第4話 ローゼ、怒る
南部諸国群を目指す私たちが、ファインダ王国オレンの街を出立した直後だった。
「ローゼ様、ヴィレッタ様。よかった。南部に入国前に追いつくことができて。陛下から言伝がございます」
リョウが御者する馬車で揺られていると、ベルガー王国軍の黒鎧を着た青年が馬上から声をかけてきたのだ。
知ってる顔だ。近衛騎士団隊長ラシルの副官で、半年以上前に起きたベルンでの騒動でも姿を見ている。
「どうかしましたか? 叔父さ……サリウス王に何かあったとか?」
馬車から降りて訊ねる私に、彼も馬から降りて「あっ、いえ、そういうわけではありません」と慌てる。
「陛下から至急ローゼ様に伝えよと言われ、参上した次第でございます」
な~んか視線が泳いでるなあ。この人の性格は知らないけど、あのラシルが常に側に置いているし、有能で信頼できる人物なのは間違いないが、どうも嫌な予感がする。
ちなみに、ラシルというのは私の父方の従兄である。
ヴィレッタも不安そうに、濃青色の長い髪を風に靡かせて私の横に立つ。
「『すまん。シャルロッテの件だが、テシウスから断るようにと返答があった』」
「は?」
「『許せ』以上でございます! それでは私はリオーネに戻ります! 皆様の旅に女神フェロニアの加護があらんことを!」
そう言うと、彼は馬上の人となって猛スピードで去っていった。
おにょれ、こっちの伝言を聞かないなんて伝令失格すぎるぞ。
「まったく嘘をついていなかったわね。ていうか、ビビりまくってたわよ。きっとローゼに殺されるかもって思ってたわね」
うんうんと腕組みしながら、馬車の中から顔を出したのはベレニスだ。
銀髪ロングに緑眼、一目でエルフとわかる長く尖った耳。ぺったんこな胸以外は完璧超絶美少女なんだが、口を開けば神秘的な雰囲気を台無しにする、私のパーティーメンバーにして親友の1人だ。
エルフの女王の肩書だけど、本人も私たちも気にしてない。
「わたくしは元々、無茶なお願いだと思っていました。ですが陛下も、一度約束したことを反故にするのはどうかと思います。……ただ、宴会で酔ったところを無理やりローゼが首を縦に振らせていたので、こうなるのも仕方がないとも思っています。陛下の側にいたラシル殿下とアデル将軍、トール秘書官の絶句顔が、今も脳裏に焼きついてます」
ヴィレッタが歎息混じりで呟く。
スレンダーな肢体で髪色と同じ旅装服を着こなしているのだが、姿勢が常に正しいので旅で出会う人は必ず彼女を高貴な出と確信してしまう。
まあ、ベルガー王国4大公爵家、レスティア家の令嬢だったので合ってるから問題ないんだけど、元王女の私が一度も確信されないのがちょっぴり悲しい。
ベルガー王国政変後に公爵の身分を捨て、自由騎士として幼馴染だった私の旅に同行してくれている。
本人はその称号を気に入ってないけど。
「ヴィレッタさん! 私の父はあの時笑ってました! サリウス王の視線に首を横にしてましたが! 姉様! フタエゴとバラオビでしたら、さっきの人に追いつけると思います! 追いましょう! 追って、姉様の八つ当た……思ってることをぶつけましょう!」
まったく緩急つけずに、大声で捲し立ててくるのはレオノール。
私の金色の髪を灰色にした以外、見た目そっくりなのだが、性格が騒々しいのが玉に瑕。
私の母方の従妹で、ファインダ王国王位継承権第一位の王女なんだから、少しは私を見習って落ち着けっての。
こっちはイライラ解消で、どの方角に魔法をブッパするか思案中なんだから。
ちなみに、フタエゴとバラオビというのは私たちが乗る馬車を引く、頼れる馬たちの名前である。私に全然懐かないのが腹立つが。
今もあくびして私を見てくるし!
「フタエゴとバラオビ、嫌だって~。どうする~? 私の背中に乗って飛ぶ~?」
間延びした口調で提案してきたのは、ファインダ王国宰相ダリム・クリムトの娘のクリス。
赤髪ロングのボサボサヘアで長身スレンダーなのが特徴だが、正体は現世で2人? しか存在しない、伝説の生物赤竜なのである。
当然、親であるダリム宰相が残る1人なんだが、どっちも性格がマイペースすぎるんだよなあ。クリスは可愛いし素直だから許すが、ダリムのクソジジイは策謀家でもあるからイラッとすることが多いんだよね。
「駄目っすよ、クリスさん。ダリム宰相からも言われてるっすよ。赤竜姿は目立つっすし、敵に居場所を教えるリスクが高いんすから。それに近隣の人々が腰抜かしてパニックになるっす」
すかさずクリスの案を封じたのは、緑髪を短いツインテールにしている小柄な少女フィーリアだ。
冷静沈着、頭脳明晰、魔導具開発のプロフェッショナルにして商売の達人。
しかも大陸各地のあらゆる知識に長けている、自称11歳で「もうすぐ12歳っす」なんて言ってるが、絶対私の倍以上生きているだろって、いつも心の中で私がツッコんでいるドワーフ族の本職商人の美少女である。
「出立するぞ。砂漠地帯で安全なポイントまで急ぎたい」
御者台から告げるのは、私たちパーティーメンバーで唯一の男性のリョウ・アルバース。
黒髪黒瞳の生粋の東国人って外見で、大陸屈指の傭兵集団、アラン傭兵団に所属している剣士だ。
剣の腕は一流で、私たちを幾度も窮地から救ってくれる存在なんだけど、戦い以外は寡黙なこともあって目立たないんだよね。
ベレニスが広めたハーレムクソ野郎という、真実と違う彼の渾名が大陸全土に拡散されてるのは気の毒だけど、真っ向から否定しないのはリョウが悪い(断言)。
「待って、リョウ。1日、私に時間をくれない?」
私はそう言いつつ、白銀の杖に魔力を集積させていく。
転移魔法の発動だ。術者が訪れたことのある場所に瞬時に移動できる究極の技だが、如何せん魔力消耗が激しいため使い勝手は悪い。
並の魔女なら歩いたほうが早い、って言われているぐらいだ
「ちょっとローゼ! 1人で行くつもり⁉ 私も連れていきなさいよ!」
ベレニスが私の袖を掴む。
「わたくしもお供します」
ヴィレッタも私に掴まる。
「どこへ行くんですか⁉ わかりました! うおおおおおお! ベルガー王国の王都ベルンでテシウスって人の所ですね! 知のテシウス、ヴィレッタさんの先生! 一度会って見たかったんです! 授業は嫌ですが!」
レオノール、余計なこと言ってないで、はよ掴まれ。
「みんなが行くなら、私も行く~」
「はあ~。しゃあないっすね。自分も行くっすよ」
クリスとフィーリアも私に掴まり、私たちは残る1人へと視線を向ける。
「フタエゴとバラオビ、馬車を放置しておくわけにはいかん。俺はここで待っていよう」
律儀に言うリョウだったが、私は身体から光を放ちながら確信して告げる。
「今なら馬車ごと行けそうな気がする。……リョウ、そのまま御者台から手を伸ばして」
「去年の今頃はビオレールで逃げる時に、私と傭兵と一緒に転移したら、数十メートル先の路地裏だったローゼのくせに成長したわねえ」
「ベレニス、くせって言うな!」
「姉様の胸も成長しています! 私もですが。師匠! 今なら姉様の胸に手を伸ばしてもオッケーですよ!」
「オッケーじゃないわ! 余計なことを言うなレオノール!」
「プハッ! リョウ様、手を引っ込めた仕草がウケるっす。ちょっと触ろうとしたっすかあ?」
「フィーリア、肩だったでしょ!」
「なんか……あったかい光で眠くなってきちゃったよ……」
「寝るなクリス! 頼むから目を開いて!」
「リョウ様! リョウ様が優柔不断ですのでこうなってるのです。お早くお願いします」
「うんうん、さすがヴィレッタだよ。……ってリョウのせいじゃなくね?」
ようやくリョウの手が私の肩に乗る。
ちょっと涙目になってるのは見なかったことにしよう。
「『転移!』」
こうして私たちは王都ベルンの王宮へと着地し、そこで衛兵さんたちに、テシウスさんがオルタナさんを引き連れてヘクターさんのお店に向かったと聞いて、即座に再び転移魔法を使用したのだ。
馬車とフタエゴとバラオビは王宮に預かってもらったけど。
「叔父さんにお願いしたシャルロッテの件、テシウスさんが却下したと聞きました! いったいどういうおつもりか、はっきりと説明していただきます!」
そう私がテシウスさんに詰め寄る後方で……。
「「「ディアナ(さん)が妊娠してるううううううう!」」」
ベレニスはともかく、普段落ち着いているヴィレッタとフィーリアのも混じった絶叫に、私は振り向いてしまう。
「本当だああああああああああああ! お腹が膨らんでるううううう!」
私も、思わず叫んじゃうのでした。




