19灰の証明3
『母ーさーん!!!!!!!』
多田は床に膝をついた。泣きながら富美子の顔に触れた。
『母さん、母さん!母さん!母さんぁぁぁん!』
部屋にいる人は誰も何も言えなかった。多田の富美子を呼ぶ声だけが響いた。
『多田さん、少し、お話があります。』
多田は医者を睨みつけた。
『何でだよ!何で、助けられなかったっ!母さんは、母さんは、何で死んだんだよ!助けろよ!』
多田は医者の胸ぐらを掴んだ。周りの看護師が多田を抑えた。多田の怒りは収まることなく、医者に向かって罵倒を浴びせ続けた。
『母さんまでいなくなったら俺には何も残らねぇんだよ!ヤブ医者が、ヤブ医者がっ!!』
医者は無表情のまま多田を見つめていた。
『お話がありますので、こちらへ。』
看護師は多田に向かって動揺を落ち着かせる言葉をかけた。
『落ち着いてください!』
多田はじきに暴れるのを辞めた。涙を流しながら富美子の方を見た。
『母さん‥母さん‥。』
多田の肩に医者の手が触れた。
『さぁ、行きましょう。』
多田は立ち上がり医者の後ろを歩いた。
富美子が運ばれた病院は総合病院と呼ばれるほど広く大きかった。富美子のいる病室から向かっている部屋までかなりの距離があった。
ガチャ
『お入りください。』
多田は小さなお辞儀をして部屋に入った。
『あの、母さんは、富美子は、』
『落ち着いて聞いてください。富美子さんは、近所のスーパーから帰っている途中でした。その道中、通り魔を確保しようとしていた警察官が誤って富美子さんを撃ってしまいました。富美子さんの撃ちどころは悪く、ほぼ即死でした。』
多田は、言葉を失った。
何も言えない。医者と目も合わせられない。思考も働かない。何も感じなかった。
『‥‥その、警察官というのは、誰なんですか。』
医者はまずいと思ったのか、早口口調で多田に喋りかけた。
『名前は教えらません。その当時の状況も自明には出来ません。』
『は?』
多田は思い切り医者を睨んだ。まるで医者が富美子を殺したように。
『名前を言え。』
『言えません。』
医者は分かっていたのだ。もし多田に警察官の名前を教えたると多田が真っ先に警察官を殺すと。
『クソ、クソだ。母親を殺した犯人の名前すら分からないまま葬儀しろと言うのかよ‥』
多田は顔を伏せて涙を流した。
2005.9.1
富美子が死んで七年が経った。その間、多田は富美子の死について詳しく調べた。柔道教室の日数まで減らして調べた。
寝ることはほとんどなく、目の下にクマを溜めていた。
『はぁ。』
多田は気分転換に夜に外出をした。人の目を気にしないように家からなるべく遠い所に出かけた。
『うぇーい!ぽんぽーん!飲め飲め!』
多田はいつの間にか荒い飲屋街に辿り着いてしまった。強そうな男は気の弱そうな男を捕まえてはどこかへ連れ去ってしまっていた。そんなクソ連中ばかりだった。
多田は近くのコンビニに行き、生きる最低限の食べ物飲み物を買った。
この日は暑く、昼の暑さの延長線のような夜だった。
多田はコンビニの前の道路である一人の少年を見た。
多田は少年の姿を見た瞬間に分かった。
コイツは使われている少年だと。人に教える立場になると人を見た瞬間にどんな人生を歩んでいるのか分かるのだ。特に子供。
『君、非行の道に走るな。今から逃げなさい。』
多田は子供の前で仁王立ちになり、注意喚起をした。
『お前、いくつ?』
『十五。』
『着いてこいクソガキ。』
『痛ってえ!引っ張んじゃねぇよ!ジジイ!』
バシン!
多田は少年を思い切り引っ叩いた。
『てめえ今の言葉言ったら次、命ねえぞ?』
『うっせぇ!』
『着いてこい。僕が君を保護してあげよう。』
多田は何を思ったのか、少年を自分の家で保護することにした。
後々少年の話を聞いていくと、彼もまた親を亡くしていた。母親は先日事故で亡くなり、父親は音信不通な状態だった。
多田は少年の父親のことを深く憎んだ。こんなにも幼い子供を放任しておいて自分はしたいことして、と。
多田は自分と人生が似ている少年に期待を込めて保護したのだろう。
2011.4.27
多田と少年が一緒に暮らし始めて六年が経とうとしていた。
少年は大学に入学し、今年で四年生になる。就職活動に励んでいた。
しかし、そう簡単にいくことはなく、挫折の連続だった。受ける会社に口を揃えて言われること、それは
『前科あるのね。』だ。
少年にとって人生で最も後悔していることだ。母親が死んで非行に走った自分を強く憎んでいるのだ。
この年、多田はある決断をしていた。
それは、富美子のことを誤射で殺害した警察官を殺すことだった。何年もの調査の末、名前、年齢、所属、
あらゆる情報が集まったのだ。
多田は調べている時、何度も何度も衝撃した。
『何としてでもこいつを殺してやる』
と、毎日のように唱えていた。
そこで、少年にある提案をした。
共に殺し屋のメンバーとして働いてくれないかと。
『殺し屋ってやつだよ。僕の意思で始めたいと思っている。効率よくお金が稼げる。』
多田の決断に少年は唖然とするしかなかった。多田のしたいことは富美子を誤射した人間を殺すこと。少年がしたいことは就職。お互いの利害が一致した。
殺し屋を作るとなれば大量の武器が手に入る。と同時にお金も入る。多田にとって万々歳だった。
『殺し屋を作るって、俺たちだけじゃ出来ませんよ。何にしろあなたは柔道教室を経営しているではありませんか。』
『分かっている。しかし、二人だけの力じゃどうにもならないんだよ。ある程度の人数は必要だ。』
少年は反対する気になれず、多田よ意見に賛同した。
『分かってくれてありがとう。この殺し屋は必ず君の父親も殺す。』
少年は暗く返事をした。
それから、彼は吉祥寺を本部とする″ki殺し屋“を設立した。kiは吉祥寺の頭文字だ。
多田は少しずつメンバーとなる人間を集めた。少年も同じくメンバーを集めようとしたが、多田の意向もあり、少年は表には出ない人間となった。
多田が初めてメンバーとして勧誘したのは現在、死体処理部隊のヘッド、ゴープスだった。彼は多田が経営する柔道教室の生徒の一人だった。生徒といっても二十歳を過ぎた人間だ。
『上田、少し先生に付き合ってくれ。』
コープスの本名は上田碧
『はい。』
上田は内気な性格だったが、多田と共にする時間が増えていくうちに、本来の性格を見出すようになった。
『上田、実は僕、殺し屋をやっているんだ。』
上田は分かりきったような表情をした。多田は驚かない上田を見て驚いている。
『何だ、驚かないのか。』
『自分で言っておいて何だよ。最近違和感があったんだよ。先生は練習の合間にパソコンに向かって何か調べたり、教え方が雑になったり。そう言ってもらった方が納得する。』
多田は驚きを隠さなかった。上田がこんなにも人のことを見ているなんて。
『そこで、メンバーとして一緒に活動してほしいと思う。』
多田は頭を床につけた。
上田は少し微笑み答えた。