40兎は闇に生まれる3
『誰だお前?!』
『ニクラスは伸びてここにいる。武器を捨ててこちらに来い。私の言っていること、分かるよな?』
俺は全身の産毛に至るところまでが凍づいた。なぜなら俺はついさっきまでニクラスと通信していたからだ。突然にして女の声に変わった。
咄嗟に俺は、この声の主はクララだと分かった。
彼女がカスクラムのアジアに来た時、初めて彼女のことを知り初めて彼女の声を聞いた。かなり声が高くて驚いたのを覚えている。普通の一般的な女性の声なんかよりも高く、幼子のような声帯を持っていると思われる。
と同時に、なぜまるで子供のような彼女が大勢のヤクザを連れてチームを作れているのか不思議でならなかった。彼女が日本で家族を殺したと聞いた時、少し納得した気がした。
『名前を名乗れ。』
『この声で分からないのか?私の嫌なチャームポイントだよ。』
やはり、この声はクララでほぼ確定だった。
『やはりお前か。』
『分かるなら最初から聞くな。ニクラスを失いたくなければ指示を聞け。』
これは、どうするべきなんだ。
正直に彼女の言うことを聞いて武器を置いてニクラスの元に行くのが正解なのか、今からでも長銃を構えてクララを殺すのが正解なのか。どの選択をしても俺は正解な気がしなかった。
『今からそちらに向かう。』
『お前がこちらに危害を加えた瞬間にニクラスの頭に銃弾を撃ち込む。慎重に来い。』
俺は返事をすることなく無線機の通信を遮断した。そのままの手で無線機を腰にしまい、背中に背負っていた等身大ほどの大きさの東京マルイをその場に置いた。
俺はここで、武器を置いて行くと判断した。
しかしこれは決して本当のことではない。俺の懐には青空に飛んでいた鳥を殺した拳銃が入っているからだ。
ここで俺が全ての武器を捨てて行くなんてそんな馬鹿なことはしない。当たり前だが、自分を捨て駒としてわざわざ敵のところまで行かない。必ず自分を守る障壁のようなものが必要だ。死ねば全てが終わる。生きていればいい。生きて死ぬまで戦い抜けばそれでいいのだった。
拳銃の球数を確認した。
行く前に撃った一弾を除いて残り七弾。
『ふぅ〜。』
俺は軽く深呼吸をした。
巨大な体をもつニクラスがのびてしまうほどの体力を持つクララ。一体彼女は何者なんだ?
俺は正確に彼女の左肩を撃ったはずだ。わざわざカスクラムのアジトに連れて帰るために“わざと急所を外して“撃ったのに‥‥。まさかルーキーニクラスが失神するなんて、想定外のことすぎた。
俺はビルの階段を早足で降りた。
カンカンカンカン
金属製の音を鳴らしながら階段を降りつつも、軽快な足取りとは言えなかった。
ニクラス対クララのタイマンになるとも想像していなかった。クララはどうしてそこまでして俺たちを欲しがるのか理解し難い。
俺はニクラスの無事を祈りながらも、もうとっくに殺されているかもしれないという懸念も持ち合わせていた。
本気でクララが俺たちを欲しがっているのなら、まずニクラスは殺さないはずだ。俺が殺されたとしてもニクラスは単独行動が不得意だからクララに着いていくと思う。
しかし反対に、ニクラスを殺せば俺の視線の行き先が分かりきっている。
もしニクラスが殺されたらどんな相手だろうと俺が殺しに行く。きっとそんな殺気が相手にも伝わっているのだろう。
そして、彼女にはほとんど無防備な体で一人で乗り込んでくる威勢がある。
迷い込んだ幼稚園生が四つ回り以上上の男と鉢合わせたようなものだ。
この戦いは偶然ではなくクララの思い通りの必然なのだと俺は予期する。
二人がいる地下駐車場は俺が狙撃していたビルからかなりの距離があった。この間にもクララが失血死でもしたらそれはそれで困る。でも流石に頭のいい彼女なら止血くらいしているだろう。
とりあえず、ニクラスが生きていればなんだっていい。
彼は俺だけの右腕なのだから。
俺は地下駐車場前の出入り口までたどり着いた。ここまでの道のりがどんなに苦しくどんなに遠く感じたことか。もう二度とこの道は歩きたくないな。
俺は右脳左脳関係なく全ての脳を使って考えた。
まず、扉を開けたら拳銃を構えずにそのまま中に入る。
絶対に扉には鍵を閉めない。
自分たちの逃走ルートを確保する。
クララに話を聞く前に彼女を死なない程度に失神させる。
ニクラスの安全を確保したのちにアジトに戻る。
ざっとこんな感じでいこう。必ずしもこれが完璧な作戦とはいえない。即席で考えた緊急事態な状況だからだ。
作戦とは、練れば練るほど完璧に近い状態に近づくものである。
即席で作戦を考えて成功率は極めて低いが、一つだけはやり通すことがある。それは、
二人して生きて帰ること。
それだけだ。
本当は無血でアジトに戻りたかった。それが無理なら生きればいいじゃないか。
絶対に死なない。
『ふぅ〜。』
先ほどと全く同じ深呼吸をした。
ドン!!!!!!!
『お、来たな。』
『‥‥クララ。その肩をどうするつもりだ?』
駐車場には、寝転んだニクラスとそこから少し距離が離れたところにクララがいた。
彼女はニクラスに向けて拳銃を構えていた。
『お前は、撃つのがうまいなぁ。ちゃんと致命傷になってるぜ。』
『いつもに増して気分がいいようだな。』
『ははっ。よく分かったな。』
クララは高い声で話した。会話の合間に息苦しさを覚えていた。
『お前の目的はなんだ。なぜ俺たちを欲しがる。』
『欲しがるだなんて自己中な奴だなぁ。特別に教えてやるよ‥‥。』
今にも倒れそうだ。
自分のトリガーを引く前に死にそうだった。
『お前たちは、必ず私と手を組め。もしそうしたら私は今のメンバーは解散させる。私はいずれ殺される。だから、私を守れ。』
は?
何を言っているんだこの女は?
なぜ敵に向かってそんなことが言える。たかが小さな女だろ?
『私が死んだら、あの子が危ないんだ。』
『あの子?』
『はぁ。弟だ、私の‥‥』
『クララッ!!!』
バタン
クララは静かにその場に倒れ込んだ。
その衝撃で、横にいたニクラスの瞳孔が動きを見せてきた。




