第15話 授業
学校の門から校舎まで石畳の道が伸び、その両端には春になると花咲く桜の木が道沿いに等間隔で植えられていた。
敷地は一キロ四方と広く、校舎は3階建ての白い外壁が目立つレンガ造りの建物だ。
おお~、同い年の少年少女がたくさんいるって、なんか新鮮だ。
貴族の子弟が通う学校だって聞いていたから、お金持ちっぽい服装やキラキラした装飾品を付けた生徒が多いのかなと思ったりしたが、みんな指定の制服通りだ。
当然か~。ヴィレッタだって、一切着飾っていないし。
なんか色んな人から見られている気がするけど、見ない顔だなあってやっぱり思われているのかな?
敷地の入り口で馬車を降り、エマさんは『夕刻にお出迎えします』と言い残して去った。
「ではテシウス先生に挨拶していきましょう。こっちでございます。今時分は自室の書斎で本でも読んでいるはずですから」
敷地を入ってすぐ右側の建物は男子寮で、左側にあるのが女子寮らしい。
遠方の貴族の子供で、王都に屋敷がない人たち用だとか。
そして真向かいが校舎。
その1階部分には、教師の職員室や研究室があるそうで、端のほうにテシウス先生の研究室兼書斎はあった。
コンコンとノックすると落ち着いた感じの男性の声で、どうぞと返答が返ってくる。
失礼しまーすと入室すると、銀髪に紫の瞳が印象的な柔和な男性が座っていた。
年の頃は30代後半かな?
私たちが中に入ったところで、男性は立ち上がり挨拶をした。
「レスティア公爵令嬢様。何か御用でしょうか? お連れの2人は、見ない顔の生徒ですね」
声も穏やかで優しそう。
ヴィレッタがスカートの袖を摘みながら軽く膝を曲げ、お辞儀する。
「こちらはわたくしの護衛をして頂いているローゼ・スノッサ様とリョウ・アルバース様です。テシウス先生、わたくしの事情はご存知でしょう。落ち着くまで何かとご迷惑をおかけするかもしれませんので、こうして御挨拶に伺った次第でございます」
ヴィレッタの挨拶に合わせて、私とリョウもお辞儀する。
うん? なんか、一瞬視線が合った気が……
「こちらの手紙を近衛隊長のラシル殿より預かりました。お渡しします」
「拝見します」
テシウス先生は、リョウから受け取った手紙を開封して中を確認する。
内容を見て何度か頷きながら読み終わると、手紙を折り畳んでシャツの内ポケットにしまった。
「私も出来うる限りの協力をさせて頂きます。何かありましたらまたお声がけください」
「はい、ありがとうございます」
退出して、ふうっとヴィレッタが息を吐いた。
「それでは教室に案内します。自己紹介等の挨拶は不要ですので、気楽に授業を受けて下さいませ」
なんだ残念。謎の男女が突然公爵令嬢の隣に現れて何者だって話題になって、質問攻めをくらうかな~って思っていたけど、そうはならないのか。
教室は多段式になっていて上の席ほど高くなっていた。
席は自由らしくヴィレッタは一番後ろの席に着席し、私とリョウも隣に座る。
誰も話しかけてこないか。
ガヤガヤしているが、まるで空気のようにヴィレッタの存在が流されているのに、ちょっと違和感を覚える。
てか、私とリョウも無視されてない?
普通、見知らぬ人が教室に突然来たら誰? ってなるよね。
チラッと視線を送るだけで、触れないようにしているのがわかるぞ。
公爵令嬢で、美人で真面目で頭も良いヴィレッタだから学校では頼られまくっていて、絶対人気者だと思ったのになあ。
ちょっと……いや、かなり意外かも。
「ローゼ、どうかしましたか?」
「あ、えっと、ヴィレッタは学校ではどう過ごしているのかなって」
「わたくしは真面目に過ごしてますよ?」
「いや、そういうんじゃなくって……」
そういやヴィレッタも鈍いところがあったんだった。
要は現政権に関わりがない王派のヴィレッタに、貴族の子弟は不用意に近づかないようにしているって感じかな?
派閥を作る性格でもないし、学業をする場所と割り切っているヴィレッタは、人間関係には特に興味がないみたい。
でも私なら、ヴィレッタと同じクラスになれたらどんな状況だって仲良くなるために話しかけると思うぞ?
全く、このクラスの連中は情けない。
だって美少女なんだぞヴィレッタは。それだけで側にいたいって思うでしょ?
と、そんなことを考えていたら教室が静かになった。
そして厳つい教員が入り、最前列の席に座る女子生徒から号令がかかり起立、礼をする。
うん? あの子は……赤い髪に長いポニーテール。
後ろ姿だが間違いない。
シャルロッテだ。シャルロッテ・ルインズベリーだ。
ヴィレッタと同じく、私の遊び相手だった公爵令嬢。
おお! 同じクラスだったとは!
今どんな感じなのかな?
ヴィレッタとは今でも仲がいいのかな?
王女ローゼマリーではなく、魔女ローゼとなった私ともまた仲良くしてくれるのかな?
でも今はヴィレッタの護衛をしているし、王女生存の噂も流れちゃっているからシャルロッテと話したらマズいかなあ。
おっといけない。今は護衛に集中しつつ、どんな授業をしているのか拝聴しないと!
この厳つい先生の授業は見た目によらず地理学だった。
淡々と始まり、淡々と生徒を指名して回答させるスタイルみたい。
お~いリョウ。気配を消すな。
あれ? もしかして居眠りしている?
おいおいぃ! この程度アランの傭兵ならわかるでしょ!
「それでは次の問題を……ヴィレッタ様」
「はい。飢饉は気候変動や干ばつ、病害、社会的要因などさまざまな要因により作物の実りが悪くなる現象です。解決策として、灌漑設備を整備することで効率的な水の利用が可能となり、農作物の生産性を向上させることができます。しかし、工事費用が高額なため、民に負担がかかってしまいます」
おお、さすがヴィレッタ、スラスラ言えて立派だよ!
「では隣の金髪ショートの娘、他に飢饉への対処策を答えなさい」
ふ~ん隣の金髪ショートの娘かあ……って! 私か。
「はい! えーと……飢饉は自然災害と諦めるという風潮がありますが対処は可能です。豊作の年に備蓄し、飢饉が起きた際に配給することが重要です。さらに、複数の作物を栽培し気候変動や病害のリスクを分散させたり、地域特性に応じた方法で畜産を推進することで、肉類などの安定供給も実現できます。他にも……」
私の回答が終わると教員は満足気に頷いた後、他の生徒に質問する。
生徒たちが、私を何者だと見る目が心地良いかも。
「ローゼ、護衛なんだ。あまり目立つな」
リョウに小声で注意される。
「このくらい大丈夫でしょ。ヘーキヘーキ」
「リョウ様も授業に出ている以上、指名される恐れがあります。わたくしに遠慮なく知識を披露して構いません」
そうヴィレッタに言われて、リョウは再び気配を消した。
って、おい。
まあリョウには後でみっちり勉強させるとして、今は授業に集中しよっと。
ん? シャルロッテが私を見る目が他の生徒と違うような……
それともう1人、男子生徒がこっちを睨んでいるのだが、こっちは感じが悪いなあ。
「ねえ、ヴィレッタ。あの金髪オールバックの人って誰?」
「シャイニング公爵家の御子息のウイルヘルム・シャイニングですね」
あ~、宰相の息子かよ。なるほどね~。
あれは政敵であるヴィレッタに向ける敵意ってとこかな? 器が小さそう。
ま、小物っぽいし絡まれなければ無視しよっと。
次の授業はテシウス先生の歴史。
ほほう、範囲は大陸歴100年頃の混沌期か。
凄っ! まるで小説を朗読されているような感覚。
この時代、あちこちで百近くの国家が乱立する英雄不在の時代って言われていて、文明も停滞していて本で読むとつまらないのに、なぜにこんな面白く語れるんだ?
テシウス先生恐るべし。
「以上の観点から、この時代の小国寡民こそが理想の国家体制と考える学者もいます。戦争も魔獣による被害も少なく、災害も起きなかったのが均衡のとれた時代を生み出したというわけですね」
「はいっ! テシウス先生はそのような時代をお望みですか!」
思わず質問をしてしまうと、生徒たちが一斉に私へと振り向いてきた。
「私の考えですか。そうですね。生きている時代の状況によって望む国家体制や社会形態は異なると考えています。商業が発展し、流通が豊かになった現代においては、小国寡民の理想は乏しい現実として捉えられるかもしれません。それでも小国寡民の理念に見られるコミュニティの結束や人々の相互扶助の価値は失われないと思います。現代では戦争や魔獣被害、自然災害のリスクは存在していますが、人間の工夫や努力によって一定の防御策を講じることが可能です。私たちが平和な社会を築くためには、戦争を避け、共に支え合うことが重要です。このような観点から、私はこの時代の平和を望みますし、今の時代に合った体制での実現に向けて、努めたいと考えています」
穏やかに語るテシウス先生。
なるほど~わかりやすい。
この人が知のテシウスって呼ばれるのも納得の回答だよ。
この時代を実際に見たわけではないが、そんな話が聞けたのは貴重な体験だ。
授業って面白い。
でもリョウは気配を消したまんまで、ウイルヘルムや一部の生徒は鼻で笑っている。
まったく、この面白さがわからないなんて人生損しているぞ。
「次は剣の授業ですね。着替えをしますのでこちらへ。リョウ様はこちらで、女子たちが出てから着替えてください」
ほう? 剣の授業? 着替える? どんな服に着替えるんだろ? 楽しみだ。
リョウも剣の授業と聞いてちょっとウキウキしているし。
「それからリョウ様。わかっておられると思いますが、わたくしの護衛です。剣の授業で本気になって、必要以上に目立たぬようお願いします」
その言葉に軽く落ち込むリョウ。ホントわかりやすいな。
「それじゃリョウ。また後でね」
「ああ、何か気になることがあれば後で教えてくれ」
女子が着替える場所で悲鳴が上がったら、リョウは何も考えずに即飛び込んできそうだな。
それだけはなんとしても避けねば。
そんなことを思いながら、私はヴィレッタと教室を出ていった。
シャルロッテは、他の女子生徒に囲まれながら先に向かっているようだった。
「ねえヴィレッタ……ルインズベリー家の公爵令嬢とは今日まだ一言も話していないようだけど、その……私に遠慮は要らないからね。友達とのお喋りは禁止していないから」
昔の、3人で笑いあった光景を思い出しながら囁く。
そこに私が入れないのは寂しいが、2人には仲がいいままでいてもらいたいから……
でもヴィレッタはきょとんとした。
「はあ……ご安心ください。わたくしに王立学校に友達はおりませんので」
「え⁉ で、でもシャ……ルインズベリー家の公爵令嬢とは?」
「ローゼ、何を知っているかは存じませんが、わたくしとシャルロッテ様は同じく王国における公爵家という関係でしかございません。それに……彼女は私を憎んでいるでしょうから……」
ヴィレッタの言葉に驚く。
憎むって⁉
「さあ、そんなことより早く着替えましょう。衣服は用意してあります」
スタスタと歩くヴィレッタに、それ以上詳しく聞くことが出来ず、私はただ後ろからついて行くことしかできなかった。
次回第16話「公爵令嬢シャルロッテ」




