Lo12.鹿
先日は私が偽ロリということがユナさんにバレましたし、その際転生者について色々と衝撃的なことをユナさんから聞いてしまいました。
ですがそれで関係がギクシャクするということもなく、ユナさんはいつも通りに接してくれます。本当に良い人です。
むしろ私の前世を知ってからちょっと距離が近いような気もします。なんかナデナデ頻度が増えてる気がするんですよね……最近はユーくんも真似してナデナデしてくるようになりました。
私が1回撫でられるごとに好感度が1上がるシステムを採用してたら、もうとっくに好感度カンストしてますよ! 中身アラサーな私を堕としてどうしたいんですか!?
しかし、こんな美人で良い人を4番目の女扱いした転生者おじさん、ホント絶許。ユナさんはサブヒロインじゃなく、絶対にメインヒロインじゃい! 優しいし料理上手いし……時折しょうもない嘘をついてからかってくるのがアレですけど、それもむしろすこすこ要素なんですが何か?
ふと気付きましたけど、そんなユナさんと同棲してる私……
もしかして結婚しているのでは?(錯乱)
結婚してユーくんという子どもも出来て、もう家族なのでは? ユーくんの父親はいないですし、私が再婚相手として立候補してもいいのでは……???(おめめぐるぐる)
などとアホなことを考えてました。うん、平和ボケしてたんですよね。このままの生活が続けばいいと思っていました。
忘れていました。この世界に【魔王】という存在がいることを。
そして【魔物】というものがこの世界の人々にとってどれほどの脅威なのか、私は知らなかったんです。
やばい
あれはやばい
あれを見た瞬間、私は恐怖を感じました。
今日もいつものように森でユナさんのお手伝いをしていました。今日はキノコ採取です。私はキノコを見分ける才能が無いので、ユナさんに見てもらいながらキノコを集めているところでした。
いつもの森デートですね。基本インドア派の私ですが、一緒に何かをしてるとアウトドアも結構楽しいのです。
ユナさんは以前私を鍛えるとか言ってましたけど、この採取活動もその一環なのかもしれません。サバイバルに必要な色々なことを教えて貰ってますし。まぁ、ユナさんと一緒にやるならむしろご褒美ですね!
そこまでなら楽しい時間だったのですが……
私を恐怖させたのは、そこに現れた1頭の鹿でした。
たかが鹿?
そんなことは、この光景を見たらとても言えないでしょう。
その鹿は私が見たこともないほど大きな……ゾウと見間違えるほどの巨大な怪物でした。
「ゆ、ユナさん……あれは何ですか? 一体なんなんですか?」
「【混沌魔物】よ」
ユナさんはそう言いました。
その巨大な怪物鹿は黒いまだらの毛色で、ガサガサの毛皮の下でもはっきりわかるほど筋肉が不自然に盛り上がっています。
巨大な角がねじれにねじれまくっていて、その目は血走っており正気とは思えないような凶悪な様相でした。
身体からはどす黒いオーラが絶え間なく発しており、その怪物が息をするたびに森の空気が灰色に染まっていくようでした。
「こちらには……気付いてないんですかね?」
「気付いてたらもう襲われてるわ」
私は木の影で震えながら事が過ぎるのを待つしかありませんでした。ユナさんは私の震えを止めるように、手を繋いでいてくれました。
……やがてその鹿は、地震のような足音を鳴らしながら森を踏みあらし、そのまま去っていきました。
良かった……通り過ぎた……
私は心底安堵しました。襲いかかってこなくて良かったと。
恐ろしい……本当に恐ろしい存在でした。
「【混沌魔物】って……一体何なんですか? 普通の魔物とは違うんですか?」
「混沌魔物は混沌の力を強く取り込んでいるの……あれが通った跡を見て」
そう言われてあの怪物鹿が通った跡を見ると、どす黒いオーラが残っていて草木が奇妙にねじれたり変質したり黒くなったりしてました。
「あの黒いモヤモヤ、何なんですか?」
「あれは魔瘴。穢れた魔力で濁った瘴気よ。混沌魔物は魔障を振り撒いて、大地を汚染するの」
大地を汚染する魔なる瘴気……魔障。この世界にはあんな恐ろしいものが存在するのを初めて知りました。
「ここらへんは安全圏だと思ってたけど、遂にここまで来てしまったのね……」
ユナさんがいつになく真剣な顔です。それほどまずい事態が起こってるんですか?
ドオオオオオン
唐突に轟音が響き、大地が揺れました。
「な、今度は何なんですか!?」
「おそらく、あの鹿が暴れているわ。そう遠くない……あの方向ね」
ユナさんが指を差した方向ですが、私はハッとあることに気付いて青ざめました。
「……さっきユーくんがあっちの方に行ったままです」
「まずいことになったわね。多分戦ってる。あの子じゃ勝てないわ……」
そう言うと、ユナさんは私をひょいと片手で横抱きに抱えあげました。猫を持つような抱き方です。
「ゆ、ユナさん!?」
「チーちゃんを一人置いていく方が危ないと思ってね。ちょっと走るわよ」
そう言ってユナさんはすごい勢いで走りだしました。今までユナさんがこんなに速く動いてるの見たことがないです。
私は振り落とされないように、ユナさんに必死にしがみついていました。
やがて現場に着いたとき、そこには頭に血を流して倒れてるユーくんがいました。
「ッ……ユーくん!!」
怪物鹿が大きな口を開けて、もう動かないユーくんを呑み込もうとしています。
ユナさんは私を片手で抱えたまま、一瞬の迷いも見せず怪物鹿に突っ込みました。
ヒュンッ
風を斬りさく音とともに、銀色の一閃が怪物鹿の鼻先を掠めました。次の瞬間、ドス黒い血と瘴気が吹き出ます。
怪物鹿は突然の攻撃に怯んでのけぞりました。
一瞬すぎて何が起きたか分からなかったんですけど、どうやらユナさんが私を抱えたまま採取用の小さなナイフを空いた手で抜き取り、それで鹿の鼻先を斬ったようです。凄まじい早業でした。
「チーちゃん、ちょっとここでユーくんのこと見ててね」
そう言ってユナさんは私を下ろしました。
「ユナさんっ……!?」
「大丈夫大丈夫、心配しないで~」
ユナさんがいつものようにゆるやかに笑って怪物鹿と対峙しました。
ユナさんは、今大した武装をしていません。手にある小さなナイフ1本があるだけです。
まともな防具すら身につけてません。着ているのはただの布の服です。
たったそれだけであの怪物に立ち向かうというのですか?
人間なんて一息で吹き飛ばしそうなあんな化け物のような鹿に?
その巨大で恐ろしい怪物の前では、ユナさんの背中がとてもちっぽけに見えました。




