウメからの連絡だった。
『girl近くに着いた』
メイとウメはすでにgirl付近に着いたという。我々も数分で近くの駐車場に到着すると連絡をいれた。
メイとウメは東政宗の殺害依頼とは関係ないが、人数的に協力してもらっている。ほんとに、本当に助かる。
ここにきて謎の緊張感が漂ってきた。コアが音楽を止めたせいだろう。今更緊張したってなんの意味もない。人を殺す時くらいは私情を持ち込まない。
「降りて先に行ってて。」コアが駐車場の空きを探してくれている間に、私はウメとメイと合流する。
「貝さん!」girlの三つ隣のコンビニで待機していると、メイの声が耳に届いた。隣にはウメもおりムスッとしていた。
私とウメとメイの三人でgirlの入り口前まで辿り着いた。私は二人にまだ合図をし、店内に入ろうとした。しかし、ウメが私の肩をたたき、一言私に言い放った。
「セレナ、死ぬなよ。」
「死なないよ。」
扉を開けて室内に入った瞬間、胡散臭い雰囲気が漂っていた。受付には一人の女性とロルバンがいた。そこまで広くない店舗だから女性の声が入り口まで聞こえてくる。
辺りを見回す限り、東政宗と思われる男はいなかった。
私はロルバンに挨拶をし、手順を確認し合った。
「セレナ、東は剣城と互角の男だ。体力も頭脳もある。簡単に仕留められるホシじゃねえ。銃でやるならすぐ逃げろよ。」
入り口にいたロルバンが耳打ちをしてきた。
忘れていけないことは一つ。
東は天下に並ぶものなし。体力も頭脳も。
私とウメは各自の配置につき、顧客の接待を始めた。
「ご指名ありがとうございまぁす。」
主に五十代の客が多く、100%の確率で男性だ。
隣ではメイが接客を行なっている。
「ようこそお越しくださいました!」
二人目の接客相手が来た。その男は剣城が言っていた特徴の男にそっくりだ。
剣城と同等の大きさの身体、くっきりとした眼に長いまつ毛。
目元だけでも東と判断できる。
私は東に近づき、ロルバンとメイに目で合図を送った。
(ホシ発見。)
ロルバンは頷き、懐にトカレフがあることを確認していた。
出入り口には遅れて合流したコアが待ち構えている。メイは反対側の出入り口に待ち構えている。
それぞれの配置につき、頃合いの時に東政宗を殺す。
初めて殺し屋で人を殺したとき、何も思わなかった。なぜなら、幼少期から親に対しての殺意があったからだ。未子と家中のいたるとこに凶器を隠しており、常に攻撃できる状態にしていた。
人の命を奪うと言うことは、体験こそしたことなかったものの、それ近いものは他人より肌身で感じていたはずだ。
東が来るのが思いの外早くて冷静を保てるか心配だった。しかし、そんなこと到底ない。いつどんな時でも冷静を保つことが出来る人だけが殺し屋という職に就けるのだ。
私は少しずつ東に近づき、様子を伺った。丸いきょとんとした眼球は、普通の男性だ。
しかし、他人の母親の命をむやみに奪った凶悪犯だ。私たちも私たち自身を許すことはないが、東政宗を許したことは一度もない。
私は露出過多の服装で東の隣に座った。その巨大な身体からは想像できない耽美な匂いが伝わってきた。それは鼻によく残る匂いで、かなりきつい。
「来て頂きありがとうございます!」
男を口説くなんて女の仕事だ。トカレフでホシを撃つより簡単なこと。「お前、いい女だなぁ。今夜空いてる?」
「えぇ〜!早速お誘いですかぁ?」めんどくせ。実にめんどくせぇ。
東の背後にロルバンが近づいてきた。
気配を消すのが得意なロルバンは、私が感じる以上に感じられない。姿も存在もあるにはあるが、それ以上に何も感じることができないのだ。その実力は殺し屋の中でも群を抜いている。個人的には、一位ロルバン、二位ジョセフ、三位ウメといったところか。ウメは小さなその体で存在ごと消えそうな勢いだ。
出口付近には灰色のニットを着衣したコアが構えている。
作戦としては、背後からロルバンが東の体を押さえつけ、私とウメが体の関節に銃弾を撃ち込む。
全員東を確保するためには何だってやってやる。全員、トカレフも全て、各自の懐に隠し持っている。
かかってこいよ。
東政宗。
依頼者からの要望に答えるのが私たち殺し屋の使命であり、極秘任務でもある。誰一人にバレてはならないのだ。
私は、ロルバンに瞬きで近づけと合図を出した。右の目で瞬きを三回。
コアは年齢に値しないほどの耽美な見た目をしている。だから、客と思われることがこちらの狙いだ。
東と順調に会話をしていると、ある一つの癖を見つけた。それは、左胸についているポケットを何度も触ることだ。そこに何が入ってあるかは見当がつかない。しかし、ジロジロと見続けていても怪しまれるだけだ。私は他にも癖がないか、長い間東と時間を共にしていた。
そして、ついにロルバンが東を仕留められる距離に近づいた。
そしてさらにありがたいことに、東が最も出入り口に遠い席に座ってくれたのだ。メイがいるとこには最も近いが、そこはほとんど使われないらしい。メインの出入り口が遠くにあることはありがたいことだ。
私は東の背後にいるロルバンの方を見た。少しばかりの笑みを浮かべて、こちらにウィンクをした。私もロルバンも東を殺せると思っていた。この時までは。
なんて観察力だ。咄嗟にそう思った。
東が私の顔を見た瞬間に後ろに目を向けた。バレたその瞬間に出口にいたコアが東に一気に近づく。
完全に挟まれて終わりを迎えるしか術がない東はそう簡単に捕まる奴ではなかった。
「ロルバン!」そう言ってまず背後にいたロルバンを背負い投げで仕留めた。
ガチャァン!
「きゃぁぁぁぁぁ!」近くにいた女の人がこれでもかと大声で叫んだ。その轟音の声になんだなんだと周りの客と店員が一斉に集まってきた。
「伏せろ!」私は腹の底から声を出した。なぜそう言ったかというと、東の左手にベレッタ92が握られていたからだ。
「おりゃぁ!死にやがれぇ!」そう言いながら東はベレッタを連射した。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!
銃声で何人もの人が床に伏せ、倒れ込んだ。私は伏せたまま眼だけを動かした。今のところ殺し屋以外でのケガ人はなし。
私は咄嗟にソファの背後に隠れ、東の後頭部に銃口を向けた。
『その場の雰囲気を掴んだもん勝ちだよ。』
コアが言っていた言葉が脳裏に浮かんできた。どんなに凶悪な状況でも、その場を離れずに、起きている現状を把握することが最も重要なこと。
今、ホシの東がなぜか銃を持っており、連射した。そして、私が東の背後に隠れ銃口を向けている。トカレフのトリガーに少しでも圧をかければ、火器の発射を促すことができる。そうすることにより、一人の命を容易に奪うことができる。
簡単なことだ。
私は右目を閉じ、深呼吸をした。それから五秒数えトリガーの上に指を乗せた。
五、
四、
三、
二、
一。
バチャァン!
反応が遅れた。
背後には知らない男が仁王立ちしており、上から私にウィスキーをぶっかけた。
「うわ!」私の視界が封じられた。眼に酸性のウィスキーが突き刺さり、痛さで目を開けられない。
痛い!痛い!感じたことのない痛みが眼を攻撃する。痛さを耐え凌ぎながら右目で目を開いた。東と謎の男はメイのいる出入り口に一直線に走っていた。その後ろにはコア、ロルバンと続き東を追いかけていた。
「お前も来い!」ロルバンは私を指差してそう言い残した。
パァン!
メイがトカレフで東を撃った。
しかし東の身体に当たることなく、避けられてしまった。
パァン!
次に東が持っているベレッタの銃声が聞こえた。先ほどのような連射音ではなく、一発のみ。
やっとのことで両目を開けたら、人々の叫び声がまず鼓膜に届いた。「きゃぁぁぁぁぁ!」
やられた。
急いで外に出るとウメの怒号のような絶叫のような声がした。
「小春さん!小春さん!小春さん!」何度も何度も小春さんと言い続けていたウメの先にいたのは、血塗りされたメイの姿だった。あたりにコア、ロルバン、東、謎の男の姿はない。ウメは死ぬ赤子を呼び起こす母親のように見えた。
「ウメ離れて!AED持ってきてください!救急車を呼んでください!そこの電柱に住所が書いてあるので!急いでください!」
私は付近にいた男性に命を繋ぐ緊急要請をした。男性は気持ちのいい返事をして私の命令を実行していた。
「ウメ、私のスマホでオーディンっていう名前に電話して、コードを伝えて。私のいる場所に来てと伝えて。」私はウメにスマホを渡した。ウメは泣きながらスマホを受け取り電話を始めた。
その間に私は自分のドレスの一部を破り、メイの右肩に巻きつけた。撃たれた時に一番多い死因が失血死だ。少しでも生存率を上げるためにはまず止血が命。傷口に空気を入れないように完全に近い密閉を行う。
「小春さん!小春さん!聞こえますか!」そう言いながら左肩を数回叩いた。
返事はなし。
次に彼女の口元に自身の耳を当てた。呼吸はしておらず、何も聞こえない。
『セレナさん。』
あの優しい声が届かない。丁寧で、綺麗で、落ち着くあの声。
落ち着け落ち着け。メイは絶対に助ける。大丈夫。
「はぁはぁはぁはぁ。」私は自身の呼吸が乱れていることに気がついた。
こんなに焦ってる暇なんてない。すぐにでも心臓マッサージを開始しなければ。
私は必死な思いで心臓マッサージを開始した。胸の中心辺りに両手を乗せ、肩から手が垂直になるように体勢をとった。
「一二三四、一ニ三四、一ニ三四!」
私は頭の中でアンパンマンマーチの歌を思い浮かべた。なぜなら、アンパンマンマーチは心臓マッサージを行う時にリズムが取りやすい曲であるからだ。
「なんで起きないんだよっ!」私はこんなに頑張っているのに。なんなの東ってやつ。女にも容赦なく手を出すのかよ。
ピーポーピーポー
「通してください!」
心臓マッサージを止めたり開始したりを繰り返しているうちに、救急隊が到着した。救急車に向かって走り出すウメの後ろ姿を見て、涙を流した。
一体私は、何人の人を救えばいいの?人を救うなんていい事じゃない。
ある医者は人を救うことにやりがいを感じると言う。でもそれはやりがいと言えるのか?物理的に頭のいい人間はたまに捻くれたことを言い出す。それが社会だ。頭のいい人間が言うことは全て正しい。道徳心があるかないかだけのことなんて誰も興味ないのだ。
それ以前に苦しむ人がいるということだから。
救急隊の一人の男がこちらに駆け寄り、私に事情を尋ねてきた。
「彼女の容態は分かりますか?」
「彼女の名前は柳小春。右肩を撃たれ止血はしたものの、出血が多いです。心肺停止の状態なのでAEDをしました。それから二十三秒後に意識回復しました。」
私はその場の状況を説明し、救急隊の人に驚かれた。
「医師の方ですか?」
「いえ。そんなことよりすぐに搬送お願いします。」
私は救急隊の人に相槌を打ち、ウメが持っているスマホを奪った。コアの位置情報を確認すると、中野区内から高円寺方面に向かっていた。
「東はコア達に任そう。着いてきて。」
私はウメを連れてその場を離れた。多くの観衆がスマホで現場を映していた。誰も記者じゃねぇだろ。ただの自己満だろ。入手した映像を世に発信し共感を得る。共感を得ることで気持ち的に楽になるのだ。
くだらん。
私は少しづつスピードを上げ、走り出した。
「どこ行くの?!早いって!」ウメの言うことはフル無視し、私は走り続けた。
「かーい!」
中野区内の裏路地に入ったとき、アルチュールが乗っているリーフ車を、発見した。何という奇跡の合流。タイミングバッチリだ。
「アルアルアルアルアルアル!」私はアルチュールの名前を連呼し、私の存在をアピールした。
「オーディンかと思ったけど。」
「あいつはコアの方に行った。」
私とウメは車に乗り込み、荒い息を落ち着かせた。
「タイミングマジで神。」
「やばいことになってんな。コアが撃たれたって。ロルバンから連絡あったよ。」
「えー。」
‥‥ん?
自分の鼓膜を疑った。
コアが撃たれた?
あのコアが?
撃たれた?
「撃たれた?」
「セレナ聞いてねぇのかよ。コアが追ってたホシが銃を持ってたみたいでな。遅れて合流したロルバンが行った時には救急車が来てたって。どうりでどこにもいないと思ってって。」
「アル!今すぐコアんとこ行けっ!」
「無理だわ。この状況でコアのところに行くアホたらどこにいんだよ」
私は何も言い返せなかった。背もたれに寄りかかり、アルチュールにメイが運ばれた病院の住所を伝えた。せめてウメをメイの元に連れて行くことができれば。
「メイも撃たれたのか。あいつ、イかれてんなぁ。」
本当だ。東政宗はやばい。クソ野郎だ。死んじまえ。何であいつが生きてコアとメイが撃たれたんだよ。クソ野郎クソ野郎クソ野郎!
「コアは死なねぇよ。」アルチュールは仲間が撃たれたのにも関わらず、平常心を保っていた。
私は信じることができず、頭を抱えた。
コアが撃たれる?コアは弾を避ける天才なんだぞ?何で撃たれてんだよ。本当に。なんなら撃たれていないかもしれない。デマ情報かもしれない。もう全てポジティブに捉えるしかなかった。
「もうそろ着く。」アルチュールの予言通り、十秒後に中野区の総合病院に着いた。私は先に降りてウメ側の扉を開けた。
ウメは放心状態になっていた。ウメの名を何回も呼んでも返答はない。
「ウメ?ウメ?亀橋梅花!柳小春が死ぬぞ!早く降りろこの野郎!」
私は普段、怒鳴ることなんてしない。したこともなかった。された側の人間として生きてきたから。やり方は知っててもやる方法が分からなかった。
ウメははっとしたような表情を見せた。
「ささ、降りて降りて。アル!ちょい待ってて!」
アルチュールはグッドサインを見せ、笑顔を向けてきた。
「てめぇは家族を失いかけてるんだぞ。落ち込むのも大概にしろ。私だって兄が死にそうなんだぞ?死にたい気分なのはお前だけじゃない。耐えろ。」
私はウメを待合席に座らせ、受付カウンターに向かった。
「夜分に失礼します。柳小春さんと知り合いの者何ですけど‥」私が言いかけた次に受付のお姉さんが口を開いた。
「あ!柳さん!今、搬送された方です。ご案内いたします。」
私はウメに事情を説明し、ウメの腕を引っ張った。ウメは泣くどころか無になっていた。マジで仏だった。
「地下一階ですので、こちらでお待ちになってください。」
案内されたのは階は変わらずの別の待合席だった。周りに人はいなく、私たちだけだった。
私は今すぐコアの元に行きたいの一心だった。しかしウメがこの状態じゃ話すら聞けないだろう。でも、コアのことが心配。アルも待たせてる。
私は葛藤を抑えながら天井のシミを数えていた。
「行ってきな。こっちは大丈夫だから。」ウメははっきりとした口調でそう言った。私の聞き間違いじゃない。はっきりとそう言ったのだ。私は思わず驚いてウメを見つめた。何も聞いてなさそうで意外と人の話を聞いている。
ウメは表面的には態度が悪い。でも案外人のことを観察してる。私の特徴やコアの特徴も細かく覚えている。
私はウメに伝えた。
「本当に大丈夫?もしものことがあったらメイの側にはウメがいてやってよ?でも、もしもなんてないから。全員生きて、帰ろ。」
私はウメの頬をつねり、エントランスに向かって歩き出した。後ろを振り返ると、こちらを見つめるウメがいた。やっぱりウメはまだ幼い。
今にも溶けてしまう氷は必死に自分を冷やしていた。
私は自動扉を抜け、アルチュールが乗っている車に乗り込んだ。
「お待たせ。一旦アジトに戻ろう。ジョセフに伝えなきゃ。」
「あいつ、今日は空けちまってるよ。こんな大事な時に何やってんだか。」
思い出した。ジョセフは日中から夜の十時まで他の部署の何人かと打ち合わせがあるって。
まぁ、いいや。
一応ジョセフのLINEに連絡を入れておいた。
暗黒に染まった中野はもう、滞在することすら出来なかった。
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「東!待て!止まれ!」
俺たちは今、剣城忠信が依頼者である東政宗を追っている。
はず、だった。
追っている後ろ姿はいつも見たことのある姿だ。
(先手を打つ。先回りする。)
隣で並走していたロルバンが指でそう合図してきた。俺は頷いた。俺はこのまま追いかけ続け、ロルバンは速度を落として先回りをする。
今度こそしくじらない。
すでにメイは撃たれている。目の前で撃たれた。
愛する人が目の前で撃たれた。
そこで俺が応急処置をしても良かったが、バックにはセレナとウメがいるからメイのことはそちらに任せた。
男二人で東政宗を確保し、殺す。
絶対に殺してやる。アイツの息の根を止めてやる。メイは東を殺すことを一番に望んでいるだろう。
俺の息が止まりそうになったとき、ついに東を路地裏に追い詰めた。
「やっと止まったな。」
俺と東は高円寺のよく分からん裏路地に着いた。周りに人はおらず、静寂に包まれた二人だけの空間だった。ロルバンはまだ来ていない。来る様子もない。
俺は迷わず東にトカレフの銃口を向けた。
「東政宗だな?ki殺し屋の殺害部隊セカンドヘッドだ。五秒後にトリガーを引く。」
そして俺は五秒のタイムリミットを始めた。
「五、四、三、ニ‥」
二まで数えた次の瞬間、目を疑う物が現れた。
それは、ベレッタ92。東が持っている物は弾切れのはず。いつどのタイミングで弾を補充した?
店内で連射した時に19発使ってるはず。その後メイに一発。残りの六発は俺たちの鬼ごっこの道中で全て使い切っているはずだ。
残弾はないはず。
「銃を降ろせ。東政む‥」
俺は、絶句した。
東はゆっくりと灰色のフードをおろし、こちらに顔を見せてきた。その男は、野球選手かってくらい首が真っ直ぐで、腕が根太く左右対称に生えていた。
男はゆっくりと口元を開けた。
「加藤直之。お前を生かす必要なんぞない。」
「お前‥」
カチ
「え?」
俺に突きつけてあるベレッタはトリガーを引くだけの音が聞こえた。
「お前の思い通り、この銃に弾はもう入っていない。全て使い切っちまったからな。」
バァン!
俺は男をめがけて一発トリガーを引いた。撃った弾は男の左肩に命中した。
「うっ。」
「俺は殺し屋だ。ki殺し屋だっ!そして、お前も知ってるだろ?!俺のことを。なんで、なんでお前がここにいるんだよ?!」
「直之、この場にいるのは僕らだけじゃないぞ。」
「え?」
‥まさか!
俺は咄嗟に後ろに銃口を向けた。しかし、遅かった。
パァン!ドサ!
俺は撃たれ、地面に倒れた。撃たれた箇所から生ぬるい感触をすぐに感じた。おそらく撃たれた箇所は右胸。痛みは感じない。ただ生ぬるい感触だけが傷口を濡らしていた。
背後から足音がし、俺の耳元で誰かが囁いた。
「コア、お前の負けだ。墓場は用意しねぇよ。」
そして足音が遠のいていった。俺は最後の力を振り絞り、足音の方向を見た。
カシャ
写真を何枚も撮った。見たことのある二人だった。本当に見たことある。会ったこともある。しかしこれといった確信がない。でも、俺を撃ったあいつは、勝地だ。絶対。ウメと捜査に行った時と同じ奴だ。あの低身長やろう。俺のことを撃ちやがって。
寒気極まる師走の日だった。
俺は今、死に瀕しているのか。呼吸が上手く出来ない。立ちあがりたくても立ち上がれない。メイの容態は?セレナとウメは撤退出来たのか?
徐々に意識が遠のいてきた。
周りにたくさん人がいる。
あれ?ここ裏路地じゃなかったっけ。
遠くから救急車のサイレン音が響いてきた。
その音で安心して寝てしまいたい。
痛みは感じない。貫通したなって感じ。
傷口から血が出ているのがわかる。生温かくて寒い冬にぴったりだ。
もう、疲れた。
疲れたんだ。
ジョセフ、俺は生きることに疲れたんだ。お前の元で。
『なんてそんなに近づくんだよ。』『改造の仕方教えてよー!』
彼女の指先は長くて綺麗だった。その耽美な手でトカレフを弄ってた。
『ここをこうすると撃った時の弾が早くなる。弾道はややズレやすくなるけど。』
『ダメダメ!弾の速さよりも弾道を合わせて正確に相手を撃つことの方が大事!』
セレナは舌打ちをし、確かにと言った。
『そんなに辛いことがあったんだなぁ!』
気づいたら机が真っ白なティッシュだらけになっていた。セレナは呆れたような顔をしてこちらを見つめていた。
『なんか話したら疲れた。なんか食べよ。すみませーん。』俺もセレナに続いて追加でドリアを頼んだ。
チーズがたっぷり乗ったチーズドリアは俺の口の中で踊っていた。
『うぃっすー。貝ちゃんまだやってたの?』
射撃練習部屋に戻ると、貝ちゃんは何発もの弾を使い撃つ練習していた。
『疲れた。一回休む。』貝ちゃんはベンチに座った。俺も隣に座った。
『貝ちゃん、頑張り屋さんなことはいい事だけど無理すんなよ。』
セレナはうんと頷いた。
『俺が殺し屋に入って一週間くらいの時に、ジョセフとここで練習したんだよ。そん時まだ二十歳よ?若い頃の俺もイケてたんだよなー。』セレナの冷たい視線を感じた。『俺は貝ちゃんみたいに弓道部に入ってたわけじゃないからさ全然上手くなくて。ここで毎晩泣いてたよ。出来ない自分にイライラした。無能な自分に怒鳴った。てかまず何で殺し屋をやってるのかも分からなかった。色んなことが重なって泣いてたよ。そしたらジョセフが来て、トカレフで人を撃つことは呼吸することと同じって言われた。そしたら次は、今日頑張った自分は明日の自分、明日頑張った自分は明後日の自分になる。そうやって自分自身を築いていくんだよ。って。かっこいいこと言って帰ってった。それは俺が死にたいって言ったからだと思う。あいつは名言製造機なんだよ。』
セレナはへぇと言った。この話は一時間後に忘れてもいい。この時に彼女が聞いてくれたことが嬉しかった。
この会話の一時間前に、彼女の字体で、『死ぬか殺すかどっちが先?』と書かれてあった紙を俺は見つけていた。
蘇るセレナとの走馬灯。
あぁだめだだめだ。ここで死んだら誰がセカンドになるんだ。死んでたまるか。
死にたい。死にたいよ?けどさぁ、まだ生き足りなくない?もうちょい生きてればいいことあるかも。永遠に続く苦しみなんてこの世に存在しないから。
俺は自分の下着の一部を破いた。破った下着を撃たれた箇所に巻きつけた。痛くて痛くて声すら出ない。止血をして少しでも生存率を上げる。
手のひらは真っ赤に染まり、周りに人の観衆がさらに増えてきた。みんな見つめてくるのみ。
そんなことより痛い。痛すぎて死にそう。生まれて初めての痛み。
銃で撃って人を殺すことは何百回もやってきた。しかし自分が撃たれたことはこれがファーストタイム。撃たれるなんてこんなに苦しみを生むのかよ。
「離れてください!聞こえますか?」
青いマスクにヘルメットを着用した数人の男性が声をかけてきた。が、もうすでに限界突破。
「直?なおっ!」
遠くから聞こえたことのある声がした。セレナか?でも低い声だ。春輝か?
「ちょっと!お知り合いですか?」
「彼の名前は加藤直之だろ?俺はコイツの知り合いだ!今日一緒に出かけてて離れちまったんだよ!」
俺は姿を見て一瞬で誰か分かった。
ロルバンだ。今、来たのか。ちょっと、遅かったよ。
もう少し早く来てくれよ。
「動きます!一、二、三!」俺の視界はダークな夜空から真昼な天井が広がった。車内に送り込まれたんだ俺。
「直!なお!おい直之!」
俺は返答することなく、完全に意識が消えた。




