47月光の囮
キキィ
「あれか。」
運転席に座っているコアがブレーキを踏んで車を止めた。小さく呟いてエンジンを切った。彼は一番に車を降りて誰かに電話をかけながら川に向かって歩いたいた。
「意外と時間かかったねぇ〜。」
私たちは車を降りて軽く背伸びをした。ロルバンも静かに下を俯きながら車を降りた。教景は月明かりに照らされて瞳孔に私の姿がくっきりと映っていた。
「体調平気?」
「なんとか。」
教景は控えめに笑った。引きつった顔の奥には信じられない緊張と不安に襲われていた。
「———ナル?教景を回収しにきて欲しい。」
コアは少し離れたところで緊収のナルに電話をかけていた。
彼の目の前には深い川が清く流れていた。静かに、息を殺すように。もちろん誰もいない。誰もいないはずなのに遠くげに声が聞こえる。幻聴なのか現実なのか。
『何度でも立ち上がれ。人に頼って逃げろ。』
なんだかそう言っていたように聞こえた。いつも同じ人の声が聞こえる。聞いたことあるけど誰かは分からない。この人の声を聞くと胸が苦しくなって歯を食いしばりたくなる。耳を取りたくなって死にたくなる。
「セレナ〜って、どうしたん?」
「あ、コア。ごめんちょっとぼーっとしてた。」
「おいおいしっかりしろよ〜。もうすぐナルがこちらに来るって。」
私はそうか、と言ってロルバンのトカレフを取り出した。私はそれを見て安全装置をいつもより早く解除した。
「ナルが教景を回収して元の位置に戻ったら先に侵入、と、緊収のメンバーに伝えてくれ。」
「……了解。」
私が言えばいいことなのに、言う気力も持てずにコアに仕事を押し付けてしまった。
もうそろそろナルが来るだろう。そして教景と共にビル内に侵入する。私たちが囮となり教景が姉を殺すのを手伝う。いとも簡単なことだ。いつもと変わらないこれは『仕事』。リラックスして行こうと改めて思った。
「コア〜!」
「おぉナル!ありがとうな。アイツを頼むわ。」
「あ、彼?」
会話のする方に目を向けると、すでにナルが到着していた。私はナルの元に近づいた。
「ナル?」
「セレナ!お疲れ様です。」
彼は足をそろえて深くお辞儀をした。ナルは殺し屋内でも礼儀を忘れない人間だった。人柄もよく、メンバーとの関係性も友好である。
「お疲れ。」
「セレナ、教景ってやつはどんな正確なんだ?」
「あぁ見えて気の弱いやつなんだ。多分だけど、クララを前にしたらトリガーなんて引けないと思う。だから、そうなったら後ろから一言言ってくれ、”紀香の仇を取れ”と。」
「紀香?」
「あいつの妹だ。頼むからそう言ってやってくれ。」
もともと教景が依頼した理由も、クララが家族を殺したからだ。彼自身も、敵を目の前にしたら殺したくなる感情が芽生えるだろう。
しかし、それを行動に移せるかどうか、だ。
気の弱い奴が感情に身を任せて限界を越えられるか。そこが見どころだろう。
「教景を頼んだ。」
「了解。」
ナルは身長が低く、私と同じくらいしかない。そんな彼が大男である教景に声をかけるシーンは今でも覚えてる。
「のりかげ?今から俺の指示に従え。」
「あなたは....」
「名前は後だ。着いてこい。」
ナルは私やコアに対する態度とは反対に、小柄ながら下から睨みつけるようにして教景を威嚇した。
教景はその態度に耐えられないのか、私の方を見た。私は腕を組みながら教景に行くように手ぶりを見せた。
「ほら行くぞ。時間がないんだ。」
ナルは教景の背中を押してアルチュールたちの元に行こうとした。教景の表情は曇天のように曇っており、これじゃダメだなと心底後悔した。
「教景とナルが向かってる。合流したら実行に移す。」
コアが無線機を使って緊収と連絡を取った。
「教景の表情見たか?ありゃあ絶対撃てねぇよ。」
コアは歩いていく二人を見てボソッと呟いた。珍しく声が低く、彼自身も悔やんでいる様子だった。
「彼はね、きっとトリガーを引くよ。」
「なんで?」
「手の震えが無くなってたからね。」
「手の震え?」
コアは自分の手を見せながら不思議そうにこちらを見た。
「コアたちと合流する前、教景は銃を持つことすらできなかった。加えて手の震えもあってとても人を殺せる状態じゃなかった。」
「確かに。あいつ車の中で銃普通に触ってたもんな。」
コアは運転をしながら何度か教景の様子を見ていたらしい。信号停止の時にはわざわざ後ろを振り向いて後部座席の雰囲気を感じていたという。
「まぁ、私たちはやるべきことをやろう。」
「ははっ。貝ちゃんらしいね。」
『こちら緊急事態収束部隊。白川教景合流。作戦実行の合図をお願いします。どーそ。』
無線機から声が鳴り響いた。
「こちら殺害部隊———」
コアが息を呑んで無線機に口を近づける。静寂が身を包み、自分の本性を隠すようにした。
「作戦実行を、許可する。」
全員が顔をすごめてコアを見つめた。
「さぁ、お仕事の時間だ。」
私は自分のトカレフを握りしめてロルバンの方に向かって歩いた。彼の肩を優しく叩いて前は押し出した。
「クララの元に連れて行け。」
耳で呟き彼の鼓膜をネチネチと破る。ロルバンの肩は微かに震えていた。
「俺は、どうすれば。」
「常に私たちの前にいろ。そして、違う道を進んだ時点で殺す。」
「.....分かった。」
少し曖昧な答えに不安を覚えた。
「私が合図をしたら、お前が扉を開けろ。」
カチッ
私はロルバンに向かって銃口を向けた。
「3、2、1———」
ガチャァァァァンンン!!!!
「動くな!」
私は扉を開けて叫んだ。背中にはコアが後ろ向きで守ってくれている。
「白川春綺。」
ロルバンはホシの名前をボソッと呟いた。




