46沈黙の果てに
「なんで俺も連れて行ってくれるんだ?」
薄暗い廊下に、教景の声が響いた。
「さぁ、なんでかな。私も分からない。」
「そうか。」
再び二人の間で沈黙が流れた。やっと静寂を破れたと思ったら、またお互い歩くことに集中してしまった。私は歩きながらロルバンのトカレフを見続けた。使い古したような跡がたくさんあった。指紋が目に見えるほどたくさんついており、近日まで使っていたのだと分かる。
「こっち。」
私は非常用階段の扉を開けて教景を手招きした。
「失礼しまーす。」
ガチャン
「後少しで着くから。」
「今どこに向かってるんだ?」
「コアたちがいる車。」
教景は納得したように顔を頷けた。その姿を横目で確認した後、目線を前に向けた歩き進めた。
非常階段内には窓一つなく、所々にある今にも消えそうなLEDライトだけが光っていた。
後少しでコアたちの元に辿り着く。”彼ら”には車を出すよう手配をかけている。
加えて、緊急事態収束部隊のメンバーにも集まってもらってる。
ヘッドのオーディン、セカンドヘッドのアルチュール、ハードヘッドのナル。全員万事体制で駐車場に待機しているという。
私は腰にしまってある無線機を取り出してコアに連絡を入れた。
「もしもし?応答願います。」
『.....こちらコアですどうぞ。」
「教景連れてきたけどどこに乗せる?」
『最初は殺害部隊の方で乗せていく予定。現地に到着したら緊収のメンバーに渡す。』
「了解。」
私たちはある程度階段を登った後、駐車場のある階の非常口前まで来た。
「さっ、始まるよ。」
私はドアノブに手を伸ばして、教景の方を見た。彼の手には一丁のトカレフが丁寧に握られていた。今にも落としそうに、小刻みに震えていた。その姿を見て、私は彼に一歩近づいた。
「怯えたら負け。今からやることは、絶対に失敗できない。無理なら辞めてもいいんだよ?」
私は教景のトカレフを奪い取って彼に見せつけた。
言った通り、今から実行することは素人がやることではない。限られた者、いや、異常者がやることだ。人を殺すということを、彼にやらせていいのかと、今更後悔した。
「.....こわい。」
やっぱり。彼には到底できないことだろう。
「じゃあ———」
「いや.....」
私が言いかけてトカレフを下ろそうとしたその時、彼が小さく何かを言いかけた。
「なんだ?」
彼はしばらく私の問いかけに応じなかった。もうダメかと思いかけたその時、次はハッキリとした口調で答えた。
「俺が、殺す。」
その声は自信で満ち溢れていた。力強く、何か執念を匂わせるような低音な声。私は聞き間違いかと思い彼の顔を見て目を少し見開いた。
「ほんとだ。俺がこの手で春綺を殺す。」
「.....わかった。」
私は持っていたトカレフを教景に渡した。今度は一ミリも震えていなかった。
「お前ならできる。いつもの心構えで行け。」
彼を見て言うと、教景は頷いた。
ガチャ
「お待たせ。」
真っ先に、頬を揺るがすような冷淡な視線を感じた。
私たちは非常扉から中の駐車場に入った。すると、すぐそばの停車位置に車の前で待っているコアとロルバンがいた。二人は話しながらタバコを吸っていた。
こちらに気づき、タバコを吸いながらコアが近づいてきた。
「おいおいマジかよ。本気で来んのか?」
コアは驚きながら教景のつま先から頭まで見上げた。
「まぁ、お前なら出来るよ。」
コアは教景の肩を叩いて車の方に向かった。
「行くぞ。」
私はポケットに手を突っ込みながら軽快な足取りで車に向かった。
「全員とは電話繋いでる?」
「今からだ。」
私たちは車に乗り込んだ。助手席にはロルバンが大人しく座っていた。
「ロルバン?平気か?」
「うん。」
教景とは違いさっきまで大泣きしてた奴がこんなにもハッキリと返事をした。私はその瞬間、心のうちが軽くなった気がした。
「それじゃ行くぞ。無線機で繋げ。」
コアがロルバンに指示をした。ロルバンは言われるがままに他車と無線を繋いだ。
「こちら殺害部隊のコアです。聞こえてたら応答願います。」
『———こちら緊急事態収束部隊のアルチュールです。オーディン、ナル共に準備完了です。』
「了解。このまま電話を繋いでおく。」
『了解。』
電話越しにアルチュールの声がして安堵した。私はシートベルトをつけて同じ行動を教景にも促した。
「それじゃ出発するよ。」
ブブォォォン!!!
勢いよくエンジンがかかった。その反動に一同が前屈みになった。
「あちらにこのことは。」
「おそらくバレていないだろうね。ロルバンが密告していない限り。」
コアは嫌味混じりで私に向かって言った。
「そうだね。」
私は助手席に座っている人物をロルバンとは明かさず、平常通りに会話を続けた。
教景はずっと前を向いていたが、目の前にいる大男が敵である姉の手下とは思ってもいないだろう。
決行日である今日の前夜、私とコアの二人だけで打ち合わせをした。
♢
『貝ちゃんは、ロルバンをどうしたい?』
誰もいない武蔵野市の公園。人気の少ない夜に二人でやってきた。
『ロルは、私はあまり人柄が掴めていないからな〜。直の方が分かると思うから、直が決めて。』
人間によって作られた電灯柱だけが頼りだった。井の頭公園は暗くてなにも見えない。足元を確認するので精一杯だった。
『俺は、ロルがそんなことするような奴だなんて思ってないよ。』
『なんで?』
私は近くのベンチに座った。コアは少し離れたところでタバコを吸っていた。
『ロルは俺なんかより人生経験が豊富だ。俺たちが知らないような世界を見てきている。それは、美しいものも、見たくないものもある。』
コアは続けて言った。
『彼をラビットアサシンへと引き込む何か引き金があったのかは分からないが、俺にはそれを引き止める力がなかった。もはや気づくことすらできなかった。だから俺があいつをどうこう決める権利なんてない。』
タバコの煙が鼻をくすぐる。風が少し吹いて気持ちのいい気分だった。
『そうか。直は、いい人だな。』
『ふんっ。貝ちゃんのそんなとこに、俺は命を預けようと思う。』
『柳小春が関与していること、ロルバンが本当にラビアサの手下であるのか、なぜ手下になったのか。謎は包まれているばかりだが、明日で全てが終わる。』
『貝ちゃんは、策士家ではないけどいつも全てが見えきっているみたいだね。まるで至上者だな。』
♢
車内では緊収の話し声が響いていた。私たちはその声を聞きながら窓の外を見ていた。
長かった。
ここまでの過程にはさまざまな葛藤と疑問があった。しかしこの時に全ての謎が明らかになる。
その鍵となるのがホシである白川春綺。依頼者の姉でありラビットアサシンの幹部メンバーである。彼女に会えるかも分からない。会えないまま私たちが殺される可能性だって十分にある。
「大丈夫だ。みんな生きて帰ろう!」
コアが運転をしながら大きな声で言った。
『なに痛いこと言ったんだよお前は!』
遠くからあるチュールの声が聞こえた。今の瞬間だけ、口角が上がった。




