44仲間を超えてゆけ
カチャ
コアはトカレフの銃口をロルバンの頭に突きつけていた。
「俺がスパイだなんて、よく分かったな。」
ロルバンは視線を私から壁に向けながら話した。何かと思えば彼は懐から拳銃を取り出して机の上に置いたのだ。そしてゆったりと歩きながら壁に寄りかかった。
「本当に、スパイなの?」
「‥‥あぁ。俺は、ラビットアサシンのスパイだ。」
ロルバンは腕を組んで天井を見上げた。その横顔に、全ての感情が含まれていた気がする。
悲しみ、嬉しみ、楽しみ、哀れみ、辛み。泣きそうな顔をしながらも口角はわずかながら上がっていて今にも笑い弾けそうだった。
その表情を見た瞬間、目には涙を浮かべ頭には“ジョセフ“を浮かべた。
「コアが資料室に行った時、お前が誰かと電話をしていたところを目撃したそうだ。その時、私たちをどう殺すか話していた。コアは容易に殺せるが、私は容易くない相手だと。コアはその場から離れようとした瞬間に資料室の鍵を落とした。その音に気づいたお前は後ろを振り返ったが、もうすでにコアは部屋を出ていた。」
「それがなんだ。」
「なぜその時鍵を拾わなかった。拾って私たちを追い込んで殺すことくらいできただろ。」
ロルバンは目線の先を天井から私に向けた。今にもこの部屋から出ていきたい一心だった。
コアが横でトカレフを構えているとはいえ、机の上にはロルバンの拳銃が置かれたままだった。ロルバンが逆上して暴れたらいつ私たちを襲うか分からない。
「それが決め手か?」
「他にもあるよ。」
「なんだ。」
「今回の依頼の内容は、白川春綺を殺すことだろ?当初は彼女の居場所を特定して殺す予定だった。けどね、次から次へと不可解な点が現れて、計画が台無しになった。調べ進めて家にまで侵入して資料を手に入れて、ある一つの情報が確信へと変わったんだ。」
私はスマホの画面に白川家系図を写してロルバンに見せた。
「なぜか私のパソコンにこの資料が入ってた。誰が入れたかは分からない。でもなぜ、敵チームのパソコンにラビットアサシンの資料が入ってたのかが理解できない。この資料が入ってたのは教景から依頼がきてすぐのことだった。でもこの資料のおかげで、裏切り者を見つけるパーツが完成した。」
「俺と悠仁が兄弟だってことが発覚しただけで裏切り者って断定したのか。」
「コアの反応からして、かなり前からお前のことは疑っていた。一度だけ庇ったのを覚えてるか?」
ロルバンは無言のまま私を見つめた。見つめてはいないか、睨んでいた。
「あれ、謀ったんだ。トップが味方になってくれたら誰でも少しの隙は見せると思って。案の定お前は自粛期間中にラビアサのメンバーとつるんでいたなぁ〜。」
ロルバンは目を見開いた。その瞬間だけ彼から焦りを感じた。この時まで冷静さを保っていた彼だが、組む腕を変えた。これはロルバンの癖で、彼の身に危険が及んでいる時に発生する無意識に行なっていることだった。
そして私はコアの方を向いて頭を下げた。
「今まで隠してて、すまない。」
「‥‥謝罪はあとにしろ。」
私は顔を上げてロルバンとしばらく見つめ合った。
ロルバンは身長が高い。コアと同じ183cmほどあった。日本人の平均身長と比べれば高い方なんだろう。ki殺し屋の人間はほとんどが平均身長より高い。きっとジョセフがあえてそういう人間を採用しているんだろう。
加えて彼の瞳孔はまるで猫のようだった。一重目で横に長い。鼻は高くて外人のような掘りをしている。唇は分厚い。ほんと、日本人顔ではない顔立ちをしている。
私は部屋の空気がガラッと変わる瞬間を待った。ロルバンが暴れる時か、彼自身が壊れる時。この二つのどちらかが起こる時を待った。
わざわざこちらから攻撃を仕掛ける必要ない。圧倒的に私たちの方が有利だからだ。こちらにはトカレフもあればコアもいる。有能な戦力があるから襲われそうになっても心配無用。
見つめあっておよそ5分後、変化が訪れた。しばらくして彼は、瞳孔を赤く染めてきた。
きた。
どんどんどんどん変色していく目には、どろっと濁った涙が、浮かべられていた。頬に涙が伝った瞬間、私は一歩ずつ前は進んだ。
トコ、トコ、トコ
黒くまとったパーカーのポケットに手を突っ込みながら、私は彼の方に近づいて行った。
「ロル。」
「‥‥。」
「泣くなんて男らしくねぇぞ。」
彼は鼻水を何度も啜った。
私は右手を挙げた。そして、ロルバンの顔に向かってその手を振りかざそうとした。
「‥‥お前な、今どんな気持ちだ?」
すんでのところで、手を止めた。
そのままの勢いで私はロルバンの胸ぐらを掴んだ。
「どんな気持ちでここまで仲間やってたと思ってんだ!」
私はこれまでにない声量で叫び倒した。
車に乗っている時、人間が少し揺れるだけで車体が動く。今この部屋で同じような現象が起きた。
「いつから、いつからお前は裏切るという行動を覚えた。おとなしくジョセフの言うことを聞いていればいい奴になれたかもしれないんだぞ?」
「はぁ、はぁ!」
「はぁはぁ言ったって分らねぇんだよ!お前を勧誘したのは誰だ?私か?コアか?違げぇだろ。ジョセフだろ?!あいつは本当に極悪人だったと思う。私もコアもあいつを許すことだけは出来ない。だけど!彼は私たちを育ててくれたんだよっ!」
「もうやめてくれ。コア、殺してくれ。」
ガン!
「私から逃げんじゃねぇ!」
私はロルバンの頭を鷲掴みして視線を私に向けさせた。
「ジョセフがいなかったらお前は今何をしていた?人の影に隠れて足を引っ張らないように気を遣って生きていくことしかできないお前が?!ジョセフに勧誘されていなかったらお前は!‥‥社会の邪魔者になるだけだったかもしれないんだぞ分かってんのか?その汚ったねぇ面を、ジョセフに見せれるのか?」
ロルバンは泣く我慢を諦めていた。
「はぁ、はぁ、はぁ!もう辞めてくれ!」
「責任を負わない人間は、堕ちていく。必ず堕ちる。周りから軽蔑されて人外として見られる。仲間を失い、いずれは人生を失う。」
「な、なんでお前がそんなこと知ってんだよ。まだ高校生だろ?」
「私の父親が、そういう人間だったからだ。自分の責任から逃げる人間がどう堕ちていくか、幼い頃から見せつけられてきた。」
「お、お前。」
あれ?
私まで目に涙を浮かべていた。
カチャ
「セレナ、早く片をつけよう。言いたいことは言えたか?」
コアはロルバンの頭に銃口を向けた。
「まだ、かな。」
「こいつはここで殺す。」
「ダメだ。ロルにはまだ、やり残してることが一つある‥‥‥‥私たちを、ラビットアサシンのアジトまで連れて行くことだ。それで、責任を取ったことにしてやる。」




