39兎は闇に生まれる2
クララはニクラスの背後をとったあと、まず真上に飛んだ。
タッ!
ニクラスは目を丸くしてクララを見上げた。かなり高いところまで飛んだからだ。地下ではあるため天井は低いものの、彼女は一度二度と天井に触れることができたのだ。
ここで、クララにはニクラスの頬に一発蹴りを入れられる隙があった。ニクラスは体が大きいというだけで、力は強いがテクニックなどは持ち合わせていなかった。
クララは決してニクラスに殴りかからないと決めていた。なぜなら、この戦いの意味はニクラスのラビットアサシン勧誘。加えて、彼女が持っているのは”自分を守る拳“だからだ。
『私に一発でも殴ってみろ!本気のお前と戦いたい!』
クララは飛んだ後着地し、次はニクラスの足元まで自分の顔を下げた。クララは腰を思い切り落としてニクラスの腕を何度も上下に動かし体力を消耗させようとしていたのだ。
『よっと。お前の力はそんなものか?』
その幼児のような体を抱えながら二回りほど大きな体を持つ相手を倒そうとしていたのだ。
ニクラスは何度も何度も無言のままクララに殴りかかろうとした。
『私を誰だと思ってる?世田谷相殺の主犯格だ!殴れ殴れ!当たんなくても殴り続けろ!』
ゴォン!
その時だった。
鈍い音とともに、ニクラスの右手首が派手な方向に曲がった。クララを殴ろうとした拍子に誤ってコンクリート製の柱を殴ってしまったのだ。
『はぁ、はぁ。』
ニクラスは少し呼吸を荒らした。彼の腕は太く、骨の髄まで筋肉が埋め込まれているので骨折するとはかなりの重症であった。
しかし、ニクラスにとって骨折は擦り傷にすぎなかった。
彼はクララの方に向かって直進していった。その速さは、おそらくヨナスの長銃の瞬発的な速さをも上回っていた。
ニクラスは走りながら左手を掲げてクララを殴った。
ゴォォォォォン!!!!!!
『かっ‥‥‥!』
クララは数十メートル先まで飛ばされた。その際に壁に大穴が空いた。
その様子を、もう一人の男が見ていた。
『ふぅ〜。やればできるじゃん。』
ヨナスは長銃のスコープから中の様子を伺っていた。地下駐車場なのになぜかある僅かな隙間から。
最初はニクラスが押されていた。このまま誰しもがクララが勝利すると思っていた。
しかしニクラスの実力を知るヨナスは、ニクラスという男は必ずあの女に勝つと自信があった。
ニクラスは、フィリピン全土を震撼させた“フィリピン騒動“を起こした本人だったからだ。
23人の大男を休憩なしで撲殺できるのは世界でも彼だけだと思っていた。
そのため、ヨナスはトリガーを引かないでその時を待っていたのだ。
『クソ野郎が。やってくれたなぁ‥‥!』
『?!』
ヨナスは思わず目を見開いた。
なぜなら、スコープの中で女が動きを見せていたからだ。
『な〜んだやればできるじゃん。』
そして幽霊のようにふらついた状態でその場に立ち上がった。
『なぜだ?』
そして独り言を呟いた。
ヨナスは今の一撃でクララが即死したのだと思っていた。
『痛いね〜。痛い痛い!痛くてたまらないよ!こんなパンチを喰らったのは人生で初めてだ!どんな角度で殴った?どこを見て私に殴った?ウキウキが止まんねぇなぁ!!!』
今度はクララがニクラスに向かって走った。ニクラスは構えの姿を見せた。
念の為、ヨナスはスコープからその様子を見てトリガー部分に触れた。
『ごめん‥‥』
パァン!
ヨナスの撃った弾は光速のように駆け巡りクララの左肩に命中した。
『や、やはりいたのか!』
ドサッ
クララは肩を抑えながらその場に倒れ込んだ。
「クララはごめんと言った後、なんで言ったんだ?」
コアがこの質問をしたのには意味があった。
ヨナスがニクラスから聞いた話曰く、クララはニクラスのことを殴ろうとした時に
『ごめん、教景。』
と、言ったように聞こえたらしい。
「ごめん、教景?」
ヨナスはゆっくりと頷いた。まるで動くからくり人形のようなぎこちない動きで。彼は俺がいまだに銃口を向けているのにも関わらず、決して動じなかった。
「なぜそう言ったかは分からない。俺とニクラスがクララに聞いても、そんなこと言ったけ?と言われてしまうだけ。実際、このセリフを聞いたのもニクラスだけだからな。本当にクララが言ったのかも分からない。」
俺はそうかと返答した。
「でも、クララの反応を見ると本当に言った感じがするんだ。あいつ、とぼけ方が下手すぎるから。」
「春綺は、とぼけ方が下手なのか?」
「うん。演技下手だからな。本人公認だ。」
新たな情報だ。眼鏡の録音機能ボタンをオンにしておてよかった〜。
考えてみれば、今回の依頼は白川教景、つまりホシの弟からの依頼だ。
教景は姉である春綺が家族を殺したためその屈辱を晴らそうと俺たちに依頼をしたのだ。なのに春綺が言ったセリフはなんだ?なぜ戦闘途中に消息を絶った弟のことを思い出すんだ?
戦闘中は相手のことに夢中になる。勝たなくては、コイツより強くならなくてはと思いながら戦うはずだ。精鋭部隊で一人一人が強いラビットアサシンならなおさらそう教わるはずなのに。
「‥‥って、おーい。聞いてんのか?」
ヨナスが下からこちらを見上げて睨んできた。
「あ、ごめん。なに?」
「話の続きなんだけど。」
ヨナスは再び顔を窓に向けて話し始めた。
ガァァァァァァァァンンンン!!!!!!!
人の骨と肉が散りばめられるような酷音とともに、ニクラスは駐車場の壁を破壊しながら後ろ後ろへと体を持ってかれた。
何メートル飛ばされただろう。
ニクラスが飛ばされた音はこちらにも派手に鼓膜に届いていた。
俺は急いでスコープを覗いて中の様子を伺った。
ニクラスはどこだ?中を覗いてもどこにもいないんだけど、どゆこと?
ラビットアサシンの女も、どこにいった?なぜ二人ともいないんだ?
俺はスコープを至る所にあてて中を見た。
どこだ?どこだどこだ!
『?!』
かなり広範囲にわたって内部を捜索したが、元の位置から20メートル以上は離れていたと思われる。
『ニクラス!』
俺は叫ぶと共にトリガーを引いた。
パァァァァァァンン!!!!!
東京マルイvsr10gスペック。
『アルミダイカスト製のレシーバーとアウターバレル、そして専用の真ちゅう製精密バレルを採用。軽くて丈夫で、長距離でも命中精度が高まる。』
東京マルイを買う時に、店の店員から全く同じことを言われた。別に俺は銃には詳しくなかった。
父親が祭りの屋台などでやっている射的屋を営んでいたため、長銃の使いには慣れていたが流石に種類までは詳しくなかった。
スナイパー用の長銃を扱う専門店はフィリピン各所にあった。その中でも一番近所にあった素朴な店に行ったが、そこが大当たりの店でピッタリ自分に合った銃が見たかったのだ。
それが、東京マルイvsr10gスペック。
もう俺はこれが大好きで大好きでたまらない。
東京マルイの銃声はかなり静かであった。
急いでスコープを除くと、地面には血だらけのクララが仰向けに寝転がっていた。
そこに、右足を引きずりながらニクラスが歩いてきた。
『だ、れ、だ‥‥。』
今にも死にそうな声でクララは言った。
俺は腰に巻いてある無線機でニクラスに応答を求めた。
『ニクラス聞こえるか?』
『きこえる。』
『クララを撃った。脈を確認しろ。』
俺は無線機で連絡を取っている間も、常にスコープで二人の様子を伺っていた。
ニクラスは眉を寄せながらしゃがみ、人差し指と中指の二本をクララの首元に触れた。
『まだ、生きてる。意識、ない。』
『了解。メンバーを手配するからその場にいてくれ。すぐに迎えに行く。』
『分かった。』
ピピィ
俺は無線機を再び腰の位置に戻した。
そして手足を同時に伸ばしながら立ち上がり東京マルイを専用の袋にしまい始めた。自分の背丈よりも大きく背負うのが嫌になるくらいだった。
スコープを外して、三脚を外して収納した。最初はこの作業を終えるのに20分ほどの時間を要したが、今となっては3分足らずで背負うまでいけるようになった。それほどの回数を重ねているのか、と何度も思う。
東京マルイを使うたびに人を殺しているわけではない、練習場で練習する場合も含まれている。
ピピィ
『ニクラス聞こえるか?』
『きこえる。』
『今からそちらに向かう。』
『分かった。メンバーは。』
『呼ぼうと思ったんだが、ただの足手纏いになるだけかと思って呼んでいない。俺らでクララを運ぶぞ。』
俺はビルの階段を降りながら無線機でニクラスと会話を続けた。
『運ぶの僕も‥‥ガチャンガチャン!!』
『ん?なんの音だ?ニクラス?ニクラス?!』
『死にたくなけりゃ、武器を置いてこちらに来い。』
『誰だ?!誰だお前は!』
『撃ったのは、お前だな。』
『はぁ、はぁ、はぁ‥‥!』
誰だ、誰が撃ったんだ。地下のはずなのに、こうなることを予想してわざわざ地下での戦闘を申し込んだのに。そして、ここに来たのは一人、肉体男だけだ。あの細っちょい奴はどこにいるんだ?
予想外のことが起こりすぎて整理がつかない。
誰だ。肉体男と誰かが喋っている。無線機のようなものを使って。
『分かった。』
えーーー。
肉体男ってこんな声してるんだ。ちょい意外だなーーって、んなことどうでもいい。この状況を打開しなくては。
不幸中の幸いなのか、撃たれた箇所は左肩のようだ。左肩が焼けるような痛みで今にももげそうな感覚がした。急所ではなく肩に撃ったということは、これから私をカスクラムのアジアに連れて行こうとしているんだろ?
じゃないとわざわざ肩なんかに撃たないはずだ。
このまま連れて行かれれば、死ぬ。
それだけはだめだ。
こんなことで死んだら、
家族の死が無駄になる。教景を生かした意味がなくなる。
『くっ‥‥』
今にも死にたい気持ちだ。肩を失くすか今すぐ急所を撃たれて死にたい。
でも、私には教景がいるから。
『し、死なねぇよ。』
ドサッ!!!
私は体を思い切り持ち上げて撃たれた左肩を右肩で押さえながら左足でその場を飛んだ。
ニクラスより高い位置を取り、残った右足でニクラスの顔面を蹴り飛ばした。
ガチャン!ガチャン!
ニクラスはやはり無線機を使っていた。無線機から彼を呼ぶ声が聞こえた。
『ニクラス!返事をしろニクラス!』
私は無線機を拾った。そして、口元に近づけこう言った。
『死にたくなけりゃ、武器を置いてこちらに来い。』




