12あの夜、全て決まっていた後編
『秀吉さんのもとで働かせてください。』
彼は私のもとで働きたいと意思を示してくれた。
『本当か!』私は直之の肩を叩いた。
『あり、ありがとうございます。』
直之はその場で大量の涙を流していた。
『男がグスングスンと泣くんじゃねえよ。』
私は直之の背中をそっとさすった。直はまた泣いた。
「ここまでが、多田総の話です。」
春輝は挙動不審になりかけながらも話を続けた。
「ほぼ俺の話じゃん。」コアはうげーと言いながら背筋を曲げた。
「次に、勝地洋輔について、教えてくれ。」
ロルバンは何も喋らないでいた。コアは背伸びをしてパソコンに顔を向けた。
「勝地洋輔はかなり昔の話で‥」
2005.11.16
『うぇーい!おいおい!洋輔!タバコ買ってこいよ!タバコ!早く行けよ〜!』
一週間前、俺は実母を交通事故で亡くした。昨日葬儀から送別会まで全て終わった。母は天国に行ったのだ。まだ若かったのに。
母が車を運転している時、スマホを見ていたらしい。よそ見運転の結果、命を落としたのだ。
それから俺は学校にも行かず、夜の街にいる奴らとつるむようになった。母がいなくなり、全てがどうでも良くなったのだ。
『分かりました。』
ヤンキー集団の中でもトップと言えるような人間がいた。そいつは俺のことをたいそう気に入り、パシリとして俺を使った。
トコトコトコ
俺は自分の足でコンビニに向かった。年齢を聞かれたら脅せばいい。ぜってぇ捕まんないし逃げ切ってやる。俺は視界にコンビニを捉えた頃、後ろから見知らぬ男に喋りかけられた。
『君、非行の道に走るな。今から逃げなさい。』
誰だコイツ?全くもっての赤の他人だ。
『お前、いくつ?』いきなり他人をお前呼びにするなんて。
『十五。』
『着いてこいクソガキ。』
『痛ってえ!引っ張んじゃねぇよ!ジジイ!』
俺は思わずいつもの癖が出てしまった。日本人ではない父さんにジジイとよく言ってしまう。最初の頃は父さんも意味が理解できていないようでニコニコしていた。後々になり父さんがジジイの意味を理解すると俺の顔を見て泣きそうになっていた。
バシン!
『てめえ今の言葉言ったら次、命ねえぞ?』
『うっせぇ!』
『着いてこい。僕が君を保護してあげよう。』
二重目をしたコイツはたくさんの涙を浮かべていた。
『た、助けて、ください。』
私は彼のことを保護してあげることにした。身内が複雑な彼を私が育ててあげることにした。
『乗って。』私は洋輔を車に乗せた。
『‥‥こんな大人に簡単に着いてくんじゃねぇぞ。お前なんかすぐに殺されるからな。』
『殺さられるわけねぇよ。あんた、いい人だもん。』
洋輔は意外と素直な子だった。私は、彼のことを自身の家まで連れて行った。
『着いたぞ。降りなさい。』
彼はスッと降りた。洋輔はしばらくの間、喋らなかった。
『ここが今日から君が住む家だ。』洋輔は初めてモノを見るような目をした。
『すっご。』洋輔は声に出して驚いていた。
『教えてくれないか。君のことを。』
『少し長くなるけど‥』
『構わない。』
私は洋輔と自分の分の茶を出し、話を聞く体制に入った。
洋輔の話によると、古臭くて狭いアパートに三人家族で住んでいた。父親は中国人であり、名前は、周造然というらしい。周は仕事をしておらず、フラフラとどこかへ出かけているらしい。浮気も何回もしている。至る所で女を捕まえては口説いたりホテルに連れ込んだりしている。洋輔も母親も承知しているらしい。
一週間前、洋輔の母親が仕事に向かっている最中事故に遭い、打ち所が悪く亡くなってしまった。周はさらに悪道を歩くようになり、家に帰ったことは一度もなかった。その姿を見た洋輔も、同じように悪道を歩くようになったのだ。つまり、彼の母の死が彼を変えてしまったのだろう。酷い父親だ。
『話してくれて、ありがとう。』
洋輔は沢山の涙を流した。家族に恵まれておらず、唯一尊敬できる母親が不慮の事故で亡くなる。私と似たような人生を歩んでいる洋輔に対し、まるで、我が子のような愛情を感じた。優しくしてやりたいと強く思った。
『大丈夫。安心しなさい。僕が責任持って君を育てる。決して非行の道には走らせない。』
洋輔は再び涙を流した。
彼と暮らし始めて六年が経った。洋輔は成人を迎え、就職活動に励んでいた。しかし、結果は上手くいかず最終まで行っても『前科あるのね』と言われ終了。洋輔は毎日ドンとした表情で帰宅してきた。
『今日のとこも上手くいかなかった。多分落ちた。』私は洋輔の暗い顔なんて見たくなかった。
彼はあれから勉強して大学に進学し就職活動を頑張っている時なのに。確かに洋輔は強気な性格で人と話しても途中から態度が悪くなってしまう。だからどこも内定を貰えないのだ。
『上手くいかないな。挫折は慣れてるはずなのに。』
二人で夕食を食べていると洋輔が言った。
『挫折に慣れる奴なんてこの世にいないよ。』
『そっか。』コアはまた、暗い顔をした。もう、見ていられなかった。
『洋輔、もしどこにも就職出来なかったら僕と会社を作ろう。もう計画は立ててある。そこでメンバーとして働け。』私は洋輔に対し最後の希望の光を与えた。
この会社というのが紛れもないki殺し屋の元祖なのだ。初めて殺し屋に誘ったのは勝地洋輔だった。
『いい、の?』
『あぁ、でも、僕のことを信じて着いてきてほしい。どんな仕事でも着いてきてくれるか?』
『絶対に着いていく。』洋輔は間髪入れず答えた。私が人を殺す仕事と言っても着いてきてくれるのか。それは彼次第だった。
『会社ってのは、人を殺す仕事なんだ。』
『え?』洋輔は唖然としていた。いいんだ。これが普通の人間の反応だ。
『殺し屋ってやつだよ。僕の意思で始めたいと思っている。お金が効率よく稼げる。そして、僕には絶対に殺さなければならない相手がいるんだ。』
『殺さなければいけない相手?』
『僕の警察学校時代の同期だよ。』
『何で殺す必要があるの?』
『恨んでるからだよ。僕から大切なものを奪った。』
洋輔は表情を怖がらせながら私に質問した。
『大切なものって?』
『‥家族だよ。』
「俺が知っている情報はここまでだ。もう何も知らない。知らないから解放してくれ。」
春輝は長々と二人の過去を話した。作り話とは思えないので信憑性が高いと判断した。
「ありがとう。病室で寝てろ。」
春輝は小走りで部屋を飛び出した。
私たち三人は目合わせをして頷いた。
「警察学校時代の同期って、剣城?春輝の話が本当なら剣城は多田の家族を殺したってこと‥?」
よくよく整理してみれば大変な騒ぎになってきた。
「あぁ。剣城と多田は何か因縁があるようだな。剣城の家族にも話を聞こう。」コアがタイピングを打ちながら話した。
「でもさ、剣城っていつ覚めるんだろう。」
剣城は死体処理部隊の偽アジトで撃たれてから目を覚ましていない。しかし、死んでいるわけでもない。心拍数は安定しているし脈も安定してうっている。
「まぁ、様子見だなー。てか、一旦寝かせて。」
コアは夜遅くまで資料を作成してくれた。少しは寝かせてやろう。
「じゃあ、今日は解散で。」私の合図とともにコアが立ち上がり一目散に扉に向かっていると、いきなり足を止めた。
「待って、そもそもさ春輝は何で多田の過去を知っているんだ?手下とはいえ詳しく話しすぎじゃないか?俺たちにもあんなに話してくれてないのに。」
コアの言うことも一理ある。たった手下の春輝がなぜあんなに詳しいのか。私も話を聞いている途中から薄々と感じていた。春輝にしてはベラベラと喋る、と。
「外部から情報の受け渡しをしている、とか?」
ロルバンが言った。
「外部?多田たちが春輝にってこと?」
ロルバンは深く頷いた。
「じゃあ、ここまでの話って全部‥」
私たちは再び目合わせをして顔中に汗を流した。
「コイツらって意外と頭いいんだなー。」
「そうだな。僕が育てたからね。」
「バレそうっすよ。」
「爆薬が中々届かないからあの計画は先延ばしだ。」
「了解。」