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苦手な方はご注意ください。

天燈飛ばし〜See You Again〜

作者: 紅嶌翔

【友からの手紙】


―2012年3月頃―

異国の地で行われた大きなロードレースの終盤に、ゴールゲートから少し離れた場所で選手たちが次々と落車する事故が起きていた。

その落車事故に巻き込まれた翔≪アキラ≫は、弱々しく呼吸しながら地面に倒れていた。

「ハァ~・・・ハァ~・・・」

翔は激しく転倒したせいなのか、意識が朦朧としており、周りの人たちの声がゆっくりと遠くへと聞こえた。

翔は虚ろな目で雲が流れる空を見つめていた。


なぁ、ハル・・・オレさぁ、たまに思うんだぁ。

何気なく皆とあの場所に集まって、たわいない話で無邪気に笑い合っていた・・・“時間に戻りたい”って。

だけど・・・どこか冷めた大人のオレは、“振り返っても意味がない”って現実的を思い始めるんだ。

ハル、お前ならどうする?


段々と意識が遠のいて行き、翔はゆっくりと目を閉じた。


―10年後の2022年2月中旬―

日本の中央都市、東京。

東京では日本人だけではなく、いろんな国からやって来た外国人が生きるために仕事などして生活していた。

翔が肩にスポーツバックをかけて、都市部にあるマンションの一室に帰って来た。

「・・・ただいま」

部屋のリビングから長い髪でメガネをかけた女性が、少し駆け足で翔が居る玄関まで出迎えた。

「翔くん、おかえり」

「うん、ただいま・・・優衣ゆい

優衣は翔と一緒に暮らす、恋人である。

靴を脱いだ翔は、その足でリビングに向かう。

「スポーツトレーナーの直人さん、何か言っていた?」

疲れ様子の翔は、ソファーに腰掛けた。

「いつもと・・・同じだよ。“いつでも、現役復帰が出来る”って。あと・・・たまたま来ていた社長からは、“たまには、心と体を休ませるために、どっか旅行にでも行けばいいじゃないか?”って」と、翔は覇気がなく言う。

「・・・そう」

優衣は台所で珈琲メーカーで淹れた、コーヒーをマグカップに注いだ。

「そう言えば・・・最近、体調不良だったけど。もう大丈夫なのか?」

優衣は困った顔して、「うん・・・この前まで、年末年始の仕事続きだったからねぇ。それで体調を崩したみたいで」と、翔の前にあるテーブルの上にマグカップを置いた。

「そうかぁ・・・」

翔は家の窓から空を見つめる。


3年前、優衣は転職した会社の部署で翔と出会った。

翔は口数が少ないながらも、優衣の仕事を手伝ってくれていた。

いつしか2人で仕事など一緒にいる時間が多くなり、自然と付き合う事になった。

ある日、優衣は翔が歩く際、時より右足を引きずる癖がある事を気づく。

優衣は会社の同僚に翔は右足を引きずる理由を聞いた。

会社の同僚から話では、優衣が入社するもっと前に・・・・翔は高校卒業してから今の会社に務めながら、会社が運営しているプロのロードバイクチームにエース選手として所属をしていた。

だが、とある海外レースに日本代表として参加していた時、ゴール直前に大勢の選手たちを巻き込む落車の事故で起きた。

翔はそれに巻き込まれて、右足など大けがを負ってしまった。

翔は復帰のために足の手術してから1年間もリハビリを行った。

翔の足は完全に回復し、医者やチームトレーナーなど周囲から“もう復帰しても大丈夫だ”と、言われたが・・・翔自身はケガをしてからは覇気がなくなり、自らロードバイクに乗ろうと思わなくなってしまったそうだ。

翔は自分がチームの戦力では無くなった事が申し訳ないと思い、チームのオーナーである、会社の社長にチームを抜け、会社を退職したいとお申し出た。

だが、社長は翔の才能に良き理解者で、翔がいつか復帰する事を信じ、無期限のリハビリ期間と言う形で、チームに在留させてくれているそうだ。


「そう言えばさぁ。翔くん宛に手紙が来ていたよ」

優衣は食卓のテーブルに置いてあった翔宛の手紙を、ソファーに座っている翔の所まで運んで手渡した。

翔は何気なく手紙の送り主を確認すると、「・・・えっ!」と声を出し、驚きと動揺している顔をした。

「翔くん・・・誰かの手紙?」

翔はまだ動揺を抑えきれていない表情で、「高校時代の友達から・・・」と、優衣に話した。

優衣は動揺した翔の様子がおかしいと思い、「手紙・・・読まないの?」と、 翔に問いかけた。

「・・・あぁ、そうだなぁ」

優衣の一言で冷静になった翔は手紙の封を切り、中身は便箋とどこかの鍵が同封されていた。

翔はその鍵が何の鍵なのかが分かっていた。

優衣は手紙を読むのを邪魔しないようにキッチンの方へと移動し、ソファーに座る翔の姿を見守った。

翔は手紙を小説の文字を一文字一文字をしっかりと、確かめる様にゆっくりと読んでいた。

翔は手紙を読み終える、「・・・ハル」と、ため息をつく様な独り言をつぶやいた。

優衣は気になり、「お友達から手紙には、何って書いていたの?」と、手紙を読み終えた翔に話しかけた。

「“今年の3月20日、高校時代に皆で集まった場所で会いたい。待っているから„って・・・」と、深刻な表情で言いながら手紙をテーブルに置いた。

「そうなんだ」

翔の深刻な表情で、優衣は何かを感じとった。

「翔くん、久しぶりに1人で地元に帰ってみたら?あたし、こっち(東京)にいるからさぁ」

思い詰めた顔する翔は、優衣の言葉が聞こえていない様子であった。

少し時間が経ってから翔は一呼吸し、「・・・なぁ、優衣」と、どこかぎこちない感じで言う。

「うん?」

優衣は翔の方に顔を向けた。

「一緒に・・・来てくれないかぁ?」と、優衣に何か不安そうな表情で翔は言う。

「えっ?」

「何って言うかぁ・・・」

不安そうな素振りを見せる翔は、優衣にとっては初めてだった。

優衣と出会った頃から翔はどこかクールなところがあり、弱音なんて言う人間では無かった。

優衣はそんな翔を情けないとか、同情する様な感情を湧くことがなく。

逆に弱い所を見た翔に安心し、嬉しそうな笑顔でうなずく優衣。

「うん、いいよ」

3月16日、2人は翔の地元である青森県弘前市に向かった。

青森県へと向かう新幹線の車中では、翔は普段と違う雰囲気で、なにか思いつめた顔で車窓から景色を見つめていた。


―2002年6月、翔が高校1年生の頃―

15歳の頃の翔は、古き良き建物と新しい建物の町中を、古びえれたロードバイクを漕ぎながら、春から通っている中央高校に向かう。

「やべぇ・・・!今日も遅刻した!!」

昼休み、翔は買ったパンを高校の屋上で食べていた。

「・・・あぁ。高校って、つまらないなぁ」


あの頃のオレは、思春期だった事もあったけど。

≪生きる≫って意味を知りたいと思っていた。

今になっては、そんなことを考えられる事が幸せだったと思う。


翔はゆっくりと流れる雲を見上げると、誰かが屋上に来た。

「あっ!見つけた」

翔はその声を聞くなり、不機嫌な気持ちになった。

男子は嬉しそうな顔で、翔に近寄る。

「やっぱり、ここでお昼を食べているだねぇ」

「・・・うるせいなぁ!!」と、翔は嫌そうな顔する。

男子は何も言わず、翔の隣に座った。

「もう隣に座るし!!」

「ねぇねぇ、何しているの?」

男子は好奇心がある子供みたいな目で、翔を見つめる。

「見りゃ、分かるだろう!?昼飯を食っているだよ。ハル」と、翔はイライラしてハルしながら言う。

「そうなんだ」

「てめぇは!!オレのストーカーかよ!!」

ハルは驚いて、両手で口をふさいで、「僕には、ホモ系の趣味はないよ」と、

翔の問いに答えた。

「だったら!!入学してから毎日毎日・・・オレにつきまとって来るんだよ!!」

「それは・・・単純に、翔くんに興味があるんだからだよ」

「ほかにも、オレみたいな野郎が居るだろう」

「翔くんだからこそなんだよ!!」

「はい、はい」

翔はお昼ご飯を終え、立ち上がる。

「どこかに行くの?」と、ハルも立ち上がる。

翔はハルの問いにイライラを通り越して、殺意さえ湧いて来たが、自我を保とうと深呼吸した。

「・・・トイレだよ!!」

翔はトイレに行くために、急ぎ足で屋上から出て行った。

「そっか」

ハルは翔の後ろ姿を追いかけた。

放課後。

授業を終えた翔はヘルメットを持って、自分のロードバイクを置いてる駐輪場に来た。

すると、翔のロードバイクの前に、ママチャリにまたがったハルが翔が待っていた。

翔はハルを見るなりにイライラした顔になって、自分のロードバイクに近寄り。

翔はロードバイクに付けていた鍵を外しながら、「お前・・・本当にストーカーだなぁ」と、ハルに冷たく言い放った。

ハルは翔に冷たい言葉を言われても、そんな事も気にしていないそぶりを見せた。

「翔くんに用事があって、待て居たんだよ」

「なに?オレに用って?」

「僕にロードバイクを、教えて欲しいだよ」

ハルの発言に驚き、翔は「はぁ!?」と言う。

「翔くんがいつも乗っている、ロードバイクに興味が出てきたんだよ」

「そうゆうのはなぁ!!専門の店で買って、店員なりにいろいろ質問すればいいだろう」と、頭にヘルメットを被る翔。

「僕は、翔のそれに興味があるんだ。翔くんと同じモノに乗りたいんだ」

翔は自分が乗っている、年代物ロードバイクを深刻そうな顔で見つめた。

「こいつは・・・どこにも売っていないぞ。これは、オレが中1の時に死んだ、親父がガキ頃から使っているロードバイクで・・・」と、翔は少し複雑な顔で言う。

「そうなんだ」

翔は早くこの場から去りたい気持ちで、いっぱいになった。

「用事は済んだろう?じゃあなぁ」

翔はその場を逃げるように、ロードバイクを漕いで去って行った。

その夜。

翔は自宅の小屋で電気をつけながら、ロードバイクをメンテナンスをしていた。

「やっぱり・・・ここはどうやっても上手くいかないなぁ」

翔は毎晩の様に父親の形見である、ロードバイクを試行錯誤をしながら、調整したりしていた。


ロードバイクには何度も何度もメンテナンスしても、部品を変えても、違和感を感じる箇所があった。

父親が亡くなった日から、違和感を感じ始めた。

その違和感は、どこが悪いとかで無い。

違和感を気にしなければ使えるのだが・・・翔にとっては父親の形見なので、どうしても父親が生きていた頃のように、本来のロードバイクの性能を蘇えさせたと思っていた。

そして、ロードバイクが蘇えったら、「ロードレースに参加したい」と、言う夢があった。


そこに、夕飯が出来た事を知らせようと、翔の父方の祖父が小屋に入って来た。

「翔・・・今日もやっているのか?」

翔は祖父のことを気にせず、作業を続けた。

「・・・うん。じいちゃん」

「翔よ。じいちゃんが新しい最新型ロードバイクを買ってやろうか?いつまでも、あいつ(父親)の形見である、ロードバイクを直そうとしなくてもいいだぞ」

その祖父の言葉に、翔は作業の手を止めた。

「・・・要らないよ、じいちゃん。オレはこいつ(ロードバイク)がいいんだ」

祖父は翔の頑固さに呆れた様子で、説得する様に翔に近寄る。

「だがなぁ・・・翔よ。その古びれた自転車の性能では、お前の優れた能力を発揮出来ないだぞ。その事は、お前が一番分かっているだろう?」

翔は祖父に返す言葉が見つからなく、イライラした気持ちでロードバイクにまたがり小屋を後にした。

「・・・翔?!」


あの頃のオレは自分が思っているよりも、ガキの部分があった。

だからこそ、ガキのままのオレは、“新しいロードバイクよりも、オヤジの形見であるロードバイクで、どこまでも走りたい”と、変な意地があった。

何か、ちゃんとしたきっかけと理由があれば、オレの変な意地は無くなる気はしていた。

だけど、そんな奇跡は起きる事を、あの頃のオレは期待する事もなかった。


翔は頭を冷やす為に、幼い頃に父親によく連れて来てもらった場所に、ロードバイクで訪れた。

「はぁ~・・・」と、ため息を吐く翔。

翔は父親との思い出の場所から見える、街の夜景を見つめていた。


オレにとって父親は憧れであり、尊敬する人である。

そんな父親を失った気持ちは、あの頃のオレは・・・いや、大人になった今でも・・・どうすればいいかさえ、分からないで居る。

辛くなった時、何度も・・・【父親が生きて居たら、自分にどんな言葉を言ってくれただろう?】と、考えてしまう。

多分、オレは父親に対しての一生親離れが出来ないだろう。


自宅へと帰る途中でコンビニに訪れると、珍しく深夜帯にロードバイクがあった。

「これって、去年11月に発売された限定フレームだなぁ」と、翔はロードバイクを見つめる。

そこに買い物を終えてコンビニの出入り口から出てきた、そのロードバイクの持ち主である男子が出てきた。

「おぉ~!!翔じゃ~ん!!久しぶり~!!」

翔に親しく話しかける男子は、斎藤(さとう) 悠斗(ゆうと)だった。

悠斗とは幼馴染であり、悠斗の父親が監督を務めるサイクリングチームの中1の秋までコンビを組んで走っていた仲だ。

「翔、元気だった?」

「・・・あぁ」

悠斗は、翔のロードバイクを懐かしそうな目で見る。

「お前、まだ親父さんのロードバイクに乗っているんだ」

悠斗の一言に、むすっとした翔。

「悪いかよ。古臭いフレームに乗っていて」

「いいや、懐かしいって思ってさぁ。お前の親父さんって、県大会まで行った事ある俺の親父よりも、めちゃくちゃ速くってさぁ。オレ・・・ガキの頃から、お前の親父さんに憧れていたんだよ」

悠斗に父親を褒められて、心から嬉しく思えた。

「そっか」

「翔・・・お前は大会には出ないのか?ガキの頃に“プロレーサー”になるって言っただろう?」

「大会に出れるわけないし・・・お袋が男に貢ぐに作った借金があるし」と、うつむく翔。

「でも!!お前の実力ならプロ試験を受けれるはずだろう!!何なら!?うちの親父に話せば、プロの試験代と東京にいく金を―・・・」

「ワリ・・・悠斗、気持ちはありがたいけど。オレ・・・“プロ”は諦めたんだ」

翔は自身のロードバイクにまたがり、自宅に向かった。


【あの場所で...】


【ハルと言う男】

2022年3月18日の朝。

ベッドで眠っていた優衣は目を覚ますと、隣で寝ていた翔が居なかった。

「・・・翔くん?!」

優衣は嫌な予感して、慌てて二階の部屋から階段を下りてきた。

ログハウスのリビングでは、美奈子と美奈子の子供がソファーに眠いた。

優衣はリビングの見回しながら翔の姿を探す。

「・・・翔君?!」

すると、後ろのキッチンからコーヒーを持った達也が来た。

「優衣ちゃん、おはよう」

「おはようございます。あの・・・翔くん、知りませんか?」と、優衣は不安な顔で達也に聞いた。

「翔なら・・・さっき、散歩しに出て行ったよ。多分、近くの神社に行っただと思うよ」

「・・・そうですかぁ、ありがとうございます」

優衣は無性に翔と会いたくって、すぐに着替えて、ログハウスを出て行った。

優衣はたま、心の中で“翔が自分を置いて、どこか遠くに行ってしまうではないか?”と、不安に苛まれていた。

その頃、翔はログハウスの近くにある、高照神社に手を合わせて参拝していた。

「ハァ~・・・」

参拝を終えた翔はログハウスに帰ろうと後ろを振り向いたら、少し息を切らした優衣が居た。

「優衣・・・どうした?」と、驚いた顔をしながら、翔は優衣にゆっくりと近寄る。

「なんか・・・翔くんに会いたくって」

翔は不思議そうな顔で、優衣の頭を優しく撫でる。

「別に、気分転換に散歩していただけだよ」

「・・・うん、分かっているよ」

優衣の不安そうな表情を見て、翔は優衣の手を握った。

「優衣、ちょっと寄り道して行こうか?」と、優衣にぎこちなく翔は言う。

「・・・えっ!」

翔は優衣を高照神社の近くにある、民家を改装したカフェへと連れて行った。

カフェの店内は、とても落ち着いた雰囲気であった。

翔たちは店で手作りされた朝食を、窓からの景色を見ながら食べた。

「素敵なお店だねぇ」

「高校時代、美奈子がここを見つけたんだ」

「そうなんだ」

いつもと様子が違う優衣を見て、翔は何を確信した。

「なぁ、優衣」

「なに?」

「何かあった?」

「・・・えっ?」と、固まる優衣。

「俺さぁ、鈍感けどさぁ。優衣、たまに何か・・・不安そうな顔でオレを見る時からさぁ」

「・・・うん」

「オレに話せない事?」

「違う!!」

優衣は少しうつむき、手に持ったコーヒーカップを見つめる。

「翔くんさぁ・・・どうして今まで、高校時代の事を話してくれなかった?昨日、達也さんや美奈子さんと会って、翔くんには高校時代から友がいるを知った」

翔は少し複雑な表情で、優衣を見つめる。

「別に隠していたわけでないよ・・・ただ――・・・」

「それは、ハルさんって言う人が何か関係あるの?」

翔は目を大きく見開き、「・・・それは!」と、明らかに動揺した素振りを見せた。

優衣は翔の動揺した姿を見て、ハルと何かあった事は感じた。

「あたしには・・・話せない事?」

翔は優衣から目をそらし、中庭に見る。

「・・・ごめん、優衣」

翔はうつむいて、困惑した表情になった。

そんな翔の表情を見て、優衣は翔を何気なく攻めていると感じ取ってしまった。

「あたしこそ・・・ごめん。翔くんだって、話したくない事ぐらいあるよねぇ」

「それではないけど・・・」

2人の間に気まずい雰囲気が流れる。

そこに、カフェを訪れていた2人組の若い女の子の内の1人が、翔の事に気づく。

「あの人って・・・!」

女の子の1人は翔たちに近寄り、翔に声をかけた。

「あの~・・・間違っていたら、ごめんなさい」

翔たちは女の子を見る。

「もしかして、東京アレーツーの秋山 翔さんですよねぇ?」

若い女の子に声をかけられて、戸惑う翔。

「・・・そうだけど」

「よかった!!あたし、西野 ハルの15歳も年が離れた、妹の純≪ジュン≫と、言います」

ハルに妹がいた事に、翔は驚く。

「えっ!?ハルの・・・妹!?」

「はい。翔さんとは一度だけ、お見かけした事があるんですよ」

「・・・えっ?いつ!?」

「あたしが11歳の時だったんで・・・10年前ですかねぇ。地元で開催されたロードレースに、翔さんが出場するからって、お兄ちゃんに連れられて、翔さんのレースを見に行ったんですよ」

翔は純の話を聞いて、何かを思い出したかのように、また目を大きく見開いて動揺した表情を見た。

「・・・あの日に!?」

「はい」

居たたまれない様子で翔は急に立ち上がり、その場を逃げるかのように店を出て行った。

「翔くん!?」

「あたし・・・何かマズいことを?」と、戸惑った様子の純。

「何もマズい事を言っていないわ」

「それなら、いいですけど」と、純は不安そうな顔する。

「あの~・・・ハルさんの妹さんに、ちょっと聞きたい事があるんだけど」

「何ですか?」

純は翔が座っていた、真っ正面の席に座った。

「そのロードレースでは、翔くんとハルさん・・・お兄さんとは何かあったか、分かります?」

「あまり覚えていないですが。あの日、お兄ちゃんはレースを終えた翔さんに、会ってくると言って、あたしと両親を置いて、翔さんに会いに行ったんですよ。遠くからですが、翔さんとお兄ちゃんは、少し話していたんです。だけど、嬉しそうなお兄ちゃんに対して、翔さんはぎこちない様子で話を終えると、翔さんはすぐにチームのテントに、入って行ってしまいました。その夜、お兄ちゃんはどこかに出かけて行きました」

「・・・そうなんだ」

翔とハルの間に確実に何かあった事は、優衣は実感した。

「お兄ちゃんはいつも、翔さんが出ているロード雑誌を買ったり、レース動画を何度も何度も見せられました。見終わるといつも口癖の様に❝オレの親友は、カッコいいロードレーサーだ!!❞って」

「本当に、お兄さんにとって・・・翔くんの事が自慢なんだねぇ」

「そんなお兄ちゃんの影響で、ロードバイクやレースについて詳しくなって。今は、地元で開催されるレースでボランティア活動しています」

純はチラリと腕時計を見て、慌てた様子になる。

「あっ!すみません!!バスの時間が!!」

「大丈夫。話せてよかった」

「失礼します!!」

優衣に一礼し、純は慌ててバス停に向かった。

優衣は不快にも、翔とハルに何があったかを知りたいと思っていた。


今、分かっているのは・・・ハルと翔は喧嘩していたわけではない事。

そうじゃなかったら、ハルは翔と会おうとはしなかっただろう。

だけど・・・翔の中でハルに対して、後ろめたさがあった事も分かった。


その頃、翔はログハウスと反対方向へと無意識のうちに歩いた。

「・・・ハァ~」

そこに、車で食料を調達しに行こうする達也が、道路を歩いている翔を見かけて声をかけた。

「お~い!!翔~!!」

翔は車に乗る達也の方を振り向いた。

「・・・達也?」

翔はとりあえず、車の助手席に乗った。

「優衣ちゃんと、合流しなかったのか?」

翔たちが乗った車は、街へと動き始めた。

「さっき・・・合流して、近くのカフェで飯を食っていただけど」

「いただけど?」

「そのカフェに・・・ハルの妹が来て、オレらに話しかけて来た」と、車の窓から景色を見る翔。

達也は驚いた顔した。

「えっ!ハルに妹が居たのかよ!!」

「・・・あぁ。15コも下の妹」

「そんで?それから何があった?」

「オレが・・・ハルと最後に会った時の事を話をされた・・・」

もう一度、驚く達也。

「お前!!あれからハルと会ったのかよ!!」

「ハルと会ったのは、10年前にこっちで行われたレースに、オレが参加して終わった後だよ」

「あいつ、元気だったか?」

「・・・あぁ。少したわいもない話をしたけど」

「そっか」

「・・・なぁ、達也」

「うん?」

「オレは・・・いつまで、あいつのヒーローで居なきゃいけないだろうなぁ?」と、無意識的に翔は達也に問う。

達也は翔のその問いに、答える事が出来なかった。

その問いに答えなど無いからだ。

あったとしても、それで翔が納得できるとは、長い付き合い達也だからこそ、分かる事なんだ。

「そう言えばさぁ。お前は覚えるか?オレらがハルとつるむ様になったきっかけ」

「・・・あぁ。忘れたくっても、忘れられないよ」

翔は車窓から景色を見つめながら、ハルと仲良くなった頃を思い出す。


―2003年、高校2年生の春―

翔はいつものように、高校の屋上でお昼を食べていた。

「やっぱり、高校に居る時間は・・・もったいないなぁ。山に行って、ヒルクライムの練習したい」

そこに、ショートヘアの美奈子が、高校の屋上に怒った様子で来た。

「秋山くん!!」

翔はチラリと、美奈子の方を見る。

「何ですか?我が校が誇る、鋼鉄の女王さま」と、美奈子をおちょくる様な口調で言う。

「そのあたしの変なあだ名で呼ぶのはやめてよ!!あたしには、親が愛情を込めて付けてくれた、❝美奈子❞って、名前があるのよ!!」

「オレが付けたあだ名でないだけど」

美奈子の見た目だけは、美少女であった。

それゆえに、美奈子が入学してから今まで、すぐに男子の先輩たちと、同級生たちから数え切れないぐらい告白されていた。

だが、美奈子はことごとく笑顔で毒舌な言葉のおまけ付きで振って来た。

振られた男子たちの間で❝鋼鉄の女王❞とか、❝男子斬りの美奈子❞って、呼ばれる様になった。

「そう言えば・・・お前、この前さぁ門の前で他校の男子からも、告白されていたよなぁ?」と、翔は美奈子をからかう様に言う。

美奈子は翔が自分をからかって、話を誤魔化そうとしていることに気づき。

「話を誤魔化さないで!!」

翔は美奈子をからかえなくなったので、ふて腐れた。

「はい、はい」

「あんた!!入学してからまだ、部活動に参加していないわよねぇ!!入部届もまだ提出していないし!!未来の生徒会長である、あたしが先生方に怒られるだけど!!ただでさえ、あんたは問題児なんでだし」

「オレが入りたい部活が無いだよ」

「適当に部活に入って、幽霊部員でもなればいいでしょう!!」

「おいおい・・・未来の生徒会長さまが、そんな事を言っていいのかよ?」と、美奈子の発言に呆れた様子で翔は言う。

「いいのよ!!バレなかったら」

「大丈夫か?未来の生徒会長さまは・・・」と、翔はボソッとつぶやいた

「いい!!明日までに、どの部活に入るかを決めて!!あたしに入部届を持って来て!!」

「へいへい」

美奈子は翔に言いたいことを言うと、そのまま屋上を出て行った。

美奈子と入れ違いに、メガネをかけた小太りの男子:達也が屋上に入って来た。

「何で?女王さまが屋上に?」と、達也は翔を近寄る。

「自分が生徒会長になるための、脅しとも思える洗脳に来ただけだよ」

「女王さま・・・怖い」

「でぇ?お前も何か用かよ?達也」

「そうだった!?」

達也は制服のズボンのポケットから、ロードレースのチラシを出した。

「お前、このレースに出るだろう?」

「・・・出ないよ」と、不機嫌な顔して翔は言う。

「何でだよ!!」

「そのレースは個人では無く。団体のレースだからだよ」

「そうなのかよ!」と、達也はレースのチラシを見る。

「ちゃんと、確認しろよ」

すると、屋上の出入り口からハルの声が聞こえた。

「だったら!!部活で人を集めれば!!そのレースで出るじゃない?」

達也はハルの登場に驚き。

「お前って!?B組のハルじゃないかよ!!」

翔はハルの登場に嫌そうな顔する。

「また・・・お前かよ」

ハルは嬉しそうな顔で、翔に近寄る。

「どうかなぁ?」

「アホかぁ・・・部員はどうするんだ?最低でも、あと3人必要なんだぞ」

ハルはやる気ままで、翔に言った。

「僕が集まるよ!!」

翔はハルのやる気に、呆れた様子を見せる。

「あんまり・・・期待はしないけど」

ハルは後輩のナヲを含めた2人の部員を集めた。


正直、オレは集める事が出来ないと思っていた。

それでもハルは必至で、学校中の生徒たちに自転車部の勧誘を行っていた。


ある日の昼休み。

翔たちは学校の屋上で集まった。

「2人しか集まらなかった」と、落ち込んだ様子のハル。

「元々、無理なんだよ。自転車競技部って訳分からないなんだし」

翔は地面に座って紙パックのコーヒー牛乳を飲む。

「だけど!!諦めたら!!」

そこに達也がお昼ご飯を持って、屋上にやって来た。

「おぉ~!!お前ら、部員は集まったか?」

「集まるわけないだろう・・・」

達也はニヤニヤした顔して、翔たちに近寄る。

「だったら、このオレ様が入ってやるか?」

翔は驚きのあまり、飲んでいた物を噴き出した。

「ブッハぁ~!!マジかよ!?」

ハルは翔の反応と真逆に、目をキラキラさせながら喜ぶ。

「本当~!?」

根拠もない自信に満ちた達也は胸を張る。

「あぁ!!オレ様が入れば!!優勝は間違いない!!」

「これで!!部員が5人に!!」と、ハルは達也の話の中で翔に駆け寄る。

「あのなぁ、ハル。部員の集まるのは第一関門であって、最終関門あるだぞ」

「最終関門って?」

不思議な顔をするハル。

その日の放課後。

翔は美奈子のクラスに行き、美奈子に新しく部活申請をおそるおそる提出した。

「自転車競技部ねぇ・・・別に、問題は無いわよ」と、美奈子は真顔で翔に言う。

翔は思わむ、美奈子の反応にズッコケた。

「問題ないか!!」

「部員5人も集めているだし」

「それは・・・よかったよ。てっきりお前の事だから・・・オレらの申込用紙をくしゃくしゃして丸めて、冷たい言葉を添えて却下してくると思っていたよ」

「あんたって、本当に失礼な男ねぇ!!それよりも部活やる気がない、あんたと達也くんが部活を作ろうとするなんって。どういう吹き回し?」

翔は近くあったパイプ椅子に座った。

「別に・・・ハルって言う、オレのファンというかぁ、ストーカーがやる気ままで部員を集めたんだよ」

美奈子は翔の口からハルと言う、名前を聞いて驚く。

「あのハル君が・・・?!あんたのストーカーを?!有り得ないわ~!!」

「なぁ・・・ハルって、どうゆう奴なんだ?オレと同級学年なのは分かるけど。ハルがオレに絡んで来る様になったのは、ごく最近だし・・・・ハルの事を全く知らないだよなぁ」

「ハル君は・・・裏表が無くって。いつもニコニコして居て。見返りを求めず、人助けしていて。そんでもってあたしの次に、学校の生徒と先生に信頼が熱いわねぇ」

「・・・オレと真逆だなぁ」

「本当よねぇ。そんな優等生のハル君が何で、ろくでもないあんた達と絡もうと、思ったのかしらねぇ?」

「オレが聞きたいよ」と、ふて腐れた翔。

「問題は部室よねぇ。うちの学校には部室になる所は、どこも無いわよ」

「それならその優等生のハルくんが早速、高照神社の近くにある、おじさんが使っていないログハウスがあるから、そこを部室にしたらいいではないか?って。そこなら練習所には最適だとか・・・」

美奈子はハルの準備万端だった事に驚く。

「あらまぁ!準備いいわねぇ」

「そうだなぁ」

翔はパイプ椅子から立ち上がり、「あとは頼むわぁ」と、その場を立ち去ろうとした。

美奈子はいいことを思いつき。

「あんた達の部活って、面白そうだから。あたしも可愛いマネジャーとして、あんた達の部活に入部しようかしら」

「ハァ~~!!」と、高らかな声で翔は驚く。

「あんたと達也くんは一応、うちの学校の問題児なんだし。あたしが監修役で居れば、部活で必要なモノを入れられるし」

「ホントはオレらを使って、先生たちへのポイント稼ぎだろう」と、翔は美奈子に疑った目で言う。

美奈子は少し見下した感じの目で、呆れた顔する翔を見つめ。

「分かっているじゃない」

翔は美奈子に呆れた様子で、「好きしろ」と言う。

数日後。

翔たちはハルの案内で、ハルの叔父が所有するログハウスへと、バスに乗って訪れた。

ログハウスのカギを開け、ハルは扉を開く。

「ここだよ」

「結構、広いログハウスねぇ」と、美奈子はログハウスの中を見渡す。

「少し掃除しなきゃいけないけどねぇ」

ハル達は手分けして、ログハウスの掃除を始めた。

ある程度、ログハウスの掃除を終えると、美奈子は翔だけが居ない事に気づく。

「翔のやつ!!居ないだけど!!こっそり帰ったの!!」

達也はソファーに、翔の鞄がある事を確認した。

「帰っていないみたいだけど」

「僕、探してくるよ」

ハルは慌てて、翔を探しに行った。

ハルはログハウスから少し離れた草原に来ると、掃除で出たゴミを燃やしている翔を見つける。

「ここで、ゴミを燃やして居たんだ」

ハルはゆっくりと、翔に近寄る。

「オレがサボったと思って、探しに来たのか?」

ハルは複雑に笑顔を見せる。

「まぁ・・・美奈子ちゃんはそう思っていたけど」

「・・・そうか」

翔はジッと、燃える火を見つめる。

「ねぇ、翔くん。聞きたい質問があるだけど、いいかな?」

「どうせ、オレが断っても、お前は質問するだろう?」

ハルは困った顔した。

「翔くんはどうして、ロードバイクを始めたの?」

「中1の夏に死んだ親父が中学の時にやっていたんだよ。オレは、そんな親父の影響でやり始めて。それ以外でやりたいと思える事が無かったから。やっているだけだ」

「そっか」

「オレからも質問していいか?」

ハルは翔から質問されることに、喜びを感じた。

「なに?」

火を見つめながら、翔はしゃがんだ。

「何で?優等生のお前が、問題児のオレと絡もうと思ったんだ?」

「僕は優等生ではないよ。前にも話したんだけど。単純に、翔くんに興味があるんだからだよ」

「答えにはなっていないぞ。オレはその興味を持った理由を知りたいだが」

ハルは苦笑いする。

「やっぱり、そうだよねぇ」

ハルは真剣な顔する。

「ここだけの話だけど。僕はある理由でさぁ・・・今もだけどさぁ、出来ることに制限がかかっているだよ。その制限のせいで生きることに絶望し、無力を感じていたんだよ。でも、高校に入学して間もない頃に、ロードに乗った翔が、猛スピードで僕の横を通り過ぎて行ったんだ。その時、ロードを漕いでる翔の姿は、真剣な眼差しで生き生きとして、何か・・・バイクに乗ったスーパーヒーロー見たいだったんだ。それを見て、僕は❝彼みたくなりたい❞と、思い始めたんだ」

「オレがスーパーヒーローねぇ・・・」

翔は立ち上がる。

「実際にオレと近寄ってみて、ガッカリしただろう?中身がスカスカで」

ハルは顔を大きく横に振った。

「いいや、僕が思った通りだった」

「・・・そっか」


あの頃もそうだったけど。

ハルからオレが❝ヒーロー❞と、聞かされたのは・・・プレッシャーだった。

だから、あの頃のオレは・・・お前と絡んでみて。

ありのままのオレを見せて、あいつにとってのヒーローでは無い事を、分からさせたいと、変な意地が生まれたんだ。

だけど、ハルは変と言うかぁ・・・不思議な事に日に日に、オレを見る目が輝きが増している気がした。


【希望のバドン】

―2022年3月18日―

翔と達也はログハウスから30分ぐらいの場所にある、ショッピングモールのスーパーで買い物に訪れた。

翔は達也と離れ、何気なく店内を歩いて居た。

すると、翔の背後から聞き覚えがある男性の声で、「翔くん」と呼ばれた。

翔は呼ばれた事に少し驚きながらも、後ろを振り向いた。

「・・・えっ!」

翔の後ろには60代ぐらい夫婦が、嬉しそうに微笑んでいた。

「やっぱり・・・翔くんだぁ」

翔の後ろに居た夫婦は、翔の幼馴染である悠斗の両親だった。

「・・・ご無沙汰しております」

翔は悠斗の両親にお辞儀をした。

「いつ、こっち(青森県弘前市)に帰って来たんだい?」

「ちょっとこっちで用事があって・・・昨日、帰ってきました」

悠斗の両親は翔に会えた事に、心から嬉しそうな顔していた。

「そうか、そうか」

「そう言えば、翔くん。あなたが数年前の海外レースでの事故でケガを負ってから、レースに出ていないようだけど。まだ、ケガが完治していないの?」

「・・・えぇ。まだ完治していないです」

悠斗の両親に噓を言ってしまった罪悪感で、翔は苦い笑いをした。

「そうなのねぇ。今度、あの子(悠斗)に会いに来てちょうだい。私たちはいつでも歓迎するから」

「ありがとうございます。今度、寄らせていただきます」

悠斗の両親に、翔はもう一度お辞儀をした。

「じゃあねぇ」

「・・・はい」

悠斗の両親は翔から離れて行った。

翔は離れていく悠斗の両親の後ろ姿を見つめながら、昔の事を思い出していた。

―2004年6月・高校3年生―

ある日の夕方。

翔以外の達也たちは大会向けての体力を作るために、岩木山一周の練習でへとへとなりながら、ログハウスに帰って来た。

「マジ・・・きつい!!」

「・・・死ぬ!!」

疲れてその場に倒れ込む達也たちを、体力を余している翔は見つめる。

「翔・・・お前!!オレ達と同じ練習メニューなのに!!何でそんなに余裕なんだよ!!」

「当たり前だろ。オレは普段から、これ以上の練習メニューをやっているだから」

翔はロードバイクのヘルメットを持ち、外に出ようと歩き始めた。

「もう一本、練習してくる」

「マジかぁ!お前・・・超人かよ~!!」

その後、練習の途中でボトルのドリンクが切れたため、翔は津軽岩木スカイラインの出入り口の門の前に来ると、ロードバイクにまたがった悠斗が居た。

「・・・悠斗!」

翔はロードバイクのブレーキをかけ、悠斗の前で止まった。

「何で・・・ここに?」

「うちのチームメイトから聞いたんだ。お前が友人たちとロードバイクに乗って走っているって。やっぱり、大会に出る事にしたんだなぁ」

「まぁなぁ・・・同級生でお節介焼きのやつが居て。そいつがうちの高校で、自転車競技部を作ったからなぁ」

悠斗は微笑む。

「理由がどうあれ、お前がロードの世界に戻って来てくれて、オレは嬉しいよ」

「どいつも、こいつも・・・」と、翔は小さく愚痴。

「なぁ、翔」

「うん?」

「一週間後の・・・7月25日、東京のプロチームの試験に、オレと一緒に受けて欲しい」

「それは無理だぁ。その日は、同級生たちと出るロードの大会の日だぁ」

「なぁ、翔。前にも言ったけど、お前には才能がある。それは・・・オレが子供時から嫉妬するぐらいなぁ。だけど・・・嫉妬していた相手である、お前がロードの世界から消えてから・・・気づいたんだ。オレには切磋琢磨が出来るお前がいないと、オレは成長することが出来ないと、だから、オレはお前とプロレーサーとしてレースで正々堂々と、お前と勝負したい」

翔は悠斗の思いがけない告白に、また驚いた。

「衝撃な告白だなぁ」

「自分でも・・・びっくりしているよ」

翔と悠斗は笑い合う。

「なぁ、悠斗。お前と不確かな約束になってしまうが・・・何年かかるか分からないけど、オレは、プロのロードレーサーになったお前を追いかけて、プロレーサーになるよ。もしかしたら、お前と違うチームになるかもしれないけどなぁ」

悠斗は翔を真剣な表情で見つめる。

「翔・・・その時はmオレは全身全霊をかけて!!お前に勝つ!!」

悠斗は翔に向けて、右手のグーにして差し出した。

「俺もだよ、悠斗」

翔も右手をグーにして、悠斗とグータッチした。

大会まで1週間前の夕方。

翔はいつものように達也たちのレースを終え、ログハウスで着替えていると、翔の携帯が鳴る。

「誰だ?」

翔の携帯の画面を確認すると、[悠斗の父]と表示されていた。

「・・・悠斗の親父?!」

驚きながらも、翔は電話に出た。

「はい・・・もしもし、悠斗の親父さん?」

電話越しの悠斗の父の声は少し声が枯れ切れ、途中途中に鼻水をすする音が聞こえていた。

「翔くん・・・久しぶりだねぇ」

「はい、お久しぶりです」

「急に・・・電話して、ごめんねぇ」

「いいえ、大丈夫です」

「実はねぇ・・・悠斗が――・・・」

悠斗の父親から電話越しに話された内容に、翔は目を見開き困惑した。

「・・・えっ?!」

悠斗の親父に電話で告げられたのは・・・悠斗がチームの練習中に事故に遭い、亡くなった事だった。

悠斗の通夜。

悠斗の実家からお坊さんがお経を読む声と、悠斗の親しい友人らがすすり泣く声が聞こえていた。

礼服を着た翔は外から、笑顔で写った悠斗の慰霊写真を見つめる。

翔の心の中では未だに、悠斗の死を受け入れられていなかった。

3日前に、互いに鼓舞し合ったばかりであったからだ。

翔が外でボーと立っていると、悠斗の父親が近寄って来た。

「翔くん・・・来てくれたんだねぇ。ありがとう」

悠斗の父親と目を合わせないように、うつむく翔。

「・・・いいえ。オレは何も」

悠斗の父親は悠斗の慰霊写真を見つめる。

「悠斗から聞いたよ・・・また、ロードを始めただって」

「はい、高校の同級生と自転車競技部を作って」

悠斗の父親は嬉しそうに、翔に微笑む。

「それは良かった。君の父さんが亡くなって、君がうちのチームを抜けたから、心配していたんだよ。君には、君の父さんと同じ才能があったからねぇ」

「悠斗も・・・最後に会った時に、同じ事を言ってくれました」

「・・・そっか」

翔と悠斗の父親は、少し沈黙した。

「翔くん、君に頼みがあるんだぁ」

「何でしょうか?」

「悠斗の代わりに・・・プロチームの試験を受けてくれないか?」

翔は悠斗の父親の申し出に困惑し、パニック状態になりながらも、もう一度うつむく。

「・・・それは?!」

「分かっている。これは私のわがままだと・・・だけど!!才能がある君にプロのロードレーサーになって欲しいだよ!!」

悠斗の父親は翔に頭を下げた。

「頼む!!この通りだ!!息子の悠斗のためだと思って!!」

翔は悠斗の父親に頭を下げた事に、戸惑いながら考えた。

「少し・・・考えさせてください。オレにはブランクあるんで・・・」

翔はその場を逃げるかのように走り去った。

―翌日―

あの後、翔はログハウスを訪れ、座りながら考え事をていた。

そこに、授業終えたハルたちがログハウスに来た。

「翔くん~!!あんた!!今日、学校サボったでしょう!!あたし、何度も携帯を鳴らしたのよ~!!」

「・・・あぁ、すまん」

ハルたちは翔が心ここにあらずの状態だと気付く。

「翔くん・・・何かあった?」

「・・・実はさぁ」

翔はハル達に全て話した、悠斗の父親に悠斗の代わりにレースに出て欲しいと。

ハルたちは翔の話を聞いて、深刻な表情を見せる。

「そっか~」

「翔くんは、どうしたの?」

翔は複雑そうな顔でうつむき。

「オレは・・・どうしていいのか、分からないだ」

「何が引っかかるの?チャンスじゃない!!その幼馴染の父親さんの推薦で、プロのチームの試験を受かれば、翔くんが子供頃からのの夢だった、“プロレーサー”になるでしょう?あたしだったら、夢を叶う方にいくわよ」

「オレがもう一度、ロードをやり始めたきっかけは・・・どうあれ」

翔はハルたちを見つめる。

「お前たちのおかげなんだ」

翔の口から素直な感謝の言葉に、ハルたちは困惑する。

「珍しい~!!翔からオレらに感謝の言葉を!!」

「達也くん、ちゃかさないで!!」

美奈子は達也の頭を叩く。

「でも・・・“プロレーサー”になる夢は、諦めきれないでしょう?」

「・・・あぁ」

ハルは何を思ったのか、急に立ち上がった。

「翔く~ん!!」

翔はハルが急に立ち上がった事に驚く。

「何だ!」

ハルは初めて興奮気味に翔を見つめる。

「僕らの事を気にせず!!プロのチームの試験を受けて!!」

「・・・だけど!!」

「翔くんの気持ちは分かるよ、分かるけど!!僕が幼馴染の悠斗くんの立場だったら、自分の代わりにプロのチームの試験を受けて欲しいと、思うんだ!!だって!!翔くんには、ロードの才能があるのだから!!翔くんが今すべきことは・・・亡くなった悠斗くんの想いと、僕らの思いを背負って走るべきだよ!!」

ハルは興奮気味に言いたいことが言ったら、気が抜けてソファーに座り込む。

「・・・ハル!」

「ハルくんの言う通りよ」

「オレらに対して後ろめたいと思うなら、プロのロードレーサーになってくれよ」

翔は達也たちの温かい言葉に勇気づけられ、心から嬉しいと思った。

「・・・ありがとう」

翔はその後悠斗の父親に連絡し、悠斗の代わりに試験を受ける事を伝えた。

翔はその日から、プロの試験を受けるために猛練習した。

数日後、翔は悠斗の父親に付き添われて、プロの試験を受けに東京。

そして、翔は試験に自分の全身全霊を込めて受けた。

夕方、美奈子の携帯に翔からメールで試験の結果を知らせた。

その結果を見た美奈子は手を震わせた。

「美奈子ちゃん・・・翔くんから何って?」

「試験の結果・・・」

達也たちは一斉に息を吞んだ。

「合格したって~!!」

達也たちは翔が合格して、ガッツポーズなどして自分のことのように喜んだ。

「よっしゃー!」

「よかった~!!」

プロの試験を終えて、青森県に帰って来た翔は、ハルからメールで≪ログハウスに来て≫と、ログハウスに訪れた。

翔がログハウスに入った瞬間に、ハル達がたくさんのクラッカーを鳴らす。

翔はクラッカーの音に凄く驚いた顔を見せる。

「びっくりした~!!何してるんだ?!お前ら!?」

「翔くんがプロの試験に受かる様に、皆で合格の祝いをやろうと思って」

翔は照れくさそうな顔を、合格の祝い会を開いてくれたハルたちに見せる。

「別にやらなくっていいよ」

「翔、照れるなよ~」

「照れていないし」

美奈子は自分のカバンから、デジタルカメラを取り出した。

「ねぇねぇ~皆で写真を撮ろうよ~」

「いいねぇ~」

翔たちはあたふたしながらも、写真撮影のために並ぶ。

美奈子はデジタルカメラをキッチンのカウンターに置き、タイマーをセットした。

「美奈子ちゃん~!!早く早く!!」

美奈子は急いで、並んでいる翔たちの中に入った。

「1+1=?」

「「二ィ~!!」」

デジタルカメラのシャッター音と共に、デジタルカメラからフラッシュが光った。

ハルはデジタルカメラの画面を確認すると、無邪気な笑い合う自分たちが写った。

「よ~し!!」

テンションが上がった美奈子はログハウスの厨房から、ウィスキーなどの年代物のお酒を持って来た。

「あんた達!!今日は祝いの席だから、飲むわよ~!!」

翔たちはドン引きした顔で、美奈子を見つめる。

「あのなぁ、美奈子。お前、一応・・・生徒会長だろう?」

「いいのかよ?」

美奈子は瓶から直接酒を飲んだ。

「いいのよ、先生たちにバレなきゃ~アハハ!」

酒に酔った美奈子を見て、翔たちはある意味では恐怖を感じた。

「マジかよ・・・?!」

「生徒会長をやっているやつの台詞じゃないぞ・・・」

酔った美奈子は翔と達也に絡み始めた。

「あんた達、不良のくせに酒を飲めないの?」

「いや、飲めるけど・・・」

「だったら、飲みなさいよ~」

酔った美奈子は無理やり、翔と達也の口に酒を突っ込んだ。

「死ぬ~!!」

―深夜―

酔いがさめた翔は目覚め、水を持ってテラスに出た。

達也たちは酔いつぶれて、床などに寝ていた。

翔はフッと空を見上げた。

翔が見上げた空は街頭など余計な光が無いせいか、幾千の星たちが美しく輝き、月の周りには天使のわっかみたいな光の円を見えていた。

「やっぱりは・・・ここの夜空は綺麗だなぁ」

そこに、目覚めたハルがテラスに入って来た。

「・・・翔くん」

翔はハルの方に顔を向けた。

「お前も起きたか?」

「うん」

ハルは翔の近寄り、夜空を見上げた。

「なぁ、ハル」

「うん?」

「ありがとうなぁ。迷っていたオレの背中を押してくれて」

翔から珍しく感謝の言葉を言われ、ハルは驚きながらも照れくさそうな顔した。

「別に、僕は何もしていないよ」

「いや・・・お前の言葉と・・・」

微笑みながら翔は、ログハウスの中で爆睡する達也たちを見つめる。

「あいつらのおかげで・・・ガキの頃からの夢を諦めずに済んだよ」

「そっか、それは良かったよ」

「もう一眠りするかぁ」

翔がログハウスの中に戻るとする。

「翔く~ん」

翔は一度立ち止まり、ハルの方を振り向いた。

「うん?」

「変なことを聞くんだけど。僕は皆と・・・友達になれたのかなぁ?」

翔は少し沈黙し、もう一度ハルの方を振り向く。

「オレらにとって、お前は・・・友達ではないなぁ」

翔の言葉にハルは驚く。

「えっ・・・!やっぱり――・・・?!」

翔は優しく微笑み、「ハル、お前は俺らの親友だよ」と、ハルに伝えるとログハウスの中に入って行った。

ハルは心から嬉しそうな顔する。


【移り変わり景色】

―2022年3月18日―

優衣が民宿のカフェからログハウスに帰って来る途中で、ログハウスに続く道の前でおどおどした様子を見える男性が立っていた。

「・・・あれ?」

優衣は男性に駆け寄り、声をかけた。

「あの・・・この先のログハウスに何か?」

「・・・あっ?!」と、優衣の方を振り向いた男性は、優衣と同じ年ごろそうに見えた。

「もしかして・・・?」

男性は挙動不審な様子を見せ、「いや!?僕は~!!」と、言葉に詰まっていた。

「とりあえず、この先のログハウスに行きませんか?」

「あぁ・・・はい」

優衣は男性を連れ、ログハウスに向かった。

優衣たちがログハウスに入ると、美奈子がほうきを持って掃除していた。

「只今、帰りました」

「優衣ちゃん、おかえり~翔くんと会え――・・・?」と、後ろ向きだった美奈子が優衣たちの方を振り返ると、優衣が連れて来た男性を見て困惑した顔した。

「・・・ナヲくん?!」

美奈子は驚きのあまり、持っていたほうきを床に落とした。

「美奈子さん・・・お久しぶりです」

美奈子とナヲが変に沈黙したせいか、周りにただならぬ空気を感じさせた。

優衣は≪このままでは、マズイ!!≫と思い、「とりあえず・・・あたし、珈琲を淹れますねぇ」と、その場を逃げるかのように厨房に向かった。

それから数分後、美奈子とナヲはソファーに向かい合って座り、優衣はその間のソファーに座った。

美奈子とナヲは互いにうつむき合って沈黙し、気まずい空気を出していた。

優衣は雰囲気を変えるため、「あっ!申し遅れました。あたし、翔くんとお付き合いしています。近藤 優衣です」と、言いだした。

優衣はナヲにお辞儀した。

「あぁ・・・田畑 ナヲです」

ナヲはぎこちない様子で、優衣にお辞儀した。

「ナヲさんって、翔くんと同じ年なんですか?若くみますけど」

「優衣ちゃん、違う。ナヲくんはあたしらと1コ下の高校の後輩よ」

「そうなんですか」

「最初は・・・ここ(ログハウス)に来ようか、悩んだけど。久しぶりにハル先輩から手紙と鍵を送られて来たから。美奈子さんも?」

「えぇ・・・そう」

「そっか」

また、美奈子とナヲは沈黙し、ただならぬ気まずい空気が流れ始めた。

優衣はその気まずい空気に耐えきれずにいた。

「(翔くん・・・早く帰って来て~!!)」

そこにタイミング良く、翔と達也が買い物から帰って来た。

「ただいま~」

優衣は助かったと思い、翔の方に抱きつく。

「翔くん~!!」

泣きだそうな顔している優衣に、翔は不思議そうな顔した。

「どうした?美奈子に襲われそうになったか?」

「ううん、違う」

達也はソファーに座っているナヲに気づき、嬉しそうな顔する。

「おぉ~!!ナヲじゃん!!久しぶり~!!」

まだ硬い表情であるナヲはソファーから立ち上がった。

「うん・・・久しぶり」

「何か、かしこまっているんだよ~」

達也はナヲに対してフレンドリーに接し、軽くハグする。

「ナヲ、久しぶりだなぁ」

翔はナヲに近寄る。

「・・・うん」

「よく来てくれたなぁ」

翔はナヲと握手するために右手を差し出した。

「ありがとう」

ナヲは翔に差し出された右手を出して握手する。

「あとは、オレ達を呼んだハルだけだなぁ。まぁ~・・・会う予定は明後日だから、それまでには来るだろう」

翔は達也のその言葉に、「・・・そうだなぁ」と、複雑そうな顔でうつむく。

優衣は複雑な顔する翔を気づく。


―翌日、3月19日―

翔たちは食堂で朝食を食べていた。

「ねぇ、皆。今日、久しぶりにあたし達の母校に行かない?」

「いいねぇ~俺たちの友情が始まった場所だし」

「優衣ちゃん、いろいろ学校を案内してあげるねぇ」

「楽しみです」

「翔、お前も行くだろう?」

翔は少し苦笑いする。

「・・・あぁ」

翔の表情で何かを感じ取った優衣。

朝食を終えた翔たちは、達也が運転する車で母校の高校に向かった。

弘前城の近くに翔たちの母校である高校があった。

母校である高校の門前に車を止めた翔たちは、許可を得て高校を散策した。

春休みだった事もあり、高校には部活動を行っている生徒たちと顧問しか居なかった。

「うっわ~!!懐かしい~!!」

高校の廊下に美奈子と美奈子の子供がはしゃいで走り回る音が鳴り響く。

「はしゃぐなよ~美奈子」

達也の後ろにいる翔は、優衣と並んで歩く。

そして、翔たちは最後に使っていた3年生の時のクラスに入った。

「机とか椅子は新しくなっているけど。マジ!!懐かしいわ~」

「オレらの時と、そんなに変わっていなくないか?」

「・・・そうかもなぁ」

翔はレインコートの左右ポケットに両手を入れながら、クラスの窓から景色を見つめる。

優衣は翔の隣に来て、翔が見ている窓の景色を見つめる。

「高校時代の翔くんは・・・こんな景色を見ていたんだねぇ」

「まぁ、多少・・・あの頃と今が建っている建物とかが変わってしまったけどなぁ」

「そうなんだ。あたしは今ねぇ、凄く感動しているよ」

翔は優衣の意外な言葉に驚く。

「どういうことだ?」

「だってさぁ・・・あたしと翔くんは生まれ育った場所も違うじゃん。だからこそ、多少は違って居たとしても、好きな人が高校時代にこの窓から見ていた景色を今、あたしも見えるって事はさぁ、“奇跡だ!!”ってあたしは思うだよねぇ」と、優衣は翔に微笑みながら言う。

翔は優衣の感性は凄いと思った。

「優衣・・・スゲーなぁ、そんな事を思えるなって」

「あたし、大したことを言っていないよ。普通の事だよ、好きな人が自分と出逢う前に見ていた景色を見て、感動する事はさぁ」

翔は改めて素敵な感性を持った優衣と、本当に出逢えた事に良かったと思えた。

「・・・そうかもなぁ」

「だからさぁ、今度。翔くんが他に過ごした場所とかに連れてて」

「あぁ、分かった」

懐かしみを終えた美奈子は、翔たちに声をかける、

「2人とも、そろそろログハウスに帰ろう」

「は~い」

翔と優衣は美奈子たちに近寄る。

翔たちが車でログハウスの前まで来ると、ログハウスの中の明かりが点いていた。

「ログハウスの電気が点いている」

「もしかして・・・?!ハルかぁ?」

車から降りた翔たちはログハウスの玄関先まで来ると、テラス側のガラスが割られていた。

「ドロボー・・・?!」

翔たちはテラスのガラスが割られた状況に、ログハウスに居るのはハルでは無いことを自覚した。

翔と達也が先頭に立ち、ログハウスの中に入った。

ログハウスの中には髪の毛を長く伸ばし、服装がボロボロのホームレスみたいな男が、両足をテーブルに置き、酒の瓶を片手にソファーに座っていた。

ホームレスの男は翔たちを見て、あまり驚く様子は無かった。

「おぉ~!!お前ら。懐かしい顔ぶれが集まったなぁ」

翔たちはホームレスの男を警戒した。

「あんた、誰よ!!警察を呼ぶわよ!!」

「おいおい~!!美奈子ちゃん~オレだよ、オレ。片岡(かたおか) 芳人(よしと)だよ」

芳人から名前を名乗られて、優衣と翔以外の達也たちは一斉に凍り付いた顔する。

「お前!!マジで~!!」と、翔だけは芳人を見る目は怒りに満ちていた。

芳人に恐怖を感じた美奈子は急にしゃがみ込み、体を小さくしながら震えた。

「・・・美奈子さん?」

芳人は持っていた酒を飲む。

「お前ら、本当に仲良しだなぁ」

翔は今にも殴りかかりそうないきよいで、「お前・・・どの面さげて!!オレらの前に現れた!?」と、芳人を睨む。

怒りに満ちた翔の姿を見て、優衣は困惑した。

「・・・翔くん?!」

達也とナヲは翔を止めに入った。

「落ち着け~!!翔!!」

「実はさぁ~数日前にムショから出所してさぁ。住む所もないし、困っていたんだよ。でもフッと、このログハウスの事を思い出したんだよ。そんでなんか漁れるモノが無いかと、ここに来たんだよ」

「芳人・・・てめぇ!!高校時代にオレらにした事を忘れていないよなぁ」

「はて、何んの事だ?」と、芳人はすっとぼけ顔する。

「てめぇ~!!」

翔は芳人に本気で殴り掛かろうとしたが、もう一度達也たちに止められた。

芳人はキレた翔の事を気にせず、「それよりさぁ~誰かお金を貸してくれないかなぁ?出所したばかりだからさぁ、お金が無くってさぁ。なぁ、オレたち・・・“ダチ”だろう?」と、達也たちに言った。

芳人のふざけた態度に翔たちは怒りを感じた。

「芳人、てめぇ~!!オレらを“ダチ”って呼ぶんじゃねぇよ!!高校時代・・・てめぇのその言葉で、ハルがどんだけ苦しんだか・・・分かっているのか!!」

「さぁ~分からないねぇ」

怒り狂った翔は自分を止めている達也たちを振りほどき、思いっきり芳人の顔を殴った。

芳人は翔に殴られたいきよいで、床に倒れ込んだ。

「痛い~なぁ~」

芳人は明らかにわざとらしく、痛そうなフリをしながら立ち上がった。

「これってさぁ~傷害事件だよねぇ?警察とか行ったら、訴える事が出来るよねぇそう言えば、翔くんってプロのロードチームに所属しているよねぇ?チームを含んで訴えたら、たんまり賠償金とか和解金をもらえるよねぇ」

芳人はふてぶてしい口調で翔たちに言う。

「お前なぁ~!!」

翔がまた殴り掛かろうとした時、優衣は自分の財布から数枚のお札を取り出し、震えた手で芳人の前に差し出した。

「あの・・・!!このお金を差し上げますから、帰って下さい」

翔たちは優衣の思いがけない行動に驚いた顔した。

「・・・優衣?!」

芳人は優衣に差し出されたお金を受け取り、ジャンパーのポケットに入れた。

「あんたが誰なのか、分からないけど。ありがたく頂いていくよ」

芳人はお金を持って、ログハウスを出って行った。

芳人が居なくなる事により、緊迫した空気から解放された翔たちは体の力が抜けた。

翔は優衣に申し訳なさそう顔で、優衣を抱きしめた。

「優衣・・・ごめん。怖かっただろう?」

優衣は優しく微笑み、気丈に振る舞う。

「あたしは大丈夫だよ」

美奈子たちは優衣に感心した。

「ホント・・・翔くんに勿体無いぐらい、肝が据わった彼女ねぇ」

「ホントだなぁ」

優衣は翔を見上げる。

「それより翔くん、あの片岡さんと何かあったの?」

優衣の問いに美奈子たちは、困惑した顔をしながらうつむく。

美奈子たちが困惑してうつむく中、優衣に隠せないと思った翔は口を開いた。

「芳人は高校時代に、オレに対しての逆恨みで、オレらのバラバラにした張本人さぁ」

優衣は翔から思いがけないことを聞いて驚く。

「・・・えっ?!」

「始めりは――・・・」

翔は真剣な顔で優衣を見つめ、全てを語り始めた。


―2005年2月―

ある日の放課後。

翔は授業がおわり、ログハウスに向かうために高校の階段を下りていた。

すると、3階と2階の階段の間で、ハルと芳人が何かを話している姿を見つけた。


その頃の片岡はかなり・・・頭がイってしまっている行動する男であった。

色んな生徒から訳分からない理由でお金を借りるが、数日後に貸したお金を返済を求めると、自分の手を汚さない様に不良をお金で使い、返済を求めた者を闇討ちする。


翔は2人の会話が気になり、物陰に隠れて盗み聞きした。

「ねぇ~頼むよ~オレの家さぁ~貧乏で毎日、食べ物に困っているだよ。家にはお腹を空かした弟と妹が待っているだよ~」

ハルは困った顔する。

「でも・・・」

芳人はハルに肩を組み、顔を近づけた。

「頼むよ~ハルくん、オレ達、ダチだろう?」

ハルは芳人の❝ダチ❞と言う、言葉に根負けしてしまい、財布からお金を出そうとした。

すぐに物陰に隠れていた翔は、「ハル、出さなくっていいぞ」と、言いながらハル達の前に現れた。

翔の登場にハル達は驚く。

「・・・翔くん?!」

芳人はチッと舌打ちした。

「・・・チッ!」

「芳人、てめぇ。ほかの奴らからも金を借りているよねぇ。そんでも足りないのかよ?」

「翔くんには関係ないだろう?口を出さないでくれないか?」

翔は威嚇する様に、芳人を睨み付けた。

「てめぇは馬鹿か?関係あるから口を出すだろうが」

「翔・・・オレの邪魔した。どうなるか、分かっているの?」

翔はあざ笑うかのように、「お前がお得意の誰かに金で頼んで、オレを闇討ちするのか?」と、芳人に言い放つ。

「翔くん、冗談が上手いねぇ。そんな物騒な事は、お得意じゃないよ。それに、お互いに卒業式を控えるだし・・・平和に行こうよ」

「そうだなぁ」

翔はハルの腕を掴み、その場を立ち去った。

芳人はまた「チッ」と、舌打ちしながら、翔の後ろ姿を睨みつける。

翔たちは歩きながら、たまり場に向かう。

「翔くん・・・ごめんねぇ」

「何がだ?」

「芳人くんに・・・お金を」

「気にするなぁ。あいつはオレや達也と違い意味で・・・問題児だから。あいつにはもう関わるなぁ」

「・・・うん」


今、思えば・・・あの時に、しっかりと芳人の野郎に釘を刺して置けば。

❝あんな❞事が起きなかったはずだったんだと、オレは後悔している。


その夜。

翔は小屋でライトをつけて、ロードバイクのメンテナンスをやっていた。

すると、1台のワンボックスカーが翔の家の前に止まった。

翔はワンボックスカーに気づき、「・・・うん?」と、チラと見る。


翔から反対側のワンボックスカーの後席ドアが開き、【ドッサ!!】と、何かが落ちた音がしたと思ったら、ワンボックスカーは何処かに行っていた。

翔は懐中電灯を持って、音がした方を見に行く。

音がした場所には、強姦された服がボロボロの美奈子が倒れていた。

「美奈子!?」

美奈子は弱々しい声で、「あぁ・・・翔くん」と、腫れ上がった顔で、泣いていた。


翔はすぐさま美奈子を背負って、父親の知人のの病院に運んだ。

翔は深刻な表情しながら病室でパイプ椅子に座り、美奈子を付き添っていた。

翔は美奈子の治療が終えた時に、医師から暴行を受けた原因で美奈子が、流産した事を聞かされた。

そこに、翔から連絡をもらった達也たちが、美奈子の病室に駆けつけた。

「翔くん!?」

今にも泣きそうなナヲは、美奈子の元に駆け寄る。

「美奈子さん~!!」

「安心しろ・・・薬が効いて寝てるだ」

翔は立ち上がった。

「ワリぃ・・・ちょっと用事を済ませてくる」

般若みたいな表情の翔が病室に出ようとしたら、達也が翔の右腕を掴んで止める。

「翔、こんな時に・・・何処へ行く?」

「決まってるだろう・・・主犯格の片岡の所だよ」と、

達也を睨みつける。

「あいつの事だから、わざとらしく白を切るぞ」

「そんな事は、どうでもいい・・・!!」

「翔・・・冷静に考えろ!!今、お前があいつの所に行ったとしても、あいつの思うツボだ。お前は卒業したら、子どもの頃からプロロードレーサーにやっとなれるだろう?今、行ったら・・・!!」

翔は怒り狂うあまり、「片岡のせいで!!美奈子は・・・流産したんだぞ」と、病院内に響く大声出す。

ハルたちは驚き。

「・・・えっ!?」

達也は驚きのあまり、掴んでいた翔の腕を離した。

「オレもさっき・・・医者から聞いた話だけど。美奈子は妊娠していたらしい。だけど、美奈子を拉致した奴らに暴行されて、流産したみたいだ」 

「お腹の子の父親って?」と、ナヲは信じられない顔して、翔に問いかけた。

「ナヲ・・・お前だよ」

怒りが収まらない翔は思い切って、病室の壁を殴った。

「・・・クソが!!」

その後、翔は一人冷静になるために、病院の待合室のソファーで塞ぎ込んで腰掛けていた。

そこに、ハルが缶コーヒーを持って、翔に近寄って声をかけた。

「・・・翔くん?」

翔は塞ぎ込んでいた顔を上げ、ハルの顔を見る。

「ハル?」

ハルは翔に缶コーヒーを渡し、翔の隣に座った。

「・・・ごめん」

「何で・・・お前が謝るんだ?」

「やっぱり・・・片岡くんにお金を渡していたら・・・美奈子さんも美奈子のお腹の子も・・・」と、顔を塞ぎ込ませるハル。

「お前のせいでは無い。あの時・・・きっちりと、オレがお前と片岡を縁を切らさせていれば・・・」

翔とハルは少し沈黙する。

すると、夜の巡回していた知り合いの看護師さんが、翔を見かけて声をかけた。

「翔くん」

翔は立ち上がり、知り合いの看護師に駆け寄る。

「翔くんが運んで来た女の子は、具合はどう?」

「今は薬が効いて、寝ています」

「・・・そう。落ち着いたら、警察とその子の親御さんに連絡したいだけど」

翔は気まずそうな顔する。

「美奈子の両親は・・・美奈子が幼い頃に、交通事故で亡くなっているで・・・今は、児童施設で住んでいるです」

知り合いの看護師は、驚いた顔する。

「・・・そう」

「施設の方には、オレから連絡します」

「分かったわ。早めにねぇ」

「はい」

知り合いの看護師は、夜の巡回へと戻った。


その後・・・オレの証言などにより、美奈子を強姦したグループは逮捕された。

そして、そのグループの自供より美奈子を強姦されるために、彼らを金で雇った片岡も逮捕された。

片岡は他にも恐喝などの余罪があり、かなり重い刑を言い渡された。

それにより、片岡は退学処分された。


―数日後の放課後―

翔は花を持って、美奈子の病室の前に来る。

すると、美奈子の病室前ではナヲがうずくまっていた。

「・・・ナヲ?」と、翔はナヲに声をかけた。

翔に声をかけられたナヲは、泣いてる顔で翔の顔を見る。

「・・・どうした?」

ナヲは何も言わずに立ち上がり、何処かに走り去って行った。

翔はナヲの事を気にしながら、美奈子の病室に入る。

「うぅぅ・・・」

病室のベッドの上では、美奈子が体を小さく丸めながら泣いていた。

「・・・美奈子?」

美奈子も翔に声をかけられて、泣いてる顔で見る。

「翔・・・くん?」

翔はただならぬ雰囲気を感じ、美奈子に近寄った。

「お前ら・・・喧嘩でもしたのか?」

「ナヲくんと・・・さっき別れた」と、

美奈子はまた泣き始める。

翔は美奈子の隣に腰掛けた。

「やっぱり・・・流産した事が原因か?アレは・・・」

「・・・違う」と、美奈子が顔を横に振った。

「じゃあ・・・何が、原因で?」

「ナヲくんに・・・妊娠していたのを隠していた事」

「美奈子・・・ナヲに妊娠を隠して、どうするつもりだったんだ?」

美奈子はポツポツと、涙を布団に落としながら言う。

「妊娠が分かったのは・・・あの事件の数日前で。ナヲくんに言うと・・・何度も何度も思っていたけど。でも・・・ナヲくんはあたし達より年下で、まだ・・・18歳にはなってないから・・・!」

翔は美奈子の頭を優しく撫でる。

「だから、未来があるナヲのために別れて。一人で子供を育てるつもりだったんだなぁ?」

美奈子は頷いた。

「そうか・・・オレ、馬鹿だからさぁ・・・・お前のその選択が、❝間違っている❞とか❝正しい❞とかは、正直・・・分からない」

翔は美奈子の頭を撫でるのをやめ、切なそうな顔でうつ向く。

「だけど、これだけは言える。美奈子、俺やハルたちはお前の味方でいるから」

「ありがとう・・・翔くん」

翔は立ち上がって、美奈子の病室を後にした。


【それぞれの道へと・・・・】

―2022年3月19日―

「・・・―その後、オレたちの卒業式も近いのもあって、いつの間にか・・・ここの集まる事がなくなって。オレはハルの下駄箱の中に、この場所(ログハウス)の鍵を入れた。そして、高校卒業してから・・・今日まで、オレたちはバラバラになったんだ」

深刻な顔した翔は優衣の方を見る。

「優衣・・・ごめんなぁ。この前、民宿のカフェでオレに“高校時代に何かあったの?”って、聞いたけど。オレらの過去にこれがあったから、オレはあの時・・・答えられなかったんだ」

優衣は切なそうな顔で、俯いてしまった。

「そうだったんだ・・・翔くんがあたしに言えなかったのは、仕方ないよ」

重い空気が翔たちの間に流れて沈黙する。

少し沈黙した後、その重い空気をかき消すように美奈子が口を開いた。

「あのねぇ・・・」

美奈子はカバンからたくさんの手紙を取り出し、目の前のテーブルの上に置いた。

「実は、ハルくんとは高校卒業してから、文通のやり取りしていたんだよねぇ」

翔たちは驚く。

「・・・えっ!」

「だけどねぇ、9年前まではあたしが手紙を送ってから。ぱったりと返事が来なくなったのよ。でも久しぶりに手紙が来たと思ったら、このログハウスのガキと日付けとここに来て欲しいって書いていたの。すぐに ❝行くわ❞と、返事したけど・・・」

達也は腕を組んで、真剣な顔で翔を見る。

「なぁ・・・・翔、そろそろ教えてくれよ。美奈子と文通がぱったりと途絶えた頃、10年前のハルと会ったのはお前だけだ」

美奈子たちは驚いた顔で、翔の方を見る。

「そうなの!?」

翔は苦しそうな顔で俯く。

「あぁ・・・・確かに、10年前にこっちで行われたレースの後にハルと会った。少し話しただけだ」

達也は苛立った口調で、「翔・・・お前、オレらに何かを隠してるだろう?お前とは、中学から長い付き合いだ!!ある程度の事を知ってるつもりだ。だから、お前が何かを隠してる事は分かる。何で?その隠してる何かをオレらに言えないだ?そんなに・・・オレらの絆は脆いのかよ?」と、翔に言う。

翔は切なそうな表情で、達也を見つめる。

「悪い・・・隠してる訳では無い。まだ・・・ハルに関して、❝疑問❞があるから、話せないだけだ」

達也たちは、翔の❝疑問❞って言う言葉に違和感を感じた。

「お前が言う、❝疑問❞って・・・何なんだよ?」

翔は達也の問いに答えず、「・・・すまん」と、俯いたままであった。


その時、ログハウスの外から助けを求める純の声が聞こえた。

「誰か・・・助けて下さい!!」

翔たちは驚きながら慌てた様子でログハウスから出ると、純が芳人に追いかけられる所が見えた。

翔と達也は急いで、純の元に駆け寄る。

「お前〜!!何してるだよ!!」

翔は芳人に駆け寄ると、芳人の顔を殴った。

「痛えなぁー!!」

芳人は翔に殴られたいきよいで、後ろに倒れ込んだ。

翔は倒れた芳人を押さえ込んた。

「お前なぁ!!」

翔はもう一度、芳人を殴ろうとしたが、達也に後ろから止められる。

「翔!!落ち着け!!」

優衣と美奈子は毛布を持って、怯えた純の肩にかけた。

「てめぇ(芳人)は!!いつまで!!ハルを苦しめるだよ!!」

芳人は不思議な顔で、

「・・・はっ?お前、さっきから何を言ってるんだ?ハルは、9年前に病気で死んでいるだぞ?」と、口から出ている血を袖で拭いた。

翔たちは驚いた。

「・・・えっ!?」

翔の中で、“やっぱり・・・”と言う、願っていない事が確信に変わった。

芳人は翔たちが驚いた顔を見て、彼らがハルの死を知らないと気づく。

「お前らさぁ〜!!あんだけ、❝仲間❞とか!!❝親友❞だって言ってるわりには!!ハルが死んだ事を〜!!知らなかったかよ!!俺なんか!!ムショの中でいた時から、情報屋から聞いて知ってるぜ。さっきはオレ様が空気を読んで、言わなかったが!!」と、

翔たちを挑発するように芳人は言った。

「うるさい!!黙れ!!」と、涙を流しながら、翔は芳人をもう一度殴った。

「・・・うっ!!」

その後、美奈子が警察に連絡より芳人は逮捕された。

翔たちは警察から事情聴取が終えた後、純と一緒にログハウスに戻って来た。

「皆さん、ごめんなさい」と、純は翔たちに頭を下げて謝った。

「別にいいのよ」

「そうですよ。純ちゃんが無事で良かったです」

純は頭を上げ、切なそうな顔する。

「皆さんには・・・まだ謝る事が・・・」

翔はズボンのポケットから、ハルの手紙とログハウスの鍵を取り出した。

「ハルの名前でこの手紙と鍵をオレらに送ってきたのは・・・君だよねぇ?」

「・・・はい」と、純はゆっくりと頷く。

「やっぱり・・・かぁ」

翔は動揺が隠せない様だった。

「翔・・・騒ぎが起きる前にお前が言っていた、❝疑問❞って・・・ハルが死んでいた事か?」

「・・・あぁ、そうだ」

「翔くんはいつからハルくんの病気の事を・・・知っていたの?最後に会った日、何があったの?」

翔は困惑した顔する。

「翔、オレ達に・・・全てを話してくれよ」

翔は真剣な顔で俯いた。

「それは・・・」

翔は全て包み隠さず語り始めた。


―2005年2月―

美奈子のお見舞い終えた翔が病院を出ようとしたら、知り合いの看護師さんが翔に声をかけた。

「翔くん~!!」

翔は立ち止まり、看護師の方を振り向いた。

「あぁ・・・どうも」

「例のお友達のお見舞い?」

「はい・・・」

看護師はチラッと、翔の制服を見てに気づく。

「翔くん。ハルくんと知り合い?」

「はい、一応・・・高校の同級生です」

看護師は少し切なそうな顔する。

「そう、仲良くしてあげてねぇ。彼・・・病気と戦いながら、今を一生懸命・・・生きてるようだから」

翔は看護師の言葉に、困惑した顔する。

「・・・えっ!どうゆう意味ですか?」

看護師は口を滑らせてしまった事に気づく。

「・・・あっ!?ごめんなさい!!てっきり・・・ハルくんから聞いてると思って!!」

「ハル・・・いや!!彼は何の病気なんですか?」

「実はねぇ・・・」と、看護師は気まずそうな表情で、ハルの病気の事を語り始めた。

「ハルくん・・・高校入学する前にがんが見つかったのよ。しかも・・・摘出するのが難しい場所にガンがあってねぇ・・・今は薬で病気の進行を少し止めるだけど。薬の副作用で歩くのが辛いはずなんだけど・・・」

翔は信じられない気持ちだった。


いつも自分のそばにいるハルからそんな様子が見られなかった。

そして、そんなハルの様子に気づけなかった自分の不甲斐ない気持ちになった。


「あの・・・ハルは、いつまで生きれるですか?」

「私も詳しく事は聞いてないけど。先生の話だと・・・長くって、7~8年ぐらいよ」

翔はハルの余命を聞いて、困惑した顔になった。

「そう・・・ですか」

翔はその後の記憶が無かった。

気づくと、いつものログハウスのソファーに腰掛けていた。

「・・・はぁ!?」

翔はハルたちと一緒に撮った写真を手に取っていた。

「はぁ・・・」と、ため息を吐くと、写真を置いてある場所に戻した。

そこに、ハルがログハウスにやって来た。

「翔くん、来ていたんだ」

ハルは普段通りの様子を見せる。

「そう言えば、美奈子ちゃんのお見舞いに行って来たんだよねぇ?美奈子ちゃんの様子はどうだった?ホントは、僕もお見舞いに行けたらいいだけど・・・どうしても・・・病院がねぇ~」

翔は普段通りのハルの様子を見るのが、とても辛くなって来た。

「なぁ~・・・ハル」

「うん?」

「お前・・・病気なんだってなぁ?」

ハルに驚き、すぐさま動揺した顔を見せる。

「何で・・・!?翔くんがその事を知ってるの?」

「美奈子が入院している病院には、オレの父親の知り合いの看護師が居て。その看護師さんから聞いたんだよ」

「・・・そっか」

ハルは困った顔をしながら、ぎこちない笑顔を翔に見せた。

「何で・・・病気の事を、オレらに言わなかったんだ?」

「それは・・・もし病気の事を言ったら、翔くん達は気を使って、僕に今までみたく接してくれないでしょ?僕は・・・それが嫌なんだ」

「だからと言って!?達也たちには言わないのは・・・間違ってる!!」

ハルはまた、ぎこちない笑顔を翔に見せる。

「翔くん・・・ごめんねぇ」

そのハルのぎこちない笑顔を見ると、ハルを攻める自分が情けなく感じた。

そして、腹立たしく感じた。

「もういい・・・!!勝手にしろ!!」

翔はハルを残し、逃げる様にログハウスを出て行った。

ログハウスを後にする、翔の後ろ姿をハルは切なそうな顔で見つめる。


オレは卒業するまで高校では気まずさもあり、ハルを避ける様に過ごした。

卒業してからオレはハルへの罪悪感を感じながら・・・プロレースチームがある東京に行ったんだ。


―10年前、2012年6月―

地元で行われたレースでは、翔が単独でゴールした。

取材人からインタビューなどを対応した翔は、疲れきって俯きながらロードバイクを押し、チームのテントを向かっていたら。

すると、背後から「・・・翔くん」と、懐かしいハルの声が聞こえた。

翔は立ち止まり、後ろを振り向いた。

翔の後ろには高校時代よりも、痩せこけたハルが立っていた。

翔は驚き、ハルに近寄る。

「・・・ハル!?」

ハルはぎこちない笑顔を、翔に見せた。

「元気か?」

「・・・うん」

「なぁ、ハル――・・・!?」

翔がハルに会話しようとしたら、チームのスタッフが翔を呼ぶ。

「翔さん〜!!そろそろ〜!!テントに!!」

翔は慌てて、スタッフの方を観る。

「あぁ~・・・分かった!!」

翔はもう一度、ハルの方を振り向いた。

「ハル、この後・・・時間があるか?」

「うん、あるよ」

「そりゃ、よかった。待ち合わせ場所は・・・」

「あの頃、たまり場していたログハウスでいい?」

「分かった」

翔は急いで、チームのスタッフの元に向かった。


【天燈飛ばし…想いを乗せて】

翔はチームで泊まっている旅館からロードバイクで、ハルとの待ち合わせ場所であるログハウスまで、猛スピードで漕いで来た。

翔が近くまで来ると、たまり場であったログハウスには灯りが点いていた。

ハルが乗って来たであろう軽自動車が、ログハウスの近くには止まっていた。

翔はロードバイクから降り、ログハウスの脇に置いた。

翔はログハウスの階段を登ると、ハルがログハウスのテラスのベンチに座っていた。

「翔くん、思ってた以上に早かったねぇ」

翔は上着のポケットに両手を入れ、ハルの向かい側にあるベンチに座った。

「お前を待たせたくなかったから、早く行きたんだよ」

「・・・そっか」

2人は沈黙するが、少し経つとログハウスの辺りが暗くなった。

ハルは立ち上がった。

「ねぇ、ドライブに行かない?」

翔はハルの突然の申し出に驚きながらも、

「・・・あぁ」と、返信した。

2人はハルの車でドライブした。

翔とハルは車内では、一切会話しなかった。

2人を乗せた車は、目的地に着くと止まった。

翔たちが車から降りると、目の前には綺麗な夜景が見える展望台。

翔たちは近くの自動販売機で飲み物を買って、展望台から夜景を眺めた。

「翔くんとこうやって2人で話すのって・・・何年ぶりだろうねぇ?」

ハルは嬉しそうに、笑みを浮かべた。

翔は缶コーヒーをひと口飲む。

「高校を卒業前、あのログハウスで・・・口論した時からだからだなぁ」

「そう・・・だったねぇ」

「なぁ、ハル。病気の方はどうなったんだ?」

翔の問いにハルは少し苦笑いした。

「うん・・・辛い治療と薬のおかげで、生活するぐらいは問題ないよ」

「・・・そっか」

「僕ねぇ。高校卒業してから今までさぁ、一眼レフカメラをもらって、日本やアジアを旅していたんだ」

翔は少し驚く。

「何のために?」

ハルは少し考え、「うーん・・・多分、自分が消えた後の世界に自分が“生きた証”を遺したいと思ったからだと思う」と、俯きながら翔に言う。

「・・・“生きた証”かぁ」

翔はハルが凄い人間だと思った。


もしも、自分が同じ立場だったら、“生きた証”を残そうとは思わなかっただろう。

日々、近寄る“死”への恐怖を感じ、残り時間を生きていただろう。


「その旅の中で、印象に残った国はあったか?」

ハルはまた、少し考えた。

「う~ん・・・台湾かな?」

「どんな風に印象に残ったんだ?」

「僕が訪れた台湾の地域では、死者の魂を天国に帰す神秘的な風習があるんだ。その風習では、天燈てんとうと言う、燈籠に家族や親しい友人らが一人一人、故人へ語りかけて。最後は皆で故人の魂を乗せた、天燈を空に飛ばしながら見送るだよ」と、ハルは翔と昔の様に話せている事に嬉しく感じ、夢中で天燈のことを話す。

翔はしっかりと、ハルの話を聞く。

「死者への想いを込めて、天燈を一斉に空へと飛ばんだ。それが・・・とても綺麗なんだ」と、ハルは目をキラキラさせていた。

「そっか。オレもいつか見てみたいなぁ」

「なら!!美奈子ちゃん達とあのログハウスに集まって、一緒に作ってやろうよ!!」

ハルの突拍子もない言葉に、翔は驚いた。

「・・・はぁ!?」

「例えさぁ・・・僕らが出会って20年目を迎える、10年後とかさぁ」

ウキウキしているハルを見て、翔は出会った頃と変わっていない事に安心しつつ、瘦せこけたハルを見ては、ハルのタイムリミットが近いと感じた。

「あぁ・・・そうだなぁ」と、翔はハルのいきよいに圧倒された。

「早く・・・皆に会いたいなぁ」と、ハルは夜景を見つめながら独り言の様に呟く。

「そう・・・だなぁ。また、皆であのログハウスに集まりたいなぁ」

翔は内心、ハルの命が尽きるまでには、ハルの願いを叶えたいと、強く強く思った。

「なぁ・・・ハル」と、翔は照れくさそうに、ぎこちない言葉で話し始めた。

「うん?」

「今、所属しているチームの推薦で、近く内に海外ロードチームに参加して。有名なロードレースに出るかもれないんだ」

ハルは驚き、自分のことの様に嬉しそうな顔した。

「え~!!本当に!?おめでとう!!」

「・・・ありがとう。でも、まだ“かもれない”だからなぁ。その海外チームのレギュラーにならないと、他のレースにも出ないし」

「翔くんなら、すぐにそのチームのレギュラーになるよ」

ハルの嬉しそうな顔を見て、翔も嬉しい気持ちになった。

「あんなり期待するなぁ」

「期待するよ!!だって!!翔くんは昔も今も、僕のヒーローなんだからさぁ」

ハルのその言葉に、翔は呆れた顔する。

「それ、俺と出会った頃も同じ事を言って居たなぁ」

「ホントのことだもん」

その後、自分が宿泊する旅館の前まで、翔はハルに車で送ってもらった。

翔は車の助手席のドアを開け、車から降りた。

「ハル・・・送ってくれて、ありがとうなぁ」

「どういたしまして」と、翔に笑顔を見るハル。

そんなハルの笑顔を見て、翔は別れを惜しみ始めた。

「また会えるよな?」と、翔は不安そうに言う。

「当たり前じゃん」と、ハルは答えた。

「そう・・・か」

翔は不安を押し殺して、車のドアを閉めた。

「じゃあ、さようなら」

「ハル、“さようなら”は違うだろう?」

翔の言葉に動揺するハル。

「“さようなら”ってのは、“もう会えなくなる人”への言葉だ。オレたちはまた会えるんだから、“また会おう”でいいだよ」

「そうだねぇ。また会おうねぇ、翔くん」と、ハルは翔に笑顔を見せた。

「あぁ・・・また会おう、ハル」

ハルの車は自宅へと、向かって走り出した。

翔はハルの車が見えなくなるまで、ずっと見つめていた。


―2022年3月19日―

「これが・・・オレがハルに会ったのは最後の日の話だぁ」

翔たちの間には、重い空気が流れた。

「・・・そっか」

涙目の美奈子は、純の方に顔を向けた。

「ねぇ、純ちゃん。ハルはいつ亡くなったの?」

「9年前の3月20日・・・」と、純は涙をぽたぽたと落としながら俯く。

翔たちは純の言葉に驚き戸惑う。

「・・・えっ!マジかよ!?」

「その日って・・・翔くんが海外チームで!!」

翔は急にその場にしゃがみこんだ。

「(やっぱり・・・あれは、夢じゃなかったんだ)」


―9年前の2013年3月20日―

翔を含んだ海外のロードレーサー達が、熱く戦うレースの終盤。

翔はチームメイトの協力の元、ゴールスプリントに備えて走っていた。

「(あとは、リーダーからのゴーサインがくれば!!)」

最終コーナーを曲がり終えた瞬間に、チームメイトは手信号でゴーサインを出した。

翔は全力でゴールスプリントを始めた。

「おりゃー!!」

他のチームの選手たちもゴールに向けて、ゴールスプリントを始めた。

「(マジ・・・・!!スプリント、キツイ!!)」

すると、ゴールゲートの周りにいる観客には遠くから、翔を含んだ選手たちがゴールスプリントする姿が見えた。

「おりゃー!!」

翔たちはゴールゲートを向かって追い越したり、追い抜かれたりの接戦していた。

だが、ゴールゲートから少し離れた場所で翔の前を走っていた、選手のロードバイクのチェーンが外れ、そのまま落車した。

「(・・・えっ?!)」と、翔は驚きながら、ブレーキをかけたが間に合わず。

その落車に巻き込まれた、翔は激しく落車した。

レースを観戦しに来た人や翔のチームスタッフなどが唖然となった。

観客たちは悲鳴を上げ始めた。

翔を含んだ選手たちが次々と落車していた。

翔は激しく転倒したせいか、意識が朦朧としており、周りの人たちの声が遠く聞こえた。

翔は虚ろな目で、雲が流れる空を見つめていた。

「(あぁ・・・やべぇ。オレ、死ぬのかな?)」

翔はゆっくりと目を閉じた。

すると、誰かが【翔くん】と、自分の名を呼んでいると思い目を開くと、ハルが翔の前に立っていた。

「・・・ハル?」

翔は辺りを見回すと、高校時代の通学路であった河川敷の道に、いつの間にか立っていた。

翔は混乱していた。

「あれ?オレ・・・さっきまで?!」

ハルは笑顔を見せる。

「翔くん、止めに来たよ」

翔はハルが言っている意味が、理解することが出来なかった。

「ハル?何を言っているんだ?止めに来たって?これは、夢だろう?」

ハルは一瞬だけ複雑そうな顔を翔に見せた。

「そうだよ・・・翔、これは全て夢だよ」

翔は不思議と前へと進もうとすると、ハルが翔の左の袖を引っ張って止めた。

「何で、止めるんだ?オレ、あっちに行かないといけないだよ」

ハルは真剣な顔で、翔を見つめる。

「ダメだよ!!翔くん。あっちはまだ、君が来る場所じゃないよ。翔くんには、君の帰りを待ってる人がいるんだから」

初めて見ると言ってもかまわないぐらいなハルの真剣な顔に翔は驚く。

「そう・・・か?」

ハルは翔の後ろ方を指差した。

「翔くんが行かないといけない場所は、 後ろの方だよ」

「・・・うん」

翔は後ろを振り向いた。

翔の目の前には、光り輝く開いた扉があった。

翔の背中越しに、ハルは話しかけ始めた。

「まだこっちを振り向いちゃ、ダメだよ」

「・・・あぁ」

「翔くん。今度、会う時はさぁ・・・お酒を飲みながら語ろうよ」

「ああ・・・そうだな」

背中越しに話すハルの言葉に、翔は違和感を感じた。

「なぁ~・・・ハル。お前が言っている言葉、なんか別れを告げるみたいなぁ」と

翔は後ろのハルの方を見ようとした。

「また、会おうねぇ」と、ハルは両手で翔の背中を強く押し、翔を光り輝く扉の中に入れさせた。

翔は驚きながら一瞬だけ目を閉じた。

「・・・!?」

最初に目に付いたのは、見知らぬ天井だった。

そして、翔は全身から痛みを感じた。

「(痛てぇ・・・!!)」

翔は自分がベッドに横たわりながら、口に酸素マスク、左腕には点滴が刺されている状況を認識した。


―2022年3月19日―

翔は小さくうずくまってしまった。

「マジかよ・・・!!」

翔の様子を心配する美奈子たち。

「翔くん・・・大丈夫?」

「大丈夫・・・ちょっとなぁ」

翔は立ち上がった。

「皆さん宛に送った手紙については、兄が亡くなる前日に、“自分が死んで、9年後である・・・2022年2月頃ぐらいには送って欲しい”と、頼まれました」

純はカバンから一通の手紙を取り出し、翔の方へと近寄って来た。

「それと・・・皆がこの場所に集まったら、翔さんにこの手紙を渡して欲しいと、頼まれました」

純は翔にハルからの手紙を差し出した。

「そうか・・・」と、翔は純から手紙を受け取る。

「皆にこの手紙を届けるために、このログハウスに来る途中で・・・あの片岡さんって言う人に出くわしてしまい。片岡さんは高校時代に何度か、兄にお金を借りようと家に来ていたんで。咄嗟とっさに逃げたら・・・追いかけて来たんです」

「そうだったのか」

翔はハルから手紙を読めず、ジッと見つめていた。

心配そうな顔する優衣は、 翔のそばに近寄った。

「翔くん?」

翔は不安気な顔で、ハルの手紙を見つける。

「あたしが・・・ハルさんの手紙を読もうか?」

「ありがとう、優衣」

翔は優衣にハルの手紙を渡した。

優衣は手紙の封筒から文が書いてる紙を取り出し、声を出して音読した。



拝見、信頼なる友である皆たちへ。


この手紙が読まれている時、共に青春を過ごした翔たちが思い出が詰まった、あのログハウスに集まってくれている事を信じて、ベッドの上でこの手紙を書いています。

一番最初に皆、何も言わずにこの世界から居なくなって、ごめんなさい。

多分、僕の病気の事は妹の純か、翔くんから聞いていると思う。

もしかしたら、僕の病気と死んだ事を聞いて、美奈子ちゃんは泣いているのかな?

美奈子ちゃん、泣かしてしまってごめんね。

今回、皆にログハウスに皆が集まってもらったのは、どうしても叶えたい事があったんだ。

そのきっかけになったはねぇ、翔くんと再会した時。

翔くんとあの頃の思い出を話している中で・・・身勝手な事なんだけど、

“大人になった皆と思い出のログハウスに集まって、あの頃の様に笑い合いたい”と思ったんだ。

僕にとって、皆と過ごした学生時代の日々は、大事な宝物であり、“もっと生きたい”とか“皆と同じように年をとりたい”と願い続けた時間だったんだ。

本当なら、来てくれた皆に【ありがとう】と、直接伝えたかった。

でも、この手紙を書いている僕にはそんな時間が残り少ない。

だから、この手紙を通して言わせてもらいたい。

みんな、ホントにこんな僕にかけがえのない、素晴らしい青春を与えてくれてありがとう。

そして、今日は来てくれてありがとう。

またいつか、皆と会えると信じて、この手紙を書き終えたいと思う。


皆、See You Again  

ハルより。



優衣がハルの手紙を読み終えると、ログハウスの中に美奈子たちがすすり泣く音が聞こえた。

「ハルらしいなぁ・・・その手紙」と、溢れる涙を服の袖で拭く達也。

「あぁ・・・そうだなぁ」

「皆さん・・・改めて、兄に≪もっと、生きたい≫と、思わせてくれて。そして、兄に会うために集まってくれて。 妹のあたしから見ても、兄は幸せだったと思います。本当に、本当にありがとうございました」

純は涙を流しながら、翔たちに深々と頭を下げた。

「別に・・・オレたちはハルに何もして居ない。逆にハルの最後の願いがあったからこそ、こうして・・・集まる事が出来たんだ」

美奈子は目から出る涙を服の袖で拭きながら、翔の方に近寄る。

「ねぇ・・・翔くん」

「うん?」

「皆を集めてくれたハルくんに、恩返ししたいだけど。何か無いかな?」

「う~ん・・・」

翔は考え始め、すぐにハルと再会した日に、ハルが話していた“天燈”の事を思い出す。

「天燈は・・・どうだろうか?」

「天燈?」

「ハルと再会した時に、話してくれたんだ。天燈は日本で言う、灯篭流しみたいな台湾の風習で。家族や親しい友人らが一人一人、故人へ語りかけて。最後は皆で故人の魂を乗せた天燈を、空に飛ばして見送るんだ」

翔のアイデアで、子供の様にはしゃぐ美奈子たち。

「いいかもねぇ!!」

「材料はホームセンターで買って、夜にでもやろうぜ!!」

「・・・あぁ、そうだなぁ」


―ハルの命日、2022年3月20日―

翔たちはネットで天燈の作り方を調べ、ホームセンターで材料を買って作り始めた。

翔と美奈子は二人で天燈の骨組みに貼る、和紙をハサミなどで切っていた。

「ねぇ、翔くん」

「どうした?」

「なんか懐かしいねぇ。またこうして、皆と何か1つの事をやるってさぁ。」と、美奈子はとても嬉しそうな表情であった。

「そうだなぁ・・・あの頃の俺たちはこうやって同じことをやるのは、当たり前だったけど。大人になった今では、それが当たり前がいつの間にか・・・生きるために必要な事になって、苦痛になってしまっているんだよなぁ」と、翔は珍しく微笑んだ。

「そうだねぇ・・・それにさぁ、あの頃は“早く大人になりたい~”と、口癖の様に言っていただけど。いざ大人になってみたら、今度は、“あの頃に戻りたい”って、思っちゃうだよねぇ。これってさぁ、年のせいかなぁ?」

美奈子が問いかけると、翔は少し作業の手を止めて考えた。

「う~ん・・・多分それは」

翔はログハウスの中を、思い出深く周り見渡す。

「ハルとこのログハウスで過ごした日々が、大人なった今のオレ達にとって、何よりも“大事”と想えるからこそ・・・“あの頃に戻りたい”と思えるだよ」

翔が止まっていた作業を再開した。

「でも、その“大事(こと)”に気付いた時には・・・オレ達はハルを含めて、たくさんのモノを失って来た。今こうして、お前らと居れるのは・・・オレは奇跡だと思うんだ」と、切なそうな顔する翔。

「確かにねぇ…あたしも一歩間違っていたら、翔たちと出会っていなかったかもしれないし、友達にもなっていなかったかもしれないかぁ」

美奈子はまた、翔の方に顔を向けた。

「ありがとうねぇ。あたしと出会って、“友達”になってくれて」

翔は美奈子から意外の事を言葉を聞いて驚いた顔をする。

「何だ!?急に!?」

美奈子は微笑む。

「急に言いたくなったのよ」

「そう・・・かぁ」

翔は呆れた顔する。

その夜。

空は満天の星たちが輝き、綺麗な月が浮かんでいた。

翔たちはログハウスから少し離れた場所にある、草原への細い雪道を白い息を出しながら歩いて向かう。

翔たちは草原地に着く。

雪が降り積もった草原は、月明かりでキラキラしていた。

「火を点けるぞ」

「あぁ・・・頼む」

達也は翔が持つ天燈の中にある、ロウソクに火を点けた。

ハルの天燈が飛ばない様に、皆で囲むように持った。

優衣は美奈子の子供と純と共に、一緒に翔たちから少し離れて見守っていた。

翔たちはハルへの感謝の気持ちを天燈に込めながら見つめる。

「さぁ・・・始めようぜ」と、切なそうな声で達也を言う。

美奈子は目から溢れそうな涙を堪える。

「ハルくん・・・あの日からバラバラなって居たあたし達を、もう一度集めてくれて・・・ありがとうねぇ。あたしがそっちに行った頃には、おばあちゃんになって。多分、あたしだって分からないかもしれないけど。それぐらいおばあちゃんなるまで、あたし・・・生きるねぇ。またねぇ」と、天燈をハルだと想いながら美奈子は泣いた。

そして、美奈子は涙が止まらず、 その場にうずくまった。

「次は、僕ですねぇ」

今度は、ナヲがハルへの想いを語り始めた。

「ハル先輩。後輩である僕を仲間に入れてくれて、ありがとうございました。ハル先輩や翔先輩たちのおかげで・・・濃い青春を過ごす事が出来ました。そして、死ぬまでオレの事を大切な仲間だと思ってくれて、本当に・・・本当にありがとうございました」と、泣きながら天燈に一礼して少し離れたナヲ。

「ハル・・・ワリ。気が利いた別れの言葉が、思い浮かばねぇ。だけどよ!!オレがお前に伝えたい事はよぉ。お前と出会えて、同じ時間を過ごせてよかったぜ。オレがそっちに行ったらよぉ、生きてる内に果たせなかったけどよ・・・皆で酒を飲もうぜ。約束だぞ」

翔の番になったが、無言で天燈を見つめる。

「ワリ・・・達也。ログハウスに戻って、タバコを吸って来る」

「おい・・・翔!?」

翔は無言で達也たちから離れ、ログハウスに向かって歩き始めた。

「飛ばすぞ」と、達也は手に持っていた天燈を夜空に飛ばした。

天燈はゆっくりと、空高く飛んで行った。

「これで・・・本当にハルくんと・・・お別れになるねぇ」と、美奈子は涙をこらえて言う。

達也たちは空高く飛んだ天燈を見えなくなるまで見守り続けた。

ログハウスに向かう翔を優衣を走って追いかける。

「翔くん!!」

優衣は翔の前に来て、翔を止めた。

「翔くん・・・達也たちみたく、ハルさんにお別れを言わなくてもいいの?」

翔の切なそう表情で後ろを振り返り、空高く昇ってゆく天燈を見つめる。


なぁ・・・ハル。

お前が美奈子たちへの手紙を見て、お前が死んだ事を確信していたんだと思う。

だって・・・オレの手紙の最後の部分だけ、“翔くん、僕の願いを皆と叶えて”と、書いてあった。

ハル、オレがお前の願いを叶えられなかった。

もしも、オレだけじゃなく、美奈子たちが集まらなかったらどうするつもりだったんだ?

それでも・・・お前は、あの頃と変わらないオレ達との“絆”を信じていたのか?

まぁ、多分・・・お前の事だから、信じて居たんだろうなぁ?

正直、お前がこの世界に居ないのは・・・寂しいよ。

生きていたらいつでもまたハルに会えると思っていたし、またお前と笑い合えると思っていたんだ。

だけど、生きて居てもお前と会えないと思うと、オレはお前との思い出の数々が頭に甦り、心が苦しくなり・・・切なくなり、オレはお前を想い、柄にもなく泣きそうになる。

それだけ、お前がオレにとって大切な“友”だったんだと気づかされた。

その“友”であるお前だけには、話そうと思う。

オレがロードに乗らなくなった理由を・・・それは、身勝手かもしれないけど。

あのレースの落車事故をきっかけに、オレはお前のヒーローである自分に疲れて、逃げ出してしまっただと、今思う。

あの事故を遭った後、オレは『これでハルはがっかりとかして、オレをヒーローだと思わなくなるだろう』と、勝手に思っていた。

だけどそれは、ロードで走る事から逃げ出したオレの≪身勝手な言い訳≫だと思う。

ロードを走らなくなって、オレにロードで走る理由をくれたお前がこの世界に無くなって気づいたんだ。

オレはロードを走り続ける理由・・・『オレはきっかけをくれたお前が、誰かに誇れる“友”であり続けたい』と、改めて、お前に誓うよ。

オレはお前の“友”である限り、自分の武器であるロードを走り続けるよ。

そしていつか、お前が居る世界にオレや達也たちがたどり着いたらさぁ、またあの子供っぽい笑顔でオレ達を出迎えてくれ。

その時は一緒に酒を飲みながら、あの頃の様に笑って語り合おう。

今はお前に、【さようなら】は言わない。

だって、オレたちはまたいつか出逢えるのだから。


じゃあ、また逢おうなぁ・・・ハル。



「お別れじゃないよ・・・また会えるさぁ」と、翔は言いながらまた歩き始めた。

優衣は翔の後ろ姿を見つめながら、不器用な翔なりの言葉を優衣には理解した。

「うん・・・そうだねぇ」

優衣は微笑みながら、もう一度翔を追いかける。

「翔くん、待って!!」

翔に追いついた優衣は、腕を組んだ。

「あのねぇ、翔くん。翔くんに伝えなきゃいけない事があるんだよねぇ」

「うん?」

「実はねぇ。あたしねぇ・・・翔くんと子供を妊娠したんだよ」と、優衣は嬉しそうに言う。

翔は驚きのあまり立ち止まった。

「マジかよ!!」

「マジの、マジだよ」

翔には実感がまた湧かなかったが、心から嬉しいと思った。

「そうか・・・嬉しいよ」

初めて心から嬉しそうな翔の表情を見て、優衣は嬉しいと思えた。

翔は優衣の妊娠した事の報告で、改めて決意した。

「なぁ・・・優衣」と、微笑む翔。

「うん?」

「オレさぁ・・・どれぐらいかかるか分からないけどさぁ。もう一度、ロードレーサーに復帰しようと思う」

今度は優衣は驚く。

「えっ!?本当に!?」

「あぁ・・・ここに来て、いろいろスッキリする事が出来た」

優衣は今の翔の表情を見ただけで、区切りがついた事が分かった。

自分の目の前にいる翔は優衣と出会った頃のクールな翔ではなく、 しっかりと自分に意志を伝えてくれる翔が居た。

そして、心の中で優衣はハルに感謝する。

「そっか。それはよかったねぇ」と、優衣は翔に優しく微笑む。

「優衣・・・こんなオレだけどさぁ、死ぬまで一緒に居てくれるか?」と、照れくさそうに翔は優衣に右手を差し出した。

初めて翔と心通わせた事と、改めてプロポーズされたと思えて、また嬉しくなった。

「当たり前じゃん!!あたしはあなたの妻だよ。翔くんがあたしを愛し続ける限り、あたしは翔くんを死ねまで愛し続けるよ」と、差し出された翔の手を優衣は、微笑みながら左手で握った。

「そっか。優衣・・・ありがとう」

翔と優衣は手を握りながら、ログハウスに向かって歩き始めた。

すると、幸そうに歩いてる翔と優衣の後ろ姿を、ハルは嬉しそう微笑みながら見守っていた。

「翔くん・・・また逢おうねぇ」と、ハルは微笑みながら消えると、白い雪がチラチラと降り始めた。

それはまるで、翔と優衣に新しい家族を増えた事を、ハルが祝福するかのように、空に浮かぶ月の明かりに照らされてキラキラと輝かせて降っていた。


【完結】


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