第10話 説得
フィーリアが、何かを荷物から取り出して投げつけた。
煙幕⁉ いや、違う。
直撃を浴びたリョウとヘクターはふらりとして倒れた。
「リョウ⁉」
駆け寄ると、どうやら寝ているだけ?
毒ではなさそうでホッとするけど……
「何投げたの? フィーリア」
「眠り薬っすよ。ただ、すぐに効果は切れるっすけどね」
「ベレニスまで寝てるんだけど」
パタリと倒れているが、気持ち良さそうに寝息を立てているベレニスが目に入る。
「まあ、ローゼさんが眠らないほうが異常なんすが。……それはともかく、ヘクターさんを縛るっす。後は自分に任せてくださいっす」
フィーリアはテキパキとヘクターを縛り、目覚めるのを待った。
リョウとヘクターが目覚めたのは数分後のことだった。
「ちっ。やっぱとんでもない女だなあ。フィーリアよ」
縛った縄も魔導具なんだろう。
ヘクターは抵抗の姿勢を見せたがすぐに諦め、真正面に陣取るフィーリアに悪態をつく。
リョウは、私の手の動きで状況を理解してくれたみたいだ。剣を鞘へ納める。
ベレニスはまだ夢の中だけど。
「で? どうするんだ? ここに縛って放置するか? それともとどめを刺すか? そいつが賢明だぜ? 何せ生かしておいたら今後もリョウ・アルバースを狙い続けるからなあ」
「ヘクターさん、話をするっす。自分としては、ハンセン商会に戻って商人をやっているヘクターさんと、大きくなったら再会するつもりでいたっすから」
「へっ! 辞めたよ。ビオレールに向かう商会に入ったのは、楽に国境を越えられるからよ。アランの傭兵、リョウ・アルバースを殺すためにな!」
「それはヘクターさんの都合で、自分はぶっちゃけどうでもいい話っすね」
「ほう? なら縄を解いて、殺し合いの続きをさせてくれるのか?」
「そんなわけないっす。……自分は、ヘクターさんが商人として真面目に働いていたのを知っていたっすから」
フィーリアの声色はどこまでも優しくて、私は戦いに高ぶっていた心が落ち着くのを感じていた。
ヘクターもそうだったのだろう。
少しずつ力が抜けていた。
「縄を解くっす。ヘクターさん、リョウ様、戦っちゃ駄目っすよ」
フィーリアはヘクターの縄を解くと、リョウに向き直る。
そして……深く頭を下げた。
「ここは自分に免じて許してくださいっす。リョウ様への詫びと、ヘクターさんへの落とし前もつけるっす」
「俺は構わん。別に襲撃されたからと衛兵に突き出すつもりもない」
「リョウ様は、そういうところも駄目っすよ。こういうのはケリをつけとかなきゃ駄目っす」
何故か説教されたと思ってそうだ。
ポリポリと頬を掻くリョウは居心地悪そうにしている。
フィーリアは、ヘクターに向き直った。
「それで? 俺をどうするんだ?」
「ヘクターさんには今後、剣を持ってはいけない誓約を交わすっす」
フィーリアの手には、いつの間にか魔導具の指輪があった。
あれは盟約の指輪か。
貴重な品ではあるが流通量はそこそこある。
たまに婚約指輪代わりに使用され、浮気しない盟約を無断でさせられるのに利用されている。
そういったのは、大体おっかない事件に発展しているけど。
昔、とある魔女が金儲けで世界にバラ撒いたという、魔女の評判を落とした品でもある。
実力ある魔女なら解除ができるが、それは私クラスなので、そう滅多にはいない。
ヘクターは盟約の指輪を見ると、諦めたかのように笑う。
「お前さんは色々変なの持ってるなあ。剣を持てない俺か……終わったな」
フィーリアがヘクターに指輪を嵌め、盟約の呪いをかける。
「終わりじゃないっすよ。商人としてのスキルを活かしていくっす。ヘクターさんにはそれができるっすよ」
フィーリアの微笑みはどこまでも優しく、ヘクターさんは降参のポーズを取った。
凄い、対話で解決しちゃったよ。
これがフィーリアという、小さなドワーフの女の子の手腕。
見習う点があると素直に思わざるを得ない。
「すまない。サリアという人物は記憶してない。だが戦いで大勢を殺したのは事実だ」
「……チッ。拍子抜けするぜ。謝るなよ。テメエがそうだろうってのは予想してた。俺たちの選択ミスが招いた結果だってのもな。……だが行動せざるを得なかった。感情の赴くまま、復讐する。それだけが唯一の俺の生き甲斐だった」
立ち上がり背を向けるヘクターさんは、そのまま歩きだした。
「あばよ。もう二度と会うこともねえだろ」
「何言ってるんすか。次にダーランド行ったら、真っ先に美人に成長した自分を見せるっすよ~」
「へっ。楽しみにしとくぜ」
ヘクターさんはもう、振り返らなかった。
私は軽く息を吐くとベレニスを揺さぶって起こす。
「ん? あの傭兵を狙ってた奴は?」
「フィーリアに説得されて帰っていったよ」
「ふうん? ん? はっ⁉ そんなことよりフィーリア‼ いきなり私も巻き込む変なの投げるってどういうつもりよ! これだからドワーフは!」
……起きたばかりで騒がしいベレニス。
まあ、前からそうなので慣れたものだけど。
「変なもんじゃないっす~。エルフのクセに、魔力耐性ゼロなベレニスさんが変なもんっす~」
「なあんですって、フィーリア!」
フィーリアも煽り返しているし。あ~もう!
「2人とも、怒るよ?」
口喧嘩がピタリと止んで、無音のあっかんべー合戦をしつつ歩いているけど、もう知らん。
でもフィーリアのお陰で、あのヘクターさんという人を殺さずに済んだのも事実だ。
……もしもリョウが殺されていたら、私はとても冷静でいられただろうか?
両親に続いてリョウまで喪ってしまったら……
私は自分の中にある黒い感情が、ヘクターさんと同じ復讐心だと自覚している。
なので、その答えに辿り着いてしまったらきっと耐えられないだろう。
だからフィーリアには感謝しかない。
たださっきのヘクターとの件で、1つだけ気になる内容があった。
「ねえ? リョウが言っていたサラって人は誰?」
ん? 何故リョウは、顔を背けるのだ?
「サラ・ルーカス。アランの傭兵っすね。自分もダーランド王国にいた頃に、一度護衛してもらっているっす。ローゼさんよりおっぱい大きい美少女さんだったす」
へえ? そうなんだ~。
あれ? なんでリョウもベレニスも、私を見て青ざめているのかなあ?
「な、なんでもないぞ! 単に同年齢の同期ってだけだ」
ならなんで慌てているのかな?
「ちょっとフィーリア。あんた性格悪いわね。傭兵を煽るのはいいけど、ローゼはやめといたほうが身のためよ」
「いやいやベレニスさん。ローゼさんも危機感持ったほうがいいっすよ」
ん~? おいこら2人とも、ヒソヒソ声はもう少し小さな声にしたほうが良いと思うよ~。
というか、何に危機感を持つのだ?
「サラさんに聞いたっすけど、リョウ様はサラさんと寝食を共にした仲間らしいっす。しかも3年間も」
「ほほう?」
「単に見習いが同じ幕営に集められただけだ! サラの兄のカルマンだっていた! そっちのほうが一緒にいた時間は長い!」
いや、まあそんなことだろうと思ってたし。
私は別になんとも思ってないけど、リョウの反応が面白いからまだ黙っていよう。
「うわぁ~。傭兵って前から怪しいと思ってたけど、そのカルマンてのとデキてたの? うわぁ~」
「なんと! リョウ様は女性ではなく男性が⁉ そ、それはコメントしづらいっす。ヤバいっす。ヤバいっす! ちょっとローゼさん、まだ黙ってるっすか⁉」
……フィーリアがドン引きして私の肩を掴んで揺さぶっているよ。
ベレニスは顔が真っ赤になっている。
青くなったり赤くなったり忙しい子たちだね~。
それにしても面白いなあ。コレ。
リョウの言い訳っぽい羅列に、私は少しだけ溜飲が下がる思いで先に進むのであった。
***
死体となった盗賊たちを、ムシャムシャと魔獣どもが食べていた。
その横を通り過ぎるヘクターを、魔獣は警戒したが邪魔されないとわかるや興味を失い、まだ新鮮な死体を頬張ることに集中した。
(やれやれ、この世は地獄だねえ)
ヘクターがそんなことを思いつつ歩いていると、目の前に黒のローブに身を包んだ女が現れる。
「尾行だけで良いのに何故手を出した?」
詰問口調だが、別に責める感じではない。
「別に。バレたからだよ」
「……盟約の指輪か。どれ、解除してやろう」
「いらんいらん」
「貴様……裏切る気か?」
「はっ! 別に商人だって役立てることが出来るぜ? それによ、俺よりあんたのほうが色々とヤバイぜ」
その言葉を聞いた女はフードで顔は見えなかったものの、笑ったように感じた。
それから黒のローブ姿の女はヘクターに背を向け、死体の転がる場所へと向かう。
魔獣たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
そして女は死体を一つ浮かばせ、漆黒の炎を浴びせる。
黒炎が消えた後、女の姿はなかった。
残されたのは燃えカスと化した灰と、大量の血溜まりだけだった。
ヘクターはそれを一瞥してから再び歩き出すと、闇に溶けるように姿を消した。
「フィーリアも、とんでもねえ連中を雇ったもんだ。ま、それが運命ってヤツか。せいぜい足掻けばいいさ」
そんなヘクターの呟きを、闇が吸い込んだ。
次回第11話「ドワーフの里」




