32誰かがいなければ
ガタン、ガタン、ガタン
車内には、車を走る排気音だけが響いていた。コアは運転、教景は車窓を眺めていた。私も反対側の車窓を眺めているが特に得るものはなかった。
漆黒の空には小さな星たちが輝いているだけだった。すると、教景が声を発した。
「なんで、助けてくれたんすか。」
その声は低く、教景ならではの独特な声だった。
私は答えることができず、車窓を眺める教景を見ているだけだった。
というか、答えられなかった。
コアも無視をしているが、何を思っているのだろう。私と同様に答えられないのか、運転に集中して聞こえてないだけなのか。
このままでは、埒が開かない。何か言わないと。
我慢できず、ついに口を開いた。
「あんたはさ、貴重なカネだから。てか、あんたから依頼してきたんだから簡単に死のうとすんなよ。」
教景は依然として前を向いたままだった。そっちから聞いたんだから、何かは反応しろよな。
「俺は‥‥本当に春綺が憎いんだ。殺してやりたい。この手で、殺してやりたい。今すぐにでも、殺してやりたい。」
「じゃあ絶対に殺してやるっていうその思いをもっと強く持てよ。こっちは仕事でやってんだ。」
黙り込んでいたコアが言った。
「仕事か‥‥。」
「なんだ?腑に落ちないか?」
「そういうことじゃない。」
教景は会話の終わりに余韻を残した。私とコアはお互いに反応せずに黙り込んだ。
「あと何分?」
「2、30分で着く。痛むか?」
「少しね。でも慣れっこだから大丈夫。」
二の腕の傷はかなり序盤の方で撃たれたため、止血するのが遅くなってしまった。そのためか、負傷した箇所がかなり痛んだ。
浅いと思っていた傷も意外と深く、辛い。
『早く着け』
そんな思いで、二の腕を強く抑えながら車窓を眺めていた。
トンネルを通り抜け、長い長い高速を降りた。勝浦行きの看板が目に留まった瞬間に安堵を覚えた気がした。
「あと少しの辛抱だ。」
ki殺し屋のメンバーにはすでに連絡済みだ。あとは慎重に建物内に入るだけ。
以前のように狙撃手がいるかどうかと言われたら、ヨナスが入院中のため、そんな人材はいないと思う。
コープスを殺したのもヨナスだから。
慎重に行くことは変わらないが、慎重度がいつもとは異なるだろう。
コアは曲がり角を曲がり、人気の少ないアジトの裏口に駐車をした。
ピー、ピー、ピー、ピー。
「着いたぞ。」
コアが低い声で呟いた。
ついに着いたか。
早く、手当てを受けたい。痛みで気が遠のいていきそうだ。
「はや、く。」
「セレナ?気をしっかり!」
私は今にも倒れてもおかしくないと思った。
「セレナー?」
私の気を覚ましたのは、リアムの声だった。リアムは身長が私と同じくらいしかなく、どこか子供らしさを感じる。それは、声にも現れていた。その少し高い声に安心する。
「大丈夫かー?頑張って林村のとこまで歩いてくれー。」
とてつもなく心配するわけでもなく、リアムは怪我人に対して冷静な対応をした。上から目線だが素晴らしいと評価したい。
私は二の腕を抑えながらリアムに寄りかかった。
「リアム、変わるよ。」
必死に歩いていると、コアが私の腕を持ち上げておんぶをした。
「ありがとう。案内するから着いてきて。」
「いいのに。」
「バーカ。怪我人を歩かせるなんてよくねぇだろ。」
私はコアの首に腕を回して二の腕をさらに強く抑えた。しかし、先ほどよりも痛みが軽減している気がする。
コアは高身長で体つきもいい。抱きつくととても居心地がいい。コアがいれば安心できる。痛みなんてふっとんでしまう。
「林村ー!怪我人の手当てを頼む!」
私はいつの間にか半目状態になっていた。しかし、目を瞑って気を失うことはなかった。
これも全て、仲間のおかげなんだろうな。
ここまで連れてきてくれたコア。
医師を手配してくれたリアム。
私は、本当に、幸せ者だな。
「セレナ?ちょっと二の腕見るね。」
いつのまにか、私は小さな簡易ベッドに座っていた。そして、ひたすら前を向いていた。
気を失わなかったとはいえ、ここに運ばれるまでの記憶がほとんどない。
ベッドに着いたときも、正直驚いた。
負傷した箇所は思ったよりも酷かった。
林村曰く、銃弾が直撃したわけではなく、あくまで掠っただけだという。
「これが頭部だと思ったら恐怖で震え上がるよ。撃ったのは刑事さんか?」
「多分、そうかな。」
「すごいねー。軽傷で済んだのは奇跡だよ。一旦包帯で止血しといたから毎日お風呂上がりに変えてね。」
そう言って林村は包帯を渡してきた。
林村は治療をしながら世間話をすることで痛みを軽減する効果を与えてくれる。これは本当に効果があると感じる。
それと、なんといっても治療速度が早い。今回も五分足らずで終了した。
「ありがと。」
私はベッドから降りた。私は手を後ろにやり、コアとリアムと一緒に部屋を出ようとした。
「セレナ。」
すると、林村が私の名前を呼んだ。私は振り向いた。林村はコアとリアムを部屋に出るように手振りで指示をした。
「ん?いこーぜリアム。」
コアは分かっていたようにリアムと部屋を出た。
「なに?」
私はコアとリアムを部屋から追い出してまで話を持ちかけてくる林村に違和感を覚えた。
コアも簡単に部屋を出ていったため、さらに違和感を覚えた。
「セレナ。あんたは今日まで何回銃で撃たれた?」
林村は椅子に座りながら質問してきた。彼はボードに貼ってある何枚もの紙を見た。
「2、3回くらいかな?」
「そうだね。正確には3回だ。そのうち2回は肩。意識を失うほどの重症だった。人間が銃で撃たれるともちろん痛みもある。でも、それと同時にショック状態にもなる。いわゆる精神的な問題だ。あんたは3回撃たれているのに、平常心を保っている。これは医学的にも人間的にも稀である。」
「何が言いたいわけ?」
「つまり、もし何か身体に異変があったらすぐに連絡しろ。あんたの身体はいつか壊れる。」
林村はそう言いながら連絡先の書かれた紙を差し出してきた。
私はしばらくその紙を見つめた。電話番号、メールアドレスが書かれてあるようだ。
「私の身体に変化が起きたら助けてくれんの?」
林村はゆっくりと頷いた。
「無論。」
林村は小太りで足も短い。体力があると言われれば殆どないだろう。速く走ることもできなければダンベルを上げることもできない。
しかし、人を助けることはできる。彼の手にかかれば大半の人間は完治する。彼がかつて勤めてた病院でも治療の評判はよかった。
私とコアでki殺し屋に医療部隊を作るとなった時、真っ先に私が林村を勧誘した。彼は現役で医者をやっていたのにも関わらず、こちらの世界へ出向いてくれた。
そんな彼を、私はたまには信じてみようと思う。
「追加しておく。」
私はそう言いながら連絡先が書かれた紙を受け取った。
「怪我でも病気でも早期発見が命取りだ!」
私が部屋を出ようとした瞬間、林村が叫んだ。
「‥‥それはあんたの家族に伝えな。」
私はそう言って部屋を後にした。
林村のやつ、あんなに偉そうに何なんだ。今まではそんなこと一度も言ってこなかったのに。急に父親面されても困るっつうの。
パァン!
「‥‥。」
今でも脳裏にはっきりと記憶されている。撃たれた時の音、感覚、痛み、涙。正直、勝地に撃たれた時が一番怖かった。暗い部屋でいきなり撃たれて、病院まで走って行って。
「あ‥‥あぁ、かっ‥‥‥!」
思い出しただけで吐き気がする。頭も痛くなる。忘れろ。今すぐに忘れるんだ。
「‥‥よし。」
ガチャ
「お待たせ。」
私はコアのいる仕事部屋に足を踏み入れた。
先程までの吐き気は治った。
「おかえり〜。今さ〜、強奪した資料を見てたんだけど、多すぎて収集つかないよー!」
コアは私に事情を聞くことなく、いつものように接してきた。私だったら、きっとコアに事情を聞くだろう。
「多いもんね。手伝うよ。」
「サンキュー!」
私は扉を閉めて鍵をかけた。
自分用のロッカーに行き、中からパソコンを取り出した。私のパソコンにはこれでもかと大量のデコシールが貼られていた。
こんな仕事をしているが、一応高校生である。
「貝ちゃんまたシール増えてない?」
「こないだ買いに行ったからね。可愛いでしょ。」
「めちゃ可愛い!」
コアが私のパソコンのシールを見つめるため、中々開かないでいた。
その間に、コアの目の前にある資料の一つに手を伸ばした。
「そういえば、教景はどうした?」
「あいつは地下の部屋に行かせたよ。しばらくそこに住ませて春綺を殺すまで死んだことにする。って、貝ちゃんが言ったんでしょ!」
そういえばそうだった。さっきまで、成城にいたんだった。まるで次の日になったように感じた。
「そうだった。ごめんごめん。」
「もう〜、しっかりして!」
やっとコアはパソコンを見るのをやめて自分の作業に戻った。
私はパソコンを開き、パスワードを入力した。
「何かわかったことあった?」
「中身はよく見てないんだけど、ザッと見たら白川家の家系図と誰かの走り書きみたいなものが目立つかな。」
「走り書き?」
「うん。これなんだけど。」
私はコアから走り書きというものを受け取った。
「この字、どっかで見たことあんな。にしても、汚い字だね。」
「走り書きってのはそんなもんだ。」
「私たちじゃ解読できないからククリに頼もう。」
コアは、りょーかーい、と言って走り書きを奪い取った。
「それと、家系図のことなんだが‥‥」
「なに?」
コアが何かを言いかけた。
「パソコンで見た、家系図あるだろ?それと、一致した。」
コアが成城で回収した白川家系図と、もともとパソコンにあった謎の白川家系図が、見事にマッチしたのだ。
「‥‥え?」
「本当に、憎まれてもいい。」
俺は林村と初めて二人で会話を交わした。意外にもノリがよくて俺は好きだ。
彼の経歴について聞いてみたら、まぁそれはそれは山あり谷ありだった。
まず、静岡県に生まれた。父親は農林水産省に勤め、母親は書店の店長をしていた。
医者というものは、一家が医者だらけの人がなるものだと思っていた。
「医者になろうと志したのは、俺が高校生の時。父と母が離婚をした。俺は母親の方についていったんだが、それが大失敗だったよ。母親がいきなり急変して、俺を殴るようになった。まぁ毒親ってやつだな。ほんと、今思えばクソ野郎だったよ。」
俺は煙草を吸いながら林村の話に耳を傾けていた。
「そんで殴られた時は自分で治すしかなかった。病院に行く金なんてなかった。そのうち、ここを怪我したらこう対処するってのを自然と覚えてきちゃってさ。母親が持って帰ってきた本の中に医療の本があって。それがトドメだった。」
「ふ〜ん。そんな過去があったんだ。お前も大変だな。」
本当はこの話が“やばい”ってことはことは重々承知している。だが、これ以上にビッグな話を耳にタコができるくらい聞いてきたから何も思わない。
「それと、セレナのことなんだが、多分だけど彼女の身体に相当な精神的問題が発生していると思うんだ。」
「精神的問題?」
「人間は撃たれるという経験をすると、ショック状態になるんだ。いわゆる恐怖心てやつだ。俺が思うに、彼女は周りに気を遣ってそれを感じさせないようにしている。」
「無理をしているってことか。」
「うん。だから、時間を多く過ごしている君が様子を見てあげてくれ。」
俺は林村の話に納得した。
「分かった。何かあったら連絡するよ。」
「頼んだ。」
俺は煙草をくゆらせながら立ち上がり、部屋を出た。




