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第6話 vs大ウグイ戦

 リオーネ川は王都の傍らを悠々と流れ、遥か南の海へと注ぐ広大な河川だ。

 物流の大動脈であり、普段ならば多くの船が行き交い活気に満ちているはずだが、今はその様子がない。

 船着き場には数人の漁師が残っているだけで、彼らの顔には疲労と諦めの色が濃く浮かび、川面には不穏な静寂が漂っていた。


「おや、あんたさん、アランの傭兵さんじゃねえか。ギルドに討伐依頼でも出たのかい? それとも、もう噂を聞きつけて?」

 

 大ウグイの情報を求めて声をかけると、年配の漁師が訝しげな顔でリョウを見た。


「いえ、ギルドからではありませぬが……大ウグイについて、詳しくお聞きしたい」


「奴が現れたのは昨夜よ。この目で見たんだから間違いねえ。俺だけじゃねえ、何人もの漁師仲間が目撃してる」


 別の漁師が口を挟む。


「危険な生物……やはり魔獣なのでしょうか?」

 

 リョウの問いに、漁師たちは重々しく頷いた。


「魔獣っちゃあ魔獣だが……まあ、デカすぎるウグイよ。だから大ウグイさ」

「ただの魚と思うと痛い目を見る。あれは化け物だ」

「すでに犠牲者も2人出てる。このままじゃあ、数日でこの辺りは壊滅だ」

「なんでも、昔現れた時は数百人が犠牲になったって話だぜ」


 漁師たちの言葉に、リョウはゴクリと唾を飲み込み、改めて気を引き締めた。


「それほど危険ならば、なぜ避難しないのかね?」

 

 クレアが不思議そうに尋ねると、漁師たちは腕を組み、ギラついた目で答えた。


「「そりゃあ、倒せば大金になるからよ!」」


 莫大な富をもたらすという伝説。

 その一方で、強力な毒と圧倒的な力を持つ危険な魔獣。

 漁師たちは、金銭欲から危険を承知でこの場に留まっているのだ。

 ギルドに正式な依頼を出さなかったのも、分け前を独占したいためだろう。


「なるほどねえ」


 クレアは小さく息を吐いた。


「リョウ君、この大ウグイは数十年周期で現れると言われているのよ。

 その生態は謎に包まれていて、人間を襲う理由も定かではない。

 一説には、かつてこの川を汚した人間への罰として現れる、とも言われているさね」


 クレアの説明を聞きながら、リョウは漁師たちの打算的な視線を感じていた。


(俺が戦って、奴を消耗させるのを待つつもりか)


 目撃情報のあった川岸へと向かうと、突如、前方の水面が大きく盛り上がった。


 ザバーーーーン!


 水飛沫と共に姿を現したのは、まさしく巨大な魚だった。

 焦げ茶色を帯びた銀色の巨体、体側にはっきりとした一本の黒い横帯が走っている。

 それは紛れもなくウグイの特徴を備えていたが、サイズは尋常ではなかった。


「……冗談だろう……50メートルは優にあるぞ……」

 

 リョウは思わず呟いた。普通のウグイは大きくても50センチ程度だ。

 目の前の存在は、もはや魚というより、移動する小山だった。


 大ウグイが起こした波しぶきが、リョウとクレアに降りかかる。

 水は妙に生暖かく痺れるような感覚があった。


(毒か……!)


「リョウ君、下がって」

 

 クレアの声が飛ぶが、すでに遅い。

 大ウグイは敵意を剥き出しにし、巨体をくねらせてリョウに襲いかかってきた。


 リョウは即座に漆黒の剣を抜き放ち、迫り来る巨体に向かって斬りかかる。

 しかし、剣は大ウグイの硬い鱗に阻まれ、甲高い音を立てて弾かれた。

 手応えが全くない。まるで分厚い鋼鉄を叩いているかのようだ。


「グルオオオオオッ!」


 獰猛な咆哮と共に、大ウグイは巨大な尾で薙ぎ払ってきた。

 リョウは咄嗟に後方へ跳躍して回避するが、先ほどまで立っていた地面が衝撃で陥没する。


(水中では不利だ。陸に引きずり出すか……?)


 そう考えた瞬間、大ウグイは口から濁流のような水と、粘液のようなものを吐き出してきた。

 リョウは剣で受け流すが、粘液が付着した部分の鎧が僅かに変色し、嫌な臭いを発する。

 これも毒の一種らしい。


「厄介な……!」


 リョウは距離を取りつつ、隙を窺う。

 大ウグイは巨体に見合わぬ俊敏さで水中を移動し、絶え間なく水圧攻撃や毒液を仕掛けてくる。


(剣士1人では厳しい戦いだねえ。だが……この少年、聞いた通りだねえ。剣捌き、状況判断力……瞳の奥の光。これは……)

 

 クレアは冷静に戦況を見つめながら、リョウの中に眠る潜在能力と、奥にある強い意志を感じ取っていた。


 リョウは何度か剣戟を試みるが、決定打を与えられない。

 逆に毒の影響か、僅かに身体の痺れを感じ始めていた。

 焦りが募る。


「リョウ君、ここは一旦引くべきだねえ」


 クレアが冷静に声をかける。


「魔導具店の店主も、他の者たちも、君がこれを仕留められるとは本気で思っていないはずさね。

 君は『若き英雄』なのだろう? ならば、力押しだけが能ではない。

 今は退き、漁師たちを説得して協力を仰ぐか、または騎士団に救援を要請するのが、より多くの人を救う道だと思うが、どうだろうかね?」


 クレアの合理的な提案にリョウは一度動きを止め、荒い息をついた。

 たしかに彼女の言う通りかもしれない。


 だが……


「……いいえ」


 リョウはフッと、自嘲気味な笑みを浮かべた。


「俺は難しいことはわかりません。ただ……仲間との約束は必ず果たしたい。それだけです」


 リョウは大ウグイと真正面から睨み合った。

 漆黒の剣を両手で握りしめ、深く呼吸をして身体中の力を剣先に集中させる。


(そうだ……俺は、あいつらのために……!)


 ローゼ、ベレニス、フィーリア、ヴィレッタ、クリス、レオノール……仲間たちの顔が脳裏をよぎる。

 彼女たちの笑顔が見たい。その一心で、リョウは跳躍した。


「グルアアアアアッ!」


 大ウグイもまた、リョウを飲み込まんと巨大な顎を開けて水面から飛び上がる。

 陽光がリョウの身体と剣を照らし、眩い閃光が散った。

 その一瞬、時間が止まったかのように世界から音が消えた。


 リョウは開かれた大ウグイの巨大な口の中へと、自ら飛び込んでいった。


「そこだッ!」


 内側ならば、硬い鱗に阻まれることはない。

 リョウは渾身の力を込めて剣を振るい、大ウグイの内部を滅多切りに斬り裂いた。


 断末魔の咆哮と共に、大ウグイの巨体が制御を失い、川の水を岸辺へと押し出すほどの勢いで崩れ落ちる。

 凄まじい濁流が巻き起こり、川面には夥しい数の巨大な鱗が浮かんだ。


 やがて静寂が戻り、動かなくなった大ウグイの巨体の上で、リョウはゆっくりと剣を鞘に収めた。

 全身ずぶ濡れで疲労困憊だが、瞳には達成感が宿っていた。

 夕陽に照らされるその姿は、まさしく英雄の名に相応しい威容を放つ。


(……やってのけたか。驚いたねえ。力だけでなく、咄嗟の判断力と覚悟……やはり、ヒイラギの若い頃によく似ている。いや、それ以上かもしれんねえ)

 

 クレアはリョウの成し遂げたことに素直に感嘆した。


 が、次の瞬間。

 

「うわっ!」

 

 リョウは大ウグイのぬめった鱗に足を滑らせ、バランスを崩し、無様に川へと転落した。


「……ふふっ」


 クレアは思わず笑みを漏らした。英雄も形無しだ。


「なっ……! 馬鹿な! あの大ウグイを、本当に1人で……⁉」

「おい、見ろよ! 本当に倒しちまったぞ!」

「俺たちが手も足も出なかったってのに……!」


 遠巻きに見ていた漁師たちが、信じられないといった表情で騒ぎ立てている。

 金儲けの算段が狂ったことへの落胆と、目の前の現実への驚愕が入り混じっていた。


 リョウは疲労困憊の身体を引きずるようにして、ゆっくりと岸辺に這い上がった。


「えっと……見ての通り、俺1人ではこの巨体をリオーネまで運ぶのは不可能です。

 皆様、どうかお力をお貸しいただけないでしょうか?

 報酬については……もちろん、協力してくださった方々で、平等に分けたいと考えています」


 リョウの予想外の提案に、漁師たちは一瞬呆気にとられたが、すぐに状況を理解して歓声が沸き上がる。

 分け前が手に入るなら話は別だ。

 次々と男たちが集まり、大ウグイの解体と運搬作業が始められた。

 その数はあっという間に100人を超えていた。


「平等に、ねえ……それでは君の取り分など、雀の涙にもならないのではないかね?」

 

 クレアが呆れたように言うと、リョウは笑みを零した。


「いえ、クレア殿。俺の目的は、あくまで仲間への見舞いの果物を手に入れることですから。

 これで、サンストーン・グレイプは手に入ります」


 その真っ直ぐな答えに、クレアは感心しつつも、苦笑を禁じ得ないでいる。

 この少年は、どこまでも不器用で、どこまでも仲間思いらしい。

 

次回第7話 ディンレル王国滅亡 妹王女アニス

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