Lo16."狂嵐の奈落鹿"って二つ名、ついさっき思いつきました
ユナさんが大事な話があると言ってきました。あ、私にじゃないですよ。もちろんユーくんです。私もなんとなくこの場にいますけど。
私が混ざってていいんでしょうか? と思いつつも、席を外す機会を失ったのでそのままいます。可愛いだけの置物、それがチーちゃんです。
「お母ちゃん、話って……?」
ユーくんがユナさんにおずおずと問いかけます。ユナさんはゆっくりうなづきました。な、なんかシリアスな話が始まりそうです。
「昼間出たあの鹿は、【"狂嵐の奈落鹿"ラグナディア】と呼ばれる【混沌魔物】よ」
「きょーらんのラグナディア……」
な、なんか強そうな名前が出てきました。二つ名があるとか、もう完全にボスモンスターじゃないですか!
「そう……【"狂嵐の奈落鹿"ラグナディア】……今私が名付けたわ~」
「今名付けたんですか!?」
「冗談よー」
「冗談なんですか!?」
「なんかかっこいい名前だから一瞬信じたよ!?」
もう、この人は!
シリアスな雰囲気だったのに、なんか台無しですよ!
「まーそれはともかく……ユーくん。あれと戦ってどうだった?」
「すごく……大きかった。強くて、剣も効かなくて、何も出来ないままやられちゃった」
「なんで戦ったの? あれだけ大きな魔物なら、あなたなら気配を察知して隠れるくらいは出来たと思うけど」
言われてみれば確かにそうです。鈍感な私でさえ近づく前に気付いて隠れたほどの大きな気配でした。私よりはるかに森に慣れているユーくんが気付けないとは思えません。ユナさんの問いに、ユーくんはバツが悪そうに顔を下に向けましたが正直に話しました。
「それは……戦ってみたいって思ったから」
「そっかぁ」
ユーくんが戦ったのは、どうやら好奇心からだったようです。元々、勇者に憧れるような少年です。自分なら倒せると思ったのかもしれません。私だったら絶対に避けますが、ユーくんはまだ10歳の子どもです。恐いものしらずだったのでしょう。
ユナさんはそんなユーくんに対して怒りはしませんでした。あくまで穏やかで、諭すような口調でした。
「ねぇ、ユーくんは勇者ってどんなものだと思う?」
「ボクにとっての勇者は……強くて、カッコよくて、みんなが憧れるようなヒーローで……」
「今日のあなたは、強くてカッコいいヒーローって言える?」
「それは……ボクがまだ弱いから……」
「確かに貴方は弱い……でも強くてかっこいいってのは、単に戦う強さじゃないと私は思うわ。本当の強さというのは……」
そう言うと、ユナさんは私の頭をポンと撫でた。え、私ですか? 私が困惑していると、ユナさんは話を続けました。
「チーちゃんはあの鹿を見た瞬間、とても怖がってた。チーちゃんは弱いから。でもね、彼女は貴方を救うために必死だったわ。全てを捧げてもユーくんを救おうとする覚悟があった」
「そう……だったの?」
えと……そうだったんですかね? まぁあのときは必死だったのはそうですけど。だって嫌じゃないですか。小さな子どもが死ぬかもしれないって思うと、胸が痛くなります。
「チーちゃんは貴方に足りない臆病さと本当の勇気を持っている。私は思ったわ。あのとき最も勇者らしかったのはチーちゃんだったと」
「臆病さと……本当の勇気?」
「あなたは、怖さを知らないであの鹿と戦ったでしょう? それを本当の勇気とは私は思わない。それはただ、無知なだけの蛮勇なの」
「…………」
「今はどう? あの鹿は怖かった?」
ユナさんはユーくんに問いました。ユーくんは少し手を震わせながら、かぼそい声で言います。
「……こわかった。死ぬかと思った。あんなのがいるなんて思わなかった……」
「ユーくん……」
「本当に……こわくて……こわくて……あんなの初めてで……」
ユーくんは泣きそうな顔でかぼそい声を絞り出しました。
ユナさんは、そんなユーくんを抱き締めました。
「……やっぱり無理してた。あんなことがあって、いつも通りに振る舞うなんておかしいと思ってたわ」
……気付きませんでした。
そりゃそうです。ユーくん、平気そうに振る舞ってましたけど、実際死にかけてるんです。平気なはずあるわけないじゃないですか。
そのへんの機微に気付かずにユーくんのことをいつも通りだと思ってた私は……馬鹿です。
「あー……さっきまで貴方の無謀を叱ろうと思ってたけど、駄目ね……」
「……なんで……?」
ユーくんはユナさんに抱きしめられたことに困惑しつつも、不安そうに聞きました。
ユナさんはそんなユーくんを安心させるように、ぽんぽんと頭を撫でてふんわりとした笑顔で言いました。
「あのね、ユーくん。私は嬉しいの。あなたが生きていてくれて、本当に嬉しい……よく生きててくれたわ」
「お母ちゃん……?」
「本当に……本当にあなたのことを助けられてよかったわ」
「……お母ちゃん……うっ、うえええ~ん!!」
ユーくんは泣きました。いつも笑顔で明るいユーくんの泣き顔は初めて見ました。
勇者を目指す正義感にあふれた少年の姿はそこにはなく、10歳の年相応のただの子どもがそこにいました。
彼女を抱きしめるユナさんの服に涙と鼻水がついてましたが、優しく抱き留めていました。
それを見ていた私の目からも何故か涙がボロボロ出ていました。良かった。本当に良かった。一歩間違えればユーくんが死んでいたかもしれないんです。
私が泣いているのを見ると、ユナさんが私の腕を引っ張って自分の胸に引き寄せました。ユナさんの暖かさが伝わってきて、ユーくんも泣いてて、私もどんどん涙が出て、とうとう二人で声を上げて泣き始めてしまいました。
良かった。本当に良かったよおおおおおおおおおおお!!
しばらく経って、ユーくんと私が泣きやむ頃。ようやくユナさんの胸から解放されました。
……こほん、なんだか恥ずかしいですね。大人げなく感情を露わにしてしまいました。幼女の身体ですけど、精神はアラサーだったはずなんですけどね。
ユナさんの母性パワーにやられて、アラサーの私は死にましたねこれ。
「改めて言うけど、チーちゃん。本当にありがとう。ユーくんを救ってくれて」
「いえいえ! あのときは無我夢中で何がなんやら……でも、本当に良かったです!」
「チーちゃん! 本当に本当にありがとう!」
「それを言うならユーくんも! あのとき行き倒れの私を助けてくれて……お礼を返せて良かったです」
何度も何度も言いますけど、私は貴方たちがいなければ死んでますからね! だから私は貴方たちの為に何だってやってやりますよ!!
「それで、あの鹿だけどまだ生きてるのよねぇ……」
「でもユナさんが首も胸もざっくり斬ってましたよね?」
「えっ? そうなの?」
「あのときのユナさん、めちゃくちゃすごかったんです!」
「えええ!? 見たかったなー!」
ユーくんが羨むように言います。あれはすごかったですからね。ユーくんに見せたかったなー。うん、私が見たときには既に重傷の鹿がいて、よく見てないうちに戦闘終了しましたけど。
あれ? 私もあんま見れてないですね? エアプユナさんです。なんかすごいのは分かりましたけどそれ以上は何もわかりません。
「混沌魔物はしぶといからねー。あれくらいじゃ死なないわ。まぁ、神気によるダメージだからそう簡単には癒えないだろうけど」
「神気ってそんなにすごいの?」
「言ったでしょ? 神気は魔王への対抗手段だって。混沌魔物は魔瘴によって驚異的な再生力を持つんだけど、神気は魔瘴を祓うから傷が癒えにくいの」
「つまり、あの鹿は今傷が治らずに弱ってるってことですか?」
「そーゆーこと。で……ユーくんはどうする?」
「……えっと、ボク?」
「うん。もうレベル4になったから旅に出るんでしょ? 前々から言ってたもんね」
ええ~? この流れでそれ言いますか? ちょっとユナさん、鬼畜ですよね?
「うん……でもボク……」
「鹿のことは、なんとかしておくから気にせずにいっていいからね~」
いや、言い方! めっちゃ気になりますよ!!
ほらぁ! ユーくん落ち込んじゃった!! めっちゃしょげてますよ!!
「ゆ、ユーくん? だ、大丈夫ですよ! なんなら私もついていきますから!!」
「……チーちゃん?」
「いや、別に気休めで言ってるんじゃないですよ! 私はずっと考えてたんです! 私自身の進路について! 魔王討伐はともかくとして……私、この世界のことをもっと知りたいんです! だからユーくんについていけたらなって思ってたんです!!」
うん、これは嘘じゃないです。インドア派の私ですが、せっかく異世界に来たからには異世界の可愛い幼女に会いたいです。ケモミミ、ドラゴン娘、ロリサキュバス、小悪魔、天使、悪役令嬢なんでも見たいです!
魔王討伐の旅はするつもりは無いですが……アワシマ様にもう一度会いたいっていうのもあります。それになにより、ユーくんは私の代わりに勇者になってくれるって思ってますから、絶対サポートしたいと思ってたんです。やりたいことはいっぱいです!
その為に、ユナさんに色々と薬草採取とかキノコ採取とかサバイバル知識を色々と教わってたんです。チュートリアルは大事なので、スキップはしません!
「あの、ユーくんはどう思いますか? 私は戦闘ではあんまり役に立たないかもしれませんが、やれることは何でもやります。ついていっちゃ駄目ですか?」
「ううん……ありがとう! チーちゃんがいてくれるとすごく嬉しい! 一緒に頑張ろうね、チーちゃん!!」
ユーくんは私のことを喜んで受け入れてくれました。ほっ、よかった……フラれないで……
実のところ、ちょっと不安だったんですよね。私めちゃくちゃ弱いですし、ユーくんが「足手まといはいらない!ソロの方が良い!」って言ったら認めるしかないですからね……でも、こんなことで笑顔になってくれてよかった。
私が安心してると、ユーくんは決意したように言いました。
「お母ちゃん……あの鹿、ボクが倒してくるよ!」
えっ! ど、どうしてそうなるんですか?




