11あの夜、全て決まっていた前編
「ありがとう。また連絡する。」
ダメだった。
先日、私たちが聞き込みをした相手が海外への長期出張が決まり三年は会えないとの連絡。
私たちが鎌倉に拠点を移して早くも一ヶ月が経とうとしている。鎌倉に拠点を移した訳としては、勝地とジョセフを生きて捕えること。勝地とジョセフを探すためにまずは過去を知る必要があった。逆算して二人の行動を振り返るのだ。主に二人と親密のある友人やバイト先の店長、うまくいけば親戚などに話を聞いてる。しかし、そう簡単に事が上手く進むわけなかった。そもそも二人の肉親は消息不明だし友人も今のところ一人だけ。その一人は海外の至る所で仕事をする転勤族であった。話を聞けたのも一度だけだ。
私たちは自分たちを刑事と偽り逃亡した勝地洋輔を追っていると言った。まだ公になってないから黙っといてくれと口封じをした。彼もまた、騙されている一人なのだ。
『すみません。お忙しい中尋ねしてしまい。』勝地のかつての友人である男の自宅を訪ねた。
『いえ、たまたま帰省してましたから。』
彼の名前は蓬悠太。よ・も・ぎ、と読むらしい。全国でも100人弱しかいない超レアネームだ。蓬は私たちをもてなしてくれた。
『蓬さんは勝地さんと高校三年間同じクラスで間違い無いですよね?』彼はコクリと頷いた。
『彼が学生時代の時、友人はあなた以外にいましたか?』
『いましたね。クラスの中でも中心的な存在で。学級委員長もしてましたし成績もトップレベルでした。』
『そうですか。それでは、友人同士とのトラブルなどはありましたか?』
『いえ、そんなことはありませんでしたね。私は彼と常行動を共にしていましたが、先生には挨拶をし購買の人にはお礼をしていました。礼儀も良かった。』
『ありがとうございます。』私が質問をしてコアが質問の内容と蓬の回答をメモしていた。コアはタイピングが早く、言っている内容をミスゼロで打ち込むことができる。マジで結構早い。ドン引きするほどだ。
『あ、あと、一つ言いたいことがありまして。』私とコアが話していると蓬が輪に入ってきた。
『私、自分で言うのも何ですが、彼とは仲が良かったんです。よく私の家に遊びに来ていたんですが、私が彼の家族のことを聞くと人が変わったように怒鳴ったんです。私は彼が怖くなりました。それからは聞かないようにしていたんですがね。』
『身内が地雷みたいなもんすね。』コアはタイピングを打ちながら話した。
入院してから少しは変わったと思ったがチャラさはどうしても抜けないようだった。
『ありがとうございます。貴重な帰省の時間を取ってしまい申し訳ありません。後日また連絡させていただきます。』
私とコアは立ち上がり蓬に一礼した。
『有力な情報でもないな。』
『でも、身内に何かあるってのは否定できねぇな。』
私とコアは車に乗り込んだ。コアが車を走らせた。
『コア、次の聞き込みは明日ね。』コアは車のタイヤに夢中になってしまい中々話を聞いてくれなかった。ちょっと走りが悪くなっただけでその辺に車を停車させて確認をするなんて。面倒臭いな。
『おっけ!おっけ!明日?りょ。』再び、私はコアの車に乗り込み明日の確認をした。
私はコアがアジトに来るのを待った。治療室で。治療室には剣城、アルチュール、オーディン、ジョセフの手下達が寝ている。本来ならここでジョセフも寝ているはずなのに。なぜ逃げる意味があった?私たちに秘密を知られたから?殺されると思ってる?そんなことどーでもいいわ。とりあえず捕まえればいいだけの話。単純明快。
コンコン
「はーい。」私は扉に向かって返事をした。
「うぃっすー。」扉の先には純黒色のフードを被ったコアがいた。眠そうにしながら資料を渡してきた。昨日の夜遅くまで作ってくれたものだ。
「ありがとう。今日はロルバンも来るから。」
「おっけー。」
なぜロルバンも同行なのか。それは、今日の聞き込み相手がコアの弟である加藤春輝だからだ。彼はジョセフの手下の一人で生き残った二人のうちの一人である。兄の圧力と桁違いな体格の大人から尋問されると答えざるおえないだろう。
彼は別室で待機している。部屋に盗聴器、盗撮機がないかを厳重に警戒している。十分ごとに確認を行っている状態だ。
「ロルバンは?」集合時間の7時30分になってもロルバンは現れなかった。すでに二十分遅延している。
ガチャン!
「マッジですいません!」ロラバンは扉を開けた瞬間にローディング土下座をかました。
「どっしよっかな〜!」コアはニヤリとしながら腕を組んでいた。
「津多弁奢る!」コアはよし!と言ってその場を流した。津多弁当はコアの大大大大大大好物だ。この台詞を言ってしまえば九割型は許してくれる。
「行くよー。」私は二人を連れて部屋を出た。
長い廊下を歩くたびに重い銃弾が体を突き刺すような感覚に襲われる。まだあの朝の恐怖が残っている。眠れない夜だってある。生きながらえたとはいえ、ライフル銃を持った男五人に囲まれるってのは一生忘れない経験だ。
ガチャ
「‥‥。」私たちは無言のまま席に腰掛けた。
「あの、あ、」「喋るな。」
コアは人が変わったように軽く春輝を叱責した。
「それじゃあ、教えてもらおうか。勝地洋輔と多田総の過去について。偽ったら、どうなるか分かるよな?」
春輝は何度も何度も首を縦に振った。
「あ、あの人たちから教えてもらったことだと‥」
2005.5.6
私には、歳の離れた妻がいた。私はまだ若くて皺もなくて。妻は、小さい春と書いて小春という。彼女は大人びていてその中に少しばかりの幼さを持っていた。彼女の年齢は十八。私の年齢は三十二であった。十四も下の女性を嫁がせるというのは周囲からの反対が鳴り止まなかった。しかし私たちは駆け落ち同然で入籍したため誰の意見も耳に傾けていなかった。
ある日、私は小春に対する怒りを抑えられなくなり、体格の小さい小春を叱責するようになった。
彼女は料理をほとんどしなかった。家の家事もしている姿を見たことがない。基本、私が全て行っている状態だった。彼女はバイトをしているとはいえ、稼いで手に入れた収益は全て自分の娯楽に費やしてしまうし人だった。
バシン!
『やめて!』
『うるせぇ!』
彼女は常に私に怯えていた。彼女は何度も離縁の話を申し込んできたが、私は毎回流してしまっていた。
『ごめんなさい!家事もちゃんとやるから!お金稼ぐから!許して!』
『君は毎度その言葉を言っている。何度聞いたか分からん。』小春の顔にはいくつもの痣が出来ていた。私が傷つけた傷跡だ。己の行為だが、元々顔の整った彼女の顔を傷つけたことを強く後悔している。
そして、彼女はすぐに泣く。ギャンギャンと中々泣き止まない。
ピンポーン
『ちょっとすんません。隣のもんやけど、音デカすぎんねん。もうええ加減にして静かにしてくれへん?』
隣人?まずい、この状況を知られたら私の立場が危うい。
『た、助けてー!』私がグズグズとしている間に彼女が叫んだ。
私は咄嗟に財布を持ち台所の裏口から逃げた。
ガチャン!
『大丈夫ですか?』
おそらく、正玄関の扉が開けられた。背後で何者かが小春を心配する声が聞こえた。そんなもん関係ない。
走れ、走れ。なるべく遠くに。走って走って息が絶えるまで走り続ける思いだった。
あの後、小春がどうしたかは知らない。小春の人生と僕の人生は決して交わることのないと思っていた。
私は自身で柔道教室を経営していた。有難い事に何人もの人が私の元で教わりたいと言ってくれた。その中にのちに死体処理部隊のヘッドとなるコープスがいた。彼はki殺し屋の中で最も関係が長い。
私は運の悪いことに、過去に関わったことのあるコープスを殺し屋に勧誘してしまったのだ。気づかないでいた私が馬鹿だった。
彼は大阪の梅田出身であり殆どは標準語に戻ったが、少しだけ訛りが抜けない。
さぁ、これから私はどうしようか。
『先生、いつもうちの子がありがとうございます。』私は最後の親子を見届けた。小春から逃げて早くも十年が経過しようとしていた。勿論、携帯の機種を変え住所も変え彼女に私の存在を知られないようにした。
ある日、一人の男が私の教室で働きたいと申し出た。
彼の名前は加藤直之。顔立ちが整っており、顔の堀も深くていい体格をしていた。彼は柔道が上手かった。経験者らしい。親切心も忘れていなかった。
『うん。君、合格で。今日から入ろっか。』
私は彼に告げた。彼は不安そうな顔をしながらも嬉しさを隠せないでいた。可愛いやつめ。
私は彼の家庭環境や職場環境を聞いて採用を決めたといっても過言ではない。逆境を経験した奴こそ成功する。これが私の考えだ。常大切にしている。
僕は彼が成長するまで考えた。それは、彼が殺し屋になってもいいか。彼は人を殺すことができるのか。はたまた僕について来てくれるか。
直之が二十一になったタイミングで頃合いかと思い、彼を呼び出した。
『直之。話がある。』彼は緊張した表情で正座をした。私は、口も開くのが重かった。
『実は、俺、殺し屋のボスなんだよ。』
怖い。殴られるのか?逃げてもいい。これは逃げることが最善の考えだ。私の一言で彼がどんな行動を取ろうが異論はない。
『そして、お前に副リーダーをやって欲しい。この通りだ。頼む。』
私は、直之に対して初めて頭を地につけた。
彼の反応は、怖くて怖くて耳を塞ぎたくなった。
「ボス、春輝がセレナ達に俺らの過去を話してますよ。じきにここも突き止められるんじゃねぇっすか?」
「心配いらない。あっちには子供しかいない。ただ体が動くだけの脳がない集団だ。」
「すっかり人が変わりましたね。」
「小春が死んだからな。余裕があるんだ。」
「ふんっ。これからどうしますか?」
「ka殺し屋を爆破する。一人残らず殺せ。」
「‥了解。」