第13話 王派閥
深夜の王宮は静寂で静まり返っていた。
時折通る見回り兵の靴音や鎧の擦れる音、壁の松明の明かりがユラユラと揺れている。
王宮のとある一室に3人の姿がある。
1人は近衛隊長のラシル・ブリュンヒルド。
金色の髪と威風堂々たる黒色の鎧姿。
美男美女ばかりと有名なベルガー王族の遺伝子を色濃く受け継ぐ美青年。
1人は宰相テスタ・シャイニングの懐刀と呼び声高いトール・カークス。
元パルケニア王国の貴族であり、とある叛乱の余波を受けベルガー王国に流れてきた冷徹怜悧な中年の男。
1人は現ベルガー王国国王サリウス・ベルガー。
面長だが端正で人目を惹き、眼力に力がある。
煌びやかな衣服ではなく、質素な服装に身を包み、静かに佇んでいた。
「まずはビオレールの件、御苦労だったな、トールよ」
書斎の椅子に座りながら呟く王に、トールは一礼する。
「ビオレール領主代行に、軍畑のレンゲル侯爵が着任されたこと、まずは一安心といったところですか」
王は静かに頷いた。
「宰相の様子はどうでしたか?」
ラシルがトールに問う。
「あの者は前ビオレール領主ハインツの遺した金を受け取って、大いに喜んでいました。そもそも、宰相派で最前線のビオレールに着任したいと思う貴族もおりません。ですので妥当な人事でございましょう」
「余はな、お主をビオレール領主代行のままにしようと考えておったのだが」
「……お戯れを。外国人の私では反感を買うでしょう」
「宰相も最初は乗り気だったが、誰かが具申したんだろうね。手のひら返して『トール・カークスは分不相応、まだまだ私の下で働いてもらいたく存じます』って発言してきましたよ。よっぽどトール殿の金策を重宝しているんですね」
ラシルが軽い口調で言うと、トールは目を瞑り軽く息を吐き出す。
「遠出をして感じたのは、昨年よりも民の暮らしと人心は悪化しており、特に盗賊の出没頻度が上がっておりました。領主は己が生き残る為に、宰相へ賄賂を用意する為だけに税を重くし、民百姓を虐げています」
トールの言わんとしていることを汲み取り、ラシルは苦笑する。
「とある地方では飢え死にした村人の死体に魔獣が集り、死肉を好む魔獣がさらに村を襲う。そんな話も聞こえてきました」
トールが皮肉げに語ると、ラシルは頭を掻いた。
王は悲しそうに顔を歪ませてトールを見つめると椅子から立ち上がり、窓際にて外を見つめる。
トールとラシルの2人は、そんな王の背中を静かに見つめた。
「10年もテスタに牛耳られ、さぞ兄上や義姉上は余を恨んでいるだろう。余は不甲斐ない王だ」
「まあ、いざとなったらビオレールに脱出する手筈が出来たのは幸いですね。レスティア公爵領も我らに付いたし、これで勢力図は三対七ってところですかな? ルインズベリー公爵家や、レスター公爵家がこちらに寝返れば一気に逆転しますよ」
ラシルは楽し気に語るが、そう簡単にはいかないことは百も承知している。
「ラシル殿下、楽観は禁物です。……陛下、レスティア公爵令嬢の暗殺未遂があったそうですが、その対処は如何致すのでしょうか。証拠はありませんが、テスタ宰相の犯行の可能性があるとか。ただ私の耳に、レスティア公爵令嬢を暗殺しようとする話は入っておりません」
「ああ、それなら冒険者の方々を彼女自身が雇いました。ふふふ」
「何か愉快そうですね。ラシル殿下」
「失礼。冒険者というのが、トール殿も知っている人物たちでしたので。ビオレールの騒動に関与した者たちですよ。まあ、何かあっても大丈夫だろうと思いますよ」
トールは空を見上げている王へと視線を送る。
王はラシルの言葉を聞いて、何かを考えているようだ。
「僕としては、ローゼを名乗る魔女が本物だろうが偽物だろうが起爆剤として使い、不要になれば始末する例の策を推奨します。……トール殿はどう思います?」
ラシルの言葉にトールは険しい顔になり、腕を組んだ。
そのまましばしの沈黙が流れ、王は窓辺からゆっくりと離れ、椅子に座り直し、顔を引き締めて口を開く。
「手出し無用。このまま放置とする」
そう宣言し、王は2人を見つめる。
ラシルは肩を竦め、トールは一礼した。
「トールは従来通り宰相の下にて動いてもらう。苦労をかけるが、頼む」
「畏まりました。……時に陛下、テシウス殿に伝言をお願いします。『100%になるまでのんびり策を講じているようだが、歴史は突然動くものだ。あまり悠長にされていると思わぬ事態に発展するかも知れぬ』と」
「うむ、わかった。ただテシウスを責めてくれるな。余が無血を望んだからこその、テシウスの策なのだから」
トールを宰相の下に置く策も、レスティア公爵令嬢を側室とする策も、テシウスが言い出したことであった。
テシウス・ハーヴェスト。
前宰相フリッツ・レスティアが、死の間際にサリウス王へ重く用いるように遺言した平民出身の人物である。
テシウスは先王死去のひと月前に母親が病で倒れ、休職して郷里に戻り、母親の死去後に旅に出てしまい、行方がわからなくなってしまった。
彼が旅に出たのはフリッツの死も影響していたのだろう。
フリッツの死を耳にした翌日に、旅へと出た。
王都ベルンに姿を見せたのは今から3年前。
知己のアデルを訪ねた際にフリッツの遺言を耳にし、大恩ある前宰相のためにと、サリウス王へ忠誠を誓ったのであった。
「承知しております。テシウス殿は私よりも数倍優れた人物。ただ私も50を越えた身。急ぐ気持ちを抱えております」
王は静かに頷き、トールはその場を去った。
「僕からヴィレッタ嬢の件と今の伝言の件、テシウス殿にお伝えしておきますね」
「いや、お主が接触するのもまずい。ヴィレッタの件は耳に入っておろう。ただ護衛の素性は訝しむだろうから伝えねばならぬ。ヴィレッタの明日の予定はどうなっている?」
「多分、学校かと。ああ、それなら明日の朝にでも報告も兼ねてレスティア邸に赴きヴィレッタ嬢に手紙を託しましょう」
「アランの傭兵がいるという。託すのはそ奴にしよう」
「承知しました。我が陛下」
恭しく一礼し、ラシルは王の部屋を後にした。
残された王は月を見つめ続けるのであった。
ラシルは廊下を歩きながら思案する。
(アランの傭兵といえば、ルインズベリー家の嫡男ポールのところにも1人いたな。名は……オルガ・フーガ)
ラシルはクスッと笑った。
(オルガは10年前に妹が死んで、ルインズベリー家を辞している。以降一度もベルンに寄っていないというのに、なぜ今さら現れたのか)
アランの傭兵を辞めた訳でもなく、公子のポールと一緒に死んだはずの王女を探しているとも耳にしていた。
(果たして、どうしたものか。騒ぎを大きくしてくれないよう願うのみだがねえ)
ラシルは嘆息した。
己の嫌な予感というのは、大概的中すると知っているから。
次回第14話「学校へ行こう」




