56生還の証明
「のりかげっ———!」
雪崩のように教景の体は崩れ落ちた。大きな体は比例して大きな音を立てながら地面に倒れ込んだ。
下を見ると、ナハトの頭のない死体と、徐々に広がる教景の死体があった。
私は彼の肩と頭を持って自分の体に寄せた。
「おい!のりかげ!」
「あぁ....あ...いたい...。」
小さな声で、あぁ、あぁと何度も言った。
刺されたのは腹部の中心あたり。私はナハトが着ていた服の一部をちぎり教景の腹に巻きつけた。最後の結び目をきつくしめ、その箇所をさらに上から手で押さえつけた。
「のりかげ!のりかげ!」
私は何度も彼の名前を言った。さもなくば目が閉じようとしていたからだ。
意識を失ったら終わり、そう教わってきた。
「セ...レナ。」
「返事をしろっ!白川教景———!」
教景は剛腕な腕を持ち上げた。
そして、人差し指を立ててある方向を指差した。
「どうした?」
私は彼が指差す方向を見た。そこには、脇腹を抑えながら壁にもたれかかっているクララがいた。
「なんで、クララのことを?」
「けが....してる...」
「え?いま、なんて?」
何かの聞き間違いかと思い、もう一度尋ねた。
「怪我...してるから..手当頼む。」
聞き間違いなんかじゃなかった。
確かに教景はホシである姉のことを言っていた。
しかし”殺す”や”許さない”などといった皮肉ではなく、彼女の体を気遣う言葉をかけたのだ。
私は彼の言動に理解ができなかった。
「何言ってんだ、あいつはお前の家族を殺した奴だぞ?」
「わかってる。だけど、助けてやってくれ....こんなところで、死んでほしくない。ちゃんと、罪を償って欲しいんだ.....。」
私は思わず目を見開いた。
あたり一面が血塗りされていて、匂いもきつい。鼻を抉り取るような殺気のある匂いは、今まで感じたことなかった。
教景を見つめていると、無線機から誰かの声がした。
『セレナ、応答せよ。セレナ?部屋に着いたが誰もいない。どこにいる?セレナ!』
コアの叫び声だった。
どうしよう、どうしたらいいんだ?
目の前には死にそうな教景がいる。その教景は殺す予定だったクララを助けてやれと言っている。コアからどこにいると連絡が入り、今すぐ応答しなければならない。
あぁ、決められない。決断しろ、何か、考えろ——!
「早くっ!」
「うわっ!」
その時、教景が勢いよく私をクララの方へ投げ飛ばした。
「助けろ!」
地面に這いつくばり、まるで蜘蛛のような体制をとっていた。
なんでそんなにも、”姉”のことを気遣うんだ!
私は教景に頷いた後、クララに重点を当てた。
「クララー?聞こえるか?」
「いってぇな。」
やはり、教景とは違いハキハキとした口調で答えた。意識も十分にあった。
「ちょっと痛むぞ。」
そう言いながらクララが羽織っていた紺色のカーディガンを撃たれた脇腹に巻きつけた。教景と同じように。
「もうちょい優しくやれ!痛いだろ。」
人間の急所である脇腹を撃たれているのにも関わらず、なぜ平常心でいられる?なぜ意識が保てている?私は不思議になり、彼女の服を捲り上げた。
「お前....」
「あぁこれ?念の為だよ。」
彼女の上半身には、頑丈な防弾チョッキが着せられていた。
「クソが。これなら痛くないだろ。」
「いたたたた!一応振動が伝わってるし。完全に防御されたってわけじゃなさそうだからな。」
クララは寝返りをうつようにしてそっぽを向いた。
「逃げたら容赦しねぇぞ。」
私はポケットから縄を取り出した。そしてクララの手首、足首、肩周りを縛った。素人どころかコアでも解けないほどの強さで縛った。
クララは何度も痛い痛いと叫んだ。
耳が痛くなり、ちょうど余った縄で口元も塞いだ。
一仕事を終えた後、すぐに教景の方に駆け寄ってコアに連絡を入れた。
「もしもしコア?」
『セレナ?!どこにいる?」
「説明しずらいんだけど、いま、クララを捕らえた。」
『は?!』
私は無線機をスピーカーモードにして地面に置き、コアと連絡をしながら教景の手当てをした。
「クララは部屋にいなかったんだ。私とナハトが部屋の手前まで来た瞬間、クララが現れてナハトを銃で撃った。それよりもお前ら、教景から目を離したな?」
『なんてこった。お前とナハトが行った直後、俺たちも二手に分かれて部屋を挟みうちしようってなったんだ。俺一人とナルと教景の二人で分かれたっきりだ。教景のことは、ナルに任せたぞ?』
「どういうことだ?いまここに刺された教景がいるぞ?」
私は教景と無線機を交互に見つめた。コアの言っていることと、現在怒っていることに矛盾が生じている。
『もしもしセレナ?!こちらナルです。』
噂をすれば、無線機から今度はナルの声がした。私は教景の治療を一度中断し、無線機に近寄った。
「ナル?!何やってんだてめぇ!」
『すまない。俺が目を話した隙にどこかに行ってしまった。』
「教景なら、私の目の前にいる。怪我をして。」
『え?』
「早くこっちに来い。多分全員がすれ違いになっている。」
私は無線機の発信設定をナル一人から無線機を持っている者全体に変えた。
「聞こえる者。私は今クララがいると予測した部屋の手前にある非常階段にいる。動ける者は全員ここまで来てくれ。」
伝わっているかは分からないが、全員に集合の合図をかけた。
次々と返事の声が聞こえた。その中に、アルチュールの声も聞こえた。私は安堵した。
教景の様子を見ると、腹を抑えて痛みに耐えていた。なんとか意識を保っている様子なので、安心した。
反対に、倒れているクララの元に駆け寄った。
「痛みは。」
彼女は首を横に振った。口が塞がれているため何も喋れない。
「もうすぐ私たちの仲間が来る。」
クララは目元だけで感情が分かるような人間だった。少し目を細めてにこやかに笑った。
次はナハトのところに行った。仲間によって撃たれたその姿は、残酷に散っていた。
原型の捉えられない顔。眉間の間に大きな穴があき、鼻と口が潰れていた。
私は彼女を直視することを躊躇った。しかしこのまま放置するわけにもいかず、彼女が着ていた下着を脱がしてそっと顔にかけた。
私は全ての気力を失い、その場に座り込んだ。少しずつ痛みが増している腕を抑えながら。
抑えている右手の手のひらに血が付着した。そこまでの致命傷ではないが、ただ単に痛かった。
深呼吸をしながら痛みを凌いだ。
その時、わずかに地面が揺れた。地震か?
ガン!ガン!ガチャァァァン!
「セレナ?!」
「いた!」
突然、階段上にあった非常扉が勢いよく開いた。
「コア。」
「よかったー!生きてた!」
泣きじゃくったコアがハグをしてきた。私は”いたいいたい”と言い離れようとした。
その後ろから、何かを決めたような顔をしたナルが近づいてきた。彼は私の目の前に立ち、深いお辞儀をした。
「すまない。俺の監督不足のせいで教景を逃してしまい。」
「私はもう大丈夫だ。それよりも、教景に謝れ。」
私は怪我をしている教景を指差した。ナルは教景に近づき、膝をついて頭を下げた。
「すまなかった。」
「いやいや、僕が勝手に起こしたことだから。」
「どういうことだ?」
会話を聞いていたコアが二人の間に割って入った。そして教景、めちゃめちゃ会話できるじゃねえか。
「実は、僕とナル君が春綺のところに向かってる時、たまたまナイフを持った春綺を見かけたんだ。」
「え?」
私たち3人は口を揃えて驚いた。
「その時ナル君に言おうと思ったんだけど、体が固まっちゃって。でも気になって、こっそり着いて行ってみた。そしたら、セレナが刺されそうになってた。もうそこからは、勝手に体が動いちゃった。」
ここまでに至った経緯を全て話してくれた。
私とナルは納得したが、コアは少しキレ気味で教景に説教を始めた。
「お前が勝手な行動をとるから怪我済んだろ?もうどんだけ心配したか.....。」
「まぁまぁ、結局みんな生きてたんだからさ。」
私はコアの肩を叩いた。コアはしょぼんと落ち込んだ。
「セレナ?」
「アル!オーディン!」
非常口からオーディンの肩を持ったアルチュールがやってきた。
「生きてたのか...よかった、よかった......!」
私は二人に近づき、ハグをした。
「いててて。一応、怪我してるからさ。」
オーディンも、あの後なんとか意識を取り戻し、歩けるほどまでに回復したらしい。撃たれたのは両肩、足の3箇所。どこも奇跡的に急所を外していた。
アルチュールは軽い怪我で済んだ。
「セレナ、ここからどうする。」
アルチュールが問いてきた。
ここからどうするか、私が考えていたこと全てを伝えた。
「ロルバンによると、”ある部屋”に爆弾起動装置機があるらしい。このビルを爆破させて逃亡する。」
「爆破?その部屋ってのはどこにあるんだ?」
「それは、今から聞くんだ。」
私はクララに近づき爆弾部屋のありかを聞いた。
カチッ
「嘘をついた瞬間に、お前の頭を撃ち抜く。もうすでに場所は知っているが、確認用だ。」
場所なんて知らない。これはただの脅しだ。
「一階の、B3っていう部屋だ。ボタンを押したら30秒で爆破する。」
「B3。分かった。」
彼女は真実を述べているとみた。
「コア、ナルと一緒に怪我人を運んでくれるか?」
私はコアの元に行き、耳元で囁いた。
「爆弾装置はどうするんだ?」
「.....私が押してくる。」
「は?何言ってんだよ。すぐに爆破でもしたらどうすんだ?」
「大丈夫。すぐには爆破しないって。ボタンを押してから30秒後に爆破する。それまでにお前らの車に乗り込み逃走する。」
コアの目を見ると、不安そうにこちらを見つめてきた。不安の奥に見える光が閉ざされてしまっていた。
「大丈夫だよ!コアたちは怪我人を運んでくれればいい。事件後処理部隊と死体処理部隊にも連絡を入れてといてくれ。」
「......了解。」
私たちは同時に頷いた。それでも離れる子を見るような眼差しを向けてきた。少しため息が出る。
「ナル、コアと一緒に怪我人を運んでくれ。」
「了解。」
ナルは何の疑いもなく頷き即座に怪我人の元に向かった。
「アルとオーディンは歩けるか?」
オーディンとアルチュールは互いを支え合いながら、一度お互いを目視して頷いた。
よし、これで段取りは取れた。
「抜かりなく、最後まできっちりと運べ。」
「”はいっ!”」
全員が一斉に返事をした。
私はそっとその場を離れようと、非常口から外に出た。
『クララ?立てるか?そっちも運んでくれ!』
中からコアとナルの活気のある声が聞こえてきた。二人だって結託すればできる二人だ。
私は安心して自分を犠牲にできる。この後を彼らに任せられる。
「よしっ。」
一呼吸ついて、私はB3に向かって走り出した。
ガチャン!
案外にも鍵はしまっておらず、容易に中に入れた。
室内に入った瞬間、外気では感じられない寒さが体を刺激した。
「さっむ。」
両腕を押さえながら寒さを凌いだ。
私は不思議な空間にいる気がした。まるでドリームコア。
さらに、部屋の中にある起爆装置機を探した。
「どこだどこだ。」
部屋全体は薄暗く、電気をつけようとしてもスイッチが死んでいた。
起爆装置だ。入ってすぐに分かるところか、入り組んだ先にあるかのどちらかだ。
私は細かく見ずに、一旦部屋全体を見渡した。
「これ、か?」
天井に目を向けた瞬間、起爆装置と書かれた赤いボタンがあった。
「なんだこれ。」
私は不思議に思いながらも、近くに置いてあった脚立を立てた。
不安定な脚立に登り起爆装置を目の前にした。
赤い丸いボタンが透明の箱のようなもので塞がれていた。透明の箱は誤作動で押してしまわないようにするためだろう。
慎重に、私は透明の箱を開けた。ボタンが裸になった。
あとは押すだけ。
押すだけなのに謎の緊張感が芽生えた。本当にこれが30秒後に爆破するのか。
「ふぅ.....」
ポチッ
ウィィィィィィ!!!!!!
『起爆装置機が作動されました。残り、30秒後に爆破します。29、28、27、26.....』
ボタンを押した瞬間カウントダウンが始まった。
緊急事かのように知らせる恐怖の轟音がビル全体に響いた。それと同時にカウントダウンも進んでいく。
私は脚立から飛び降りて部屋を出た。
ここから正面玄関まで歩いて約......40秒。
ということは走って20秒。
私は人生の中でも一、ニを争う速さで廊下を駆け抜けた。まるで閃光のように。
『13、12、11、10』
「はぁはぁはぁはぁ!」
『6、5、4.....』
残り5秒前に正面玄関を出た。出てすぐ目の前にコアの車があった。
「早く乗れっ!」
助手席からナルが叫んだ。
「走るぞ!」
「ああ!」
私はジャンプして動き出す車に向かって手を伸ばした。
『2、1———』
ガチャャャャャャャャ!!!!!!!!!
コアが運転する車は爆風の影響をまに受けてスピードを増した。
背後で背中が裂けたような轟音がした。熱風を受け、車自体が浮いたという感覚に陥った。
「セ、レナっ!」
私はというと、ナルに腕を掴まれたまま車と一緒に引きずられていた。
「ぜってぇ離さないっ!」
ナルの腕が徐々に落ちそうになる。
「ナルッ!」
もうだめだ。私は地面に叩きつけられて終わる。と思いかけたその時.....
右手に力強い握力を感じた。
「アル?!」
「ナル!せーので引き上げるぞ!せーの!」
「うわっ!」
ドサッ!
私はアルが乗っていた後部座席に放り込まれた。
「はぁ、はぁ、はぁ!怪我は?」
アルはこちらを向いて私の額を撫でた。私は大丈夫と伝え、座席に倒れ込んだ。
「クララは?」
「トラックに積まれてる。」
私は起き上がり後ろを見た。そこには、縛られているクララと原型を留めていないナハトが乗っていた。
「ナハトも連れてきたのか?」
「あぁ、もう完全に心肺は停止しているが。」
コアがいつもの甲高い声に戻り、私は肩を撫で下ろした。
「コア、窓を開けてくれないか。」
コアは無言のまま窓を開けてくれた。
私は窓から外を覗いて炎炎に包まれていくビルを目の当たりにした。
なんの感情でもない、涙が頬を伝った。
『本日のニュースです。昨夜未明、千葉県勝浦市の雑居ビルで火災が発生しました。消防によりますと、昨夜11時ごろ、近隣住民から「建物から煙が出ている」と通報があり、消防車など数台が出動しました。火はおよそ8時間後に消し止められましたが、焼け跡から身元不明の遺体が2体見つかりました。警察は、ビル内部のコンセントから出火した可能性があるとみて、身元の確認と詳しい出火原因を調べています。』
「クララは歩けるな?教景が歩けなさそうだ。」
「コア、教景もてるか?」
「持てる。ナルは他3人を補助してやってくれ。」
「了解。」




